光魔法の伝説(17)
メフィスタルニアの町を姉ちゃんと並んで歩く。
とにかく活気がある。
人口は王都よりやや少ないらしいけど、商人や職人の数は圧倒的で、物資の出入りは比べられないそうだ。王都はどっちかというと、入ってくるけど出すだけの物がないらしい。
人口4000人の町。
……たかが4000人、だと思ったな? 4000人馬鹿にしてるな?
いや、これがさ、小川の村みたいな辺境の開拓村だと50人もいないんだよな。
辺境伯領の開拓村で一番大きいとされる麓の村が50人くらい。滅んだけど。
はじまりの村は開拓村の入口ということで道具屋や宿屋まであるけど、実は住んでる人は50人に届かないという。はじまりの村よりも奥の村には、店とかひとつもないからな。
辺境伯領は領都で2500人ぐらい? らしい。行ったことないけど。
なんか、捕まって自由を奪われそうな気がしたからな。アンネさんの話を聞いてさ。そんで、拘束されたら強くなれない。レベ上げとかできねぇし? だから近づかないことにした。
話を戻して……この世界で4000人はめっちゃ大都市とのこと。らしい。よう知らんけど、とか言いたくなるけど、本当にその辺のことはよくわかんねぇんだよな。
おれも姉ちゃんも田舎モンだし? 日本とはまったく基準が違うしな?
辺境伯領を出てから立ち寄った村は100人ぐらい、町は300人ぐらい? 最初に入ったどっかの伯爵の領都は1200人くらいの都市だと聞いた。
そもそも村や町は、基本、自給自足で完結してて、よっぽど領都くらいの都市に近い村や町だけが、ちょっとだけその都市に依存してるみたい。
王国最大の交易都市メフィスタルニアともなると、王国内の大貴族たちの領都がメフィスタルニアにある程度以上、依存しているらしい。
住民人口は4000人でも、定住者ではない、取引で出入りしている人たちも含めたら、メフィスタルニアにいる人は10000人近いんじゃないかな、ということだ。ガイウスさん情報な。
この10000人が死霊と化す、というのであれば、それはとんでもない大惨事だろう。
ガイウスさんにはもう一度、ここに支店を出さないようによく言っておくことにする。
中世ヨーロッパをイメージした街並みの、石畳の主要道路は馬車が行き交い、7、3の3くらいの割合で荷物を運ぶワケじゃない箱馬車も通る。お貴族さまとか、大商人とか? 紋章を見ても何がなんだかわかんねぇんだけど、勉強する必要がこの先、あるかもしれねぇよな。
そこかしこに聖者イオスラムの像がある。残念ながらMP自動回復機能がある『聖者の指輪』はつけてないみたいだけどな。
木の枝を振り回して暴れるズッカみてぇーな子どもは一人も見かけないけど、建物と建物の間のちょっと薄暗い路地には、なんか中高生のヤンキーみたいな、ギラギラした目つきの青少年が3人くらいでたむろってたり?
小川の村と違って治安は悪そうだ。当たり前だけど。知り合いばっかの村と比べる意味とかないけどな。ないけども。
すれ違う人の数もやっぱり多い。ぶつかったらスリとか、いるかもしれねぇけど、物もお金もストレージだから正直なところ防犯バッチリだけどな。
おれは姉ちゃんの手を握る。
ん? という感じで姉ちゃんがおれを見た。
「姉ちゃんがはぐれたら困るから」
「ふふん、そうね、アインがはぐれたら困るわ」
「姉ちゃんだよ」
「アインだわ。アインってば、本当にバカよね」
そうやって言いながら、つないだ手は離さない姉ちゃん。
なんだか、楽しい町歩きになりそうだ。むふふふ……。
……頭ん中では、もっとろくでもねぇことしか、考えてないけどな。ないけども。あ、別に『ディー』としての妄想とか、そっち系じゃないよ? そういうんじゃねぇから!
