アインの伝説(63)
「……読めぬじゃろう?」
わらわっ子にそう声をかけられて、おれは我に返った。
「……ん、ああ。めくってみても?」
「かまわぬよ」
表紙はなんか金ぴかで豪華だったけど、中はフツーに紙だ。よく2000年も残ってたな? それともなんか謎設定があるのかもしれないけど。保存の技術とかさ。
サワタリ氏が……サワタリ氏の中の人が……渡紫音が勇者シオンなら、2000年前の伝説も納得できる。大神殿に描かれていた壁画とか天井画とかの物語だな。まあ、日記にある程度書かれてはいるんだろうけど。
おれはページをめくって目を通していく。
はじめの方は、この世界にやってきて、これを書き残そうと思うまでの説明っぽいものだった。
徹夜でゲームにのめり込んで、『今日もこのまま寝て学校サボっちゃうかー』と、どうやらそれがサワタリ氏のデフォだったらしく、その日は『お母さんにめっちゃ叱られて、あくびしながら家を出た』と。
でも遅刻は確定、『口に食パンもくわえてないからイケメンとぶつかって出会うこともない……そもそもイケメンと出会っても何話したらいいのか知らんし……』って、そんなことを考えて曲がり角を曲がったら、そこは草原だったという。
……イケメンのくだりいらなくない?
あ、いや。それはともかく。サワタリ氏はおれとは違って、転生ではなく、どうやら転移だったらしい。異世界転移。そう、異世界転移だ。
サワタリ氏は私立の女子高で、しかもセーラー服の学校だったため、セーラー服でぽつんと草原に立っていたらしい。周囲を見回すと、遠くに森が見え、その反対側に、なんとなく町っぽいなと思えるものが見えた。
『まさかの異世界転移か? おいコラ待てラノベか? きたのか? ウチに異世界で出番キターっ、とか、マジか。でも、これ、セーラー服で何もできなくない?』と。そんなことを思いながら町へと歩いていく。
とりあえず、中に入るのに、特にお金とかも取られなかったので、とりあえず冒険者ギルドみたいなの探そうかと思って、でも見つけられずに酒場に突入。
背は低め、ムネはぺったんだから、少女にしか見えないサワタリ氏は、ガチムチ巨体のツノあり男にからまれる。
後から考えると、『こんな酒場にこんな少女じゃ危ないと考えて声をかけてくれただけなんだろう』と思ったけど、その時は『テンプレきたーーーーっ!』と思って。しかも現実感は何もなくて。
うるさい、と、『どうせちっちぇウチのパンチなんて蚊が刺したくらいのかゆみもないわー』とか思ってたら、そのパンチ1発でガチムチ巨体がうずくまってしまった。
酒場が騒然となって、あのバッケンさんがワンパンで! となって怖ろし気な感じの男たちに遠巻きにされる中、『これはチート能力を得たか』と。
さっそくステータスチェックが必要だからと、『ステータス、プロパティ、メニュー、鑑定、スキルボード、システムコール、ゲノムコード、開け我が左目に宿る闇の血脈に導かれし秘奥……』とか、いろいろ言ってみたら……オープンコール・タッチパネルでタッチパネルが開いた。開いてしまった。
『ええ? ここって、ゲーム『レオン・ド・バラッドの伝説』の中なの? ウチ、いつの間にログインしたっけ?
お母さんに叱られて蹴飛ばされて学校行こうとしてたのアレ夢か? いや、なんでアバターじゃなくて自分? ワケわかめ? 白チューニ夢ってヤツかこれ? 闇過ぎorz……』
……いや、『開け我が左目に宿る闇の血脈に導かれし秘奥』って。
サワタリ氏、アンタどんだけだよ?
なんでそれがオープンコール・タッチパネルより先に出てくるんだよ?
いや、違うか。そんな人だった。あの人、そういや中の人はそんな人だったわ、うん。
タッチパネルで『ステータスとスキルをチェキしてみたら、なんとレベル45の『勇者』だと?
あれ、これファーストプレーで最速クリアした時の、レオンプレーのデータか?
