聖女の伝説(28)
「ユーレイナさんは今、強盗の罪で収監されてます。あ、正確には強盗未遂になるのか? ここは微妙なとこだな……」
「わ、私は、領内騎士団特殊徴発を主張した!」
「それは聞いてます。でも、特殊徴発にあたらないと判断しました。うちの執事長の判断なので、おれはユーレイナさんの言い分よりも、執事長の方に納得してるからな」
「なぜだ! アインさまは身内に甘いのでは!」
「身内に甘いってのは認めるけどさ、そもそもおれと姉ちゃんの二人旅だよ? どこに何の危険があるって? どっこも緊急事態じゃないし、使用人はそろって、いってらっしゃ~い、って落ち着いて見送ってくれてたじゃん。それを緊急事態と言い訳されてもなぁ」
「そ、それは……侯爵令嬢の所在不明だ! 大問題だ!」
「実弟で男爵のおれが護衛として一緒に行動してんのに何が問題なの。執事長も家政婦長も、メイド見習いたちも、全員、ユーレイナさんには、心配いりません、こちらでお帰りをお待ちください、って言ったでしょ。それはもう確認とったよ」
「い、言われたが……だが!」
「緊急事態ではない。それは認めない。いいですか、ユーレイナさん。あなた、死にかけてる自覚ないでしょ」
「これがどうして死の危機なのだ?」
「あのね、強盗は領内判例で死罪なの。盗賊みたいな連中、山賊とか大河賊とかがその場で殺して問題ないように、ハラグロ商会の馬を強奪しようとした時点で、ユーレイナさんはレーナたちに殺されても文句言えないんだからな」
「強盗ではない! あれは騎士団特殊徴発だ!」
「だから、それには当たらないって、裁判権を持つ領主のおれが言ってんの。そもそも、なんでケーニヒストルータに行こうとしたのさ?」
「それは……」
「言えないんだ。そりゃ、そうだよな。おれと姉ちゃんの監視と、その動向の報告。そういう命令が出てるんでしょ」
「なぜ、それを……」
「ユーレイナさん、まっすぐすぎ。そんなの考えればわかることだからな。あと、しゃべりすぎ。これで死ぬ方へと道は進んだからな」
「なっ……」
ユーレイナさんが目を見開く。
ちゃんと説明してあげよう。懇切丁寧にな。
「命令したのが騎士団長か、筆頭執事のオブライエンさんか、侯爵閣下か、誰かは知らないけど、その命令は、たぶんなかったことにされるよ?
おれが、うちの村で剣を抜いて馬を奪おうと強盗を働いた騎士団の女騎士が、侯爵閣下への報告のために必要だから馬を一頭騎士団特殊徴発として借りようとしただけだ、という言い訳をしていますが、何を報告させるつもりだったんでしょうか、って質問状を出したとする。
それを見た……たぶん先にオブライエンさんが見るんだろうけど、侯爵閣下は、おれたちとの関係悪化を避けるために、その女騎士を切り捨てるよ、トカゲのしっぽみたいに。
返事はたぶん、こんな感じ。
そのような指示や命令は、侯爵家のどこからも、誰からも出されたという事実はない。だが、その強盗犯は騎士団員でもあるため、こちらでも取り調べをして、裁判を行い、処刑も任せてもらいたい。
こんなんだろーね」
「馬鹿な……」
「こっちはこっちで、そんな引き渡し要求には従わない。
強盗犯は侯爵家からの命令だと言っています。侯爵家の説明を求めたい。いったい、我が領地の何を疑っておいでなのでしょうか? かつては反逆の領地と呼ばれていたそうですが、それはこのような侯爵家の疑いの姿勢が生み出したのではないですか? 私の何をお疑いで、って返事を返す。
そーすると、これ以上もめたくない侯爵家としては、
その者の騎士としての身分は剥奪した。裁判と処刑について、侯爵家から何も言うことはないが、できれば内密に処理してほしい。
とまあ、そんな感じでユーレイナさんはいらない人になる、と」
「私は……本当に、騎士団長から命じられて……」
「その命令自体がなかったことにされるよ、たぶん。命令書、あるの?」
「極秘任務だから口頭で……あっ……」
