聖女の伝説(29)



「なかったこと、に?」


「そりゃそうですよ。ユーレイナさんには、侯爵家の騎士団に残ってもらわないと価値がないんですから。強盗犯なんてとんでもない。あ、もちろん、ハラグロ商会は納得していますし、うちの使用人は全員、秘密は守れると執事長が保証してますよ」


「そ、そんな心配はしていない」

「そうですね、ユーレイナさんの心配事は、お母様のことでしょうか?」


「え……?」


「ハラグロ商会を通して、いつでも馬車でフェルエラ村までお連れすることができる状態にしています。護衛はうちのメイド見習いを4人1チーム付けます。

 お母様が住むところも、必要であれば使用人も手配できます。使用人の給与はユーレイナさんの負担ですけどね。

 でも、侯爵家から騎士団員としての給与を貯金に回して、それとは別にうちからも給与が出ますので、これまでよりも収入はおよそ2倍、ですかね? 余裕で使用人を雇うぐらいは払えると思いますけど。

 あ、今までユーレイナさんだけハラグロ商会での買い物、現金扱いだったでしょう? あれもみんなと同じ帳簿処理ができます! 便利ですよ!

 それと、お母様の病気によく効く薬も、用意してあります」


「な、な、な……」

「これも、ユーレイナさんがうちの子になれば、すぐ動き出せますからね」


 なぜか喜ぶのではなく動揺しているユーレイナさん。


 はて?


「もちろん、騎士団や侯爵への報告については筆頭執事イゼンが懇切丁寧に指導し、完璧な状態でケーニヒストルータへ送り出しますのでご安心を。

 あ、虚偽報告は絶対にさせません。あくまでも、事実のみを報告することになるので、ユーレイナさんに報告に関する罪は発生しません。

 ただ、意図して伝えない、伝えてはいけない事実が存在するというだけですから。

 そこはイゼンさんが完璧にサポート。

 ユーレイナさんはイゼンさんの指導に従うだけで大丈夫だから! 安心して下さい! イゼンさんはとっても有能な執事ですから!」


 おれはにっこり笑ってアピールを続ける。


「姉ちゃんの護衛騎士であることは変わりませんが、うちの騎士にもなるということなら、今後、狩りに出る時は、レーナたちと同じように魔物を倒す機会を保障します!

 はっきりいって、姉ちゃんに護衛なんか必要ないでしょ。うちの姉ちゃん、ケーニヒストル侯爵家の騎士団を一人で潰せるし、それに単独での『竜殺し』なんだから。あ、これ、姉ちゃんが『竜殺し』ってのは極秘事項ですけどね。

 ま、ユーレイナさんは今までケーニヒストル騎士団の所属だから鍛えなかったし、教えなかったけど、うちの子ならどんどん教えるし、鍛えるし、魔物とも戦えます!

 あっという間に! 本当に短期間で! ケーニヒストル侯爵家の騎士団で序列1位のビュルテさんを倒せると保障します!

 めちゃめちゃ強くなれますよ!

 だってこのへんのモンスター、異常ですから。ワイバーンもいるしね!

 表立っては言えないけど、うちの子になればユーレイナさんもすぐに『竜殺し』の一員ですから!」


 さあ。

 強さを求めるユーレイナさんなら、この提案に乗らないはずがない!


 でも、マイナス面を全部隠すのは、ズルいよな?


「……ですが、本当に残念ですけど、ユーレイナさんがうちの子であること、レーゲンファイファー男爵家に所属していることは、公表できません。たとえ『竜殺し』になったとしても、その事実は、名誉は、得られません。

 あくまでも裏の存在、隠れた存在として。

 ケーニヒストル侯爵家の騎士団の一員のままで。

 そのままうちの子になってもらうしかありません。そこは、申し訳ないと思うんだけど、許してください。

 あ、でも、騎士団の序列1位には遠慮なくなってもらっても大丈夫ですからね。どうぞ、ビュルテさんなんてバシッとやっちゃってください。

 まあ、その結果として強さが認められて姉ちゃんの護衛を外されたら……。

 その時は退団して、堂々とうちに来てください。アラスイエナさま以外に仕える気はないとかなんとか言って……。

 その場合の給与は、侯爵家からと騎士団からの給与がなくなるので……まあ、2倍とは言いませんが、うちから支払う分はそれまでの1.2倍を約束します。

 給与の額にも使用人全体のバランスがありますからね。あくまでも裏の仕事を引き受けていたことを含めた報酬の一部として、1.2倍で。それで十分、その2割増し分でお母様の使用人の給与は払える額になるかと……」


 貴賓牢に沈黙が広がる。


 アピールポイントは熱く語れても、さすがにマイナス面はテンションが下がる。


 でも、隠して誘うのは卑怯な気もするんだよな。


 ……さんざん、変なところで卑怯な手段を取ってる気もするけど、そこは忘れようか。特上肉とかな。うん。忘れよう。あ、もう忘れた。いや、忘れなくていいのか? これも実はアピールポイントになるんじゃねぇかな?


