聖女の伝説(2)



 11歳の冬、年越しを前にしてケーニヒストルータへと渡ったおれと姉ちゃん。


 世界最大の経済都市ケーニヒストルータは、水の都。


 その面積の大河側にあたる半分には水路がめぐらされていて、ゴンドラで人や物資が移動していた。


 子爵令嬢であるヴィクトリアさんの執事、オブライエンさんはおれと姉ちゃんをケーニヒストルータにある子爵邸へ案内しようとしたんだけど、おれと姉ちゃんはそれを断って宿屋を探して居所を定めた。


 二日かけて一度途中の島に停泊してケーニヒストルータへと渡る船の中で、おれはおじいちゃん執事とヴィクトリアさんの護衛報酬について話し合った。


 おれが求めたのは、ケーニヒストル侯爵の庇護というか、何というか。うーん、庇護なんだけど庇護じゃないっていうか……侯爵も含めて、誰からも干渉されることなく、おれと姉ちゃんを守れること、それを可能にできる何か、を報酬にしたい、と伝えた。


 おれと姉ちゃんが神々の御業を洗礼前から使えることと、そのことがいくつもの勢力から狙われるであろうことはある程度理解できていると説明した上で、侯爵から庇護を受けられると助かるけど、侯爵から命令されるようなのはお断りだし、侯爵に限らず、誰からも命令されたくないのだと。

 神殿だろうが、国王だろうが、何かを命令されるのだけは嫌なんだ、と。


 おじいちゃん執事は「誰かに何かを命じられないように、侯爵さまを利用したい、ということでよろしいのでしょうか?」と聞いてきたので、「それが無理なら、自分たちでどこか遠くへ行って生活するだけです」と返した。


 おじいちゃん執事はしばらく沈黙して考え込んでから「お二人の持つ力を利用したいという考えは上に立つ者として当然必要なことです。ですから、正当な報酬を用意して依頼をすることは認めて頂けないでしょうか」と聞くので、「こちらが断ることが許されていて、その上で納得できる報酬での依頼を受けるのはかまいません」と返す。


「お嬢さまを守り抜くという、アインさまは約束を果たしてくださいました。約束したことですから、私も全力を尽くして、アインさまの願いを叶えられるように動きます。ですがあまり期待はせずにお待ちください」


 ……期待させてください。隠すべき能力を隠さずに頑張ったんだからな!






 ケーニヒストルータで宿を決めて、ヴィクトリアさんやエイフォンくんたちをは別れて、姉ちゃんと過ごす。うん。これ大事。姉ちゃんと過ごす。


 もちろん、うろうろとケーニヒストルータを歩く? いや、歩くは歩くんだけど、その中にはゴンドラに乗るってのもある程度は含まれてたりする。いや、かなり、か。


 移動手段としてのゴンドラ定期便みたいなのが運航されてんだよな。しかも、無料で。すげぇ。


 やっぱ、ここの侯爵って、代々の考え方がすげぇんじゃねぇかな、という気になってくる。


 物流は、商業神の御業であるボックスミッツがなければ、またはボックスミッツの容量を超えれば、陸上輸送よりも水上輸送の方が大きい物も重い物も、数が多くても運べる。


 メインストリート……ストリート? キャナルかな? メインキャナルは南北に3本、東西に1本掘られていてゴンドラが3艘並んでも余裕がある。ゴンドラは基本右側通行……運航? 右側運航で、中央は追い越し線のような感じだ。


 人を乗せるゴンドラは中央にはない。各駅停車……駅? 港? まあ駅でいいか、人を乗せるゴンドラは各駅停車でメインキャナルを行き来している。

 駅は通行の邪魔にならないように、ゴンドラサイズの窪みが造られていて、駅に停まらない荷物を積んだゴンドラがどんどん通過していく。


 人を乗せるゴンドラ定期便はだいたい感覚的に20分に1艘くらいやってくる。

 総数が何艘かはわかんねぇけど、これを侯爵家が運航しているか、どこかの商会に運航させているかだとすれば、都市内の移動については、メフィスタルニアとは比べものにならない。圧倒的な速さと人数が移動できている。


 トリコロニアナ王国最大の経済都市と言われたメフィスタルニアでさえ、駅馬車のような移動システムは整備されてなかったのだから。


 ゲームではなんか面倒くせぇなと思ってたゴンドラシステム、実はすげぇんじゃね?


 交通手段は人々の1時間あたりの移動可能距離を変える。これは都市内の労働力をより多く、広範囲で活用できることをあらわす。歩いて行ける近所でしか働けない、という町とは大違いだ。


 北側の大河に面するところは、北西と北東に倉庫街がある。

 北西の港が荷下ろし港で、北東の港が荷積み港となっていて、入港する船舶は北西の港に入り、荷を下ろすと移動して中間地点で停泊し、集荷されたら北東の港で荷を積んで出港していく。


 だから、ケーニヒストルータの大河に面する北側の中間地点には、宿泊施設や飲食店街、むにゃむにゃムフフ街なんかも用意されている。

 興味はあるけどな。めっちゃあるけども! だが無理だ!


