アインの伝説(70)



 そうなるとは考えてはいたんだけどな。いたんだけども。


 いざ、本当に女神さまが降臨されちゃったら、これ、どうしたらいいのかわっかんねぇわ、うん。どうすればいいと思う? 誰か知ってたら教えてくれぃ。


 サワタリ氏は、どうしたんだろな? 2000年前も降臨されたはずだし?


 でも、あの人だったら……。


 ……うん、なんか失言してそーな気がする。安定の失言パターンだよな、たぶん。サワタリ氏がサワタリ氏でロープレしてる時はかっこいいんだけどな。中の人はかなり残念だったからな。うん。


 それにしても、ほんわか発光してるって、そりゃ人間じゃねぇーよな。神だわ、これは。しかも文句の付けようがない美女。プロポーション抜群で、あと、その、なんていうか……。


 おれは思わず視線を泳がせて、あらぬ方を見てしまう。


「あら、どうなさいましたか?」

「え、あ、いえ、その……」

「……んふふ。この衣装ですね? ちょっと透けて見えそうで見えないところが気になるのではないですか?」


「ふわあっっ! どうしてそれを!? やっぱ心が読めるんですか!?」

「いえ、神とはいえ、心を読むようなことはできません。お顔がちょっと赤くなってらしたので、そうではないかと考えただけです」


 ……顔バレっ!? どこまでも顔バレですか!?


「どうぞご安心を。見えそうでも、見えないのが、この衣装ですから。結局は見えないのです」

「く……」


 た、確かに、そう言われてみれば、見えそうだけど見えないっ! つまりは結局のところ見えてないんだ! こっちが勝手に妄想して追加映像を勝手に思い浮かべているだけで! 『ディー』だけにその妄想が果てしなく妄想でしかないという苦行だけどな! 苦行だけども!


 でもそれって別に安心できるかどうかではないと思います! 正直、見えそうで見えないのなら、見える方が嬉しいです! でも、マジで見えたらたぶん目をそらしちゃう気もすっけどな……。


「それにしても、もう少し早く、こちらにいらっしゃるかと思いましたのに、いろいろと寄り道をなさいましたね。ずいぶんと待たされた気がいたします」

「……あー、なんか、すみません。いろいろと、どうすればいいのか、考えてしまって。自分なりに一番いい方法は何かを考えて動いたら、ここに来るのが後回しになってて」


「まさか、ここに来る前にあの子に襲いかかるとは想像もしておりませんでした。あなたの方がシオンよりも信頼できると思っておりましたのに、本当に驚きましたからね?」

「あの子……って、魔王のことですね? それに、シオン……サワタリ氏にもやっぱり会ったんですね。日記に書いてあったから間違いないとは思いましたけど」


「ええ、そうです。あの子のことも、その日記も、こちらにいらして頂いて、ご説明しようと考えていたのに、先にご自分で読んでしまわれるとは、いろいろとお話ができると思っておりましたのに、とても残念です」


 ……ということは、やっぱり、そうなのか?


「ララさまが、おれをこの世界に転生させた、ということですか?」

「……そうです」


「サワタリ氏も?」

「そうなります」


「ずいぶんと時間差があるように思うんですけど?」

「それぞれ異なる世界は、時間の流れも異なる、それだけのことにございます」


 そう言われたら、そういうもんかと思うしかねぇーよなー。


「……ここでララさまにお会いしたらクエストクリア、ですか? それとも、ダンジョンのクリアで?」

「ひとまず、ここでお話できる状態までたどり着いたのですから、あの神託は果たされたということになります。そもそも、あなたをここに呼ぶために出した神託ですもの。そのことにはお気づきだったのでしょう?」


「まさか、女神ララさまご本人がお待ちとは考えてませんでしたけどね。他の神殿では、神様にお会いすることもありませんでしたし……」

「あの子たちはもう顕現する力を失っておりますもの。あなたに会いたいと思っても、それはできないでしょう」


「力を、失ってる?」

「人々に伝わっている神話は、多くの間違いがありますが、一部は真実も伝えているのです」


「火の神ヒエンが月の女神レラを奪おうと太陽神ソルに戦いを挑むって、あの神話ですか?」


「正しくは、ヒエンとソルの喧嘩に過ぎません。ほうっておけばよいものを、あの子たちは次々にあの喧嘩に手出し口出しをして、最後にはヒエンが引くに引けなくなって、それはもう大暴れでした。ヒエンは力だけは強い子でしたから。神としての力を使い尽くしてしまうほどの争いなど、本当に馬鹿げていると思いませんか?」


「ええ? 嫁取り合戦じゃないんですか?」

「ソルとレラは私の弟と妹です。別に兄妹婚を否定はしませんが、あの子たちは夫婦になりたいと望んでいた訳ではありませんし、実際に夫婦でもありませんでしたよ」

「ほえ~……」


 ……思わず間抜けな声を出してしまった。


「あ、じゃあ、ララさまが一番お姉さんってことですか?」

「そうなりますね」

「おー……」


「人々の言い伝えでは、ソルに懸想した私がレラに嫉妬してヒエンに味方し、ヒエンが敗れた時にこの北の大地へとソルによって追放されたことになっているとか?」

「あー、そんな感じでした」


 聖都の大神殿の壁画だと、闇の女神ララさまは出てこないけど、火の神ヒエンの敗北とともにその味方をした魔族が北へと逃げていったことになってんだよな。


「そもそも私があのソルに懸想するということがあり得ませんけれどね」

「はあ、そうですか」


 そこでララさまはにっこりと微笑んだ。


「神話の真実が知りたかった訳ではないのでしょう?」


「あ、そうですね。おれをここに呼んで、ララさまは何をさせたいんですか? 魔王討伐ですか? 魔王のことをあの子と呼んでいるし、サワタリ氏の日記にもあったけど、ララさまが討伐を求めているような気がしないんですよね?」


