聖女の伝説(3)
翌朝、朝食時に、ヴィクトリアさんの護衛騎士、ビュルテさんが宿まで来た。
おじいちゃん執事オブライエンさんからの伝言で、ケーニヒストル侯爵との面会日は青の新月の20日でいいか、という確認だった。
なんでヴィクトリアさんの護衛なのにメッセンジャーなんかやってんだこの人は、と思ったけど、頭ん中でいろいろと計算して、その日でいいけど、なんでそんなに遠い日なのかを尋ねた。
「侯爵さまは、年末年始は王都でお忙しいので、こちらにお戻りになるのがそれくらいなのです」
なるほど。
青の新月とは、要するに1月のことだ。今は年末で、年末年始は王都でいろいろとある、と。侯爵だもんな。
パーティーとかやってんだろうな。
あと数年で魔王軍との全面戦争だってのに、のんびりしたもんだ。まあ、それを知ってるのはたぶんおれだけなんだけどな。なんだけども。なんだけどさ。
「それで、こんなことのためにオブライエンさんは、ここにビュルテさんを?」
「あ、いいえ、そうではないのです。私は私で、師匠とイエナさまをお誘いしたく思いまして」
「お誘い?」と、おれは首をかしげた。ちくせう、師匠って呼ばれるけどレオンと違ってさすがにビュルテさんにチョップは入れらんねぇ。ていうか、師匠って言った時点でお誘いの内容はわかるよな?
「今日は予定がありますか? 特にないのであれば、騎士団の訓練場へ行きませんか?」
ほら、やっぱり。
「いや、別に訓練の必要はないので」
「そこを何とかお願いします! 師匠!」
くそう、レオンみたいにチョップを入れたくても、ビュルテさんは年上の美しい女性……ムフフ、ビュルテおねいさま……ま、チョップは無理だな。
だが断る!
「せっかくケーニヒストルータまで来たんです。いろいろと見て回りたいですし」
「そう言わずに、お願いします! 師匠!」
断っても断っても喰い下がるところはレオンどころではない。マジしつけえ女ビュルテ。
くそう年上のお姉さん騎士とか、『ディー』にはグッとくるし?
これを断り続けるのはキツいな……。
「お願いします、師匠! 修行を! 稽古をつけてください!」
それにしてもしつこいな。何かあったか?
「……何か、あったんですか?」
「あ、いえ、その……」
「あったんですね?」
「はい……」
ビュルテさんが白状したのは、昨日のことだった。
昨日、ビュルテさんとユーレイナさんは、久しぶりのケーニヒストルータだというのに、すぐに騎士団の訓練場へと向かったそうだ。
脳筋か? 脳みそ筋肉なのか?
どんだけ訓練好きなんだ。
まあいい。そこは騎士だし、護衛だし、仕方がないことだろうし。
そんで、ビュルテさんとユーレイナさんは、騎士団のメンバーたちと久しぶりに立ち会って、そのまま全員を叩きのめしたらしい。
そりゃ、そうだ。
メフィスタルニアでスケルトンコマンダーを狩って、レベルがどんと上がったはずだからな。
でも、そんなことを知らない騎士団の人たちにとっては衝撃の現実だった。
もともと騎士団の序列3位だったビュルテさんはまだしも、10位までしかない序列には含まれてなかったユーレイナさんにまで完敗したとは、さすがに騎士団全体がどよめいたそうだ。
ユーレイナさんは序列7位、5位、4位を倒したらしい。あとの序列持ちは王都とかその他どこかに派遣されているそうだ。
なんでそんなに強くなったんだ、と。もちろんそういう話になって。
メフィスタルニアの1件はまだ伏せられているから、くわしいことは話せなかったけど、とにかくかなり強い魔物を二人で狩る機会があって、その時にいろいろと教えてくれた人がいた、と。
話してしまった。
……一緒に訓練場にきていたヴィクトリアさんが。
そうしたら、その人がケーニヒストルータまで来てるのなら、ここに連れてきてほしい、と、騎士団のみなさんが言い出してしまい……今朝はここまでビュルテさんがやってきた、と。
なんてことを。
「……どうして巻き込まれなければ?」
「すみません、師匠……」
ちょっと落ち込んだ顔をしたお姉さん騎士。くうぅ、グっとくる。でも師匠呼びはやめて。
「……ヴィクトリアさまのお立場もあり、応じて頂けると嬉しいのですが?」
ちらり、と一瞬だけ、ビュルテさんは姉ちゃんを見た。
……いや、気づいてるよ? そういうのズルいよな?