たぶん、中世ヨーロッパをイメージした町のリアリティから言えば、これはあり得ないはずだ。
あり得ねぇんだけど、間違いなくここにはそれが存在している。
おれと姉ちゃんは、店先に設置された移動式のテーブルに並べられた椅子に座って、それを味わっている。
「これ、美味しいわ……」
姉ちゃんが陶酔している。
これじゃ、完全にデート状態だな。おれたち姉弟だけど。
ん? 姉弟でデートしちゃダメってことはないのか? そうなのかな? それとも、そういうのを姉弟だといちいちデートって言わないだけなのか? そもそもデートとは別のものなのか?
ダメだ、頭が混乱してくる。
狙ってこの店に来たんだけど、なんかデートっぽいというだけでムフフと動揺してしまうおれに、おれ自身がさらに動揺してパニメダだ。
落ち着け、落ち着け、おれ。落ち着くんだ、おれ。相手は姉ちゃんだ。おれの姉だ。いくら姉スキーでも、これはたぶんデートではない。はず。たぶん。だから落ち着け、落ち着くんだ。
いや、待て。待て待て待て。
確かに相手は姉ちゃんだ。姉ちゃんなんだけども、おれにとってはこの世で一番大好きな人でもある。そう、好きな人……しかも一番大好きな人。いかん、照れる。照れるんだが……そう、これは好きな人との二人でのお出かけ……それはデートと呼んで、差支えない? 差支えないよな? 問題ないよな? もーまんたいだろ?
つまり、おれは『ディー』の身でありながらもついにデートができたというのか、この人生において? デートだと? でぃーぇとだと?
いやでも、これデートだぞ? D、A、T、E、恋したっていいのか? 恋しちゃうぞ? いや逮捕されちゃうのか?
姉ちゃんまだ12歳だぞ? 児ポ法じゃね? 逮捕しちゃうぞ? ああ女神さま、お許しを! いやいやいや、そもそも姉ちゃんに恋しちゃダメじゃん?
……落ち着け、おれ。さっきからかなり舞い上がってる。何か別のことをしっかりと考えろ、考えるんだ、おれ。
ここは中世ヨーロッパの街並み、だ。うん、そう。そういう学術的な? 考察みたいなんで、冷静さを取り戻せ、おれ。こんな中世あるか? ないだろ? 中世って騎士の時代で、戦いの時代だよな? 十字軍とか? やっぱりあり得ねぇよな? あり得ないだろ? こんなの?
なんで、クレープ屋があるんだ? いや、ゲーム世界だから、あってもいいんだけどな? 美味しいしさ。姉ちゃんも満足してるし。
そういや、クレープも食べ物アイテムで、回復アイテム扱いだったよな。確か、MPを固定値で20回復だったか? なんでMP回復? まさか糖分は脳にいいとか、そういうこと? そんな馬鹿な? 意味不明だけど、そういうとこがやっぱゲームだよな?
……まあ、不思議世界のことだ。これ以上考えても答えは出ねぇよな。とにかく一度落ち着いて、何のためにここに来たのか冷静に考えろ、おれ。クレープ食べに来たけど、クレープが目的じゃねぇだろ?
でも、クレープを一口、食べる。
……うまし。
もうどうでもいいや。
夢のクレープ屋デートだけどな。
夢だったんだよ、前世からの。こういうの。相手姉ちゃんだけど。姉ちゃん大好きだしさ。
「……もういっこ、買ってもいい、アイン?」
……うっひょぉぉぉぉっっっ! おねだり姉ちゃん、激レアさんです! 激レア頂きました! 軽く首をかしげた姉ちゃんのこのスチール、おれの脳内メモリーに永久保存で! お願いしますっ!
「すぐにガイウスさんに頼んで、店ごと買い占めておくから」
「……そういうの、いらないわ、アイン」
……一転して、すっっっんげぇぇぇ冷たい目でにらまれた。にらまれました。まだにらんでるよ? このスチールは一応どこかに保存だけはしといてもらえる? 一応だよ? 本気でほしいワケじゃねぇからな?