正確なステ値を覚えてるワケねーけど、剣術スキルは上級スキルまで熟練度カンストさせてんのに、盾術スキルほぼ熟練度上がってないというのがあまりにも記憶に近いケド!?』
『ストレージに……アイテム類はない? いやでも十分チートか? ここがはじまりの村ならゲークリデータは完全にバグだべさ?』
ふと気づけばガチムチ巨体の鬼族が手下にしてくれと。そんなら『パーメンに加えてNPC集めて、ゲークリしたらいーの? そんならヤルべさ』
そんで、町の神殿にガチムチ巨体を連れて行ったら、聖堂で神託が降りて、しかも『ワールドクエスト? いきなりかよオイ? しかも聞いたトキないしこのクエスト? なんなの『世界を救え。全ての神殿を制覇せよ』ってさ? ウィキ!? あんま使うの好きくないけど攻略ウィキプリーズ!』
攻略ウィキを願ったのに、出てきたのは神殿の神官。神託にめっちゃ驚いた顔でどうかお供に加えてください、と。『ま、パーメン足りないからいいべさ』
攻略ウィキがないなら自分で作ればいい。攻略ブログ書けないから、神官に紙とペンの用意をさせて、とりあえず書き残そう。『そう思って、序文をそれっぽく書いてみた……』
……あの序文。書いてみた……って、それっぽく書いただけかよ!? びっくりだよ!?
いや、いやいやいやいや、そこじゃない。そうじゃない。ワールドクエスト! ワールドクエストおんなじだよ!? おれと同じワールドクエストがサワタリ氏に?
手下の鬼族バッケンくんと神官ラムくんに相談して、『なんかいろいろくわしい人どっかにいないかなぁ』と聞いてみたら、南の国に高名な長耳族の賢者がいるらしいと。
『おお? 長耳族? エルフの? ここ、魔族領? そういやバッケンくん鬼族じゃん?』と。
そしたら魔族領ってなんだ? って言われた。『あれ? なんか変? 魔族領じゃないの? そういやラムくんフツーに人間だべさ?』
とりあえず、南の国へ行ってみた。道中でバッケンくんとラムくんのレベ上げさせながら。『なんでか二人ともすんげぇ顔してっけど、どしたべさ?』
そんで高名な賢者ってのに会って、『うわぁパツキン碧眼眼鏡エルフってどんだけ属性重ねるつもりたべさ?』と。
『とりまいろいろ話してみるけど、話が合わないのなんの……。そんな国はない、とか、人間だけの国など知らん、とか、そんな人物は聞いたこともない、とか。あれぇ? タッチパネルなんてゲーム『レオン・ド・バラッドの伝説』ぐらいしかないはずだけどなー?』
『チグリス・ユーフラテスみたいな名前のでっかい川は? って聞いたら大陸を南北に分ける大河の名はステラフーユグリスチというと答えてくれたべ。あ、それそれ。聞いたトキあるし。やっぱ『レオン・ド・バラッドの伝説』じゃん?』
『全ての神殿を制覇せよって言われたんだけど、どこの神殿に行っても、特に変化がないんだよねと。そう言ったら、各地に残る口伝には、伝説上の神殿が点在している、とパツキン碧眼眼鏡エルフが言って、ああ、そういや古代神殿があったなぁ、と。なぜ知ってる? そんなこと言われてもチートだべさ。どうしようもナシ……』
『キミはとても興味深い。私も旅について行こうっていうから、パツキン碧眼眼鏡エルフ……プランくんもパーメンに加えて、古代神殿をめぐる旅へ。プランくんによるとここは大河の南、河南の地らしい。学園はどこにって聞くと、学園とは何かと返される。やっぱ情報がすれ違うじゃん?』
『とりま、河南には地の神の古代神殿しかねぇべさ。あっちだべ。と案内したら、やはり神託を受けた者には神々から啓示が下されるのか! ってバッケンくんが驚いてんの。ラムくんはなんか祈りを捧げてるし? なんだこの状況は?』
「アイン、アイン? そなた、もしや……」
わらわっ子が、日記に集中していたおれに話しかけてきた。
「ん?」
「読めて、おるのか?」
「ん?」
「この、古代神聖帝国文字が、読めて、おるのか?」
……ん? なんでわかんの?