「……アイン。付き合ってあげたら?」
……ほらな。姉ちゃん、ヴィクトリアさんに甘いよな? な?
こうして、おれと姉ちゃんはビュルテさんの案内でケーニヒストル侯爵家の家紋が入った専用ゴンドラに乗って、騎士団の訓練場へと向かった。
そして、今。
目の前には、惨状が広がっている。
倒れ伏したり、座り込んだりしている二十数名の騎士たち。
ここは、『はじまりの村』の宿屋にあるのと同じ、いわゆる不思議フィールドのようで、どれだけダメージを受けてもHP0にはならずにHP1で止まる。
だから、とりあえず死ぬことはない。それがいいのか悪いのかはよくわかんねぇけどな。
……で、騎士たちを見下ろすように立つ、大人たちと比べればはるかに背が低い、訓練用の槍を携えた一人の少女。
その少女を、まるで祈りを捧げるように両手を合わせてきらきらした瞳で見守る、銀髪の美少女。
その隣に立っているおれ。
「やっぱりイエナねえさまはすごいですの。ねえ、アインさま」
「はぁ、そうかもしれないですね……」
とりあえずここまでの流れを簡単に説明しよう。
おれたちは訓練場までやってきた。
そんで、なんだ子どもじゃないか、と騎士の一人が言った。言ってしまった。
それで、はい、子どもです、とおれは素直に答えた。
そうすると、こんな子どもに負けるわけがない、とまた別の騎士が言い出した。
うん、そう思うのはフツーだよ。
だからおれは、そうですね、と素直に答えた。
そもそもおれは、ここでやり合う気はなかったし。子どもに向かってフツーのことを言われて、怒るようなこともない。
いや、レベル50がレベル10以下にいちいちイラついてたらダメだろ?
でも、姉ちゃんはイライラしてたんだな、これが。
そこで、ユーレイナさんがやれるものならやってみるがいい、負けて泣くなよ、と煽った。
おいこら、そこの女騎士さん? なんで煽るの?
ならば、少し遊んでやろう、と騎士が言って、おれは、いいえ必要ありません、と固辞した。わかる? 固辞だからな? ぴくりとも動かずに拒否ってやったよ。
ビュルテさんが、師匠、ここではどれほど打たれても死ぬことはありませんので、遠慮はいりませんからどうぞ、あの愚かな者たちに鉄槌を、とか言ってさ。
これ、丁寧な物言いに見せかけた煽り運転だよな? 逮捕しちゃうぞ?
ますます騎士さんたちが興奮して、もう複数でやんややんやと言い出して。
で、おれは子どもっぽく、ひたすら固辞。孤児じゃねぇからな、固辞だからな。
その態度も気に喰わなかったんだろうな。そのうち、からかうような、馬鹿にするような発言も出てきたりして。
ま、騎士とか言っても、しょせんは乱暴者の中から選ばれた感じの人もいるし。
そういうこともあるさ。
おれは笑うでも怒るでもなく、流してたんだけど……。
「……やりをちょうだい。あたしがやるわ」
………………残念ながら、心底怒ってたのは、姉ちゃんの方でした。
そういう訳で、目の前の惨状は姉ちゃんが生み出したものだ。
おれじゃないからな!
しかも、1対1で、ユーレイナさんとビュルテさんを含めて、姉ちゃんは全員を叩きのめした。
あの二人、護衛の自覚ないだろ? おれがあいつらの代わりにヴィクトリアさんの隣に控えてんだけどさ?
で、1対1でみんな負けたから、騎士団はもう呆然としてんだけどな?