 おれと姉ちゃんはおじいちゃん執事に紹介されたなんだか立派な宿の、フツーの部屋に拠点を定めた。

 別にスイートルームなんていらない。ベッドもひとつで十分だ。


 そんで、町に出歩いていって、ゴンドラ乗って、橋渡って、屋台で売ってた魚貝の串焼き食べて、クレープが見つからなくて姉ちゃんが残念そうにしてて、でもその代わりみたいなパンケーキ屋を見つけて姉ちゃんが満面の笑みになったりと、なかなか楽しい街歩きだ。


 そんな街歩きの終わり頃。


 橋の途中で大河と水門が見えてきて……。






 おれだよ、おれ。アインだよ。覚えてない? 小川で一緒に遊んだだろ、石、投げてさ!






 ズクン、と。こめかみに痛みを感じた。


 ……そう、ここだ。この水門のある堤防の上。釣竿を持って、魚を釣ろうとして。






 お兄ちゃん? さっきの人は?


 ああ、たぶん……父さんたちが殺されて、村が滅ぼされてから、伯母さんがいた『はじまりの村』に行くまでのどこかで会ったことがあるんだと思う。


 覚えてないの?


 いや、小川で誰かと石を投げて遊んだ記憶はあるんだ。でも、その日、1日だけのことだったから、名前までは覚えてなかったし、遊んだことを思い出すのも時間がかかったんだよ。


 じゃあ、あの人も、トリコロニアナ王国から逃れて、ここに?


 みんなのために魚を釣って帰るんだ、と言っていたな。たぶん、王国から逃げて……。


 ……孤児に、なったんだね。この町の孤児院は大変なところだって聞いたけど……お兄ちゃん、何か、できることはあるのかな?


 ぼくたちにできることは、1日も早く魔王を倒し、王国を取り戻すことさ。悔しいけど、今は、何もしてあげられない。だけど、それが、きっと、彼のためにもなるはずだ。


 ……そうだ、ね。そうだよね。うん、これからも頑張ろう、お兄ちゃん。そっか、王国でお兄ちゃんと遊んだことがある人だったんだね。ふふ、じゃあ、この町は、再会の町だね!


 ああ、そうだな。リンネと再会したのも、この町だった……。






 ………………お、思い出した。


 ここだ。この水門のある堤防のとこだよ。そうだよな。そんなシーンがあったんだよ。


 アニメで、アインが出てくるシーンだ。

 そう。そうだ。間違いない。


 勇者レオンが気持ちを新たにして、魔王討伐に向かう、そのためのきっかけとなるだけの超脇役。


 レオンが子どもの頃、『はじまりの村』へと移動する途中で、ちょっとだけ遊んだことがある、たったそれだけの幼なじみ。しかも、名前すら思い出してもらえねぇ……そんなウルトラスーパー超脇役。


 もはや幼なじみとすら言えねぇよね。馴染んでねぇし。


 だけど。

 だけど確かに、アインはいたんだ。


 あの世界に。

 『レオン・ド・バラッドの伝説』の世界の中に。


 それを思い出すことができただけでも……って、あれ?


 主人公の勇者レオンに、名前すら思い出してもらえないという、ウルトラスーパー超脇役の、アイン。

 孤児院で暮らしているというアイン。

 孤児院のみんなのために魚を釣ろうと頑張るアイン。たぶん、食いしん坊なのではなく、心優しいのだと思うな、うん。

 勇者に話しかけて、でも思い出してもらえなかったアイン。

 どう考えても、とんでもなく重要性の低い、どうしてその場面で登場したのかさえよくわかんねぇという役割のアイン。


 それが、おれ、なんだとすると。


 今のおれって、ちょっと、ありえなくない?


 まだ勇者として洗礼を受ける前とはいえ、勇者になるはずのレオンをぼっこぼっこにできるおれ。

 レベル10ぐらいで強者となっているこの世界の現状において、実はすでにレベル50に達してしまったおれ。

 めったにいないとされる神々の御業の使い手なのに、太陽神、月の女神、地の神、風の神、水の女神、火の神、剣神、弓の女神、拳神、商業神、医薬神、鍛冶神、農業神というほとんどの神々の御業が使えるおれ。

 モンスターを倒しまくって得た大量の金貨で、元老舗商会を改名して資本投下し、貴重な回復薬の取引を軸として商会の販路と影響力を拡大させているおれ。

 孫娘を助けたことを恩に着せて大貴族から都合のいい庇護を引っ張り出そうとしているおれ。


 ……あれ? あれれれ? えーっと、脇役って、何だったっけ?


「……どうしたの、アイン? とつぜん、ぼうっと立ち止まって?」

「ん……ああ、姉ちゃん。いや、なんでもないよ」

「そう? 心配ごとがあるなら言ってほしいわ。アインってば本当にバカよね」


 姉ちゃんがそう言って、おれの手を握って引っ張る。


 おれは姉ちゃんに手を引かれて歩き出す。


 よし。

 深く考えないようにしよう。


 おれはそう決めたのだった。





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