アインの伝説(6)



 大神殿とケーニヒストル侯爵領との関係は冷たいものだけど、大神殿としては聖女を3人も抱える大貴族を突き放すワケにもいかないので、まあ、表面上はうまくやってるフリ、だろうか。


 シルバーダンディはケーニヒストルータでできるだけ神殿にお金をかけない方針をおじいちゃん執事と進めているらしい。


 おれの洗礼から数日後、青の半月の30日は、姉ちゃんの卒業式。


 卒業式後の卒業パーティーは、卒業したんだからと学生以外も参加可能ということで、姉ちゃんのエスコートはおれが! まぁ、正しくは学生以外の婚約者なんかをエスコートして参加するモンらしいんだけどな。だけども。


 残念そうなエイフォンくんにはメイド隊のキハナをエスコートしてもらっておれが!


 ちなみにシルバーダンディも、リアパパ子爵も卒業パーティーには参加だ。


 大神殿からも教皇とユーグリーク枢機卿が参加している。


 他にも、他国の貴族とかもいて、社交が面倒だけど、そういうのはシルバーダンディに押し付けて、姉ちゃんのエスコートと護衛で、姉ちゃんとダンスも踊って、他の男は寄せ付けず。まぁ、その役割をシルバーダンディもおれに望んでたしな。


 姉ちゃんには婚約者はいねぇんだけど、おれたちが実の姉弟だと知らない連中からすれば、婚約者にしか見えない! という感じ。


 卒業パーティーでは聖騎士見習いだった学生たちが姉ちゃんに話しかけたりはしてくるんだけど、なんかマーズだけは一切こっちに近づいてこない。


 なんでだろうな?


 どっかの伯爵とか、どっかの子爵とかが姉ちゃんに話しかけようとすると、姉ちゃんの横にリアパパがさっとフォローに入る。


 あんま心配しなくても、姉ちゃんが言質を取られるようなヘマはしねぇんだけど、まあ、一応。


 それでもしつこいようなら、リアパパの合図で姉ちゃんはおれとダンスに行く、と。


 結局、4回は姉ちゃんと踊ったね。


 エイフォンくんから「お姉さんに甘えすぎだろう」とか言われたけど、「仲いいんだよ、ウチは」と返しておいた。


 卒業パーティーが終われば、学園は2か月間の休みに入って、次の新入生……つまり、おれたちの入学を待つことになる。






 卒業パーティーの翌日、おれは遠出を考えていたんだけど……。


「ちょっと出かけてこようと思うんだけど……」

「……もちろん、ついていくわ?」


 ……とまあ、姉ちゃんに狙い撃ちで付きまとわれてます。いや、これは嬉しいんだけどな? 嬉しいんだけども……今回はちょっと、その、何ていうか……。


「……大丈夫。どこに行こうとしてるかは、だいたいわかってるわ。アインってば本当に馬鹿よね」


 どうやら、おれが行こうとしている場所は予測済みらしい。


 なんか、姉ちゃんをごまかすことはできなさそーなので、そこはあきらめる。


 他にも同行したいというメンバーが何人かいたけど、今回は姉ちゃんだけで、と命じて、二か月ほど空けることになる屋敷のことを任せる。最終的にリタフルの転移でフェルエラ村へ移動する者と、陸路をフェルエラ村まで移動する者とにメンバー分けもして。


