聖女の伝説(16)
ククク……。
戦闘メイド部隊はいい感じでまとまってきた。ハハハハっ! まだメイドとしては見習いだけどな! 見習いだけども!
一番修業が足りないのが実はメイドの仕事なのかもしれないけど!
もうすっかりツノうさの狩りには慣れちゃってるし?
「……あの子たち、もうケーニヒストル侯爵家の騎士団を相手にしても勝ってしまうような気がするのですが、私の常識が間違っているのでしょうか? こんなこと、ユーレイナには聞かせられないのですが……」
箱馬車に揺られる女教師がなんか、めっちゃ気弱な感じに見える。前まで毅然としていた女教師の気弱な姿って、グっとくるもんがあるよな……って、痛い? 姉ちゃん? なんでつねってんの?
「……セラフィナ先生の言う通りですよ」
「あ、やっばり、間違ってますか? 勘違いですよね? まさか騎士団より強いなん……」
「うちの戦闘メイド見習い部隊は、ケーニヒストル侯爵家の騎士団と互角以上の戦いはできると思います」
「へっ?」
「負けるのはヴィクトリアさまの護衛のビュルテと、そこのユーレイナくらいでしょう。その2人も4人でかかればどうにかできると思いますけど」
「あ、あの、ユーレイナって、騎士団では……」
「最近、序列2位になったと聞いています」
「2……2位? 序列2位? つまり、騎士団の実力No.2ということ……? それをあの子たちは倒せる?」
最近、女教師の表情の変化が楽しい。
戸惑う大人の女性って、なんだかかわいいよな? な? ……って、痛い? 姉ちゃん!?
戦闘メイド部隊の仕上がりは実際かなりいい感じだ。
もちろん、修行の道はまだまだ険しく、長く、遠くて、尊い。実に尊い。戦うメイド見習いの少女が尊くないはずがない。ありえないくらい尊い。むふふ……。
最高総司令官、アラスイエナ・ド・ケーニヒストル侯爵令嬢。つまり姉ちゃん。
参謀長、フェルエアイン・ド・レーゲンファイファー男爵。つまり、おれ。
部隊長、グロリアレーナ・ド・ゲルバディオ男爵令嬢。12歳。弓術に優れ、隊で一番の命中率を誇る。また、月の女神系回復魔法も使えるようになっている。優秀な部隊長だ。
副隊長、キハナ。隊長を支えるしっかり者。隊長のひとつ年上で13歳。風の神系魔法が使えるようになった。
以下、隊員たち。
ダフネ、13歳。槍の扱いが一番うまい。魔法はいろいろと教えたが覚えが悪かったので、最終的に一文字リピートアフターミーで、火の神系魔法を習得させた。アタッカー。
ゼナ、12歳。すばやさ一番。ちょこまか動ける。月の女神系回復魔法を覚えたヒーラー。
シトレ、12歳。弓矢を頑張る無口な弓術女子。でも、微笑みが素敵。返事が小さくてキハナによく叱られてる。地の神系と水の女神系のふたつの魔法スキルを身に付けた。
エイカ、12歳。商業神系特殊魔法初級スキル・ボックスミッツが使えるポーター。
リエル、11歳。この子もボックスミッツを覚えたポーター。小動物みたいな感じがかわいい。
ウィル、11歳。月の女神系回復魔法と水の女神系魔法スキルを身につけたヒーラー。
第1部隊ティアマトは、隊長レーナはアーチャーで、ヒーラーはゼナ、ポーターにリエル、アタッカーはダフネ。こっちが原則としてはおれ付きメイド見習い。あくまでも原則だけどな。
第2部隊イシュタルは、隊長キハナはアタッカーで、ヒーラーはウィル、ポーターにエイカ、アーチャーはシトレ。こっちが原則としては姉ちゃん付き。
バディは、レーナとリエル、ダフネとゼナ、キハナとエイカ、シトレとウィルだ。
部隊の連携も鍛え抜いてきた。
バディでのペアアタックはもちろん何度も繰り返したし、4人1組の1パーティー戦闘では手加減攻撃で小さなダメージを与えていき、ヒーラーやポーターの判断力も磨いたし、姉ちゃんの指揮下で9人を相手におれがボス役のボス戦みたいなこともした。
はっきり言って、ケーニヒストル騎士団? 何それ? 相手になんねぇよ?
……って感じだ。角が立つのではっきりとは言わねぇけどな!
ただーし!
残念ながらレベルはまだ5!