「本題としては、あの子を救ってほしいのです。それが討伐という形に、結局、シオンの時はなってしまいました。その子孫のクオンには、シオンの言い伝えがうまく伝わらず、有無を言わせずあの子を討伐してしまったので、同じ失敗を繰り返さないために、あなたをこちらへ導いたのです」


「討伐が、失敗だったと?」


「ええ。クオンと同じくシオンの子孫であるレオンでは、またあの子を討伐して終わってしまうと、そう考えました」


「レオンだと……」


 ……確かに、ゲームでもアニメでも、レオンは魔王を討伐する。それがメインストーリーなんだから当たり前だけどな。当たり前だけども。


「それでもシオンは、一度、あの子と友達になろうとしました。いえ、なりました。その結果、あの子を連れ出し、それがあの巨人王の悲劇とあの子を向き合わせることになって、あの子を暴走させてしまうことになって。結果として、シオンはあの子を討伐するしかなかったのです」


「魔王の、暴走、ですか?」


「あの子は、本当に優しい子なのです。だから、種の滅びにつながるような大きな悲劇に共感してしまうと、人々の行きすぎを抑えるための存在として、暴走することで世界のバランスを取ろうとする、あの子は、そのように生み出された……」


「じゃあ、今も、ひょっとして……」


 長耳族……エルフが種の絶滅寸前じゃん!


「……今回の復活で、あの子は、できるだけ誰とも関わらぬよう、心を寄せぬよう、そうやって過ごしてきました。本当に、ずいぶんとさびしい思いをしていたと、そう思います。でも、それは、あの子自身が、暴走しないように、自制していただけなのです」


 ……だからセリフが『よきにはからえ』しかなかったのか? 政治に関わらず神殿に引きこもって祈るだけの日々? いや、政治どころか、誰とも関わらずに過ごす日々、か?


「あの子が本当の意味で救われるということはないのかもしれません。ですが、一時のこととはいえ、シオンの友人として過ごした日々はあの子にとっても、本当に……それが、最後はそのシオンの剣によって倒れることになったのですが……」


 それ完全にトラウマじゃん……。


「……なら、おれにも、サワタリ氏のように、魔王の友人になってほしい、と?」


「それもひとつの解なのかもしれません。ですが、いきなりあの子に襲いかかったあなたでは、それももはや難しいのではないですか?」


 ……オオウ、しまった。いつの間にかゲークリの難度が爆上がりしていた件について。


「滅んでも滅んでも、1000年の時を経てよみがえるあの子が何を思い、何を悩み、何を望むのか。それは私にもわかりません。ただ、笑顔を見せなくなってしまった、あの子をどうにかして救ってほしい。それが私の願いなのです。そして、それは世界を救うことにもつながると考えています」


「何をすれば……?」


「どうするべきか、それはわからないのです。だからこそ私は、あのシオンと対等かそれ以上の力を持つあなたを、全ての神々に愛されたあの愛し子の中へと送り込むことで少しでも可能性を高めようと考えました……」


「全ての神々に、愛された……?」


 ……誰のこと? 今の話からすると、おれのことだから、それってつまりアインのことか? 確かにジョブは『神々の寵児』なんてチートジョブになっちまったけども? あれ? アインってそもそも脇役だよな? アニメに出てくるマジでちょい役の? 一応セリフはあるけど?


「どうしようもなく、結局はあの子を討伐することでしか、終わりはないのかもしれません。でも、別の道があるのなら、あの子がまた違った道を歩めるのなら、それを叶えてあげたい……」


 ララさまはどこからともなく、黒地をベースにして白い線で魔法陣が描かれ、均等な位置に金、銀、黄、青、緑、赤の6色の大きなダイヤモンドみたいな宝石をはめ込んだ盾を取り出して、おれに向けて差し出した。


「この盾をあなたに。どうか、あの子を、頼みます」


 おれは差し出された盾に手を伸ばす。


 剣ではなく盾。

 それがララさまの想いを表現してるのかもしれない。


 かといって、暴走の可能性があるのなら、討伐以外に解決策があるとは考えられないし、何をもって魔王が救われるのかなんて、想像もできない。


 討伐されそうになったら全力で走って逃げやがったからな。討伐は絶対にあの魔王が救われるって意味にはならねぇはずだと思う。うん。あの全力疾走は間違いない。討伐じゃない。だけど、討伐以外に、おれが望む結末、おれと姉ちゃんと、みんなが穏やかに暮らす結末は、どうにも思いつかない。


「どうか、あなたにしか描けぬ未来を……」


 おれが黒い盾を受け取ると、また周囲が光に包まれていく。

 全ての景色が一度消えて、真っ白な世界へ。


 そして、次の瞬間には、おれは黒い盾を持って、崩壊した遺跡の上に立っていた。


 目の前にはダンジョンの渦がある。女神さまの神像はない。

 後ろを見ると、まだ3体の古竜がお座りしていた。


 青のドラゴンさまが、うなずいているように見える。


 ……進めってことか。つまり、魔王はこのダンジョンに逃げ込んだ、と。そういうことなのかな? ひょっとして、ドラゴンさまって、魔王をここのダンジョンから逃がさないようにララさまから命じられてんのか?


 ララさまとの邂逅に、どこか苦いものを感じて。


 おれはダンジョンの渦へと足を進めた。





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