アインの伝説(20)
リンネが孤児院で子どもたちとの触れ合いを通じて手に入れた情報を分析すれば、その伝えられた特徴から、群れイヌ、クソアス、イエモンなど、辺境伯領の開拓村の、しかも森の奥でしか見かけなかったはずのモンスターが王都周辺の町や村では現れていることが判明した。
今となっては懐かしい連中ではある。あるけどな。クソアスは学園ダンジョンのボスだけど。ボスだけども。
ツノうさ相手に鍛えた強者がやっとこレベル5だとして、その相手が群れイヌに変わったら、そりゃ食い殺されんだろ、無理だよな。
しかも、ノンアクティブからエンカウント即戦闘のアクティブモンスターへの仕様変更なんて、運営にクレームが入る可能性ありだろ。
初心者の練習スペースにいきなり適正レベル外の暴れるモンスターがやってくるんだからな。無理!
そうすると、辺境伯領の開拓村周辺は今頃……考えると怖くなる。
……あと、リンネまで、おれよりも大きな成果を上げているのではないかと思うのは気のせいだろうか?
「今日は午後からカールセル男爵夫人との面会依頼が通ってるわ。リンネは、また孤児院へ行くつもりなの?」
「うーん。でも~、今日はもう聖都へ帰るんだよね~?」
「その予定は変えられないわ。明日からアインもリンネも学園でしょう? 元々3日間の休暇だもの」
「なら、侍女のふりして付いて行く方がいいかも~。それに、早く聖都に帰らないと~、リアさんがきっと心配してるしね~」
「あの子は心配じゃなくてきっと怒ってるわよ」
ふふん、と笑った姉ちゃんがおれを見た。ちょっとイジワルな感じの笑顔も最高です。我が愛しきお姉さまよ……。
「怒らせたのはアインだけど。でも、リアは、アインには直接怒らないわよね。残念だわ」
何がどのように残念なのか、知りたいような知りたくないような……。
「目抜き通りも閑散としてるし、あまり王都を楽しめないわね。王城も外から見るだけなら昨日も見たもの。午前中はどうしようか、リンネ」
姉ちゃんが午前中の予定の相談をリンネと始めた時、外から叫ぶ声が聞こえてきた。
「家に戻って、扉を閉めるんだ!」
「かんぬきをかけて、絶対に外には出るな!」
「急げ! 急いで家に戻れ!」
「……何?」
「ずいぶんと~、必死な声だね~」
宿の人が朝食を食べ終えて話をしていたおれたちのテーブルに早歩きでやってくる。
「お客様、どうか、急いでお部屋の方へお戻り下さいませ」
「何か、あったんですか?」
「魔物が現れたとのことです。騎士団と衛兵が既に城門と城壁をかためておりますので、ご安心下さい。ただ安全のためにも、最上階のお部屋の方がよろしいかと」
おれたちは互いに一瞬だけ目を合わせて、宿の人に言われるまま、立ち上がって部屋へと戻った。
部屋に戻ると、すぐに部屋付きメイドは人払いして、三人だけの空間にする。
「……男爵夫人との面会予約は、無視して聖都へ戻ってもいいもんなのかな、姉ちゃん?」
「この、外出禁止のような状況が午後まで続けば、仕方がないで済ませられそうね。その場合、謝罪の手紙を宿に預けておけばいいわ」
「魔物が現れたって言ってたけど~、それって、現れただけなのかな~?」
「リンネ?」
「外出が禁止になるって~、ただ魔物が現れただけでなるのかな~? ひょっとして魔物の群れが王都に攻めてきたんじゃないのかな~?」
おれと姉ちゃんはリンネの言葉で顔を見合わせた。
「このまま、聖都へ転移した方がいいかな?」
「まだ、状況はわからないわね。かといって、ここから出て確かめるのも……」
「外から来た客でしかないおれたちに、いちいち知らせが入るワケもねぇか」
「打つ手がないね~」
「……とりあえず、ここで待つしかないわ。魔物の襲撃だったとして、これだけ大きな王都が簡単に落ちることもないわよ。本当に危険になったら聖都へ逃げる、それだけだわ」
「なんか、魔物の襲撃の前にやってきた外国人がいつの間にかいなくなってたとか、嫌な感じしかしねぇんだけど……」
「う……怖いこと言わないで、アイン。もう、アインってば本当に馬鹿なんだから」
「ハラグロ商会の立場がなくなりそうだね~」
別にリンネがのんびりしてるワケじゃねぇのは知ってんだけどな。知ってんだけども。なんか、軽い感じになってるから気をつけた方がいいと思うぞ、お義兄ちゃんとしては。
とりあえず、今、できることはなく、待ちの一手。
そうはいっても気になるので、窓から外を見てみたり、うろうろとスイートルームの中を歩いてみたり、お茶とお茶菓子を口に入れたりと、おれも姉ちゃんもリンネも、三人そろって落ち着かないときたもんだ。
それでも時間は過ぎていき、もうすぐ昼になるというところで、姉ちゃんは男爵夫人への謝罪の手紙を書いていた。面会依頼をして、予約ができたのに、会えなかったとなると謝罪も必要なんだろう。
ドッッッゴーーーーーーンッッッ!!!
とんでもない衝撃音がして、宿屋の建物も揺れたような気がした。姉ちゃんの手が乱れ、書きかけの便せんにインクが波を描いた。
うろうろしてたおれとリンネはちょっとふらついたけど、すぐに窓へと近づいた。姉ちゃんも手紙はそのままで窓へと駆け寄る。
「何、今の?」
「わかんねぇ」
「ビックリしたね~」
この高級宿は中心街に近くて門からは遠い。外の戦闘の様子はさっぱりだ。
「っ! アイン! あれっ!」
姉ちゃんが窓の下、目抜き通りの門の方向を指さす。
姉ちゃんが指し示す方を見ると、赤黒い大きな猪が何頭も走り回っていた。
「イビルボアっ!?」
「あの魔物……」
おれの隣で、リンネもイビルボアを見つめて目を見開く。
窓の下に、イビルボアがどんどん増えていく。
「門が、破られた、のか……?」
「さっきの音ね?」
「でも、イビルボアごときで王都の門が破られるようなことは……」
「あれっ! あれ見て! イエナ義姉さん、アイン義兄さん!」
イビルボアの大群が突進して、周囲の建物にぶつかって破壊していく、イビルボアの津波のような状況の中で、門の方から悠然と歩いて王城を目指す、一人の、男? いや、おそらく、男。
「あれはっ! あの、左腕っ!」
姉ちゃんが窓枠をぐいっと握りつぶすかのように掴みながら、声を上げる。
その男と思しき人物の左腕は、おそらく作り物、義手だろうか。
顔には右上4分の1だけ透明で残り4分の3は真っ黒な仮面。
そして、ツノ。
魔族。
イビルボアを引き連れた魔族。
仮面の魔族。
そいつは……。
「ビエン、ナーレ……」
おれの言葉に姉ちゃんがぐっと歯を食いしばったのがわかった。
『見逃し仮面』ビエンナーレ・ド・ゼノンゲート。
放課後の教室でおれを天国に導き、その後の噂でおれを地獄へと突き落とした三つ編みメガネ委員長の最愛の敵キャラ。魔王軍における3強の一角。
小川の村に現れた時とは違う、ゲーム『レオン・ド・バラッドの伝説』の時と同じ、仮面をつけた姿で登場した最悪の敵は、おれたちが見下ろす目抜き通りをまっすぐ王城へと進んでいったのだった。
最強の敵、王都に、降臨……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます