アインの伝説(71)



 闇の女神の古代神殿のダンジョンは確かに塔のようだった。


 白亜の塔と呼ばれるだけあって、壁と床がめっちゃ白い。気持ち悪いくらいに白い。白ばっかりだと壁なのかなんなのか、判別がこんなに難しくなるとは!

 色だけでもう罠っぽい!

 フツーに曲がり角まで来ないと曲がり角って気づかなかったりする!

 ところが、モンスターは黒っぽいヤツが中心なのですぐに発見できるという、戦闘については親切設計。不思議だ。


 塔だからフツーに階段がある。3階よりも2階、2階よりも1階の方が広い。なるほどこれは確かに塔だと思った。上に向かって尖っているのだろう。


 ちなみに3階分でどうやら1層。モンスターのランクが3階まで変わらないし、3階にはダンジョンの渦があったからな。

 あと、ドロップと宝箱から闇の女神系魔法初級スキルの呪文がそろったのも3階までだった。

 コンプ厨というほどでもないんだけど、ここまで他の魔法スキルは呪文を集めてきたからな。ついでだ、ついで。


 大神関係のダンジョンはどこも5層構造だったから、おそらくこの塔は15階建てだと思う。


 とりあえず、探索しつつ、ララさまからもらった『闇の女神ララの黒盾』を確認していく。


 ……盾、いわゆるフツーの盾装備だ。ちっちぇー小盾でもでっけぇー大盾でもないフツーの。

 ただしその性能は破格。盾の防具補正って盾神ダンジョンのクリア報酬でもらえる盾神の盾で400なんだけど、それよりも上の500です、ハイ。

 ちなみに盾神の盾は分類的に大盾なので、フツーの盾でその補正値を超えてるってところがもうアウト。アウトだろ、これは。

 ララさま何やってんの? 顕現できる力を持つたった一人の神だからってやりすぎじゃね?


 物理防御がそんだけ上がる、その時点でどうかしてんだけどな。それだけじゃなくて、装備すると魔法防御のステ値もアップしてる。しかも5割増し。

 おれのレベルのステ値で割合増しはデカい。

 元々のステ値が低いやつならともかく、おそらく人間では最高のレベルとステ値を誇るおれの場合、割合増しはチート過ぎるほどにチートだ。


 そんで、おそらく全属性対応の魔法抵抗がプラス。宝石の色がね、そうだろうなと思うんだよな。


 これ、完全に魔王の属性魔法剣対応装備でしょ?


 おれの戦闘スタイルは盾を基本的に使わないスタイルだとはいえ、一応、盾神ダンジョンクリアしてんだからな。そこまで盾の取り回しに不足があるとも思わない。


 まあ、これを使えってことはさ。


 女神さまは、おれに魔王をいきなり殴るんじゃねぇーぞ、と。そう言いたいってことがよく伝わってくるんだわー。

 あれ、おれが魔王暗殺を実行しようとしたこと、ホントは怒ってるよね?


 よく考えてみれば、この前逃げられた時、魔王はいろいろと何かを言ってたよーな気がするんだよな。おれは殴るのに夢中で聞き流してたけどさ。


 だから、再戦する時は、ダメージを減らせるんだから、魔王の言葉をよく聞きなさいと、そういうことですね? はい、わかります。わかってますよ、女神さま。


 ただ強力な防具装備が黒いってのはちょっと……アレだよな? 極振りっぽいよな。おれ、はっきりいってバランスチートだからさ、全然極振りではないんですけどね?






 1層、つまり3階までの探索を終えて、2層へと進む。


 モンスターは1層だと楽勝過ぎて何の参考にもならない。というか、闇の女神のダンジョンなので、言いたくはないけど、ドロップが渋い。

 イビルボアを思い出してほしい。ボア系なのに肉をドロップしないという、アレが闇の女神系モンスターだと思ってもらえればいい。

 別に闇の女神ララさまの責任だとは思ってないよ? ホントだよ?


 でも、まあ。

 2層はいきなり、予想外の展開。


 いや、想定内とも言えるのか? 事前情報は掴んでたしな?


 とある扉の前に鬼族の戦士っぽいのが二人。

 見張りというか、護衛というか。


『ララバイ』


 こっちに気づいたので、とりあえず闇の女神系阻害魔法スキルでおやすみなさい。

 あー、これ、便利だわー。


 やっぱ呪文はきっちり回収して、人間の世界にも広めないとダメかな?

