アインの伝説(17)
「では、ケーニヒストルータのいくつもの商会を支配下に置いたのは、アインさまが指示し……」
「違います! それは違う! 誤解だから!」
「ですが、しかし……」
「出資はしてます! いくつか頼み事もしてます! でも、基本的に商売はガイウスさん任せで、ほとんど関わってませんから!」
おじいちゃん執事が見つめてくる。知ってる。あれは疑いの目というヤツだ。
「本当よ、オブライエン。アインはそこまでハラグロ商会の取引に口出しなんかしてないわ。ただ、ハラグロ商会の中には、アインをまるで神さまみたいに考えてる人たちもいるから、気をつけないとお義父さまみたいなことになるのは間違いないわね」
「神、とは……いったい、アインさまはどれくらい出資なさってらっしゃるので?」
「ええと、4年前? くらいが最初だけど、その時は確か5000万マッセ?」
「4年前? メフィスタルニアでお会いした頃ではありませんか? 5000万マッセとは!? 金貨5000枚も? ……いえ、そういえばあの頃からイエナさまはお金には困っていないとおっしゃってましたな」
「あと、金塊もあの時は渡してたわ?」
「ああ、そういや、そうだったっけ……」
「き、金塊? ……最初は、ということは、まさか、それからも出資を?」
「……オブライエン殿に護衛の報酬と誤解させたのは、出資金の配当でしたね」
「それで純利益の何割かを受け取るという話だったのですか……」
「実際にはその取り分を受け取ったことはなくて、そのまま全部追加の出資金にしてました。必要に応じて他にも色々と出資してきてますから、確か、夏頃に見た書類では出資総額は50億マッセを超えてたと思います」
「50お、く……」
「ハラグロ商会の商圏が拡大して、こっちの取り分がとんでもない金額になっているみたいで。どんどん膨らんでて……ああ、でも、この年末の書類を見たら減ってるかもしれませんね。こんな状況ですから」
「……いえ、そういうことならばさらに増えると思われます。今は、商業界はハラグロ商会の一人勝ちですよ、アインさま。ソルレラ神聖国の教皇聖下より、ハラグロ商会の魔王ガイウス殿の方が世界への影響力があるかもしれません。ハラグロ商会の魔王を怒らせたら村や町がひとつふたつ飢え死にするぐらいでは済まないでしょうし」
知らない間に身近な魔王が爆誕してたっ!? いや、噂ではそんなふざけたアダ名がついてるとは聞いてたよ? 聞いてたけども!
「しかし、それであればハラグロ商会と侯爵家の和解はアインさまの気持ちひとつでできるのではないですか?」
「それは、どうなんだろう……商売そのものには関わってないんですよ。和解して、ケーニヒストルータの商会から手を引いてほしいと、そういうことですか?」
「いいえ、それはありません。今、ハラグロ商会にケーニヒストルータから手を引かれたら大変なことになります。和解して、その上でお願いしたいことは……」
おじいちゃん執事の要求は、簡単に言えばひとつだけ。
魔族と魔物が侵攻してきても、ケーニヒストルータでの取引をやめないでいてほしい。
それが本質、それが全て。
そして、それが正解だろうとおれも思う。
馬車での輸送は流通の基本だが、今はそれに必要な護衛が何倍にもなっていて、流通コストが跳ね上がっている。
このコストを惜しむと全てを失う。ギャンブル的に無茶をやってる商会もあるけど、たった一度の成功でもうけたとしても、たった一度の失敗で全てを、時には命すら、失う。
それをハラグロ商会は魔法でノーリスクときたもんだ。しかも、レーゲンファイファー子爵家と契約して、フェルエラ村で新たな奴隷職員を修行させてリタウニング使いを増加させようとしてる。
……ん? そういや、今の状況だと、保険業が成立するのか? 積荷の? いや、リスクが大き過ぎるか?
待て待て、ウチの村とケーニヒストルータの間の輸送にしぼって、国境なき騎士団が護衛に付く隊商で保険をかけさせたらイケるか?
