聖女の伝説
聖女の伝説(1)
一度、『聖女』についてじっくりと語るべきだろう。
ゲーム『レオン・ド・バラッドの伝説』において、洗礼によって授けられるジョブの中でもかなり面倒だったのが『聖女』である。もちろん、面倒な分だけ、そのジョブを獲得した場合のリターンも大きかったけどな。
もちろん、『勇者』になるのも難しかった。
だが、ゲームでは『バルサの呪い』と呼ばれた火の神系魔法スキルの習得を回避することと、『はじまりの村』のほこらで祈りを捧げることで月の女神系回復魔法スキルが身に付くことが判明すると、レオンでの最初のプレー経験から推測して、『勇者』になるために身に付けておくべきスキルはどんどん整理されていった。
一方で『聖女』については誰もがレオンの妹でもある『光の聖女リンネ』を参考にして、洗礼で『聖女』のジョブを得ようと挑戦した。
これが大きな間違いだった。
リンネは特別な存在だった。
勇者の血筋に生まれた、勇者の双子の妹でもある、リンネ。
リンネは『聖女』だが『聖女』ではなく、あくまでも『光の聖女』だったのだ。
リンネを参考にして太陽神系魔法スキルを身に付けると、洗礼では『聖女』になれなかった。
どちらかというと、セーブアンドロードを繰り返すうちに洗礼で『勇者』になってしまうことがあるくらいだった。
それはそうだろう。太陽神系魔法と月の女神系魔法を使えるというのは『勇者』の力そのものだったのだ。
リンネは『勇者』の血筋に生まれた『聖女』だから、完全に特別な存在のメインヒロインであり、ストーリー的にパーメンの王子と結ばれて王妃になるのではないか、という疑問が提起され、また、狙ったワケではなく洗礼で『聖女』のジョブを得た数人のプレーヤーの全てが太陽神系魔法スキルなしで洗礼に臨んだという事実も重なって、『光の聖女』はリンネ個人のプロパティであって、『聖女』は太陽神系魔法スキルを必要としないのだ、という結論が導き出されるまで、何百、何千、何万というプレーヤーが『聖女』を目指してはその高みにたどり着けずに苦悩していたのだ。
太陽神系魔法スキルを捨てて『聖女』を目指すことで、次第に多くの『聖女』プレーヤーが誕生していく。そうして、『聖女』になるためのデータがそろっていった。
『聖女』となるには洗礼までに、
1 月の女神系範囲型回復魔法スキルが使えること。
2 月の女神系支援魔法が使えること。
3 弓術系中級スキルを身に付けていること。
4 水の女神系支援魔法が使えること。
5 太陽神系魔法スキルと火の神系魔法スキルを身に付けていないこと。
6 風の神系支援魔法が使えること。
7 地の神系攻撃魔法を使用して敵にデバフ効果を与えた経験があること。
という条件を満たしておけば、だいたい50%の確率で『聖女』になることができる。50%までイケたらセーブアンドロードも数回で済む。まあ、7の条件とか、マジでどうやって見つけたんだろうかと首をかしげたくなるけどな。
それでもなれなかった場合はひたすらセーブアンドロードだな、うん。おれは4回でなんとかなったけど。
あと、女神系のスキルは集めておくとよいって情報もあるけど、槍の女神に関する槍術スキルと合わせて盾術スキルを取ってしまうと『聖騎士』になってしまう可能性とかも出てくるので、別のジョブの確率を高めないように本当はもっと細かい何かがあるはずだと思う。
もちろん、キャラは女性でなければならない、というのは言うまでもないだろう。ネカマだらけだったよ、『聖女』育成時代のゲーム『レオン・ド・バラッドの伝説』は……。
では、なぜ多くのプレーヤーがそんな苦労を重ねてまでレアジョブ『聖女』を求めるのか?
