聖女の伝説(68)
脳筋マーズの……というよりその側近の文官、つまりはトリコロニアナ王国の狙いは、姉ちゃんを取り込むこと。
トリコロニアナ王国だけじゃねぇよな。
今年、学園に生徒を送り込んでる国は、多かれ少なかれ、できれば聖女を取り込みたいと考えている。
聖女がいるだけで国際的な地位が高まるからだろうな。800年ぶりとか、どんだけレアジョブ扱いなんだ、聖女……。
もちろん、学園があるソルレラ神聖国も姉ちゃんをあきらめたワケじゃねぇだろうしな。
まあ、でも、今のところ。
学園内では最上位となる王族がでっかい声で婚約だとか叫んでくれているおかげで、トリコロニアナ王国以外の国は動けなくなっているのも事実。
つまり、マーズの行動は見事な牽制になってるのは間違いない。
トリコロニアナ王国としては自国に取り込めない場合に他国に奪われるという状況は回避できているとも言える。
新入生歓迎パーティーで姉ちゃんがはっきりと決闘もメリットなしと拒絶したことで、トリコロニアナ王国としても打つ手はない状態だけどな。
学園生活ではクラスが違うので、ほぼ絡みがないし。
姉ちゃんを中心とするフェルエラ村メンバーは5つの講義全てを受講している。そのため、15時まで教室で過ごす。
そこから17時半ぐらいまでダンジョンアタックだ。
正確に言えば、ダンジョンアタック・サポート、とでも表現するべきだろうか?
エイフォンをはじめとするケーニヒストル侯爵領関係の学生と一緒に学園ダンジョンに潜って、エイフォンたちのレベル上げをサポートしている。
エイフォンは既にレベル5に達しているらしいが、他の7名は入学時点でレベル1だった。姉ちゃんの鑑定で確認済みだ。
そこで4人組をふたつ作って、そのうちひとつにダフネと姉ちゃん、もうひとつにキハナとナルハが加わって、ダンジョンアタックをするように姉ちゃんが進めた。
姉ちゃんとナルハはヒーラーで、キハナとダフネはタンクだ。
姉ちゃんたちのレベルが高すぎてフェルエラ村メンバーには経験値が入らないんだけど、キハナやダフネのタンクなら安定してモンスターと戦える。ダメージが入ったら姉ちゃんやナルハがレラサでヒールしてカバー。
なんとも安全なダンジョンアタックだ。
講義のある日は一度ずつ、休日は3度ずつ、ダンジョンアタックを1層だけ進める。
着実に経験値を稼いで、レベルを安全に上げていく。
いつかはケーニヒストル騎士団に入る連中だと考えたら、シルバーダンディになかなかの恩を売れることなのかもしれない。
月の真ん中にある長めの休みは、サポートなしで挑戦させる。無理せず、1層だけだ。付き添いの神官が無理はさせないから心配はいらない。
長めの休みは、おれたちフェルエラ村に戻ってるしな。
まず1日は慌ただしく過ごしたあの日。婚約バカの日だな。婚約してないけど。
2日と3日は朝から講義で、5つの講義を終えて、ケーニヒストル侯爵領関係の学生たちのダンジョンアタックに協力。
4日と5日は休日だけど、この日もダンジョンアタックに協力。
6日は講義後のダンジョンアタック。7日は講義後に、ケーニヒストル侯爵領関係の学生たちを誘ってピザ屋に行った。平民出身の人たちがガチガチだったけど、ピザ食って感動してた。あと、おれは姉ちゃんからハチミツを奪われた。8日は講義後、ダンジョンアタック。
休日の9日はダンジョンアタックで、10日は講義のレポート作成。おれはハラグロに情報収集。
11日は講義後にダンジョンアタック。12日は講義後にすぐ屋敷に戻って、商業神系魔法でフェルエラ村へ転移。
13日から17日までフェルエラ村の里山ダンジョンの間引きを戦闘メイド部隊、ピンガラ隊、リンネとヴィクトリアさんたちと一緒にやって、18日に面会予約を受けていたので聖都へ転移。こん時にメイドとメイド見習いと執事は入れ替え。
18日に面会予定の脳筋マーズの文官が屋敷を訪れ、決闘条件として、大河に近い3つの町を差し出すと言い出したけど、必要ないと決闘を拒絶。だから領地とかいらねぇんだよ。まったく。