ややサギっぽいかもしんないけども? マッチポンプか? でもこれ、ガイウスさんと相談案件だな……。
「とりあえず、さっきのオブライエン殿の提案をガイウスさんに伝えて、検討してもらいましょう。できるだけ、安心できる結果を得られるように頑張りますから」
「ありがとう存じます、アインさま」
「他にもあるんですよね?」
「ええ、こちらも、おそらくハラグロ商会絡みですが……」
おじいちゃん執事は、各地の情報が足りなくなっているので、情報がほしい、という内容を金銭を対価に依頼してきた。
「今までは、各地へ送り込んでいた者やケーニヒストルータの商会の者から、本当にどこの情報でも手に入っていたのです。しかし、今はそれも簡単ではなくなりました。ただ、やはりハラグロ商会だけはそこも違うでしょう? そして、領地にその本店があり、さらには最大の出資者でもあるアインさまならば、なおさらです」
「それこそ、ハラグロ商会と交渉して情報を買えばい……あ、なるほど。関係がよくないから、それができなかったと、そういうことか」
「その通りでございます」
「なら、関係が改善できれば、それでいいのでは?」
「いいえ。急ぐのです」
「急ぐ?」
「はい。教皇聖下が、魔族が率いる魔物の侵攻に対して、大陸同盟というものを提唱なさいました」
「大陸同盟……」
……それ、知ってる。ゲームでもアニメでも、人間の国々がまとまって魔族に対抗しようとして結成するんだけど、でも、それは、ケーニヒストル侯爵が主導して結成する、はず、だったような気がするんだけど? 教皇が? あれ? ちょっと違うような気が?
「情報が足りないのです。魔族と魔物の群れが町や村を襲うとは聞いています。どのような魔族が、どのような魔物が襲ってくるのか、どうやって戦っているのか、どのように負けたのか、または勝ったのか、どこまで魔族と魔物は侵攻しているのか。そういうことが何もわからないのに、神々の敵が攻めてきている、これは聖戦である、と。教皇聖下は全ての国々に大陸同盟へと参加し、魔族や魔物と戦うように呼び掛けているのです」
「トリコロニアナ王国から神殿……ソルレラ神聖国へ救援を求められたのでは?」
「それもあるとは思います。ですが、各国、各領地で対応できるのであれば、同盟を組んで他国や他領へ騎士や兵士を送り込むのは無駄ではないですか?」
「無駄……」
……無駄、なのか? いや、そうかも。こっちが救援を出したとして、自分たちが攻められた時に相手も救援を出してくれるとは限らない、かも? そのへんは条約をきっちり結んでクリアできんのかな? どうだろ?
でも、自国で対処できる程度だったり、自領で対処できる程度だったりするのなら、確かに他のところまで援軍を派遣するのはちょっと面倒な気もする。
大陸全部で同盟を組まなくても、近くの領地、近くの国と条約を結んだ方が確実だろうしな?
「『世界を救え』という神託が聖都の大神殿で、アインさまの洗礼の時に下ったと聞きました。『全ての神殿を制覇せよ』というのは、魔族の手から神殿を守ることだと教皇聖下は主張なさっております」
「……まさか、同盟に参加しない国には神罰があるとかなんとか言ってるんですか?」
「ええ、まあ、それに近いようなことですが。私としては、メフィスタルニアを経験した身にございます。
あの時のような魔物が攻めてくるのであれば、大陸同盟などという有象無象と同盟を組む意味はないと考えております。
同盟を組むならば、その相手はただひとつ。フェルエラ村のアインさまのみ、にございます。
ご自身は『竜殺し』、身内に勇者や聖女を抱え、また、多くの希少な天職を持つ者を集めた『国境なき騎士団』がございます。
ただ、残念ながら、我がケーニヒストル騎士団では、その力量差からフェルエラ村への救援の意味がなく、対等な同盟とはならない、そのように理解はしております。
ですから、対価を用意しての、ケーニヒストルータへの援軍の依頼、という形になるかとは思いますが……」
「大陸同盟はともかく、ウチと同盟を組みたい? 一応、私は侯爵家の寄子ですけどね?」
「ですが、抗命権を大旦那さまが認めておりますゆえ。確実な援軍を約束してもらえないと。
しかし、まずは大陸同盟です。
これを跳ねのけることから始めなければならないのですが、ここ数年、洗礼のあれこれでケーニヒストル侯爵家、ひいてはスグワイア国と、ソルレラ神聖国、特に現教皇聖下との関係はずいぶんと悪化しており、大旦那さまが大陸同盟を否定すれば教皇聖下がそれを狙い打つことは目に見えております。
ですから、根拠のない教皇聖下の同盟必要論と、根拠のある大旦那さまの同盟不要論、という形にしたいのです。
そのためにはまず、トリコロニアナ王国がどのように攻められているのか、そういう情報がたくさん必要となります」
うーん。大陸同盟がいらない、って考え方は予想外だったけど、納得もできるし。別にゲームやアニメと同じである必要は確かに、ないかも。でも、簡単に判断して、困る可能性もあるしなぁ。
「青の新月に、教皇聖下は神聖会議を開き、各国の代表者の参加を求めています。時間が足りません。アインさまがお持ちの情報、また、アインさまがハラグロ商会から引き出せる情報を、どうか私にお売りください」
……とりあえず、情報は売れるのなら売るとしよう。
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