レベルだけはまだ5!
めっちゃ熟練度は磨かせてきたし、連携もイケてると思うけど、レベルだけは5!
ツノうさ相手じゃレベ上げは5が限界!
こいつら、いつかレベル上げできる獲物がやってきたら、たぶんステ値が爆上がりになると思う。そんくらい熟練度上げの訓練はめっちゃ頑張ってる。
槍スラッシュからの槍カッターという『槍ツイン』の発動ももはや100パーだしな! え? ユーレイナ? できないって。
まだ教えてねぇもん。槍じゃなくて剣だし。厳密にはユーレイナはうちの子じゃねぇから教えたくないし?
いやあ、それにしても、もしメフィスタルニアでここまで育ってたら、スケコマどころかナイトもイケたと思うな?
いつかエイフォンくんとの約束を果たしに行く時は、この子たちも一緒に連れて行くことにしよう。ある意味、故郷奪還になるしな。
というか馬車旅で20日以上って、どんだけケーニヒストル侯爵領は広いんだよ? いや、戦闘メイド見習いたちの修行として狩り旅してるからフツーに進むよりは時間がかかってるってのはあるけどさ。
もう、7つの町や村を通ってきたんだけどな。
フェルエラ村、めっちゃ遠いし。
さすがは辺境の地。ケーニヒストルータから離れ過ぎてて反逆するんじゃねぇの?
そんな時だった。
「イエナさま! アインさま! 村が! 村が魔物に襲われてますっ!」
御者席にいたユーレイナの叫びが箱馬車の中に響いたのだった。
「最上位装備着用っ! 回復薬使用制限なしっ! 繰り返す! 最上位装備着用! 回復薬使用制限なし!」
おれの叫びに、即座に戦闘メイド見習いたちが反応して、ポーターから武器や防具を受け取って準備を始める。
うちの戦闘メイド部隊でいう最上位装備とは、防具はミスリルチェインメイルに旅人の服を重ねて、服のポケットに4種類のポーションの特上を1本ずつ用意し、槍はミスリルハルバード、弓は虹の弓を準備することだ。
旅人の服以外は、鍛冶神ダンジョンのドロップアイテム。
「これは訓練ではない! 繰り返す! これは訓練ではない! 戦闘メイド部隊の雄姿を期待する!」
なんか、言ってみたかったので言ってみた!
めっちゃいい感じ!
いやいや、ふざけてないけどな? モンスターとは真剣勝負だからな?
「魔物との1対1の戦闘は禁ずる! 全メイド隊列を維持し最大戦速! 全力で襲われている村を解放せよっ!」
8人の戦闘メイド部隊が一気に動き出す。
姉ちゃんがそれを追いかけ、護衛騎士のユーレイナも続く。
「みなさんは箱馬車の中へ。セラフィナ先生、残ったみなさんをお願いします。ハラグロ商会の者は、大盾を用意。守るだけでいいです。決して戦おうとか、倒そうとかしないこと。いいですね?」
「はい、オーナー!」
女性陣をもっとも安全そうな箱馬車に入らせ、ハラグロ商会の奴隷職員と御者には大盾を準備させる。
でもあの女シェフさんは、なぜかハラグロ商会の職員と一緒に大盾を準備してたけど? まあそれはそれとして、おれもモンスターの方へと走る。
涼しげな青白い毛をふさふさにした羊タイプのモンスターの大群だ。100頭近くはいそうな感じ。村の木の柵に突進して、破壊しようとしてる。
……スリーピングシープ?
スリーピングシープ、通称『アオヤギ』だ。山羊じゃなくて羊だけど。ダメージを喰らうと確率で睡眠デバフも喰らう。HP300クラス! イビルボアと同じ!
経験値ボーナスステージっっ!? ……って、いやいや、ダメだろ! 前にそれで失敗したじゃん! 反省しろよ、おれ! まさか魔族かっ? ……いや、いないな? タッパの表示も特に問題なしのもーまんたい? いや、これ、スタンピードか……?
