アインの伝説(54)



 魔族の大地、ガイアララへの潜入作戦……のはずだったんだけどな。


 うーん。イメージしてたのと、かなり違った結果になってる。

 いや、潜入は潜入なんだけどさ?


 ポゥラリースから逃走する魔王軍に並走して、あいつらの合流地点を確認。


 そこに再集結していた生き残りは200にも届かないので、ポゥラリースにとってはもう脅威ではないと思う。


 そんで、魔族の三人が、特に冷静じゃない方の鬼族と長耳族が言い争ってて、こいつら仲悪ぃんだなぁとか思いながら、木の陰でじっと見つめて、待ってた。


 そしたら、冷静じゃない方の鬼族を残して、魔王軍がニールベランゲルン伯爵領の方向へと移動していって、冷静じゃない方の鬼族だけは森の中へと入っていく。


 こいつがガイアララへの伝令になったと判断して、後をつけてガイアララへの道を案内させるという作戦。

 これ自体は成功。大成功。ステ値が高いってすげぇよな。


 問題はその到達地点にあった。


 もちろん関所が設置されてんだけどさ。


 それが、トンネルの入り口だったんだよな。トンネルっつーか、洞窟っつーか。


 谷間に関所があるぐらいのイメージだったもんだから、びっくりした。はっきりいって想定外だったんだよな。トンネルって。


 谷間を関所で塞いでるぐらいなら、強引に谷間の崖とかを抜けることもできるって考えてたんだよ、うん。その都合のいい自分の思考を笑ったね。


 トンネルを通らずに向こうへ抜けようって? 無理無理無理。絶対無理。そりゃ、ステ値のごり押しで不可能ではないかもな? ないかもしれねぇけども? でも無理だろ?


 トンネル以外は断崖絶壁で、それを登っていったとしてもそこにあるのはヒマラヤ山脈みたいなとんでもない高さの高山だよ? 登山の経験なんかろくにないのに、絶対に無理だっつーの。


 というワケで、潜入は潜入でも、かなり強引な手段をとることになる。


 変身の腕輪で鬼族の顔に、というか、ツノのある顔にして。

 その姿で堂々と関所の番人に近づく。


「誰だ?」

「おれだよ、おれ」

「誰だ? 知ってるか?」

「いや、知らん。少なくとも南の洞窟からニンゲンどものところに攻め込んだ鬼族にこんなヤツはいなかった」

「……腕を見せろ」


 ……自分たちが使ってんだもんな、対策してるか、変身の腕輪。そりゃそーだよな。


『ララバイ』


 おれは闇の女神系阻害魔法スキルで関所の門番を眠らせるしかなかった。

 気づかれずに潜入ってのはもう無理。


 目覚めたら潜入したヤツがいるって伝わるから、いっそ殺すか、とも考えたけど、それだと魔族の大地ガイアララで疑われる度に際限なく殺し続けることになりかねない。

 殺して防げるのはどんなヤツだったかって情報だけで、どっちにしろ潜入したヤツがいるって情報は殺しても流れるだろうし。


 目的は魔王の暗殺と、新王国の講和なんだから、殺すのは魔王一人でいい。下手に恨みを買ってもたぶんいいことはない。


 ガイアララへ抜けたら今度は長耳族に変身しようと決めて、トンネルへ入っていく。


 トンネルの中は、ところどころに灯りが設置してあった。


 幻想的な鍾乳洞だ。

 高さは軽く10m以上はあるし、幅も15mとか20mとかありそうなどでかい洞窟。


 なんだっけ、石灰岩地形ってやつだったか、カルスト台地?


 水が流れる音や落ちてきた水滴が跳ね返る音とか、淡い光に照らされた白っぽい石の柱の数々に、なんとなく自然の崇高さみたいな感じのものを感じつつ、奥へと進んでいく。


 幸い、灯りを追っていけばそれが正しい道だった。


 途中、休憩所らしいところがあって、そこで休んでる冷静じゃない方の鬼族を見つけたけど、おれはそこをスルーしてさらに先へと進む。


 ずいぶんと長いなと思ってタッパで時計を確認したらもう深夜だった。じゃない方が休憩所で休むはずだ。まあ、だからといって一緒に休むワケにはいかねぇんだけどさ。


 できるだけ休憩所から離れて、3時間ほど眠る。


 起きたらすぐに移動を再開。


 じゃない方の鬼族よりも先に出口を突破したいから、急いで動く。ステ値のせいで引き離せる自信はある。


 でも、またしても休憩所っぽいところを発見。誰もいなかったけどな。

 ということはこの洞窟、何日かかけて抜けるってことか?


 もっと詳しくクィンから聞いとくべきだった。いや、聞きたいことは聞いたワケだから、思いつかない質問はできねぇんだけどさ。


 結局、じゃない方の鬼族よりスピード出してたと思うけど、三日かかった。森を抜けて洞窟の入口まで行くのに五日かかってんだから、実際は10日ぐらいかかるのか?


 とりあえず、わかったのは、ガイアララ、遠過ぎ問題。


 あ、反対側の関所の門番さんも眠らせました、ハイ。


 そんで、森の中に隠れるようにして消えるおれ。


 マジ潜入者ロールじゃん。


 ここは間違いなく魔族の大地ガイアララ。

 でも、この森に、辺境伯領の森との違いなど、見つけることはできない。


 人間とは違う者が住まう地は、どこもかしこも、人間が住む地と同じに見える。


 考えてみれば、クィンなんて、そのへんの人間よりもずっと人間らしかった。


 騙され、操られ、言いなりになって潜入任務についたことも。

 潜入して騎士団に認められて喜んだことも。


 弓姫の護衛騎士となって傍に仕えるうちに本気で守ってあげたいと思ってしまったことも。

 フェルエラ村に囚われても、素性を隠せるようならシャーリーの護衛騎士のままでいることも。


 チーズピザやクレープやパンケーキをエサに、ガイアララの特に知られても問題がない、ガイアララなら多くの者が知る情報をもらすことも。


 変身の腕輪でツノを隠していることを除けば。

 人間よりも人間らしいクィン。


 さて。

 どうしたモンかねえ。


 クィンいわく「ガイアララを統べる畏れ多くて名を口に出すこともできぬあのお方」の居場所は大神殿だという。これも、ガイアララにいる者なら誰でも知ってる事実で、それってつまり、魔王がいる場所だ。


 ただし、おれには大神殿の場所がわっかんねぇんだよな。

 そんで、誰もが知ってるなら、誰かにそれを聞いた時点でおれが不審人物だと確定する。

 常識を知らない場合、知らないだけの事情があるからな。たとえば、魔族ではない、とかさ。


 でもまあ、予測はできるし、方法はあると思う。


 単純に。

 モブモンスターが一番強そうなとこを目指して行けば、そこが目的地の近く。


 そう考えをまとめると、おれはガイアララの森を移動し始めた。

 見かけたモンスターを倒しながら。


 そして、人間の住む地と魔族の住む地にそれほどの差異はないんだけど、雑魚モブの強さだけは、ガイアララの方がはるかに上だと思った。





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