アインの伝説(72)



 殲滅の魔公爵。


 それはゲーム『レオン・ド・バラッドの伝説』の中の敵キャラ3強の一人。


 殲滅という言葉が加えられているのは、範囲攻撃魔法における特殊能力があるからだ。


 通常、範囲攻撃魔法スキルは、同等級の単体攻撃魔法スキルによる与ダメージを基準に、熟練度に応じて4分の1から2分の1で計算されて、広範囲にダメージを与える。おれの場合、一応、範囲魔法は全部熟練度3まで上げたので、最大である単体魔法の2分の1ダメージだ。


 このダメージ計算のプレーヤー基準を無視し、同等級の単体攻撃魔法スキルの2倍のダメージを与えるのが殲滅の魔公爵の範囲攻撃魔法だ。

 アバウトな設定過ぎるけど、その威力はまさに殲滅という名にふさわしい。恐るべき大魔法使い。


 その魔公爵と向き合い、威圧をかけられ、おまえは娘のなんなのだ、と問いかけられているおれはまるで間男爵……いや、間子爵……いやいや、間男か?

 ただの間男なのか? でも、娘であって嫁ではないので間男にもなれない気がする?


 ……はっ、虫か? 虫よけに追い払われる虫扱いか?


 確かに対峙しているのにHPバーも見えてないから、敵対ではないんだろうけどな。攻撃されてるワケじゃねぇ。


 でも、対話を試みようという、ララさまの意向に沿ったつもりの行動が、こういう結果になったとすれば、それは戦闘にならなかったからよしと考えるのか、八つ当たりを受けたからわろし、と考えるのか、悩む。

 くそー、女神って立ち位置が憎いぜ……。


「このガイアララにおけるブラストレイト家がどういう地位にあるか、本当にわかっているのか、ニンゲンよ? このような場所に幽閉されていたからといってなめてもらっては困るのだ」


 ただ、攻撃はうけてないとはいえ、これは口撃とも言える。うん。言えるよな? 言えるはず!


 だとすると言われっぱなしは楽しくない。


 ……というワケで言い返すことに決定。


「……黙れ、この、父親失格が!」


 そう。


 魔公爵は、政治家として魔宰相と大きな政治取引を成立させた。その結果としての軟禁と幽閉だったというのはわかる。

 それも、どちらかといえば人間よりの結果をともなう政治取引だ。


 だから政治家としては間違ってない。


 でも、その軟禁と幽閉の期間、幼いままでガイアララの暗闘に巻き込まれたわらわっ子に対して、いい父親だったと言えるのか? いや、言えないだろ? 論点は多少ズレるけどな!


「父親失格、だと……?」


「話は聞いてる。宰相のリーズリース卿との政治取引で、人間のルールに基づいた宣戦布告の上での戦争を確約させ、その代償としての軟禁や幽閉だったと。そのことについては、おれも人間の一人として、ありがたく思うし、そのおかげで今、解決の糸口があるのもわかる。リーズリース卿の長耳族に対する思いや人間を強く憎む気持ちに共感したとしてもな」


「……愚かなニンゲンだが、いろいろと考えているようだ」


「だけど、それで何年間も父親と離れ離れになったランティがどんな思いで、どんなことを耐え抜き、どうやって成長してきたか、知る機会もなかったんだろ?」


「む……それは、あの子には苦労をかけただろうが……」

「公爵家の姫ならば当然のこと、とでも言うつもりか!」

「く……」


 言うつもりだったらしい。


「おれが知ってる範囲のことしかないけどな、ランティはまだ5歳かそこらで、リーズリース卿の手が伸びた護衛に殺されかけた」

「何っ!」


「しかも、人間の仕業に見せかけるようにして狙われた。この意味がわかるか?」

「リーズリース卿……何という真似を……」


「きっと、それからも命の危険に晒されることはあったはずだ。それでもランティは、公爵家の姫として、この下らない戦争をどうにかして終わらせようと、宣戦布告という人間社会のルールを選択した父親であるアンタの思いに応えようと、ずっと頑張ってきた!」


「ランティ……」


「それが公爵という立場でのやむを得ない政治取引だったとしても、軟禁状態でそんな娘の危機に寄り添えなかったアンタは父親失格だっつーのっ!」


「ぐぬ……」


 ナイスミドルが奥歯を噛みしめるように顔を歪める。虫歯ですかー? 痛いですかー? ざまあみやがれ、おれを口撃してきた報いを受けるがいい!