スーパーオーバーセレブリティ発言は失言だったようで、姉ちゃんは冷たい視線のまま、手を伸ばしてくる。
その姉ちゃんの手に銀貨5枚、ちりりんと、置く。
クレープ1枚が銀貨5枚。銅貨1枚1マッセ、銅貨100枚で銀貨1枚。つまり500マッセのクレープは実はMP固定値回復アイテム。あ、ポーションは割合回復だから。
あれ? MP回復アイテム? それって本気でガイウスさんに買収かけてもらう価値あるかも? いや、ないか? 固定値だよな? どっちだ? 微妙なラインだな?
姉ちゃんがおかわりクレープを買いに行く。
そのタイミングで、この町での獲物……失礼。おれの狙いの人物が現れた。
何日か、ここに通うことになるんじゃねぇかな、と思ってたけど、まさか初日でエンカウントするとは。いやいや、いくらクレープ好きって設定でも、そりゃ偶然過ぎるだろ?
ゆったりと長いシルバーの髪と、濃いワインレッドの瞳。おれや姉ちゃんと変わらない年齢の、おだやかそうに微笑む、美少女。
その前に一人、後ろに二人、女性が一緒に歩いてきている。そのうち二人はよろい姿だ。護衛の騎士だろう。一人はメイドさん。
そういうのを引き連れて歩く、美少女。当然、身分は高い。
この銀髪っ娘は、ヴィクトリア・ド・フォルノーラル子爵令嬢。
隣国の貴族、フォルノーラル子爵の末娘だ。とはいっても彼女はたかが子爵令嬢ではない。その程度ではないのだ。
その隣国の中でも揺るぎない大貴族であるケーニヒストル侯爵の孫娘なのである。ちなみに、フォルノーラル子爵は侯爵嫡男で、ケーニヒストル侯爵の跡取り息子でもある。
さて、ヴィクトリア・ド・フォルノーラル子爵令嬢の好きな食べ物は甘い物。最近お気に入りはクレープで、メフィスタルニアを訪れて、初めて食べた瞬間、一番好きな甘味になったそうだ。
このへんの知識はMMOイベント『死霊都市の解放』から得たもの。
姉ちゃんが2枚目のクレープを手にしたタイミングで、ヴィクトリアさんはお隣の席に座った。椅子を引いたのはメイドさんだ。椅子くらい自分で引けばいいのになとは思うがこれが貴族クオリティなんだろうな。リアルセレブリティだ。こっそり見てる。じっくり見たら護衛騎士に切られそうだもんな。
クレープを買い終えた姉ちゃんと入れ替わるように、メイドさんがお店に行く。護衛の女騎士二人は立ったまま、周囲を警戒している。というか、おれたちを警戒している。特におれのことを。
たぶん、おれの膝の上に銅のつるぎがあるのが見えたからだろう。
そりゃ、護衛なら警戒するよな。
見せるようにわざと膝に置いているってのも、あるけどな。
美味しそうにぱくぱくと2枚目のクレープを食べた姉ちゃんが目を細めて笑ってる。姉ちゃんかわいい。姉ちゃん最高。
そんなおれたちの隣では、メイドさんがクレープの皿と飲み物を持ってきて、ヴィクトリアさんの前に音も立てずに並べ、一口分だけ、メイドさんが食べて、飲む。
ヴィクトリアさんがそのメイドさんに短く礼の言葉を告げて、嬉しそうにクレープを食べ始める。
おれはゆっくりと席を立ち、その時に、音を立てないように、椅子の上に銅のつるぎを置いた。
立ち上がったおれを見て、姉ちゃんも席を立つ。姉ちゃんは当然、店を出ると思ってる。
おれが背中を向けて一歩踏み出すと、姉ちゃんはおれたちのテーブルとヴィクトリアさんのテーブルの間を抜けて……。
そこでおれは、ついうっかりという感じでワザと忘れてしまった父ちゃんの形見の銅のつるぎを取りに戻ろうとして、慌てて振り返って踏み出し……。
姉ちゃんと激突。
ほんのちょっと、ちょっとだけ、姉ちゃんをヴィクトリアさんのテーブルの方へと押して。
どん、がらん、ばしゃっ。
「きゃっ……」
がたがたっっ。
姉ちゃんがテーブルにぶつかり、飲み物のカップが倒れて、皿の上のクレープにかかる。
護衛の女騎士は姉ちゃんとおれの方へと踏み出し、ヴィクトリアさんは短い悲鳴を上げた。
すぐにメイドさんはカップを起こしている。護衛騎士より動き早いんじゃねぇの? メイドさんなのに?
「ご、ごめんなさい! 大丈夫? もうアイン! とつぜんふりかえらないで! ……本当にごめんなさい。すぐにこれはべんしょうしますから! アインっ!」
姉ちゃんの慌てっぷりは演技には見えない。だって演技じゃねぇもんな。びっくりさせてごめん、姉ちゃん。
あと、こういう人たちには、直接話しかけちゃダメなんだよ。
それから、実は今、このまま切り捨てられてもおかしくない場面だから。油断しちゃダメだからな。わかってないから仕方ないけど。おれが油断しないようにしてるけどな。
「ごめんごめん。形見をうっかり置き忘れたもんだから……すぐに買い直してきます。本当にすみませんでした」
おれは、銅のつるぎが武器ではなく、形見としての物であることをアピールしつつテーブルの上の見えるところにあえて置いて、それを使わないこともアピールしながら、メイドさんの方を見て謝罪の言葉を伝えた。そして、姉ちゃんを残して、店の方へと駆け足で進む。
護衛の女騎士の二人は顔を見合わせている。警戒はしているが、いきなり切り捨てられるようなことはどうやらなさそうだ。
ヴィクトリアさんはそういうタイプの貴族じゃねぇんだろーな。この無礼者が、切り捨ててくれよう! みたいな感じではないタイプ。
後ろで姉ちゃんがごめんなさいを連発してるのが聞こえる。あとで姉ちゃんゲンコツ喰らうのはしょうがねぇからあきらめよう。とっても辛いけど。
おれはクレープを注文して、焼けるのを待って、銀貨を20枚カウンターに置き、店主から皿を受け取る。
器用さのステ値を活かして、右手に2枚、左手に2枚、合計4枚のクレープの皿を持って、すたすたとヴィクトリアさんのテーブルに戻る。……嘘です。器用さステ値は関係ありません。前世でウェイターのバイト経験があるだけです。
テーブルにささっと音も立てずに4枚の皿を並べて、メイドさんを見て口を開く。
「大変、ご迷惑をおかけしました。どうぞ、こちらはお詫びです」
「いえ、ですが、4皿、ございますが?」
「お付きのみなさまにも、いらぬ心配をかけたことでしょう? どうぞ、みなさまでお召し上がりください」
「は、はあ……い、いえ、それは……」
メイドさんが戸惑っている。主人の前で、どうしたものかということかもしれない。
……おれみたいな子どもの振る舞いではないと思って戸惑ってる可能性もあるけどな。あるんだけども。
銀貨5枚のクレープ。高すぎるものでもないが、かといって毎日食べるような金額でもない。護衛やメイドなら、なおさらそんな機会もないだろう。だから、ついでのおごりだ。
まあ、これで? どっかの商家の息子とか娘とかって勘違いはしてもらえるかもしれないけどな?
「……4枚、ね。アイン、お店ごと買い取ったりしてないわよね?」
「そんなことしねぇよ! どこの極悪商会だよっ!」
いかん! 思わず素が出た! いや、しそうなことはさっき姉ちゃんに言ったけどな! 言ったけども! それじゃトップレベルの大商人じゃん! オーバーセレブリティマジック!
メイドさんと護衛の二人が目を丸くしてる。だよな? 意味わかんねぇよな? これ、ちょっと前からの、姉ちゃんだけとの会話の流れだもんな?
「……くすっ」
小さく。それはとても小さく、本当に聞こえるかどうかという小さな、笑い。そして、上品な感じがする笑い。決して馬鹿にするような笑いではなくて。
おれはヴィクトリアさんの表情をちらりとうかがいながら、メイドさんを見る。ちらりと見たヴィクトリアさんは微笑んでいた。でも、話しかけるのはメイドさんに対して。これ、大事。
「重ね重ね、ご無礼をいたしました。こちらに含むところはいっさいございません。お召し物や、他にも何か不都合がございましたら、西門近くの聖者亭という宿におります。いつでもご連絡を言づけてくださいませ。私は、アインと申します。こちらはイエナ。私の姉です」
「アインさまとイエナさま……聖者亭でございますね。わかりました」
おれとメイドさんは小さく礼を交わす。
姉ちゃんは黙ってる。さっきからのおれの言葉遣いに、なんかこれはちょっとまずい相手だとようやく気づいたらしい。
このレベルの言葉遣いをする時は、姉ちゃんは沈黙が金だと知っているのだ。
だが、すでにやっちまってるけどな! でもそれがいいんだけどな! さすが姉ちゃん! 期待通りだよ!
そんで、おれは姉ちゃんの手を引いて、この場を離れる。
……が、それを止められる。
「あ、待って……お待ちください……」
ヴィクトリアさんがおれと姉ちゃんを見て、引き留める。
お嬢さま、とメイドさんが小声でたしなめている。このメイドさん、教育係も兼ねてんのかな?
貴族の令嬢としては、おれたちみたいなのに直接声をかけるのはあまりよろしくないのだろう。だが、ヴィクトリアさんなら、こういう感じになるんじゃねえかな、とは期待はしてた。
「セリア、いいから、少し控えてて……せっかくですもの、そのままお隣の席にどうでしょうか? 少し、お話ができると嬉しいのですけれど?」
ほんの少し、首をかしげながらこちらを見上げるワインレッドの瞳には、期待が見える。っていうか、そのしぐさ、かわいいよな。かなりの破壊力だ。『ディー』のうっすい紙装甲では耐久がもたんぞ。
「セリアと、ユーレイナとビュルテも、せっかくだから一緒に頂きましょう」
「お嬢さま、それは……」
「ユーレイナたちも交代で食べるのなら、一人は護衛もできるでしょう? いつもわたくしばかりが楽しんでしまって……こういう機会でもなければ、みなには楽しんでもらえないもの」
護衛の女騎士たちが困ったように視線を交わすが、ちらちらとクレープを見ている。アンタらこっちへの警戒がちょっとおろそかになってっぞ? しっかりしろよ、護衛騎士! そんなことじゃ、ヴィクトリアさんを守れねぇだろ?
「ねぇ、いかが? こちらで話相手になってくださいませんこと?」
ワインレッドの瞳をきらきらさせて、期待してる美少女。
そんな美少女の期待を、おれは……。
「お嬢様とお話できるのであれば、それは楽しい時間となることでしょう。しかし、大変申し訳ございません、お嬢様。私どもは先程食べ終えましたので。また、今から行かなければならないところもございます。どうか、お許しを……」
……深々と頭を下げつつ、ぶった切る。
ヴィクトリアさんの瞳が細められ、表情が曇る。とっても残念そうな顔だ。本当は貴族のご令嬢なら、こういう表情は取り繕うべきなんだろうけどな。自分のことを知らない相手に対する、その相手が子どもであることに対する油断、なのかもしれないけど。
でも、たぶん、これは本心だ。
本心であると、それはゲームのMMOイベントと重なる。
ヴィクトリアさんが心から欲するのは、気兼ねなく話せる友人。国内ではずいぶんと高貴な立場にあらせられて、対等に話せる友人はいなかったりする、そういう内面ボッチだ。
対等に話せそうで話せない相手がぎりぎり王女とか公爵令嬢とか伯爵令嬢とかだもんな。
表記上は同格のはずの子爵令嬢たちが実質ほとんど格下になるという侯爵の孫娘。祖父が嫡男に家督を譲ればその時点で侯爵令嬢だ。
彼女を大切に思う使用人はいるけど、あくまでも使用人でしかない。
彼女はそんなさみしがりボッチなんだけど、ボッチではいたくないボッチなのだ。お友達が欲しいって叫びたいけど叫べない。
でも、外国のこの町ならひょっとして、という期待があって……。
まあ、その気持ちは、MMOイベントでのヴィクトリアさんのいくつものセリフから推察できるようなものでしかないんだけど。
