アインの伝説(69)



 おれに続いて極大クジラの腹から出てきたビエンナーレを誘って、ドラゴン様に踏みつけられて瀕死の極大クジラにとどめを刺す。

 ビエンナーレには断られたけどな。なんかすごく嫌そうな顔してた。たぶん、ビエンナーレはこんな感じで戦うのは好きじゃねーんだろーとは思うけどな。思うけども。


 おれは遠慮しない。倒せる時に、倒せる相手は倒しておく。


 というワケで、バッケングラーディアスの剣で殴りまくって、極大クジラを消滅させる。残念ながらレイドボスエフェクトではなかった。フツーの感じの消え去りエフェクト。召喚モンスターだからか?


 ドロップは特上肉500個! さすがクジラ! 一瞬でストレージに回収したけど、おれの限界突破してるストレージじゃなかったら確保できなかったんじゃね?

 でも、ボスドロップとしては渋い。やはり召喚モンスターだからか? 特上とはいえ肉だけは渋いと言わざるを得ないだろう。


 召喚の魔宰相が命がけで召喚した究極の召喚モンスターではあったけどな。あったけども。そもそもなんてものを呼び出しやがったあの野郎。それとも、さすがは召喚の魔宰相と言うべきか。まさか『極大危険デンガラデンゲラテラデンジャラス』の相手をするとは考えてもみなかったからな。


「……それで、どういう経緯で、こういうことに?」


 おれが立ったまま『草原の青』と呼ばれた古竜のドラゴン様に質問していると、その横でビエンナーレはひざまずいて頭を下げている。たぶん、ビエンナーレ的にはドラゴン様は最敬礼を払うだけの相手なんだろう。


『うむ。我はそなたから聞いた話を『赤』に話してやろうと……』


「え? そこからですか?」


『む? 大人しく聞くがよい。『赤』のところに出かけて行くとそれを遠くから見つけた『黄』も火山の火口にやってきての、ならば『赤』も『黄』も、まとめて教えてやろうと、死霊に引き裂かれた悲しき人間の恋物語を語っておったところ……』


 なんだ? 古竜ってのはけっこーヒマなのか? ていうか、二頭まとめて話を聞きにくるって? しかも内容が人間の恋物語とかどーなってんの?


『……突然、女神さまより神託が降りてのう。そなたを岬の神殿へ導くようにとしから……頼まれたんじゃよ。我がそなたと出会ったことはどうやら女神さまはご存知のようでな。なぜそなたに神殿の場所を教えなかったとしから……質問されてのう。我としてはそなたから神殿の場所を聞かれた覚えはなかったのだがのう』


 ……女神さまに叱られたんだ、ドラゴン様。


『そこで『赤』と『黄』に巻き添えにするなとしから……指摘されてのう。だが、神託は我ら3頭同時に降りたのでな、そなたを知る我が先頭に立ち、そなたを探して町を目指しておったら、ちょうどそなたらしき者がさっきの浮遊魚に喰われたところを見て、これはいかんと浮遊魚をひっ捕らえて叩きつけ、腹を切り裂いてそなたを探したのじゃ。感謝するがよいぞ』


 ……『赤』と『黄』の古竜さまにも叱られたんだドラゴン様。


 なんか、すんません。あ、でも、腹の中にいたのは作戦ですから。ワザとですからね?


『とにかく、そなたを見つけたら岬の神殿まで案内せねばならぬ。我の背に乗るがよいぞ』


 頭を下げていたビエンナーレがびっくりして顔を上げておれを見た。イケメンのびっくりした顔って誰得なんだろーな? 不必要だろ?


「……女神さまに呼ばれてるみたいだから行ってくる。話はある程度伝わってると思うけど、人間との講和をなんとか進めてくれると助かる。あと、アンタの姪っ子のランティに、約束は守ったって伝えてくれよな、ビエンナーレ」


「それは……」


 おれはそう言い残して、ドラゴン様の背中を目指す。正面から向き合ってるので移動して背中を目指すと、どうしてもね、その背後の両サイドにいるもう2体のドラゴン様も目に入っちゃうワケですよ。見たいワケじゃねーんだけどな? ねーんだけども。


 いや、もう、巨大な赤い瞳と巨大な黄色い瞳が、こっちを凝視してるってゆーか。はっきりいって恐怖しか感じねぇんですけど。


 女神さま、なんて強力なお迎えを寄越してくれてんの? イミフだよ? 意味不明!?