「……ちょうど、1対2のくんれんがしたかったところだわ。『レラサ』、『レラシ』。そこの人たち、今、回ふくしたわよね? そこの二人で同時に相手になって」
そう言って月の女神系回復魔法を二人の騎士にかけた姉ちゃんが槍をかまえて、今度は1対2の訓練をはじめて、次々に2人ずつケーニヒストル侯爵家の騎士団を1対2で戦って叩きのめしていったんだよ。
いや、槍だからな。剣じゃねぇし。槍だしな。
二人同時攻撃のいい訓練だよな……って、ちっがーーーーうっっ!
いや、違わないけどさ。確かにいい訓練だろうけどな。だろうけども。
最後にビュルテさんとユーレイナさんの二人を同時に相手にして、まさに歯牙にもかけずに打ち倒して、今ココ。
荒い息のまま倒れた美人女騎士とかめっちゃくるわぁ~。『ディー』にはグッとくるわぁ~……なんて、いやいやいや、現実逃避もしたくなるでしょう? こんな惨状を前にしたら!
こうなるってことはなんとなくわかってたけどな! わかってたけども!
「……次は、1対3がしたいわ」
「やめて!? 姉ちゃん? もうやめてっ!? やめてあげて! お願いだから!」
「まあ、ありがたいことですの。昨日もこの方たちはビュルテやユーレイナを馬鹿にしておりましたの。護衛の役割を余所者に盗られた恥知らずなどと申して……。イエナねえさまにきたえ直していただけるのなら、こんなにありがたいことはございませんの」
「ヴィクトリアさまっ!?」
「そう? リアがそう言うなら、がんばるわ。『レラサ』、『レラシ』、『レラス』。じゃあ、今度は今、回ふくした3人が相手でいくわ。そこで見てて、リア。アインもね」
にっこり笑って槍をかまえ直すねえちゃん。怖い。マジで怖いんですけど?
訓練3周目。『聖者の指輪』によってMPが1分で1回復する姉ちゃんにとって、この程度の回復魔法は余裕だ。全く問題ない。もーまんたいだ。
でもこの手合わせ、さすがに1対4とか、1対5とかはやめてあげてほしい。
もう既に騎士団の人たちのプライドは影も形も残ってないとは思うけどな。思うけども。心のどこかでざまあみろと思う気持ちがないワケでもないけども。
でも、もし、そうなったら本気で止めよう。おれが姉ちゃんを倒すことで……。
この日。
ケーニヒストル侯爵家の騎士団は一人の少女の槍によってほぼ一方的に壊滅させられたのだった。
「イエナねえさま、すばらしい技ですの」
「ありがと、リア。ふぅー、あーーー、すっきりした。で、アインは本当にやらない? これじゃつまらないわ?」
ここにいた騎士団員を1対3で次から次へと全員ぶちのめして、訓練用の槍を返してお礼を言って、ヴィクトリアさんに手を振りながら近づいてくる姉ちゃん。
……って、めちゃくちゃスッキリしたその顔! 何だその顔は? 姉ちゃん、なんかストレス貯めこんでんのかな? 訓練だけなら、おれとほぼ毎日やってんじゃん?
「姉ちゃん、なんか、イライラ、貯め込んでない?」
「んー? 別に、イライラっていうより、いっつもくんれんだとアインに1度も勝てないわ? でも、ここだと勝てるからなんか気持ちよくて……」
……姉ちゃんのストレス要因っておれか? おれとの訓練なのか? おれのせいか? いやいやいや、それはしょーがねぇーだろ? だよな? そうだよな?
待て待て。それだけじゃないよな? あれだよ、その、回復魔法って、そういうもんじゃねぇよな? そういう使い方しないでほしいんだけどさ。叩きのめすために癒すとかって、何? どんだけ戦闘狂になってんの?
まあ、持ってる力を隠すのは今さらだからいいとして。
……ヴィクトリアさんも含めて、おれたちを見極めようとしているのか、取り込もうとしているのか。
誰かの指示かな? おじいちゃん執事とか?
あと、騎士団の人たち、表情がなくなってんだけど、大丈夫かな?
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