聖女の伝説(4)



 騎士団の訓練場を出たおれと姉ちゃんは、昨日のパンケーキ屋を目指した。姉ちゃん、甘味が好き過ぎるよな。

 小川の村にはなかったから免疫がねぇんだろーな、たぶん。


 姉ちゃんが回復魔法で回復させたビュルテさんとユーレイナさん、そしてメイドのセリアさんを引き連れて、ヴィクトリアさんも同行している。というか、おれと姉ちゃんをヴィクトリアさんが侯爵家のゴンドラに乗せてくれているというべきだろうか。


 パンケーキを食べて宿に戻るわよ、と姉ちゃんが言ったのを聞いてしまったヴィクトリアさんはついて行きたいと言い出したのだ。

 ヴィクトリアさん、姉ちゃん好き過ぎだろ。


「ところで、どうしてアインさまは騎士たちと手合わせをなさいませんでしたの?」

「え?」


 珍しいな? おれに直接話しかけてくるなんて?


「あたしの相手にならないんだもの。アインの相手になるわけないわ」


 ふん、と鼻を鳴らして姉ちゃんが威張っている。なんで姉ちゃんが威張ってんだよ?


「……アインさまは、イエナねえさまよりもお強い、ということですの?」

「くやしいけど、そうね。あたし、アインには一度も勝ったこと、ないわ」


 ビュルテさんとユーレイナさんの目がすっと細くなったのは見逃してないからな。


「……1対1はもちろんだけど、3対1でも勝てたことがないもの」


 そう言った姉ちゃんが、どこか遠くを見ていた。「……ずいぶん前のことだけど」


「イエナねえさま? 3対1でも、ですの?」

「さっきみたいなところじゃないから、剣の代わりに木の枝を使ってたわ。でも、そういえば弓矢は本物だったわね。あたしともう一人が切りかかっていって、矢もとんでくるのに、アインはずっとかわし続けて……思い出すとちょっとむかつくわ」

「姉ちゃん……昔のことは、それくらいでいいだろ」

「……あれから、1年、かぁ」


 小川の村が滅ぼされて、『はじまりの村』まで行く旅の道中で、姉ちゃんと、レオンと、シャーリーを相手に、そんな訓練もしてたっけ。


「それにしても、騎士は……」

「姉ちゃん! たぶんそれ、言っちゃダメなヤツだからな!」

「な、何?」


 弱い、って言おうとしてたよな? 騎士は弱いって!


「……弱いって言おうとしただけだわ」


 ……言っちゃったよ。言ったよ、姉ちゃん。言っちまったよ。


 ああ、ビュルテさんとユーレイナさんがうつむいてるじゃん! セリアさんは平然とした顔してるけど左手がなんかグーパーグーパーしてるし!? 手汗かな? あれは動揺してるよな?


「盗賊よりは少しマシってとこだわ」


 ……ハラグロ商会の馬車を襲った連中と比べたんだよな。


 たぶん、騎士団の人と盗賊のレベル差は少しで、ジョブ持ちかどうか、つまり洗礼を受けてるかどうかの違いだろうな。ジョブを洗礼で授かると、少しは補正も入るし。


 まあ、正直なところ。

 メフィスタルニアで見た騎士たちも、さっきの騎士たちも。

 小川の村の村長さんや、猟師のみんなよりも弱いって感じたからな。レベル的に。


 やっぱりレベル5が標準なんだろうな。


 メフィスタルニアを脱出して、ビュルテさんは上級スキルが使えるようになったから、たぶんレベルは最低でも15だ。そりゃ、騎士団内の訓練では圧倒的だろう。


「アインはわかってないわ」

「え? 何が?」

「ビュルテさんも、ユーレイナさんも、強くなりたいと本気で思ってるから、アインをくんれんじょうへさそったわ。そんな二人が、弱いって言われただけできずつくはずないわ。本当のことだもの」

「姉ちゃん……」

「それなのに出しおしみして、一度も手合わせしないなんてひどいわ」


 ……真理、かも、しれない。


 確かに、ビュルテさんやユーレイナさんが強くなりたいって本気で思ってるのは知ってた。


 その思いに応えることなく、おれは今日、手合わせを避けた。


 おれとしては、騎士団から下手な恨みを買いたくないという考えだったし、それも間違っているとは思わないけど……。


 子どもにぼこぼこにされたら、嫌だろ、そりゃ?