「アイン!」
「……ふたつ矢から! あとトラマナ交換で姉ちゃんは風範囲!」
「わかったわ! 全員、ふたつ矢放て! 範囲魔法後に接敵します!」
「「「「はいっっ!」」」」
戦闘メイド見習いたちから気合いの入った返事がくる。すぐに予備動作が行われ、3秒で一射目のダンツが放たれる。
『トライマナイス』
『トライマナイス』
おれが姉ちゃんに追いつき、トラマナを掛け合ったのと同時に、技後硬直が解けたメイドたちが二射目のダンツの矢を放った。
「矢の届いた方を!」
「ええ、わかってるわ!」
姉ちゃんの方がおれよりも魔法攻撃で与えられるダメージが少ない。だから矢とダメージを重ねる方を狙う。
とはいえ、HP300なら、なんとかなるとは思うけどな……。
『ザルツガン』
『ヒエンアイラセターレ』
姉ちゃんが風の神系範囲型攻撃魔法中級スキル・ザルツガンを、おれが火の神系範囲型攻撃魔法上級スキル・ヒエンアイラセターレを、トライマナイスの魔力3倍効果の下で炸裂させる。
無数の風の刃がアオヤギを切り刻み、紅蓮の炎の爆発がアオヤギをジンギスカン焼肉にする。
一気に羊の群れの両サイドが欠けた。最初に見た時よりも半分以下になってると思う。3分の1ぐらいか?
たぶん、集団戦の判定になるんじゃないかな? そうすると経験値がめっちゃ戦闘メイド見習いたちに入るし、そのせいで一気に戦闘メイド見習いのレベルが上がったと思う。
これなら、少々アオヤギからダメージ喰らっても、戦闘メイド見習いのかわいこちゃんたちが死ぬようなことはないだろう。
「突撃! 4対1で魔物を釣ってから、その数を確実に減らしなさい!」
「「「「はいっ」」」」
アーチャーが弓矢でタゲ取りして1頭のアオヤギを釣り、接近してきたらアタッカーとポーターのクールタイムスイッチでしとめる。
ヒーラーは弓矢で釣ったアオヤギを攻撃しながら、不測の事態に備えて周囲を警戒。
次第にアーチャーが慣れてきたのか、釣り出すタイミングが絶妙なところで、倒した瞬間には次のアオヤギが接敵する感じになってきた。慣れってすげぇ……。
そのタイミングをミスった時にはダメージを受けるんだけど、ヒーラーが『レラサ』ですぐに回復魔法をかけるので問題なしのもーまんたい。安心して見ていられる。幸い、睡眠デバフを喰らったメイド見習いはいない。
「ティアマトはもう少しイシュタルと距離をとって! 近いとトラブルになるわ!」
姉ちゃんの指示が飛ぶ。
「イシュタルは前進! もっと村に近づいて!」
部隊指揮なんて、初めてだろーに、やっぱ姉ちゃんはすんげぇな。
小川の村にいた頃から、子どもたちのリーダー的存在だったし、やっぱリーダー気質があるのかな?
戦闘メイド部隊に余計な被害を与えそうなモンスターが接近してくると、おれか姉ちゃんが単体型攻撃魔法で始末していく。
「アイン? イチイチは?」
「……いいよ、許可する」
アオヤギの数がはっきりわかるぐらい減ってきたので、姉ちゃんが戦闘メイド見習いたちにタイマンをさせたくなったらしい。許可する。もうレベル上がってるはずだし、大丈夫だろ。
「個別戦闘に入ります! 1対1を解禁! 互いの距離には注意して! ツインを使って技後硬直に注意を!」
戦闘メイドが一気に前進していく。
基本的にバディが近くにいるけど、アオヤギを1対1、ツインで次々と潰していく。
技後硬直でダメージをもらったら少し交代してバディがカバーする。
その間に近くにヒーラーがいれば『レラサ』をもらうし、ポーターがいればライポをもらう。
華麗……とまではいかないけど、着実にスタンピードを抑え込んでいく。
「イエナさま? 村に怪我人がいるのでは?」
木の柵の向こうが見えたらしいユーレイナがそう言った。
「すぐ行きます」
姉ちゃんが駆け出し、ユーレイナが並走する。
「全体指揮をレーナに任せます! キハナとエイカは私の直衛に入って!」
姉ちゃんの指示通りに、メイド見習いたちが動いていく。
こういう時、姉ちゃんの直衛にはキハナとエイカのバディと決まっている。この二人のバディには回復魔法がないからな。ダメージ喰らったら姉ちゃんから回復もらえばいいし。
レーナは一歩下がって、直接戦闘をせずに全体を確認して、指示を出し始めている。
……おおお。鍛えてきたかいがありましたな! すんげぇ気持ちいい殲滅戦だし? これぞ求めていた戦闘メイド部隊って感じ? FSSのふあちまみたいな? 残念ながらメイド服じゃなくて旅人の服なんだけど! メイド服じゃねