アインの伝説(73)
正直なところ、これがラストダンジョンだとしても、楽勝なのが今のおれ。
そんで、鍛冶神ダンジョンとか、メフィスタルニアの地下墓所とかみたいなことでもない限り、おれが余計な時間はかけることはない。
ただし、呪文の石板は回収してんだけどな。
6階の最後、2層のボスも瞬殺。
9階の最後、3層のボスも瞬殺。
12階の最後、4層のボスは最後に瞬殺とはいかないけど、まあ、秒殺ぐらいで。
でも、さすがに大神系ダンジョンの5層、神級スキルが用意されてる13階からはそのへんのモブですらHP10000クラス。問題なく倒せるとはいえ、全てがノーダメージとはいかない。
あのサワタリ氏がソロクリアを目指した時はジョブを『冒険商人』にしてた。それはストレージの限界突破のためだった。自己回復がアイテム頼りのゲーム『レオン・ド・バラッドの伝説』だと、ソロクリアで回復するためのポーションは本当に数限りなく必要になる。
おれの場合はすでにその条件を達成してるから問題ないけどな。ストレージの容量も限界突破してるし。ポーションもマジで無数にあるし。この数年間のコツコツが今活かされてます、はい。
『……よくここまで来てくれました。感謝します』
15階、5層の最後の部屋の、両開きの大扉の前で、頭の中に直接言葉が届く。
こんなことができるのは一人……いや、ひと柱だけだろうな。
「ララさま?」
『この奥には、あの子がいます。あの町であなたに襲われて、ここへと逃げ込みました。あなたが追ってきたと知ると、また逃げようとするかもしれません。この部屋の中の転移の渦は一時的に使えないようにしておきます。それと、この扉を閉じたら、開かないようにも、しておきます』
「……それって、おれも、逃げられませんよね?」
『……あなたが逃げる必要はありません。私から見ても、あなたが負けるような未来は思い描くことができないのですから。そのためのあの盾です』
……ある意味で勝利宣言ですか?
ま、確かに。ソロクリアも余裕のレベル帯には突入したけどな。
もはや姉ちゃんがおれに追いつけないと言って嘆く姿を見るのは確実。というか、あの、おれよりも強くなろうとする姉ちゃんの強い意思を誰かなんとかしてほしい。
『どうか、あの子のことをよろしくお願いします』
重ねて、女神さまから頼まれてしまう。
『どのような結果になろうとも、あなたに期待するしかないのです……』
……責任が重大過ぎます。
とはいえ、ララさまはそういう責任を負わせるためにおれを転生させたワケだしな。
そんで、どんな結果でも、おれがやったならそれはそれで仕方がないと。
そこまで言われたら、可能な限り、何か挑戦してみるしかない。今思えば、いきなり暗殺は悪手でしかなかったけどな。時間は戻せないので今さらだよな。うん。
サワタリ氏のトモダチ作戦は……最終的には残酷な結果だった、はず。友達に討伐されたんだからなぁ。それは辛いだろ。
おれの場合はフツーのトモダチ作戦は無理として、まあ、どっちかっつーと、少年マンガ的な感じのアレか? 強敵と書いて友と読むみたいな? そっち系のトモダチ作戦か? できるか? そんな都合よく?
できなかったら、最終的には魔王討伐でもかまわないと、そういう話だよな。
ステ値を最大値まで回復させ、いつもの旅人の服に必要なポーションを詰め込み、タッパのファンクションキーの設定を確認して調整し、ストレージも一番上にポーション類がすぐ確認できるようにしておいて。
おれはボス部屋の大扉へと向き直る。
さてと。
別にリベンジじゃねぇーけども、とにかく、魔王との再戦だ。
気合を入れていきますか。
ボス部屋の中に入っていくと大扉がすぐに閉じられていく。
中に入ったおれの姿を確認した瞬間、魔王は転移の渦へと飛び込んだ。
ただし、渦は魔王を転移させなかったけどな。させなかったけども。
「……なぜだ?」
……それは女神ララさまのイジワルですとは言わない。言えない。言いたくない。
どうやらまだ戦闘状態ではないらしい。魔王のHPバーが確認できない。
かといって、今回はこっちから先制攻撃をしかけるワケにもいかない。それに、たぶん、魔王のHPは全快だと思うしな、どうせ。
魔王はすでに第三の目を開眼した状態。つまりおれから全力逃走した時のまま。ステ値は最大値で、それでいてHPは全快とかやめてほしい。
「ならば……」
そうつぶやいた魔王が剣を抜いて、緑の魔法陣を起動させ、全身をスキャンするようにその魔法陣がせりあがっていく。
同時に、おれの視界をHPバーが埋め尽くし……あれ? 埋め尽くしてはないかな? なんでだ? あ、これ、最終戦の扱いか? 1本あたりのHPが10000に変更されたんだな。10本しかないと、これはずいぶんと視界が良好になってる。
風の属性を得た魔王が緑に光る3つの瞳でおれをにらみつつ、風の属性によって増加したすばやさで急速に接近して、魔法剣を振るう。
……いや、ゲームではなかった三つ目形態での自然四属性の魔法剣って、これまた難度を上げてきてませんか? 初見ですけど?