「アイン、そなたは、文字を順に目で追っておる。それも、一枚一枚、じっくりと。これを前にして、そのようなことをする者はよほどの研究者ぐらいじゃ。その研究者も、読める訳ではなく、必死に書き写しておるだけなのじゃ。そなたのその姿は……」
「あー、なんだ、そのー……」
「……読めておるのじゃな」
「まー、なんというか、なんだ……」
「な、何が書かれておる? これはやはり勇者シオンの日記なのか? わらわの祖が預かり大切に受け継いできたこれは本物なのか?」
「あー、待って。待て待て、落ち着け、ランティ。そう興奮するな」
「これが興奮せずにいられるものか!」
「……もし、さ。もしも、おれがこれを読めたとして、だな。そうだったとして、おれがこれを勇者シオンの日記だ、こんなことが書いてある、と、そう言ったとして、誰がそれを信じる?」
「わらわはアインのことを信じるぞ?」
「ランティが信じてくれんのは嬉しいけどな。でも、そうじゃなくて、おれがこれを読めてる、読んだ内容が正しいって、誰が証明するんだ? 誰にもできねぇだろ?」
「それは……」
「とりあえず、読ませてくれ。頼む」
「むぅ……」
ツノ美少女すねる。なかなかかわいいな。こうしてみると年相応なんだけど。いっつも無理してんだろうな。
読み進めていくと、はじめのうちは攻略情報が多くて、地域のモンスターとかも網羅されてるし、事前にこれがあったら姉ちゃんとの旅がかなり楽になった気がする。
でも、途中からはちょっと……。
『ガチムチ鬼族マジ筋肉―っっ!! し・び・れ・る』とか、『聖者の壁ドン! コレ、おかわり3杯イケそーっ!!』とか、『バッケン×ラムは基本! でもラム×バッケンもでへへへ・・・』とか、『あ、プランは総受けで・・・』とか、『パツ金ヘキ眼イケメン、あごクイからの眼鏡外しキター! 至近距離の碧眼マジジュエってるし? ああこんな初ちゅー少女マンガかよっっ! あ、目ぇつぶんの忘れてたわ……』とか、三人からプロポーズされてる逆ハーパーティーしてやがるんですけどサワタリ氏ぃっ!?
アンタそんなキャラじゃねぇじゃん? いや、書いてる叫びはサワタリ氏の中の人っぽいけど! ぽいけどな! アンタ、パーメンと何してんのさ?
サワタリ氏……ここに来ちゃった人のために書くって、マジで序文、ノリでそれっぽく書いただけで、リアルJK日記と化してんですけど、これ、どうすりゃいい?
中身ほとんど恋バナでそっちは全然役に立ちませんけども……現地の人が読めなくてよかったよマジで!?
いや、中身にめっちゃ期待してるわらわっ子に何を言えば!? なんて言えばいいんだよ!?
だけど、パーメンに加わった聖女とか、槍聖とか、戦の女神の古代神殿のクリアに頑張ってくれるんだけど、どうも排他的っつーか、人間至上主義っつーか、バッケンとかプランとかへのあたりがよくなくて、サワタリ氏も『パーメンの人間関係が険悪で困るとか、コレ、ゲームじゃあり得ないんですけど!?』とかプンプンだし。
そんで、全ての古代神殿をクリアしたと思ったら、サワタリ氏もおれと同じ壁に気づいて、ガイアララを目指すことに。
でもその前に、河北の穀倉地帯を支配する巨人王ムサシとのトラブル。
穀倉地帯を狙った人間が罠を仕掛けたことでいろいろあったらしい。
人間不信になった巨人王を相手に、ラムって人がタイマン勝負で負けたけど、互いに認め合う関係になって解決。
『なんだ負けイベかよ。マジになって損したべさ……』って、負けイベだったんだな。
そこで聖女と槍聖がパー抜けする。裏で穀倉地帯狙いの人間とつながってたのかもってマジか。人間関係怖いよな。
まあ、それよりも、『しゃべってる間にイケーっミツハシじゃーっ! とか、アイツ膝痛めてるじゃん! ヒザヒザ、ヒザ狙えぇぇっラムくーんっっとか、ウチのラムくんへのアドバイスみんな無視るんですケド、ヒドくね?』って、サワタリ氏、それはアンタがヒドいですから……。
……たぶん、巨人王ムサシって、アレだよな? だからレイドボスドロップにあんな宝珠と剣があったのかよ。危険物過ぎて使い道はねぇんだけどさ。
サワタリ氏も巨人王ムサシの正体には考察して言及してて、『アイツ、MMOイベント『死霊都市の解放』のレイドボスの生前の姿じゃね?』と。
『これって、ウチってばまさかのスリー状態!? ならセーブ機能を! 切実にセーブ機能を! ペンと紙はあるからせめて復活の呪文を神よ! 紙だけに!』……ってサワタリ氏、どんだけゲーオタ属性極めてんのさ。
確かにワンから未来にいってツーで、過去に戻ってスリーだけどな! スリーだけども! あのゲームはスリーまででもはや完成してっけども!