「うん。極秘任務だからばれたらなかったことになるんだわ。命令書もないだろうし、あったとしても隠されて、消される。極秘任務を口にした時点で、侯爵家としても騎士団としても、ユーレイナさんはいらない子なの」
「そ、そんな……」
「ユーレイナさんはまっすぐすぎ。素直すぎって言ってもいいかもな。おれと姉ちゃんが消えていなくなっても、大人しくレーナたちと稽古で手合わせでもして待ってりゃよかったんだよ」
おれはそう言って、そっとユーレイナさんに手を伸ばす。
一瞬、戸惑ったユーレイナさんだったけど、おそるおそる、そのおれの手を取った。
そっと引っ張って、ユーレイナさんを立たせると、そのままエスコートして、ソファのところへ案内し、座らせる。
おれもユーレイナさんの正面に座ると、レーナが流れるような動作でお茶をいれてくれた。こいつ、メイド修行もたぶん本気でやってんな。うんうん。最高の戦闘メイドになれるよ、キミ。
「私は、死ぬ、のか?」
優しくされたユーレイナさんは、殺される前の最後の優しさと思ったらしい。
……まあ、場合によっては殺す可能性もゼロじゃねぇけどな。ただいま激ムズミッション中。
「私は護衛として必要な報告義務を果たそうとしただけだ」
「馬の強盗、そして逮捕、収監、ですね」
「あれは騎士団特殊徴発にあたる」
「あれは騎士団特殊徴発にはあたらないと執事長が判断し、裁判権を持つ領主の私も同じ判断を下しています」
「ならば侯爵家に……いや、それこそ、アインさまが言ったようになる、のか……」
「領主として、強盗犯を許すことはできません。処刑は侯爵閣下への報告後になりますが、先程説明したような流れで、結局は死刑になるでしょう。それと、貴賓牢からは移動してもらいます」
「……私はイエナさまの護衛で騎士だが」
「都合よく護衛の立場を主張しないでください。いつも、護衛を離れて戦う許可を求めていたじゃないですか」
「それは……」
「だいたい、メフィスタルニアからケーニヒストルータへ行く時も、途中で私たちが旅に出ることはあったでしょう? その時、何を心配したと?
大人しく待つこともできない、我慢ができない護衛など、何の役に立つのです?
それにハラグロ商会から馬を奪おうとした事実。これは見過ごせません。ご存知の通り、ハラグロ商会はこの辺境の村に出店し、この村を本気で支えようとしている商会です。そのハラグロ商会に手出しした者を領主として許すことはできない。
釈明の機会は与えましたが、騎士団特殊徴発の一点張り。緊急事態ではなく、使用人はそろって大丈夫だと進言していた。納得できる説明はひとつもない。男爵家からの捜索依頼でもありましたか? ユーレイナ? ないでしょう?
死刑囚に貴賓牢を与えて、最後の時を楽しませるのはただの無駄です。地下牢へ移ってもらいます」
ソファに腰掛けたユーレイナが、祈るように手を合わせて握り、そっと目を閉じた。
「……私は、死ぬのか」
聞こえるか、聞こえないか、ぎりぎりの、小さな一言。
お茶請けを並べているメイド見習いのレーナの瞳が、ほんの少しだけ哀しそうに閉じられた。
侯爵家の血を引く孫娘ではなく、養女の護衛を希望した時点で、ユーレイナの運命はこうなるように決まっていたのかもしれない。
「……そんなユーレイナさんに、とってもいいお知らせ。生き延びる道をご用意してみました。どうですか? こちらの道を進むことも、どうか、検討してみませんか?」
「え……」
ユーレイナが顔を上げて、目を開く。
「ユーレイナさんに残された道は二つ。
ユーレイナさんを使い捨てにしようとした侯爵家に義理立てして、立派な騎士として誇りを守り、それなのに侯爵家から切り捨てられて、この辺境の村で処刑され、死んでいくという道か。
もうひとつ。
うちの子になる道か。どうです? ここの領主は身内には甘いと、侯爵家の騎士団員からも言われているようなので、レーゲンファイファー男爵家の子になると、甘やかしてもらえますよ?」
「……どういうことだ、アインさま?」