まあ、難度が上がったとはいえ、こっちも女神ララさまからチート装備をもらってる。
ララさまの黒い盾でがっちりと受け止めて、ダメージコントロール。ノーダメとはいかない。それはしょーがないけど、削られたHPを見る限り、属性の上乗せ分はこの黒い盾だとカットできるみたいだ。かなり助かる。
魔王はおれに一撃喰らわせるとそのままおれの脇を駆け抜けて、最速で大扉に手を伸ばす。
「……っ! なぜ開かぬ!」
そっちも女神ララさまが開かないようにしてしまったのです、はい。残念、魔王。
その隙にタッパ操作で並ライポを取り出し、さっきのダメージを回復しておく。
「これ、常識だけどな。普通は、ボス戦からは逃げられねぇんだよ……」
「くっ……」
「……さあ、全力でかかってこいよ。相手してやるから」
…………ん? あれ?
なんだこのセリフ回しは? これじゃ、おれの方が魔王っぽいのでは!? なんでこんなところでおれに魔王ムーブを!?
「我を……なめ……るで……ない、ぞっ!」
風の属性でのすばやさアップを活かして、逃走をあきらめた魔王が風の属性の魔法剣を振るう。
おれは冷静にララさまの黒い盾で魔法剣の連撃を受け止めながら、並ライポや上ライポで削られたHPをちまちまと回復させつつ、魔王の攻撃と向き合う。
「なぜ、攻めて、こぬ?」
「さあね」
「ぐおおおっっ!」
魔王が魔法剣の連撃の速度を上げていく。
その時、ララさまの黒い盾にはめられている緑の宝石がひときわ大きな輝きを放った。
その輝きを受けた魔王の三つの瞳と魔法剣から、緑の光が黒い盾へと吸い込まれていく。
「馬鹿なっ……」
魔王が叫びともつぶやきともつかない言葉をもらす。
そしてそのまま、今度は赤い魔法陣を発動させる。
おれはというと……。
……気のせいかな? 気のせいじゃねぇよな? 風の属性が失われたからっていうだけじゃねぇぞ、これは? 魔王の動きがあきらかにゆっくりに見えるんですけど?
ララさまの黒い盾、ひょっとして魔王から属性の光を奪って失わせるだけじゃなくて、それをおれのバフに変換してねぇか、コレ?
だとしたら、この盾、チート装備過ぎるんですケド!?
赤の魔法陣にスキャンされた魔王が赤く輝く瞳と、赤い光を帯びた魔法剣を激しく振るう。
さっきよりも削られるHPの量が増えてる。
火属性は攻撃力がアップするんだろう。
黒い盾で火属性の連撃を受け止めつつ、おれは回復を特上ライポに変更して対応する。特上ライポの回復で余裕の範囲ではあるしな。
「気に喰わぬ! その余裕の顔!」
「サワタリ氏……たかが『勇者』のシオンに負けたんだろ? それで『神々の寵児』のおれに勝てるはずがねぇっての」
ちょっとだけ煽ってみる。
「ぐぬうっっ!」
魔王が強力な一撃を振り下ろす。
おれが黒い盾でそれを受け止めた瞬間、今度は赤い宝石が輝きを放って、魔王から火属性の赤い光を奪っていく。
「またっ……」
魔王はすぐに黄色の魔法陣を起動させる。地属性の魔法陣だ。
なんだろう、この全能感。
フツーに戦う魔王よりも絶対に強いはずの三つ目状態の魔王を相手に、この信じられないぐらいの余裕って何?
この盾、ヤバすぎるわ……。
「さすがは闇の女神ララさま。大神の最年長者にして、唯一この世界に顕現できる力を残した最後の女神さまだよな……」
思わずそんなつぶやきをもらしてしまう。すると……。
『……まさか、ババアって言いたい訳ではないですよね?』
……そんなつもりはないので突然話しかけてくるのはやめて下さい、ララさま。けっこー心臓に悪いです。
そんなララさまのささやきに戸惑いながらも、おれは、ノーダメージなのに苦悶の表情を浮かべながら斬りかかってくる魔王の魔法剣を、あせらず、騒がず、丁寧に黒い盾で受け止め続ける。
そして、黄色い宝石が輝くと、また魔王から属性の力を黒い盾が吸収していく。
「なぜだっ、なぜ、なぜこのような……」
青の魔法陣を起動しながら、魔王が必死の形相でおれをにらみつける。
おれは上ライポでHPを回復させながら、そんな魔王を冷静に見つめ返すのだった。
……これ、逆負けイベだな?
こんな形で魔王を圧倒するってのは、ちっとも楽しくないんだけどな。ないんだけども。
それでも、最善手を打つのは重要だよな……。
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