  すでに初級スキルの呪文は入手したから、14歳以下ならスキルを生やすことも可能だけど。そうやって広めたらおれも使いやすくはなるんだけど?

 いや、ダメか? 利用者によってはとんでもない悪用が可能だしなぁ。


 別にそこまでの強い戦士というワケでもなく、あっさりと夢の世界へ。二人まとめて。


 扉を守る者がいるってことは、扉の中に重要人物がいるってことだ。


 そんでそいつは、おそらくランティパパ。すなわち殲滅の魔公爵、ブラストレイト卿だ。ゲーム『レオン・ド・バラッドの伝説』の魔王軍3強の一人。白亜の塔に幽閉されてるって話だったしな。


 現在の状況では、敵ではあるが敵ではない。

 たぶん、話し合える相手、のはず。


 ゲームやアニメのような、誤解から人間を憎んで憎んで殺しまくるという役どころではなく、どちらかというと戦争反対派で、だからこそ、ここに幽閉されてる。


 どうする?


 このままスルーも選択肢としては、アリ。召喚の魔宰相は仕留めたし、ランティは講和に向けて動くはず。おれはララさまのお願いで魔王と対峙しなきゃダメだしな。


 ひょっとすると、継戦派の後釜に座る誰かが邪魔に思って魔公爵を害するという可能性も、ないこともない。今も、見張りがここにいたしなぁ。


 でも、ランティの話だと、もう数年間は軟禁からの幽閉で、情報についても途絶してる可能性がある。


 突然、おれみたいな人間がやってきて解放したとかっていうのも、どうだろーか?


 そもそも魔公爵を害することができるだけの力を持ってそうなのって、ビエンナーレくらいか? でも罠にハメたら誰でもやられる可能性はあるか。


 ……現状を伝えるだけでも、状況を動かせる可能性はある。


 講和に進むように?


 魔宰相を消したことをどう受け止められるか、次第かな? リスクはある。高いとは思わないけど、低いとも言えない。


 軟禁され、幽閉された流れからいえば、戦争には反対していても、そこまで魔宰相と敵対していたってワケでもないんだよなぁ。


 どっちかっつーと、長耳族の滅亡への道筋に同情的だったとしか思えねぇし。


 うーん……。


 ララさまとの邂逅の感覚からいえば、ここは対話だろーなー。


 おれは、魔公爵が閉じ込められているだろう部屋の扉をこんこんこんとノックしてみた。


 ……返事がない。まさかのしかばね?


 いや、合言葉的な何かが必要なのかもしれないし、どーだろ? そういうセキュリティは必要だよな、重要人物の幽閉だし。


 眠らせた護衛をチェックして、武器は強奪。ストレージに収納。そんで、カギを発見。


 ……ノックもしたし、もういいか。


 おれはカギを差し込み、扉を開いた。すぐには踏み込まず、中を確認する。


 そこにはナイフをかまえて警戒態勢のメイドっぽい鬼族レディと、若手敏腕社長みてぇーなイメージのナイスミドルがいた。もちろんツノはある。そんで、ゲームでも見たナイスミドル。イケオジ騎士よりも絶対に年上だけど、シルバーダンディよりは絶対に年下だ。


 こんなパパなら娘に嫌われるとかゼッテーあり得ないだろ?


 ランティパパはナイスミドル。ゲームと同じだ。きっと加齢臭とかなくていい匂いがするに違いない。そんなナイスミドル。

 ただし、表情はゲームとは違って、なんというか、憔悴してる?

 ゲームでは怖ろし気な感じの形相だったしな。殲滅って冠詞をつけるくらいの敵役だったし。


 魔法主体の魔法剣士タイプで、魔法攻撃で後衛を狙うから面倒な相手だった。まあソロプレイ中の今は全然関係ないけどな……。


「ニンゲン!?」


 メイドさんは驚愕に目を見開く。でも、そのまますぐにナイフごとおれに突進してくる。


『ララバイ』


 クールタイムは終わってる。あーやっぱ、これ、便利だわー。


 勢いよく飛び出したメイドさんが意識を失って倒れ込むので、ナイフはかわしながらその身体を支えて受け止める。うん。役得役得。ふんわか柔らかぷにぷにだな、うん。


 問題はその奥のナイスミドルの方か。


 こっちをまっすぐ見据えて、どうも、見極めようとしている感じか?


