アインの伝説(19)
孤児院は王都の神殿の管轄だったが、ケーニヒストルータと同じで、神殿からは離れたところにあるみたいだった。
ソルレラ神聖国の大神殿を頂点とする神殿勢力は世界中にその神殿を配置し、大きな影響力をもっていることは間違いないんだけど、どうも、弱者を守ろうという姿勢はイマイチのような気がする。
とにかく孤児院を確認してみようと訪問したところ、礼拝室さえも寝床になっているという、孤児パンク状態。
うん。
すぐに理解できた。
魔物の活性化でなくなった村や町では当然、親を失った子たちがいるはずだ。それが、王都のような大都市では、周辺の町や村から集められて、あふれてしまう、と。
しかも、誰も彼もが、目がくぼんでしまうくらい、痩せている。
「アイン、何か食べ物を……」
「並肉がかな……」
「ダメ。そうね、トラウティーヤはあるわよね? あれでスープを作りましょう。リンネ、孤児院の管理をしている人を探して、厨房を借りられるようにお願いしてきて」
「行ってくるね~」
「姉ちゃん? 並肉なら焼くだけで手間が……」
「手間をかけないと、この子たちには無理だわ、アイン。肉を食べても、今のこの子たちだときっとお腹を壊してしまうわよ」
「あ……」
確かに、そうかも。病人におかゆを食べさせるみたいなもんか。
トラウティーヤってのはでっかいとうもろこしみたいなヤツだ。つまり、姉ちゃんはコーンスープを作ろうという考えか。コーンスープが病人にいいかどうかは知らねぇけど、焼肉よりは絶対にいい気がするな、うん。
タッパのストレージを確認すれば、農業神ダンジョンの1層で大量に収穫したトラウティーヤがある。
「何本、いる?」
「人数次第だわ。でも、そうね、今から作る分だけで10本。作り方を教えて、トラウティーヤなら10日は大丈夫だろうから、ここに残していく分を100本。あるかしら?」
「大丈夫、ヨユーである」
それからリンネが連れてきた孤児院のシスターと話して、姉ちゃんがトラウティーヤをおれとリンネに実の粒の取り外しをさせて、スープを作ってふるまって、と。
情報収集どころではないけど、トリコロニアナが河南の国々よりもよっぽど追い詰められてるということは理解できた。
「アイン義兄さん、この子たちを、フェルエラ村には……」
「無理だ、リンネ。遠すぎる。今の状況で安全に移動させることなんて不可能に近い」
「そう、だね……」
リンネの気持ちはわかるけど、できることとできないことがある。
おれと姉ちゃんがリタフルで何日もかけて往復するって最終手段はなくもない。でも、それはあまりにも強引過ぎる。
「食料の提供で許してくれ」
「ううん、ごめん、アイン義兄さん」
リンネは悲しそうな顔をしたままだったが、それ以上は何も言わなかった。
シスターさんの話では、王都周辺の小さな村はもうひとつも残っていないらしい。親を亡くした子たちは孤児院で引き受けたけれども、これ以上は限界のようで、王都から離れた村や町から避難民がやってきたら、もう路上に子どもたちがあふれるようになるだろうと言ってシスターさんは泣いていた。
いや、泣かれても困るんだけどさ……。
「あれは食料を寄贈してもらいたいがための嘘だわ」
「え?」
「まあ、完全に嘘というよりは、王都周辺の小さな村は本当にひとつも残っていないんでしょうね。村がなくなるということは、王都の食料を生産する場所がなくなるということ。もちろん食料の不足は間違いないわね。でも、避難民で王都があふれるということはないわ」
「それは、どういう?」
「考えてみて。避難民はどこを通って王都へ?」
「それは王都までの……ああ、そうか。そういうことか」
「んん~? リンネにはちょっと……」
「今の状況で避難民が歩いて旅をしても、魔物に襲われて死ぬだけだから、避難民で王都があふれることはないってこと」
「あ……」
「孤児が増えたのは、王都、王家が主体となって、騎士団や兵士を派遣して近くの村から移住させたからであって、近くの小さな村がもうないのなら、それ以上は増えない。でも、村がなくなると食料生産は絶対的に足りない。そういうことだね、姉ちゃん」
「遠くへ騎士団や兵士を派遣したら王都を守れないもの。でも、それだけトリコロニアナが追い詰められているというのは……」
「間違いないか」
これは、大陸同盟が必要なんじゃないだろうか?
宿へ戻ると、法衣貴族からの返事が届いていて、急なお願いだったのに、明日の午前中に面会ができるということだった。
「あの人たちも河南の情報がほしいのよ。だから面会に応じると思ってたわ」
「なるほど……」
さすが姉ちゃん。さすねぇ。
いやもう姉ちゃんが有能過ぎて立つ瀬がないんですが何か問題でも!?
「神々のお導きにより、再びシルブレプラ子爵夫人とお会いできる機会を得ましたこと、とても嬉しく思います」
「まあ、ナイエさま。ますますお美しくなられたようで。神々のお導きにより、ナイエさまが再び王都にいらっしゃったこと、とても嬉しく思います。今日の面会には、主人も同席したいと申しておりますの、かまわなくて?」
「もちろんですわ、子爵夫人。コルナーデ子爵夫人のお茶会ではシルブレプラ子爵さまにとてもよくして頂きましたもの」
「それはそれは、よかったわ。ところで、もうご結婚はなさったのかしら?」
「いいえ。まだ婚約者のファインは修行中ですの。修行が終われば結婚することになるでしょう」
「それにしても、よく河南のケーニヒストルータからここまでご無事で……」
「はい。私の護衛で婚約者のファインは本当に強いのですわ。その分商才の方をしっかり磨くために修行が長引いておりますの」
「……ハラグロ商会の護衛は強いという噂ですけれど、本当ですのね」
姉ちゃんの護衛で婚約者ポジとして謎の商人見習いファイン参上!
後ろに立ってにっこり笑って話を聞くだけというアインの惨状!
貴族夫人と情報交換できる笑顔の姉ちゃんかなりの才女!
嘘ついて姉ちゃんたちを置いて行こうとしたアインの罪状!
たぶん聖都に戻ったら姉ちゃん判決が極刑だから土下座謝罪が最上!
だって怒った姉ちゃん最恐!
……思わずラップにして韻を踏んでみるぐらい自己評価下がってます、はい。いやー、おれってダメだわぁ。情報収集だーって調子に乗ってたクセにほぼ全部姉ちゃんにやってもらってるぜ、はっはーーーん!
対面で二対二となってお茶飲みながらの情報交換。
河南も街道の安全がなかなか確保できずに、どこの国も、町も苦しいということに子爵夫人は心配そうな顔をする。一方で、河南では魔族が魔物を率いて現れたという話がないことには安堵したようだ。
逆にトリコロニアナ王国では、既に北方に近い子爵領と男爵領がひとつずつ壊滅したことが明らかとなっていて、正確な情報が届いてないだけで他にも陥落したところはあるだろうという見解らしい。
辺境伯領を含むハラグロ御三卿の状況は王都の人たちよりもハラグロ商会の方が詳しいくらいだ。王都では辺境伯領はまだ陥落していないという情報ぐらいしか入っていないらしい。
外交担当の法衣貴族であるラクシャサ男爵という人など、国王から命じられた河南への救援依頼という形で騎士団から騎士を何人も借りて河南へ赴き、そのまま戻ってきていないとか。
すげぇな法衣貴族なのに。領地もないのに王都を離れてへっちゃらとか。よっぽど今回の魔王軍の侵攻が危険だと考えたんだろう。
「……もしも、王都に、何かありました時は、ケーニヒストルータのナイエ殿のところで妻と息子のことを頼めませんかな?」
面会終わりの最後に、子爵がそんなことを姉ちゃんに囁いた。
「では、ケーニヒストルータにいらした時は、ハラグロ商会の支店で私の名前を出してくださいませ。もちろん子爵夫人だけでなく、子爵さまも。ハラグロ商会は義を交わした方を必ずお守りいたしますわ」
「さすがは『厚義の商会』ですな」
『厚義の商会』とハラグロ商会はトリコロニアナ王国で呼ばれることがあるんだけど、それはどっちかっつーと御三卿側でのこと。どちらかといえば中立派と言えるシルブレプラ子爵がその言葉を使うのは珍しい。
子爵家を後にして、馬車で孤児院に向かい、手伝いをしていたリンネを回収して、宿へと戻る。
姉ちゃんはスイートルーム付きのメイドさんにお茶の準備をしてもらうと、退室するように頼んで人払いをした。
メイドさんも慣れたもので、特段嫌がるようなこともなく、静かに一礼するとスイートルームを出ていった。
「……アイン、これは、何かあるわね」
「姉ちゃん……」
「イエナ義姉さん~? どういうこと~?」
「シルブレプラ子爵は王都を脱出する可能性があることを最後に言ったわ。行政官でもある法衣貴族がそんなことを言うってことは、王都が攻められることに確信があるんだと思うわ」
……確かに。妻と子どもをハラグロ商会で守ってほしいという遠回しな依頼だった。姉ちゃんはそれを引き受けた。
それは王都脱出が現実となる予想をしているということでもある。
まあ、王都を脱出しても河南まで行けるかどうかは微妙だけどな……。
「何を隠しているかはわからないけど、気をつけるわよ、アイン、リンネ」
姉ちゃんの一言でおれとリンネは視線を交わして、それからゆっくりとうなずいた。
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