「簡単なことです。侯爵家を裏切り、我が家に」
「裏切り……侯爵家を裏切れと?」
「ええ、そうです。侯爵家を裏切ってください」
「そんな……男爵家に仕えるというのなら、騎士団を退団して移籍すれば……」
「別に騎士がほしいワケでも、護衛がほしいワケでもないので、そういうのは必要ないんです。ユーレイナさんが退団して移籍したら、侯爵家は別の人を護衛として送り込むだけでしょ」
「では、どうやって男爵家に……」
「極秘任務として仕えてもらえればいいんです」
これは、侯爵家に対する嫌味でもある。
ユーレイナさんがちょっと顔をしかめたのがおもしろい。
「ウチは、極秘任務でもちゃんと命令書を出しますよ。ただし、こちらで管理しますけどね。ユーレイナさんが望めばいつでも命令書を見せると約束しますし」
「……何をしろと?」
「ケーニヒストル騎士団に所属したまま、姉ちゃんの護衛を続ける……フリをすると言いかえてもいいかな。それで、男爵家から命じられた通りの内容をそのまま侯爵家や騎士団に報告し、逆に侯爵家や騎士団から言われたことはそのままこちらに伝えてもらう」
まあ要するに二重スパイだ。
「なるほど……男爵家の犬として生きろ、と?」
「侯爵家の騎士として誇り高く死ねますかね? さっきも言った通り、トカゲのしっぽ切りに遭うだけだと思いますよ? しかも、居心地の悪い地下牢で、美味しくもないメシを家畜のように与えられて、処刑の日まで、ずっと」
「なっ……」
「実はですね、今、イゼンさんにケーニヒストルータへ行ってもらってるんですけど……侯爵家の予算の報告で……その報告書に、護衛騎士の食費って項目があってですね、大量の特上肉の消費が記録されてるんです」
「特上肉? なぜ、そんな記録が……」
「うちで毎朝、毎晩、食べてたでしょう? 姉ちゃんの料理」
「あ、あれは……怖ろしくうまいと思っていたが特上肉? イエナさまの料理の腕がよいのかと……」
「姉ちゃんの料理の腕は確かですけどね……ユーレイナさんは侯爵家からの護衛ですから、青の月の終わりまでは侯爵家の予算で動いてましたし。特に問題なしだったんですよ。ある意味では大問題かもしれないですけどね。
でも、それで、白の月からは、もう侯爵家の予算が使えないので、イゼンさんは騎士団にユーレイナさんの食費を請求するために書類をばっちり準備して、当然、その予算請求の基準が、今回の報告書になるワケです」
「そんな! まるで私が贅沢をしたような……」
「食べてたのは事実でしょう? 贅沢に、特上肉を。今さら何を言ってんですか」
「いや、そんな……あれはレーナたちも……」
「レーナたちはうちの子ですから。こっちで支払うんで問題ないんですって。うちの子ですからね。
まあ、そんなこんなで、侯爵家や騎士団でのユーレイナさんの評価はガタ落ち確定ってことで。
それも含めて、侯爵家に義理立てするルートは、もうほぼ確実に不名誉な死としか言いようがありません。むしろ処刑されるべき者だったとか、騎士団の恥だとか、言われそうですよね。
もちろん、イゼンさんの請求は却下されるでしょうしね。だから地下牢に移して、残飯系のろくでもないものを食べてもらうことになります。予算、ないですし。たぶん。ユーレイナさんが侯爵家に義理立てしたいのなら、ね。食費、ありませんよ? うちの子じゃないのに無駄遣いはなしです」
ユーレイナさんが口をパクパクさせている。
特上肉をパクパク食べたりするから、こんなことになるのだ。天罰だよ、天罰。
でも、レーナがちょっと目を見開いて驚いた顔して口をパクパクさせてるけど、レーナは大丈夫だけどな? うちの子だからな! うちの子だーかーらー!
「それでですね、ユーレイナさんがうちの子になるなら、まず今回の強盗の1件はなかったことになります」
さて、うちの子になるメリット、アピール開始。
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