 次の新入生になるメンバーの部屋割りとかも決めさせて。


 そんな指示を出して、おれと姉ちゃんは出発した。






「……久しぶりだわ」


 そう言った姉ちゃんが見つめる先にあるのは『はじまりの村』の入口。


 でも、ここに入るワケではない。


「あら、入らないの、アイン?」

「……わかってるクセに」

「ちょっとくらい、寄り道するのかと思っただけ」


 姉ちゃんは穏やかに笑った。


 おれはストレージから飛行石を取り出す。


「飛ぶよ。心の準備はいい?」

「もちろん。あれ、楽しいもの」


 飛行石で飛ぶのが好きって、姉ちゃんもちょっと変わってる。いや、旅慣れた結果、そうなったのかもしんねぇけどな。けども。


 『はじまりの村』の前で浮上して、方向を定めて、飛行開始。


 うねうねと歩き続けた谷間も、ゆらゆらと渡ったつり橋も、狩りまくって荒らした草原も、薬草を集めて回った森林も、全てを眼下に置き去りにして。


 歩く何十倍もの速度で空を飛んで、全てを超えていく。


 本当ならゲーム後半で移動速度を高めるために利用されるはずのアイテム。こういうのも本当は反則チートなんだろうけどな。


 王都トリコロールズへと飛んだ時と同じように、途中でモンスターの攻撃を受けて飛行を中断されることもない。


 本当に魔族の侵攻がまだ起きていないんだと実感する。


 それと同時に、魔族の侵攻がまだ起きてなくて良かったと心から思う。






 そうして、数時間の飛行の後、森の合間を流れる川の上流に滝が見えたところで着地する。


 目の前には村の入口。


 ごくり、と唾を飲み込む。


「……なによ、アイン、緊張してるわね?」


 姉ちゃんがからかうようにそう言った。


「わかってるクセに……」

「ふふん。緊張しなくても大丈夫よ、アイン。あの子がアインを待ってないはず、ないわ」

「……ふん」


 おれは、ちょっと照れて。

 村へと一歩を踏み出す。


「……成人したから迎えに行くなんて、アインも成長してるわね」


 そんな姉ちゃんのつぶやきは聞こえていてもちょっとスルーで! 照れるのでスルーでお願いします!


 そう。

 ここは辺境伯領の開拓村のひとつ、『滝の村』だ。


 おれたちがシャーリーと別れた村なのだ。






「……領都に移住、ですか?」


 『滝の村』を訪ねて、確かこのへんにシャーリーのおばさんの家があったはず、というところを訪ねてみたけど、留守にしてるみたいだったので、村長さんのところを訪ねてみると、あっさりとそんなことを言われてしまった。


 ぷ、ぷ、ぷ、プロポーズの過酷……失礼、緊張すると噛むよね、ソルむゃ、みたいにさ……風呂ポーズ、いやいや裸でポージングしてどうする!?

 ええっと、プロポーズの覚悟を決めて、ここまで踏ん張ってきたというのに、めちゃめちゃ拍子抜けである。

 精神的に全てを吐き出したような脱力感がある。これぞ拍子抜けという拍子抜けである。踏ん張ったはずなのに……いや、ひとつも踏ん張らずにここまで空を飛んできたけどな。飛んできたけども!


 おれのことを思いやりつつもからかおうとしていた姉ちゃんも拍子抜けだったみたいだ。


「もう、何年も前のことだ。領都へ行ったのは間違いないが、それからどうなったのか、領都のどこにいるのかなど、くわしいことはわしらも知らんのでな」


 村長さんにそう言われてしまうと、その通りなんだろうから、どうしようもない。


 姉ちゃんがおれの袖をそっと引っ張って、おれは村長さんに一言礼を言うと、村長さんちを出て、そのまま『滝の村』からも出た。


 ちょっと可哀そうな子を見る目で姉ちゃんが見つめてくるけど、できればやめてつかぁさい。そんな目で見られたらもっと悲しくなってしまうでごわすよ……。


 ふぅ、と小さくため息をつく。


「……ちょっと、来るのが遅かったわね」


 ……ちょっとじゃねぇかもしんないよ、姉ちゃん。シャーリーが領都に行ったの、ずいぶん前のことらしいもんな。


「それで、今から辺境伯領の領都へ飛ぶの? 確か、ポゥラリースだったわよね?」


 ファーノース辺境伯領、領都ポゥラリース。


 ゲーム『レオン・ド・バラッドの伝説』において、いわゆる、ラスボス前の最後の町にあたる。この町より先は人が住む領域はなく、プレーヤーはパーティーを率いてひたすら魔王へ向かって突進していく。


 言い換えれば、魔族の侵攻の中、最後まで耐え抜く最前線の町とも言える。


 辺境の開拓村なんかはいずれ全部滅ぼされるとしても、ポゥラリースは最後まで残るはず。


 それなら、シャーリーがポゥラリースにいるのなら、そこならば生き残ることができるはず。


 ポゥラリースには行ったことがない。だからリタウニングとかで転移はできない。


 飛行石はあとひとつ、あるんだけど。


 ここからポゥラリースまで飛んだとして、もう日が沈むよな?


 いまいち、方角も掴めてねぇし……。

 暗くなったら、目印はあるか? 町の灯りを目指して飛べ、みたいな?

 うーん……。


 勇気を振り絞ってプロポーズするつもりだったんだけどな。なんか拍子抜けして、今すぐ再挑戦って感じではない、正直なところ。精神的に。


「いいや、姉ちゃん。また今度で」

「……ヘタれたわね」

「ヘタれてねぇし!?」

「はいはい。アインってば本当に馬鹿よね」


 ヘタレではない! 断じてない! ないったらない! 精神的に拍子抜けしただけだ!


「……もういいだろ。姉ちゃんのリタフルで古き神々の神殿に寄ってくれる? ちょっと確認したいこともあるし」

「……わかったわ」


 おれをからかうことに飽きたのか、姉ちゃんは素直にリタウニングフルメンを使って、おれを連れて転移したのだった。





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