 あと、たぶん、ヴィクトリアさんさえも使って、おじいちゃん執事は情報収集してるってのも気になったしな。間違いなく、情報収集してると思うんだよな。


 まあ、何を言っても、ビュルテさんたちの思いを受け止めなかったのは事実だけどさ。


「……強くなる、の種類が違うよ、姉ちゃん」


 そんな言い訳をしてみる。


 はっきりと、女騎士二人の視線がこっちを向いた。だけど、護衛という立場上、口を開くことはできないようで、なんだかもどかしいという顔をしている。


「……どう、ちがうんですの、アインさま?」


 ヴィクトリアさんは、聞きたくても聞けない護衛の二人のために、そう言ったんだろうと思う。


 せめて、ごまかしではなく、答えてあげようか。


「訓練場では剣や槍の扱いがうまくなることはあっても、剣士や騎士として強くなることはないです。もちろん、それも含めて強くなるとも言えるんですけどね。本当に強くなるのは、実戦だけです」

「実戦、ですの?」


「ええ、そうです。魔物を倒して、強くなる。それ以上のことはないです。それも、簡単に倒せる弱い魔物を相手にしていては強くなれない。姉ち……姉が騎士団の人たちよりも強いのは、これまでに倒してきた魔物の種類と数、そして強さが違うから、です。単純に言えば、強くなるとは、より強い魔物をより多く倒すということになります」


「……ビュルテやユーレイナが二人で時間をかけて倒すガイコツの魔物をイエナねえさまやアインさまが一人で簡単に倒せるのは、それだけの数、それ以上に強い魔物を相手に戦って、倒してきたということですの?」

「……まあ、そうなります」

「いろいろな魔物におくわしいのはそういうことでしたの……」


 ……そういえば、魔物の話とか、したこともあったな。確か。


 それと、メフィスタルニアでのこと。怖かっただろうに、よく見てるよ、マジで。まさにご令嬢っていうお姫さまみてぇーな感じなのにな。意外と度胸もあるんだよな、これで。


 ヴィクトリアさんを鍛えたら、ビュルテさんより強くなれそうな気がするよな……でも、ないけど。ないけどな! ヴィクトリアさんを鍛えるとか、ないから! ごめんだからな!






 ケーニヒストルータのパンケーキ屋は、まだここに来て2日目だというのに、すでに姉ちゃんの一押しの店になっている。


 いや、だからなんで中世ヨーロッパを模した社会にパンケーキ屋なんだ? フルーツと生クリームのってるし? みょーにフカフカふっくらだし?


 しかもMP30回復。クレープと同じで実は回復アイテム扱い。

 アイテムストレージに収納しようと思えば収納できるからな! しねぇけど! 今は。

 そういや、メフィスタルニアのクレープ屋はどうなったんだろうな? ガイウスさんたちが店員を引き抜いてたような記憶があるんだけど?


 おれと姉ちゃんとヴィクトリアさんが同じテーブルで、ビュルテさんとユーレイナさんは別のテーブルで交代しつつ、メイドのセリアさんの分はお持ち帰りで頼んで、みんなでパンケーキ。あ、支払いはおれが済ませました。


 ユーレイナさんって、男っぽいしゃべり方すんのに、こういう甘い物食べる時の顔は、ちゃんと女の子の顔してんだよな。ギャップ系か?


 ビュルテさんもにこにこしちゃってさ。


 あいつらやっぱり護衛の自覚ねぇだろ? 一応交代で食べてるってだけで。


 ……まあ、なんだかんだで死線を一緒に抜けてきたからな。なんとなく仲良くなっちまってるのはしょーがねぇか。

 セリアさんとか、初めてクレープ屋で会った時の冷たい感じはもう全くしないもんな。


 こういうの繰り返すと、守るモノが増えそうで、ちょっとなぁ。


 姉ちゃんについては、戦闘力って部分ならたいていの相手は問題なしのもーまんたいになった。

 さっきの訓練場での戦いを見てて、それは明らかだよな。大貴族の騎士団相手に、1対3でまとめて秒殺だし。


 ビュルテさんとユーレイナさんはそもそも騎士だ。自分で戦って、自分を守ればいい。


 そうすると、ヴィクトリアさんが自分を守れない弱さを持ったまま、貴族令嬢だし、ずっと守られてやってくんだろうな。


 そんで、メフィスタルニアみたいな何かに巻き込まれた場合、周囲の人がヴィクトリアさんを守るために犠牲になる、と。


 ……メフィスタルニアで死ぬはずだったゴーストNPCのはずのヴィクトリアさんを助けたのはおれだから、この先ヴィクトリアさんがどんなことに巻き込まれるのかは予想もつかないんだけどな。


「イエナねえさま、明日は屋敷の方へいらっしゃいませんか? 侯爵家のシェフはパイ作りがとても得意なんですの」

「あー、ごめんなさい、リア。実は、今日から、この町は出て、いろいろと旅をする予定をアインが立ててたわ。だから……」

「また、旅にでるんですの?」


 そう。

 とりあえず、リタウニングでの転移範囲を色々と増やす。


 侯爵との面会までに、まずケーニヒストルータからできるだけ南へと進んで転移可能な町や村を増やして、できればソルレラ神聖国まで。

 そこからケーニヒストルータに渡る前に突き進んでいた大陸西部へ転移して、戦の女神イシュターの古代神殿と風の神の古代神殿と太陽神の古代神殿を目指す。

 それから一度、古き神々の古代神殿へ転移して、4層攻略を終わらせて完クリしてから、ケーニヒストルータに戻る。それで侯爵との面会日に間に合うはず。


「年末年始はイエナねえさまと過ごせるかと思っていたんですの……」


 ちょっと悲しそうなヴィクトリアさんの声。


 うん。残念でした。だが、あきらめていただく。


 年末年始、おれと姉ちゃんは二人っきりですごすのだ!





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