「……そんな苦労を、幼くして母をなくし、父は幽閉されていない中、わずかな護衛とともに必死で生き抜いたランティが、リーズリース卿の策略から自分を守ってくれた人間に、愛称で呼ぶことを認めたとして、アンタにそれを咎める権利があんのかよ?」


「なっ……」


「おれがランティをランティって呼ぶのは、ランティ本人がそうしていいって認めてくれたからだ。それを軟禁されていたとはいえ、娘をほったらかしにしていた父親失格な政治家なんかにごたごたぁ言われる筋合いはねぇーなっ!」


 おれはズビシっとナイスミドルな魔公爵を指差して、そう言い切った。言い切ってやった。断言だ。断言だからな! 参ったか!


「……キミが、ランティを、あの子を危機から守ったというのか?」


「おれは自分より年下の女の子が危険な目に遭ってたのを当たり前のこととして助けただけだけどな? 父親としての当たり前を放棄して政治家として動いたアンタをそれだけで否定するつもりはないけど、だからこそ、偉そうにおれがランティを愛称で呼ぶことに腹を立てるなと言いたい! これは立派に自分の役割を果たそうとした一人のレディがおれに認めてくれたことなんだからな! わかったかこの父親失格ヤローっ!」


「く……」


「こんなことをしてるヒマがあるなら、一刻も早くランティのところに行けよ、オッサン」


「お、オッサン……」


「おれはランティの依頼で宰相のリーズリース卿を倒した。あの町は今、リーズリース卿が召喚したでっけー魔物のせいで大きな被害が出てる。だけど、今なら、講和に向けて動けるチャンスもあるはず。ランティはそのためにずっと頑張ってきて、リーズリース卿の暗殺依頼も苦渋の決断だったと思う」


「おお、ランティよ……それに、町に、被害か……」


 ……そこはおれの責任も微妙にある気もするけどな。それは言わない。うん。


「宰相のリーズリース卿はアンタと政治取引をしたにもかかわらず、その裏でランティの暗殺を人間の仕業となるように計画して、アンタさえも宰相自身の憎しみの中に巻き込み、世界を混沌へと突き落とそうとした。今も、そんな宰相との取引に従って、こんなところにじっとしてる必要があんのかよ?」


 おれとナイスミドルな魔公爵が数秒ほど、じっとにらみ合う。


「………………助言、感謝する」


 最後に一度目を閉じてから、おれから視線をそらした魔公爵はそう言うと、魔法で眠ったままのメイドガールをお姫様だっこして、幽閉されていた部屋を出た。


「……キミの名を教えてもらいたい」


 おれに背中を向けたまま、ナイスミドルな魔公爵がそう問いかけてきた。最初のあの意味不明な威圧は微塵も残ってない。


 ……この親子は実は似てんのかもしんない。


「おれは、アイン。フェルエアイン・ド・レーゲンファイファー。アインでかまわない。くわしいことはランティに聞いてくれ。こっちも忙しいんだよ」

「私はフォルティッシモルファ・サファエラ・ド・ブラストレイトだ。ガイアララでは公爵位にある。キミの助言に従い、この戦を終わらせるように動くとしよう。だが……」


「だが……?」

「……これは決してつまらぬ戦などではない。辛苦を舐めた長耳族にとってはな。たとえ、愚かなニンゲンがその過去を覚えていないとしても、だ」

「……」


 ……その点に関しては、言い返せないという思いもある。


 ナイスミドルな魔公爵は、見張りの鬼族二人はそのままにして、メイドガールだけを連れて去って行った。たぶん、メイドガールは魔公爵の世話をする身内の使用人で、見張りの二人は宰相派なんだろう。


 去っていく魔公爵の背中は、ほんの少し、さみしそうに見えた。


 戦争なんて、くだらない。

 そう言い切ってしまいたい。


 でも、その後ろには、たくさんの人たちがそれぞれに抱える闇があって、どうすることもできない思いがそれぞれにある。

 もちろん、おれにだって、思うところは山ほどある。ないワケがない。あるに決まってるだろ。そんなの。


 ゲームみてぇな、悪者がわかりやすい世界だったらと、そう思わされる。


 対話はできる。それだけマシだ。

 でも、対話する土台が違い過ぎる。


 正義もなければ悪もない。

 ただどうしようもない憎しみだけが互いの中にうねってる。


 複雑な気分でテンションをかなり落としたまま、おれは白亜の塔の攻略を進めることにしたのだった。





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