19日は講義後にダンジョンアタック。20日は講義後にケーニヒストル侯爵領関係の学生を連れて今度はクレープ屋で懇親会。21日は講義後にダンジョンアタック。
22日と23日の休みはおれと姉ちゃんで聖都のさらに南にあるニードル国まで旅をして、リタウニングできる範囲を拡大。他の子たちは休養日。
24日から26日までは講義後にダンジョンアタック。
休みの27日と28日はケーニヒストル侯爵領関係の学生を屋敷に招いてみんなで試験勉強。まあ、フェルエラ村関係者以外は講義を2つしか選択してないから、それほど大変ではないみたいだけど。屋敷に招待されたエイフォンが珍しく嬉しそうなニコニコ顔だったのはちょっとキモかった。学園の寮にはきちんと連絡した上で外泊許可を得て、みんなうちの屋敷に泊まった。
ケーニヒストル侯爵領関係の学生はもうすっかり打ち解けてます。姉ちゃんすげぇ。
29日の試験日は無事に乗り切って、30日の休みは完全休養。
そして、白の満月の1日。
タッパでステ値をチェック。
「うぉ、マジか! キテるわー!」
おれ、まだ入学してないし、洗礼受けてないけど、護衛として姉ちゃんと一緒に講義を受けたら、ステ値がアップしてました。筋力、耐力、魔力、すばやさ、器用さ、それぞれ+5です。すげぇな学園、マジか~。
レベルが上がりにくくなった今、このステ値アップはめっちゃありがたい。
ゲームだったら2つの講義しか選択できなかったけど、今は5つ全部選択した上で、5つのステが全部+5ってのは、はっきりいって美味しい。
学園は10か月あるから、各ステに+50か。美味し過ぎだろ、これ。来年もステ値アップなら+100じゃん!
やべぇ~。これやべぇ~。
白の満月も基本は同じ。
でも姉ちゃんは、ダンジョンアタックサポート事業を拡大して、同じクラスの河南出身者もサポートを開始。もちろん、ダンジョンアタックだけでなく、たまにパンケーキ屋とか、ピザ屋とか、クレープ屋とかに懇親会で行くのも一緒。
聖騎士見習いたちにはダンジョンアタックのサポートとかはしないけど、懇親会には誘って参加させていく。もちろん、財布はこっち持ちで。というか、ピザ屋以外のふたつはハラグロの経営なので支払いをした覚えがないんですけど?
姉ちゃん、こんな感じであっさりとクラスを掌握しちまいました。
……希少なジョブの学生を引き抜けない貴族たちって実は無能なのでは? あ、いや、姉ちゃんは別に引き抜きをかけたんじゃねぇけどな。
一方。
脳筋マーズ殿下のクラスにはまとまりとかは全然なくて。
ダンジョンアタックも、順調なのはマーズ殿下だけ。強い護衛がいるからな。マーズ殿下の取り巻きのトリコロニアナ王国から来た学生ですら、脳筋マーズはサポートしてない。
いや、それがフツーなんだろうけどさ。
聖騎士見習いはどっちのクラスにもいるもんだから、聖騎士見習いを通じて、もうひとつのクラスの情報がやり取りされて……。
元々聖騎士見習いたちは天職が『聖騎士』であることを鼻にかけて聖騎士見習いたちを見下している脳筋マーズよりも本来ならば仕えるべき相手である『聖女』の姉ちゃんの方を重んじていたことも重なって。
学生の間では完全に、今年の二大巨頭である聖女の姉ちゃんと聖騎士の脳筋王子との格付けは終了していたりする。
ちなみに、懇親会にはマーズ王子のクラスの聖騎士見習いも参加してるからな。
ちらほら、マーズ王子のクラスの、聖騎士見習い以外の、河北出身の生徒たちも、こっち側の世界に近づいているのが現状だ。
白の満月も終わろうとするタイミングなので、学園が始まってわずか二か月。
トリコロニアナ王国が何も気づかないうちに。
脳筋マーズたちのトリコロニアナ軍団は完全に学園内で浮いた存在となっていた。
……これって、前世の日本だったらイジメとか言われるんだろうか、ひょっとして?