それはこのゲームにおいて、洗礼後は洗礼で得たジョブに関するスキルしか得られないし、成長しないからだ。そして、レアジョブほどステ値補正が多い。
そのため、できるだけ多くのジョブスキルがあり、ステ値補正が高いものを狙う。
『聖女』は月の女神系魔法スキル、水の女神系魔法スキル、風の神系魔法スキル、弓術スキルという4つのスキル系統がジョブスキルとなる。
これ以外のスキルは洗礼までに身につけていたとしても、それ以上熟練度は伸びないし、上位のスキルが身に付くこともない。
そもそも4つのジョブスキルを得られるというのは大きい。
しかも回復魔法メインのヒーラーで中長距離物理攻撃と攻撃魔法スキルふたつというのは、後衛としてばっちりだった。
加えてステ値補正としてHP+100、MP+300、魔力+200、すばやさ+120、器用さ+120という補正があり、その他補正として弓術系スキルによるダメージ+150と、回復魔法効果2倍で回復魔法消費MP2分の1というまさに回復特化の補正があるのが『聖女』だ。
さらには、『月の女神の加護』を得て、補正後のすばやさのステ値がなんと1.5倍になるというオマケ付き。
これは前ターンで受けたパーメンのダメージを次ターンの最初に回復できるように、というゲーム設定なんだと思うけどな。
これは同じくレアジョブ『勇者』と比べても勝るとも劣らないものだ。
『勇者』は太陽神系魔法スキル、月の女神系魔法スキル、剣術スキル、盾術スキルという4つのスキル系統がジョブスキルとなり、ステ値補正としてHP+200、MP+200、筋力+150、耐力+150、魔力+150、すばやさ+120という補正があり、その他補正として剣術系スキルによるダメージ+250と、太陽神系魔法によるダメージ2倍となっている。
さらに、『太陽神の加護』を得て、補正後の筋力のステ値が1.5倍になる。
『勇者』が物理アタッカー、魔法アタッカー、タンク、ヒーラーというどれでもこなせる器用貧乏ジョブであるのに対して、『聖女』の回復特化がよくわかるような気がする。
ゲームを5回以上クリアしたプレーヤーだけがダウンロードできる更新プログラムで『光の聖女リンネ』でプレーできるようになるまで、たくさんの聖女をプレーヤーたちは苦労して育てた。
本当に苦労して育てたんだよな。本当に……。
『聖女』。それは、『勇者』よりも、『賢者』よりも、授けられることが難しい、伝説のジョブ。
そう。
『聖女』は伝説の存在なのだ。
鳥のさえずりが聞こえる朝。
ほどよく隙間風が通る、ごくごくフツーの農村の民家。
その一室で、あと少し、もう少し、と寝床で粘って惰眠をむさぼる。
ここはスグワイア国、ケーニヒストル侯爵領の最西端、フェルエラ村。
昔、父ちゃんと母ちゃんと、姉ちゃん、そしておれとレオンで暮らしてた、あの家とよく似た農村の民家で。
おれは暮らしている。
コンコン、とノックの音。
「義兄さん~? 入るね~」
こっちの返答を待たずにドアを開けて入ってくる、サラサラの金髪、くるくるの碧眼、ヒロイン要素全開のとんでも美少女。
「早く起きて~。朝ごはんができたよ~」
「……おはよう、リンネ。自分で起きられるから、起こしにこなくても大丈夫だって言ってるだろ」
「む~。リンネに起こしてもらえるうちが幸せだよ~、義兄さん~」
ちょっとだけ口先をとがらせて、すねて見せる美少女。
光の魔導師、アンネさんにそっくりな、美少女。
義弟レオンの双子の実妹にして、おれと姉ちゃんの義妹、リンネ。
おれは寝台を下りて、ドアの方へ歩き、ふくれっ面のリンネのおでこをかる~く指先でとんと叩いて、部屋を出る。
痛い~、と痛くもないのにつぶやきながら、リンネは後ろについてくる。
食堂では姉ちゃんがテーブルに4人分の朝食を並べていた。すぐにリンネが手伝おうと動く。
いつものことだ。
「おはよう、姉ちゃん。いつもありがと」
「おはよう、アイン。今日はダンジョン?」
「ああー、どうだったっけ? 後で確認しておくから」
「別にいいわ。食べて片付けたら、屋敷の方へ出るから」
おれは遠慮なく先に座る。別に男尊女卑とか、そーゆーのではなくて、昔っからの我が家の当たり前がここでも引き継がれただけなんじゃないか、と思う。
おれの隣にはリンネが座り、リンネの正面には姉ちゃんが座る。
ゴンゴン、という玄関のノッカーの音がする。
リンネがさっと立ち上がって、玄関へ移動する。
「すぐに開けますね~」
そう声をかけながら玄関の扉を開くリンネ。
開いた扉の向こうには、銀髪の美少女と、そのメイド。
「どうぞ~、ヴィクトリアさま~」
リンネが一声かけると、銀髪の美少女、ヴィクトリアさんが入ってくる。続いて入ったメイドのセリアさんが扉を閉める。
リンネに続いて食卓に顔を出すヴィクトリアさん。
「アインさま、イエナ義姉さま、リンネさま、おはようございます」
「いいから座りなさい、リア。せっかくの朝食が冷めちゃうわ」
