アインの伝説(53)
長耳族は変な姿勢で眠りに落ち、鬼族の二人は剣の柄に手をかける寸前で、ちょいと離れたポゥラリースの門前ではミノ王と勇者レオンのボス戦、ボス戦に巻き込まれないように雑魚モブが外壁を攻めてよじ登ろうとするのをファーノース騎士団と兵士たちが防ぐという、そこそこ混沌とした状況。
別に楽しんでるワケじゃねぇんだけどさ。
「……そこの長耳族からは攻撃の意思を感じたから眠らせた。あくまでも眠らせただけだからな。その手が剣の柄に触れたらこっちも動かざるを得ないし、そこは理解してほしい。おれは剣をおさめて対話を始めたつもりだからな」
しばらくにらみ合いが続く。
その緊張感の中で背中に汗が流れたりはしない。不思議なもんだけどな。よっぽど、辺境伯とハルクさんとの交渉の時の方がビビってたと思う。
結局、最終的に暴力で応じるなら負ける気がしない、というところが違うからだろう。
辺境伯を剣や魔法で打ち倒すワケにはいかねぇもんなぁ。肉弾戦より頭脳戦の方が汗をかくってどうなってんだろーな?
片方の鬼族が息を吐いて姿勢を正し、もう一人の鬼族に手で敵対的な姿勢をやめるように促した。
それに応じて、もう一人の鬼族も姿勢を正す。今にも切りかかろうとするスタンディングスタートみたいな体勢からすっと背筋を伸ばして直立した姿勢になる。
「我らは野蛮なニンゲンとは違う。対話には対話で応じよう」
「それは助かるけど、野蛮、かぁ」
「で、片目、片腕を覚悟しろ、とは、つまり、そなたがゼノンゲート卿と対等に戦ったニンゲンだということで間違いないのだな?」
「あのハンパ野郎とまともに戦えるニンゲンなんかいるワケがねぇ……」
先に姿勢を正した鬼族は割と丁寧に話しかけてきてくれるけど、もう一人の鬼族がどうも敵対的なままだと思う。
さっきの言葉を野蛮ととらえられたとしたら、そりゃ言い訳できねぇかも。おれはビエンナーレとやりあったことがあるぞ、って伝えたかっただけだったけど。
それ自体は伝わってるみたいだけどな。でも、ビエンナーレのことをハンパ者って……。
王都で倒した長耳族もなんかそんな感じのことを言ってた気がするな。まだビエンナーレには裏設定があるか?
「ビエンナーレ・ド・ゼノンゲート男爵とは二度、戦ったことがあるかな」
「そうか……」
「嘘だ……」
「嘘じゃねぇってば」
「アイツと戦って生き残れるワケがねぇのに、それを二度だと? 嘘しかありえねぇ」
「なら、本人に確かめてみればいいだろ? 聞いてみろよ? 同じ人間と2回戦ったことがありますか? そいつは男爵の腕を切り落としたみたいですけどってな」
そう言ってまっすぐ鬼族の一人と目線を合わせる。
冷静な方の鬼族の肘がおれを嘘つき呼ばわりした鬼族の脇腹を突いた。それで、敵対的っぽい鬼族はちらりと冷静な鬼族を見て、口を閉じた。
「突然、講和と言われてもすぐには応じられない」
「それは当然だと思うけど、できるだけ早く講和したいかな」
「我らにガイアララへ退けと、そういうことか?」
「三つの領地から出ていけばそれでいい。行き先がガイアララに帰るためだろうが、トリコロニアナ王国を滅ぼすためだろうが、そこは気にしないね」
「……ニンゲン同士の醜い裏切りということか?」
「ある意味ではそうだし、ある意味ではそうではない、って感じかな」
「どういうことだ?」
「裏切ったのはトリコロニアナ王国の王家。辺境伯が裏切ったように見えるが、それはそうするしかなかったからだ」
「何をもって王家の裏切りとしている?」
「王家は、辺境伯や王弟公爵に、宣戦布告を受けたという事実を伝えてない。辺境伯からしてみれば、突然ガイアララから攻撃を受けて、それを必死に防いだだけだ。ガイアララからの攻勢がなくなるんなら、その方がいい。領民のために、な。これが裏切りになるって?」
「……なるほど、それは王家の裏切りだな」
「宣戦布告があったという情報を掴んだ。だから、その宣戦布告の対象から外れるために分離独立し、さらには講和を求める。全ては領民のために。他国を巻き込まずに攻めてる理性的なガイアララなら、話し合うことができるって考えたと思ってほしいな。まぁ、理性的とは思えないのもいるんだろうけど」
そう言っておれは変な姿勢で眠ってる長耳族をちらりと見た。寝てるのはおれのせいだけど、変な姿勢なのはおれのせいじゃねぇよな?