「……小さなことですが、護衛としての立場が続くので、朝夕、うちで姉ちゃんの作るごはんをたまには食べられるってことで。これも、まあ、可能性としては、あり、ですかね」


 特上肉のメシもアピールしてみる。


 本当は護衛が一緒に食べるのは変なんだけどな。

 まあ、そんくらいはゆる~い辺境生活だし。


 ゆるゆると許されるだろ。


「本当に……」


 その声は。

 ユーレイナさんとは思えないほど、小さな、小さな声で。


 おれにはよく聞き取れなくて。


「え、なんです?」

「本当に……」


「ええ、本当に、強盗の罪はなかったことになるし、うちからもきっちり給与を支払います。報告内容の指導も完璧で、虚偽報告はないと誓います。魔物と戦って、今以上に強くなれますし、もし騎士団を退団することになったら、必ずうちがユーレイナさんを引き受けます。その時の給与は1.2倍です」


「いや、そこではない……」

「え、ちがう?」

「本当に、母上の……」


「ああ、お母様は必ず無事に村までお連れしますし、住むところはおれや姉ちゃんが暮らしてるのと同じぐらいの家が空き家ですから、すぐに準備できます。使用人についてはこっちで厳しく選別させてもらいますけど。さすがに男爵家のケーニヒストルータの屋敷と同じとはいきませんが……」


「そうではない。住むところはアインさまとイエナさまが暮らしている家と同じなら十分だ。母上は、時にはまるで物置のようなところに押し込められているのだからな。いや、すまない、アインさま。それは関係なかった。そんなことより、本当に、母上の病気に効く、薬を?」


 ……なんだ、そっちか。


 薬、については問題ない。

 医薬神系特殊魔法王級スキル・ジェイビーマントゥフォアパウアで作成できるエクスポーションはHP、MP、SPの同時回復ができるだけでなく、状態異常の即時回復効果もある。


 実はゲームでは毒消しとして利用されることの方が多かったくらいだ。ある意味残念な薬でもある。

 まあこのゲームは毒消しが厳しいんだよ。毒消しができる水の女神系支援魔法リソトネイチュアクリンネスポイズナーは王級スキルだから高レベルにならないと使えないしな。

 しかも習得条件が月の女神系単体型回復魔法上級スキル・レラスの熟練度2だし。『聖女』でもないとそんなことできんだろ。


 ゲームでは泣いてる子どもを助けるイベント・クエストで、エクスポーションを使って子どもの母親の病気を治してクリアってのがあったし、ま、エクスポ使えば問題ないだろ。


 でも、この世界の今の低レベル環境じゃ、どこを探しても見つからないだろうけどな、エクスポーションなんてさ。


 うちには大量にあるけどな! エクスポ! 最上位装備の場合は戦闘メイドたちにも1本ずつ持たせてるくらいだし! たくさんあるけどな! あるんだからな!


「……保証します。おれや姉ちゃんが、レーナたちに使わせてる薬、回復薬以外にもいろいろとたくさんあるでしょう? ああいう、特別な薬です。効き目は抜群にいいと思います」


 ……特上エクスポ、用意しとこうかな。


「……わかった……いや、わかりました、レーゲンファイファー男爵」


 ユーレイナがソファから立ち上がり、おれのところへと移動してくる。


 そして、その場でひざまずく。


「私、ユーレイナ・ド・カンケルダーは、ここに、レーゲンファイファー男爵に命と忠誠を。たとえ、人に知られることがなくとも、レーゲンファイファー男爵の騎士としてこの命を捧げます」


 こうして。

 ヅカ系男役タイプ女騎士は、うちの隠れた騎士となった。


「……病を癒す、あの伝説の秘薬……それを準備できるとは、まさかハラグロの連中が言うように、アインさまは本当に神……」


 貴賓牢を出て、レーナとリエルにはさまれ、ゆっくりと歩くユーレイナのつぶやきはとても小さく。


 おれには聞こえていなかったのだった。






 まあ、ユーレイナの助命は姉ちゃんからの絶対のお願いだったしな。


 おれとしては殺すワケにはいかなくてさ。けっこー考えさせられたよ。

 全力でやらせて頂きましたよ。ええ、全力でした。本当に。


 あんな護衛とも言えない護衛の助命を願うなんて、姉ちゃん、マジ聖女。身近におく人間に優し過ぎだよ、まったく。


 まあ、そこがいいんだけどな。いいんだけども!





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