 よいしょ、こらしょとドラゴン様の背中を登っていく。いやこれ、もはやロッククライミング並みなのでは? うろこを掴んでじわじわと上の方へ。


 そんで、首のあたりになんか掴みやすそうなとんがった部分が2本あったから、そこを掴んで足を踏ん張った。


『では、ゆくぞぃ』


 一度、大きな翼をはためかせると、ドラゴン様は一気に空へと浮かび上がった。


 こういうの見ると、翼で飛んでるんじゃないというのも納得だ。


 ちらりと後ろを見たら、『赤』と『黄』も、同じように上空にいる。


 そして、猛スピードで北へと飛んでいく。


 あまりの風の強さに目を開けていられない。






「……女神様に呼び出され、『草原の青』の背に乗り、『火山の赤』と『砂漠の黄』を引き連れて北へ飛び去ったなどと、誰に報告しても信じてもらえるはずがないだろう? 伝説の三古竜が全てあの人間一人のために? これを私にどうしろというのだ?」


 もちろん、猛スピードで飛び去ったおれにそんなビエンナーレの呆然としたつぶやきは届かなかった。






 まともに目を開けられるようになった時には、もうドラゴンさまは着地していて、見下ろすと海に向かって突き出すように伸びた岬の上に、柱が崩れて倒れた遺跡があった。

 後ろを振り返って見えた赤いのと黄色いのはとりあえずスルーしつつ、町はどこかと確認してみるけど、めっちゃ小さく見えるような気がする程度で、ほとんど見えない。というか、これ、見えてるうちに入るのか? たぶんかなり離れたところらしい。


『ついたぞい。降りるがよい』


 そう言われて、またしてもロッククライミング? おりてるからクライムじゃない? いや、それはどうでもいいけど、また『赤』と『黄』がじっと見つめてくるんですけど?


 ドキドキしながらドラゴン様の背をおりて、『赤』と『黄』は見ないようにしながら、ドラゴン様の前へと進み出る。


「あの、ここまで連れて来て頂いて、ありがとう存じます、ドラゴン様」


『よい。神託だからのう。岬へ行け、小さき者よ。女神さまがお待ちのようだからのう』


「はあ、なんか、すんません」


『よいよい。神託を果たすと、我らにも利はある。気にせずに行けぃ』


「あ、はい」


 ……ドラゴン様にも利益があるんだ? 意外だな。


 おれは一礼してドラゴン様から離れると、岬の先にある崩れた古代神殿を目指して歩く。


 海風がめちゃくちゃ強い。


 岬は、本当に海へと飛び出ていて、今すぐ海へと崩落しても不思議ではないような、そんな不安定な感じの場所だ。しかも、その下の海まではかなりの高さがある。


 自殺の名所だと言われても納得できそうな感じがする。


 ひょっとすると、大陸の最北端なのかもしれない。海は大きな弧を描いて見えるので、あれは水平線だということだろう。


 そもそもは古代神殿を全て制覇するワールドクエストだったワケだから、これが正解と言えば正解だったのかもしれない。


 そこに到達するまでに色んなことがありすぎて頭が少々混乱してるのかもしれないけどな。


 青ドラゴンとか、全力で逃げる魔王とか、召喚された極大危険デンガラデンゲラテラデンジャラスとか、青ドラゴンとか赤ドラゴンとか黄ドラゴンとかさ。だいぶドラゴンだけどな。ドラゴンだけども。


 遺跡となっている古代神殿は、これまでに訪れた古代神殿のどこよりも崩壊している。


 屋根と天井はほとんど崩落していて、柱も倒れているし、よく見ると神像がない。闇の女神ララの女神像がないってことは、どういうことだろうか?


 後ろをちらりと振り返ると、まだドラゴン様が3体とも、そこに座っている。まるで女神さまにお座りでもさせられてるみたいだ。大型犬か? いや、その程度のサイズじゃねぇーけどな。


 もしそうだったのなら、女神さまってのはとんでもない存在だと言えるんだけどな。


 ごくりと唾を飲み込む。


 そして、石段をのぼって、遺跡の中へと踏み込んでいく。


 中に入った途端、その場が光に包まれ、周囲の景色が消えて真っ白な世界へと変わっていく。


 そのまま、白い光がおさまると、崩れていたはずの神殿の柱がまっすぐに伸びて天井と屋根を支え、がれきなどひとつもなく、空と海のコントラストの中に浮かぶ神秘的な神殿が姿を見せた。


 別世界だろうか? 異世界イン異世界? どうだろ?


 他の古代神殿なら大きな神像が立てられているはずの位置に、漆黒の長い黒髪と金色の瞳を持つ、出るところは出て、しまるところはしまっためちゃめちゃナイスバディな美女が立っていた。


 間違いなく、闇の女神ララさまだと思う。


 だって、うっすらと光ってんだからな。そんなん、女神さま以外考えらんねぇだろ。


「……いろいろと言いたいこともありますが、とにかく、あなたがここまで来てくださるのをお待ちしておりました」


 まっすぐに金色の瞳に捕らえられたおれは、優しく響くその声に思わず足を止めた。


 間違いなく、ソルレラ神聖国の大神殿の聖堂で聞こえた、神託と同じ声だ。


「全ての神々に愛されしその身に宿ったあなたにお会いできてとても嬉しく思います。闇の女神ララがごあいさつ申し上げます。ようこそ、我が神殿へ」


 そう言って、闇の女神ララさまは、ゆっくりとおれに頭を下げたのだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る