『わたくし、気軽に話せるお友達が本当にほしかったの!』
『身分なんて、本当はほしくないけど、でも、そう生まれたからには仕方がないってことも、わかるの……』
『せっかく、こんなに遠くまで来たんですもの。いろいろと、楽しみたいの!』
『○○や、△△、□□がいなくて、最近、クレープを食べに行けないの……』
たぶん、この○○とかに、セリアとか、ユーレイナとか、ビュルテとかの名前が入ってたんだろうけど、そこまで細かくはさすがにセリフまで覚えてないし。
まあ、そういうヴィクトリアさんの思いや願いを知りながら、この場ではそれを受け入れるワケにはいかない。そもそもそんなこと、知らないはずだしな。
別にゲーム的な何かではなく。
おれも姉ちゃんも、まだヴィクトリアさんから、お名前をうかがってないからな。こっちから身分が高そうな人に名前を聞くワケにもいかねぇしさ。
あと、困るのは、つながりを求めて、わざと仕出かしたって思われること。
本当にわざと仕出かしてるから、なおさらだ。
こっちからつながりがほしいほしいと見せるワケにはいかない。
「では、失礼いたします」
おれは一礼し、立ち去ろうとする。
「あ、あの……」
ヴィクトリアの絞り出すような声に、すぐに足を止める。ちらり、とヴィクトリアさんを振り返る。
「……わたくしは、ヴィクトリアっ……ヴィクトリア、です。また、お会いする機会はございますでしょうか?」
こうやって、お名前を頂けたのなら、今日のところはミッションクリア。
ガイウスさんに教えてもらった決まり文句を返すだけ。
「神々のお導きがあれば……」
おれたちからはお会いしませんけど、そっちからお誘いがあるのならお会いできるでしょうね、という意味、らしい。なんでそんな意味になるんだろうな?
なんだかすっごく嬉しそうな顔をしたヴィクトリアがそこにいたけど、あれ? そういうの、たしなみとして隠すべきなんじゃねぇの? とか、いらない心配をしてまうのだった。
翌日、メッセンジャーボーイが宿まで来て、4日後にお茶会を開こうと思うのですが屋敷までいらっしゃいませんか、というヴィクトリアさんからのお誘いが来た。
お貴族さまに対して大変失礼なんだけども、今回はお断りした。
2日後に出発して、10日ほどこの町を離れます。神々が照らす道が少しだけ外れていたようです。お誘いはとても嬉しいのですが、予定があるのでお断りせざるを得ません。申し訳ございません。またこの町には戻ります。戻ってきてから5日間は、特に予定が入っておりません。という返事を伝える。
別に焦らしプレイなんかではない。
ただ、単に、サイフを取りに行くだけだ。鍛冶神のダンジョンまでな。
あと、医薬神のダンジョンの薬草とか、商業神のダンジョンの『猫の手』とか? いろいろ必要なんだよ、おれたちには。
リタウニングのクールタイムに合わせて行動しないといけないしな。
もう古き神々の古代神殿から離れて生活するにはそれ以上のダンジョンが必要だよ……。
また次の日、メッセンジャーボーイが来て、ではお戻りになった日の二日後、お茶会にお誘いしてもよろしいですか、というお誘い。どんだけ誘いたいんじゃい。
神々のお導き通りに。楽しみにしております。私どもが戻ったことはすぐにわかるように宿の者に伝えます。という承諾の返事をする。
とても嬉しいです。こちらも楽しみにしております。どうか神々のお導きの通りに。という返事がその日のうちに届く。どんだけ楽しみにしてんだ、あの銀髪っ娘は?
とりあえず、めあての人物とのつながりはできたし、屋敷に招かれるのは最高のアンサーだ。その屋敷の庭に用があるし、彼女とのつながりも今後のことを考えてなんとか確保しときたい。
ヴィクトリア・ド・フォルノーラル子爵令嬢。
彼女は、メフィスタルニア伯爵の嫡男の婚約者として、伯爵の別邸に滞在している超重要人物であり……。
彼女はMMOイベント『死霊都市の解放』に登場するイベントクリアに関わるきわめて重要なNPCであり……。
イベントの中で、伯爵家の別邸の庭で出会うことができる……。
………………ゴーストなのだ。
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