「はい、イエナ義姉さま。ごちそうになります。今日も美味しそうですの」
メイドのセリアがイスを引いて、ヴィクトリアさんが悠然と腰掛ける。貴族令嬢は自分でイスを引かないのだ。
こうしてできあがる、なんでかハーレム的な朝食風景。
まあ、不思議で不自然な朝食の光景が、いつのまにか日常と化しているんだけどさ……。
「本当に、イエナ義姉さまのお料理は美味しいの。どうしてこんなに美味しいんでしょう」
「……別に秘密ってことでもないんだけど」
「何か、秘密がありますの? アインさま?」
「いや、ウチの肉、特上肉だから」
「まあ! それは素晴らしいですの!」
「……何、アイン? あたしの料理のウデじゃなくて、材料で味が決まってるって言うのね? もう作ってあげないわ」
「そうは言ってねぇだろ、姉ちゃん」
「ウチは~、調味料がたくさん使えるし~……」
「……リンネも覚えときなさいよ。もう作ってあげないわ」
「ごめんごめん~、義姉さん許して~」
なんという平和な朝食の会話。
とんでもない美少女に囲まれた朝食。まさにハーレム・モーニング。いや、ハーレムの要素は実はどこにもないんだけどな。美少女が三人と美人メイドが一人いるだけで。
だからといって、これは夢オチではない。そう断言しておく。
朝食を終えて、姉ちゃんとリンネが後片付けを始めて、ヴィクトリアさんとメイドのセリアさんがそれを手伝う。
おれは先に家から出ていく。
玄関を出ると女騎士が2人、ひざまずこうとするのでそれを制してそのまま行く。この二人はビュルテさんとユーレイナさん。メフィスタルニア事件の時からずっと、ヴィクトリアさんの護衛騎士だったが、今はビュルテがヴィクトリアさんの、ユーレイナが姉ちゃんの護衛騎士だ。他にも二人、女性の護衛騎士がいる。
そのまま歩いて向かう先は政庁となっている領主館。
領主館の玄関前にたくさんの村人が集まっている。
「おはようございます」
「おはようございます、子爵さま、朝の確認をお願いします」
「手短にお願いしますね」
「はい。本日、アルファがアタック、ブラボーがサポートでダンジョン、チャーリー、デルタが村内作業、エコーがアタック、フォックスがサポートでサードルートとなっています」
「わかりました。安全第一、命大事に、慎重に、お願いします。気をつけて」
「了解です。出発します」
そう言うと、その場の全員が一度ざざっとひざまずいて頭を下げ、それから各チームで装備確認をするとすぐに動き出した。
おれはそれを見送ると、領主館へと進む。
使用人が玄関を開いて待っている。
その中央にいる家令……筆頭執事のイゼンさんが軽く頭を下げた。
「子爵さま。本日の書類は執務室に。ケーニヒストルータのキークリ商会から番頭のレイシトが面会を願っております。それと、レーゲンファイファー前子爵からの支援要請がまた届きました」
「またか……キークリ商会との面会には応じなくていいです。イゼンさんが対応してください」
「回復薬の取引には応じない、でよろしいでしょうか?」
「ほしければハラグロから買うように、と伝えてください」
「了解しました。お義父上のことは……」
「……誰か、帳簿の確認に動ける者はいますか?」
「はっ。少なくとも3名、必要かと思います。こちらも人手に余裕がある訳ではないので、今は難しいところです」
「2か月後、3人送り込めるように準備をお願いします。人事について必要があれば相談してください。必要ならばハラグロに応援を頼みます」
「2か月後、でございますか。わかりました。支援の方は?」
「金額は1か月分の最低限度でお願いします。直接、義父に渡せるようにしてください。でも、急がないと、不正をしている使用人を取り逃がしますね」
「2か月を1か月半にできるよう、努力いたします」
「無理はないようにしてください」
イゼンさんは有能な筆頭執事でとにかく助かってる。いい人を付けてもらえたもんだ。
おれはそのやりとりを終えると、執務室へと向かう。
別に頼んでいるワケじゃねぇんだけど、歩いていくと扉をメイドさんとか男性使用人さんとか、みんなが扉を開けてくれる。
午前中は、執務室で書類を確認しておかなければならない。
……という感じですが、改めまして、みなさん、おはようございます。
私、フェルエアイン・ド・レーゲンファイファー子爵と申します。13歳です。親しい方は、アインと呼んでくださいます。
ここはケーニヒストル侯爵領の最西端の辺境にある、フェルエラ村。
今、私は、領地経営に精一杯取り組んでおります。
………………どうしてこうなったって?
それを理解してもらうには、あのメフィスタルニア事件の冬。
おれと姉ちゃんが初めて大河を渡り、世界最大の経済都市である港湾都市ケーニヒストルータへたどり着いたところから説明する必要があるのかもしれない。
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