ガイアララ目指したサワタリ氏は、巨大な青い竜に土下座して、闇の女神の古代神殿の場所を教えてもらって……え、あのドラゴン様、それ、教えてくれたんだ?
なんだ、聞けばよかったな。そんで北の岬の古代神殿で、闇の女神ララ様が降臨……って、マジか!? いや、さすがにサワタリ氏がここに嘘書く必要性ねぇから真実だろうけど!
そんで『闇の女神ララ様のお願いでタラちゃんと仲良くなってさぁー』って、それでガイアララを離れて戻る。
でも戻ったら、妹を罠で殺された巨人王ムサシが人間に激怒して戦争になってて、大陸同盟で巨人王戦争を戦っていくけど、神託を受けた勇者として人間の代表みたいにされて、ラムくんの親友になってた巨人王ムサシを嫌だったけどみんなで倒して、ラムくんが巨人王を弔うために地下墓所を……って、この穀倉地帯ってやっぱ今のメフィスタルニアか! ラムくんって、聖者イオスラムだよな?
でも、その戦争の中でどんどん人間と他種族の壁が高くなっていって、タラちゃんが巨人王ムサシの残存思念の中の巨人族滅亡の哀しみに共感して暴走して、サワタリ氏は暴走したタラちゃんを倒すことに……あれ? タラちゃんってひょっとして?
タラちゃんを倒したサワタリ氏は、『ド・バラッド』っていう貴族名?
家名を授けられるんだけど、長耳族のプランのプロポーズを受け入れて、結婚して人里離れた辺境で暮らす。『もうプランがいてくれればいいや……』ってまるでサワタリ氏が女の子みたいなことを!?
そこには勇者を慕う者が集まって村ができて、美しい山に祈りを捧げて暮らした……って、コレ、麓の村か。レオンの村だよな。
生まれた3人の子どもは男、男、女で、どれも金髪碧眼の人間だったと。いつか戦う時のために男の子ふたりに剣技を教えて伝えた、と。
だから、子孫のレオンやリンネも金髪碧眼で、レオンがなんでか連続技の流れの真似がすぐできたのは、サワタリ氏の剣技を脈々と伝えられてきたからか?
それから人間の他種族排斥の動きは加速して、勇者を奪った長耳族を許すな、と長耳族の迫害と奴隷化が始まり、これ以上の争いを望まなかったバッケンが鬼族を率いてガイアララへ移住を決めた。
何もできなくてすまないと詫びたラムにただ黙って首を振り、誰のせいでもないと伝えるサワタリ氏。それは『プランと結婚したウチのせいじゃないもん……』と言いたい気持ちも込められていた。力の強い鬼族がガイアララへと去ったことで、人間はさらに増長していく。
でも、その先を見ることなく、サワタリ氏は亡くなった、らしい。
日記の最後は、『これを我が友、バッケングラーディアスに預ける。ガイアララの地ならば守り通せることだろう。それが彼女の最後の望みなのだから……』と書かれて『プラントール』という署名がある。わらわっ子にもここだけは読める。日本語じゃなくてこっちの言葉で書かれてるからな。
この最後の一文が、勇者シオンの日記だろう、と言われる根拠だったらしい。「本当に大賢者プラントールが書いたという保証はないがのう」とわらわっ子はさみしそうに言った。
その日は、もう寝る時間ですよ、と護衛のオルトバーンズに強く言われるまで、わらわっ子はおれに与えた部屋で、勇者シオンの冒険の話をねだった。
まあ、おれは、日記にあったことをそれなりにイイ感じにまとめて、わらわっ子に語って聞かせたけどな。もちろん、BLとか、R15とか、もちろんR18とかはナシで! わらわっ子まだ成人前だから!
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