アインの伝説(18)
おれはガイウスさんと面会し、とりあえずケーニヒストル侯爵家との関係改善について確認して、了解をとった。デプレじいちゃんにもガイウスさんの方から連絡を入れてもらうようにした。
「オーナーがそれでいいのなら、こちらとしては、特に」
さんざんケーニヒストルータを苦しめたハラグロ商会の魔王は、実にあっさりとしたものだった。
「怒ってたんじゃないんですか?」
「オーナーのことでしたから。それもオーナーにもう知られてしまいましたし、オーナーが気にしていないのであれば問題ありません」
「そ、そうですか。それで、会頭に男爵位をって話ですけど、爵位とか、そこまで必要ですか? 断るなら先に伝えますけど?」
「いえ、オーナー。それは侯爵家側にとって必要になる要件でしょう。ウチと侯爵家の関係が悪いのはケーニヒストルータで商売をしている者なら誰もが知っています。だからこそ、爵位を与えるという姿を見せることが重要になるのでしょう」
「ああ、なるほど……」
「今なら領地も望みのままかもしれませんね。小さな村や町は、放棄を前提に大都市への移住が始まってますから。小さな男爵家や子爵家は、所領を維持できずに爵位を返上しようとしている者もいるとか?」
「えっ?」
「会頭の領地に、シュンメトリアの村など要求するのもおもしろいかもしれません。魔物の被害が大きく、困っているようですが、外壁を用意すれば問題ないでしょう。フェルエラ村からケーニヒストルータまでの中間地点ですし、宿場町として機能させることができるでしょう。あの街道はオーナーが守りますよね?」
……このオッサンはやっぱすげぇ。中間地点に領地もらって城壁用意して宿場町とか、なんでそんなこと思いつくかな?
「あ、そういえば……」
おれはガイウスさんに、積荷に保険をかけることで商売ができないかどうか、色々と説明してみた。
「……オーナー。それは、おもしろいかもしれません。相変わらず、とんでもない発想をなさいますね」
「そうですか?」
「ええ。怖ろしいくらいに。そのやり方だと、何もないものを商品として金を支払わせることができます。まあ何もないというよりは安心を売るとでもいいましょうか……。まずはオーナーが言う通り、フェルエラ村とケーニヒストルータの間で、試してみるのがいいでしょう。ただし、詐欺に利用されないように、よりよい仕組みを考えなければ……」
「あ、それと、筆頭執事のオブライエン殿が情報を求めているので、お願いが……」
おれは、ガイウスさんにいくつかのお願いをしてから、屋敷に戻り、おじいちゃん執事にはハラグロ商会との関係改善が何とかなりそうだということを伝えた。
おじいちゃん執事はほっとした顔を見せてから、騎士たちとともに聖都を後にした。割と本音の顔だったと思うけど、それなりに信頼されてるのかもしれない。
数日後、おれはトリコロニアナ王国の王都、トリコロールズの門をくぐった。
身分証明はガイウスさんに頼んで用意してもらったものだ。ハラグロ商会見習い職員にして番頭の息子ファイン参上!
やっぱり情報を売るんなら、より正確なものの方がいいよな?
姉ちゃんには戦の女神イシュターの古代神殿に行くとウソをついてやってきている。
門を抜けたら宿屋へ向かう。
まずは拠点の確保である。
目抜き通りを歩くけど、前に姉ちゃんと来た時と比べて、はるかに活気がない。そりゃそうか。国内を魔族が率いる魔物が侵攻中なんだもんな。物資も以前のようには集まらないし。
例年であれば、この時期は王都に集まっているはずの領主貴族が自領の防衛のために王都にいないということも大きいのだろう。
途中、思い出のクレープ屋をちらりと見たけど、すでに閉店している。ガイウスさんが撤収しましたと言っていたけど、実際にそれを目にするのはさみしいもんだ。
店員はトリコロールズで雇った人だったのか、ハラグロ商会の職員だったのか、どっちかわかんねぇけど、無事だといいな、とは思う。
宿屋も、以前と同じところ。
中に入ると閑散として、客が少ないということがすぐにわかる。
河南では、聖都では、そこまで感じなかった変化が、トリコロニアナでは、トリコロールズでは、ありありと感じられた。
まるで疫病でも流行したかのようだ。ゴートゥートリコロニアナ! なんて言ったらゴートゥーヘルって言ってるようなもんだけどな……。
フロントの女性従業員に声をかけて、一番安い部屋が空いているかを一応確認したところ、間違いなく空いているということ。
「じゃあ、その部屋を……」
「その部屋じゃなくて、一番いい部屋をお願いできるかしら?」
一番安い部屋を頼もうとしたおれの言葉を遮って、おれの後ろから、よーく知ってる、ずっと耳にしてきた、とーっても大切な人の声が響いた。響いていた。響きまくった。
でも聞こえないはずだよな? この声が聞こえるはずがないよな? 幻聴? 気のせい? うん、気のせいだよな? 気のせいに違いない!