「グウオオ……ごぶごほがばがぼべばぼぶごばべぶ……」
そのタイミングで、雄叫びを上げようとしたミノ王が、叫べずに苦しんでいるのが聞こえてきた。
リンネが水の女神系支援魔法中級スキル・リソトサクルクリンネスを使ってミノ王の顔面に洗浄魔法の水を浴びせたんだろう。
雄叫びみたいな口を使うようなワザはたいていこれで妨害できる。ゲームでも使えた裏技だ。
その間にレオンたちの攻勢が強まっている。
レーナの指示か、それともゼナの判断か、タンクがカリンとエバのダブルタンクで攻撃を受け止め、レオンとゼナの二人が連続技のクールタイムスイッチでDPSを稼ごうとしてるみたいだ。
雄叫びを上げようとして封じられたのは、ミノ王が追い詰められている証拠だろう。
「……あっちは終わりそうだけど、まだ聞きたいことでもある?」
「いや、我らは軍を退く。退けば攻撃しないか?」
「まさか? 必死で逃げろよ。ゆっくり退くなら遠慮なく追撃するからな。こっちは戦果を上げて対等な講和がしたいんだから、見逃すはずがないだろ? もちろん、他の2つの領地も同じだからな。辺境伯領の戦いが済めば、おれたちドラマタ騎士団はセルトレイリアヌ公爵領やニールベランゲルン伯爵領へ移動して同じように魔物の殲滅に入る。早く講和しないと命の保障はしねぇから、とっととこの3つの領地から離れてくれよ?」
「くっ……」
冷静な鬼族の顔が歪み、その指示でもう一人の鬼族が何かを取り出して口にふくむ。
……笛、かな? でも、音は聞こえないけど? フツーは聞こえない音ってのがあるってことか? 魔物だけに聞こえるとか?
その聞こえない音で、いや、音かどうかはわかんねぇんだけどな、でも、とにかく魔物の動きが反転した。ミノ王も、レオンたちに背を向けている。
突然背中を見せたミノ王にレオンがあっけにとられてる中、ゼナは追撃をしかけ、そこにエイカが剣を抜いて加わる。
リンネからは攻撃魔法が飛び、逃げるミノ王は背中にダメージを受けて、倒れていく。魔法はともかく、物理の背中への攻撃はダメージ判定がプラスだからな。
大げさなボス消滅のエフェクトが、敵味方関係なく、まるで映画のラストシーンのように全てを魅了していく。
ゴブリンやコボルト、オークウォリアーからイビルボア、その他の雑魚モブは全力疾走でポゥラリースから離れようとしている。姉ちゃんたちから範囲魔法の追撃を受けて、数はさらに減っていく。
鬼族の冷静な方が長耳族の男を蹴り起こして、何かを告げると、長耳族が驚愕の表情を浮かべる中、魔物と同じように全力で逃走を始めた。
長耳族の男も、ミノ王が消えていく光の粒に満ちた景色の向こうに見えるポゥラリースの勝鬨を確認すると、きっとおれをにらみつけてから、鬼族の二人を追うように走って逃げだす。
これで、ポゥラリースの防衛戦は終わる。
ポゥラリースの外壁からは大歓声が聞こえてくる。きっとそれは『勇者』という天職を授かったレオンが英雄になるための祝いの歌のようなもんなんだろう。
おれはそれを背中で聞きながら、全力で逃げるモンスターと並走して、その退却先を探るとともに、その先へ。魔族の大地、ガイアララを目指して、走り続けた。
……こっちは任せたよ、姉ちゃん。
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