「……ニンゲンがこの場にいるということが意味するものは、リーズリース卿は戦争に負けたということか?」


 対話スタートで、いきなり戦闘はナシと確定。


「戦争はまだ終わってない。そもそも人間側にはこれが戦争だという認識すら足りてない。宣戦布告は人間側で王家によって伏せられているからな」

「ほう……」


「こんなところに閉じ込められてたら、情報もロクに入らなかっただろーし、判断は難しいとは思うけど、こっちとしては話がしたい」


「……殺すのではなく、闇魔法で眠らせたという点は評価できる。ただ、闇魔法が使えるニンゲンというのも聞いたことがない。その腕輪、まさか長耳族が人間に化けているのか?」


「あ……これは、違う。すぐに外そう」


 おれはストレージに変身の腕輪を収納した。


「……本当にニンゲンか。ガイアララを訪れたニンゲンは本当に珍しい。しかも、最北のこの白亜の塔に至るとはな。それだけ力のある潜入者ということか? 話がしたいというが、そうやって話し合った結果、こちらを消すだけの力はありそうだな」


「誤解のないように伝わるといいんだけどな。リーズリース卿……宰相は死んだよ」

「ほう……?」


「おれが、倒した」

「暗殺者か? 次は私の番かな?」


「違う。こっちとしては、講和に向けて動くトップがほしい。ランティから、ブラストレイト卿は戦争反対派だと聞いた。だから、講和に向けての協力を頼みたい」


 ナイスミドルな魔公爵の視線が鋭く変化した。魔法攻撃に備えてタッパに触れられるようにしておく。ララさまからもらったあの盾を装備したらダメージを減らせるからな。


 だけどこの睨み、ビエンナーレと同じぐらいはプレッシャーを感じる。


 最初に見たトキは憔悴してると思ったけど、全然そんなことはなかった。その気になれば人間をいくらでも殲滅できそーだ。


 緊張感が部屋の中から通路にいるおれを包み込むように襲いかかってくる。


 ナイスミドルな魔公爵は沈黙を保ったまま、じっとおれを睨みつける。


 どれくらいの間があったのか。

 それは1秒くらいだったのか、それとも10秒くらいだったのか。


 そういうのがわからなくなるくらいには緊張感で満たされていた。


 ナイスミドルな魔公爵が鋭い視線はそのままに、口を開いた。


「……私のかわいいあの子を愛称で呼ぶとはどういうことだ? その理由次第ではニンゲンなど殲滅してみせよう」


 ………………は?


 え?

 何これ?

 どういう状況?


 ええと、魔族とトリコロニアナ王国との戦争で、おれとしては講和について進むための話をしてたよな? あれ、違ったのか? なんで人間を殲滅すんの? あれ?


 愛称? 愛称って言ったかこのナイスミドル? 私のかわいいあの子? ランティのことだよな?


 理由次第で人間を殲滅? 何それ?


「私は私以外が私のかわいいあの子を愛称で呼ぶことは、義妹のクィンテリエス嬢にしか許してはおらん。さあ、聞こうか、ニンゲン? なぜキミが私のかわいいあの子をランティと呼んだ? 答えぬのならニンゲンなど殲滅してみせよう。答えたとして、その答えによってはニンゲンなど殲滅しよう。覚悟して話すがいい」


 ナイスミドルなランティパパである魔公爵は、その、殲滅の魔公爵という呼び名にふさわしい威圧感を溢れ出させながら、おれをまっすぐに睨んだ。


 …………って、コレ溺愛系パパじゃん!

 そりゃ、人間に娘が殺されたとなったら怒り狂って殲滅しちゃうよな!?

 いや、ここまでに聞いてきた奥さんを亡くした過程とか、ランティの子どもの頃からの献身とか、いろいろ考えたらわからなくもないこともないけどな? ないけども!


 愛称で呼ぶことくらいあるだろフツーっ! フツーだろっっ!


 はっ! そういやランティの護衛って、姫って呼ぶけど名前を呼んだの聞いたことないな? メイドたちもそうか?

 ああ、ランティがおれにランティって呼んでいいって言ったトキ、護衛の人、めっちゃアセってたな!? アレ、これを知ってたからか!?


 なんでこんなところに意味不明な地雷が!?


 まさかの講和最大の障害かよっ!? 予測不能で想定外だっつーーーのっっ!





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