「三人で泊まらせて頂くわ。朝食と夕食はお願いできるかしら?」
ギギギギギ、と壊れかけた機械のような変な音が出そうな感じで、おれは後ろを振り返る。
そこには、姉ちゃんとリンネが、怖いくらいににっこりと微笑みながら、二人で並んで立っていたのだった。
「嘘はよくないとリンネは思うな~」
「そもそも、気付かれないと思った? アインってば本当に馬鹿だわ」
最上階のスイートルームに入って、ソファに座る二人の前で、おれは立たされたまま、叱られていた。
「リアも一緒に行きたがったのだけど、まあ、さすがにあの子をここまで連れて来る訳にはいかないわ。だから我慢させたけど、こういうやり方はよくないわ、アイン」
「そうそう~、置いて行くなんてひどいよ~、アイン義兄さん~」
……なんでバレた?
「なぜバレたんだろうって顔してるわ」
「してるね~」
……なんでわかる!?
「顔に出てるわ」
「いつも顔に出るよね~、アイン義兄さんは~」
「えっ? そんなに? そんなにわかりやすい、おれ?」
「わかるわ。何年一緒に生きてきたと思ってるの。アインってば本当に馬鹿よね」
「何年も過ごしてなくてもわかるけどね~」
マジですか!?
「何か隠してるってことはすぐにわかるわ。夏ぐらいからなんかヘンだったのは気づいてたから。後は、ちょっと情報を集めれば、ね」
「聖都のハラグロ商会に出入りしてたことはみんな見てたんだよ~」
そういやガイウスさんに口止めはしてなかった!? なんて単純なミスを!
しかもおれの行動って監視されてんの? みんなって誰? レーナたちか!?
身内がスパイなんて酸っぱい領主だな、オイ!
おれ、ひょっとして嫌われてる? 嫌われてんの? レーナたちに? それはかなり悲しい現実なんですけど!?
「重要な情報を自分の目で確かめようって姿勢は、いいと思うわ」
「それを一人でやろうとするのはダメだよ~、アイン義兄さん~」
「う、く……」
「それで、具体的にはどう動くつもり?」
「いや、とりあえず王都を歩けば色んな話が聞けるかなっと。通りを見ただけで、トリコロニアナがかなり厳しい状況になってるのはもうわかったし……」
「具体的な案は特になく、ほぼ思いつきで飛び出したのね。あきれるわ」
「それでもなんとかしちゃうのがアイン義兄さんだけどね~」
……リンネ、それって、ひょっとしてフォローしてくれてんのか? 姉ちゃんの視線が冷たくて頭がイマイチ働かないんだけどさ?
「まあ、いいわ。まずは去年、パーティーに行った中の、法衣貴族の方に手紙を書いて、面会依頼を入れるわね。宿の人なら届けてくれるわ。急な話だからどの程度の方とお会いできるのかはわからないけど。それと、今日は下町を回って、孤児院と、あとは神殿をのぞいて見ましょうか。孤児院の状態を見ればどこまでこの国が追い詰められているかはきっとわかるわ」
なるほど、底辺を見れば実態がわかる、か。
さすがは姉ちゃん。さすねぇ!
「……おそらく、孤児院はきっと、ひどい状態だわ。一度アトレーさまの神殿に転移して、農業神さまのダンジョンへ行った方がよかったかもしれないわね」
この姉ちゃんの予想はドンピシャだった。ただし、おれのストレージにはたっぷり食料が入ってるので農業神ダンジョンに行く必要はなかったけどな。なかったけども。
トリコロニアナ王国は、孤児院の子どもたちが痩せ細るように、確実にその国力を失いつつあったのだった。
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