まあ、マーズが「オレと婚約しろ」と言う度に、学生たちから白い目を向けられるようになったのは別に姉ちゃんがそう誘導したってワケじゃねぇとは思うけどな。思うけども。
マーズ、そういう視線に気づきもしないんだよ……。
「あれ? 何読んでんの、姉ちゃん?」
屋敷でソファに身を預けてくつろぎながら何かを読んでる姉ちゃんかわいい。あれ、でも目は笑ってないな?
「……何でもないわ、アイン。心配しないで」
……見た感じ、手紙っぽいけど、ま、ま、ま、まさか、ら、ら、ら、ラブレタァぁぁーじゃねぇーだろーな、まさか!
「ね、姉ちゃん? ひょ、ひょっとして、恋文とか……」
「な、何言ってるの、アイン!? そんな訳ないわ!」
「慌ててる! 姉ちゃんが慌ててる! ホントに? ホントにラブレターなのか?」
「だから違うって言ってるでしょ! そこに座りなさい! アイン!」
そう言われたら座らざるを得ない絶対服従のおれ。
ごっつん!
「いってっ……」
「もう! アインってば本当に馬鹿なんだから! 本当にそんなんじゃないわよ!」
……ううう。ムキになって否定してるるるるる!? これ、そうだよな? ゲンコツでごまかしたよな? てことはマジか!? マジなのか!?
誰だ? 今の現状ならマーズの野郎か!? いや、あいつのことなんて姉ちゃん鼻くそ以下の扱いしかしてねぇ……だがそれをもってラブレターを送って来ないとも言い切れねぇな? 最重要参考人だな。証拠が出たら即逮捕即裁判即判決即死刑執行だだだだだ!
次点はあれか? エイフォンのクソか!? あんにゃろぅメフィスタルニアで助けてやった恩も忘れて姉ちゃんに手ぇ出そうってか!? 生きたまま634号の足元に投げ込むぞゴラァっっ! 二刀流に切り刻まれつつ踏みつぶされろやオラァ!
あとは? あとはあとは? まさかスラーとかオルドガとかじゃねぇーだろーな? いや、あいつら村で頑張ってるし……まさか! ナルハを通じて手紙届けてたりしてんじゃねぇだろーな? もしそうだったら全武装もいだ上で飛竜の谷に叩き落してやる……。
ごっつん!
「いったっ……」
「もう! 変な顔して! 本当に恋文なんかじゃないわ。だからそんな顔しないで、アイン。ちょっとした事務連絡だわ」
「……ホントに?」
「本当よ」
「本当の本当に?」
「もう、怒るわよ?」
既に二発ゲンコツ喰らってっけどな!? それは口に出さないよ? もちろん出しませんとも!
ヴィクトリアさんが優しく見守っていて、リンネがちょっと情けなさそうな感じのため息をついてて、姉ちゃんの部屋はめっちゃ平和な感じだったけどな。
まあ、しょうがない。いくら大好きな姉ちゃんのこととはいえ、姉ちゃん宛ての手紙を勝手に読むワケにもいかねぇもんな。
それに、封筒に残された封緘印がソルレラ神聖国教皇聖下専用のものだなんて、知らなかったし、どうあがいてもこの時点では気づけなかったはずだからな。
これ、無理ゲーだったから。うん。無理。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます