聖女の伝説(27)



「ユーレイナ」


 声をかけると、ほんの少しだけ、視線を上げた。

 まさに、死んだ魚のような目、というやつを見せている。


「し、しょう……」

「何度も言っていますが、師匠とは呼ばないでください」

「……どうして、私には、剣を教えてくれぬのだ」


 ……強くなることへの執着? それとも戦闘メイド部隊に負けたから? そもそもその両方なのか? でもやっぱり、あれか?


 ハラグロ商会がくれた調査報告によると、ユーレイナは男爵家の三女。ただし母親は妾だという。

 そして、その母親は現在病気がちで、ケーニヒストルータの男爵の屋敷に暮らしている。

 ただし、正妻が領地から来ると、その期間は屋敷を出される。そんな扱いだそうだ。もちろん、父の男爵は侯爵家の寄子だ。しかも領地持ちの方。


 ユーレイナは子どもの頃から活発で、男勝り、剣を好み、道場で訓練をかさね、その才能を認められて侯爵家の援助を受け、洗礼で「兵士」となった。

 そして、ケーニヒストル侯爵家の騎士団に入団し、女性騎士の上位へと上り詰める。

 ヴィクトリアさんの婚約とメフィスタルニアへの留学に際して、ビュルテとともに護衛に任じられて出国。

 メフィスタルニア事件を生き抜いて帰国。騎士団で男性も含めて序列2位となる。


 本人が希望し、ヴィクトリアさんの護衛騎士から侯爵の養女となった姉ちゃんの護衛に異動。フェルエラ村への移住に従って、ここまでやってきた。


 騎士団には女性騎士が少なく、貴重な存在なのだが、男を寄せ付けない。

 男中心の騎士団生活で、幼い頃からの男勝りの性格のせいか、言葉遣いが男っぽいものとなり、ますます男性とは縁遠くなった。

 婚約などの話もあったけど、全部断ってる。今は結婚はできないだろうって言われてるらしい。

 この情報いる? いらねぇだろ? いや、どんな情報もどう活かすか、だからな。何かの役に立つかもしれない。


 侯爵家からは洗礼の援助を受けたが、学園までは援助を受けられなかった。

 最下級の「兵士」職だったからかもしれない。

 洗礼を受けていない一般人よりははるかに強いんだけどな。

 洗礼で「剣士」職を得て、学園への留学費用まで侯爵家のバックアップを受けたビュルテには実は強い対抗心がある。

 同じ道場出身で、ビュルテは貴族籍ではなかったという。このふたり、仲良さそうに見えたけど、いろいろあるんだな、やっぱ……。


 ……っていうか、もう、ハラグロすんげぇ怖ぇんですけど?

 めっちゃパーソナルヒストリーじゃないですか! なんでここまで調べてんだ!

 ちなみにユーレイナだけでなく、ケーニヒストルータから連れてきた人全部の調査報告があって、つい最近、おれよりも先にこの村に住んでた人たちの調査報告がこっそりと手渡された。

 しかも、ハラグロ商会の職員の分まで自分たちで提供してきたしな。意味わかんねぇんだけど?


「どうして、教える必要があると?」

「……し……アインさまの姉上であり、侯爵令嬢でもあるイエナさまを守るためには、護衛の強化は当然だ」


「それはケーニヒストル侯爵家の騎士団の仕事です。私の仕事ではありません」

「ならばなぜ、レーナたちを……」


「レーナたちはうちの子です。姉上と男爵家を守るためにも、レーナたちが自分自身を守るためにも、強さは必要になる。私は、うちの子になった者を全力で守ります」

「ど、どうして、私は……」


「ユーレイナは、うちの者ではありません。姉上の護衛ではありますが、所属はケーニヒストル侯爵家の騎士団で、ケーニヒストル侯爵家です」

「メフィスタルニアでは!」


「あの場で、ビュルテやユーレイナが弱いままだと、ヴィクトリアさまをはじめ、オブライエンさんもセリアも、危険だったからです。そんなに死にたかったんですか? まあ、あそこで教えたことはもう、騎士団に伝わってるとは思いますが……」


「……いや。私もビュルテも、アインさまから教わったことを伝えてはいない」

「はぁ? なんで?」


 ……いかん。思わず素が出た。


「……そんなことをしたら、他の者が強くなってしまうではないか。ビュルテとふたり、秘密は必ず守ると誓っている」


 どんだけマウント取りたいんかいっ!


「そして、もくろみ通り、私とビュルテが序列2位、1位となった。悔しいが、私は2位だ。やはりビュルテには勝てなかった。だから私は!」


「……姉上の護衛になって、ビュルテよりも強くなろうと、ですか。そういえば、ビュルテも姉上の護衛を希望していたと聞きました。やれやれ」


「序列1位のビュルテはヴィクトリアさまを離れられん。こんな機会はもうない。そう考えた。だが、アインさまは護衛を命じるばかりで、戦闘にはほとんど参加させてもらえず……」


 そこでちらりとユーレイナの視線がレーナに向けられた。恨めしいような、羨ましいような、いや、妬ましいとでも言うべきか、そういう視線。


 なるほど。


 強くなりたいと思ってこっちに来たのに、強くはなれない。それどころか、自分よりも弱かったはずのメイド見習いたちがどんどん強くなって、今では逆転してしまった、と。


「……それどころか、レーナたちに負けてしまった、と。そういうことですか」


「負けたなどと、あれは、そのような程度のモノではない! 1撃だ! 1撃で死を意識させられた! あの1撃で全てが消え失せた! 騎士団で序列2位となった誇りも何もかも……気づけば私は剣を手放し、降伏していた……」


 あ、1撃でやられたんだ、心を。


 しかも、年下の女の子に。


 まあ、そりゃ、心も折れるかもしれないよな。


「……って、ユーレイナさん? 死にたくないんだ? おれ、てっきり死ぬ覚悟があるんだと思ってたんだけど?」


 おれは、あえて口調を戻して、ユーレイナに問いかけた。


「死にたい訳がない。生き延びてこその剣の道だ」


 そう言ったユーレイナの目は、もう死んだ魚のようなものではなくなっていた。


「でも、このままじゃ、ユーレイナさんは死ぬ運命にありますけど、それで大丈夫なの?」


 うつむきがちだった顔が上がり、ついでに口もぽかんと開いて、ユーレイナはおれを見た。


「その様子じゃ、わかってないよな、やっぱ」


 おれはぽりぽりと自分の後頭部を少しかいて、それからため息を吐いたのだった。





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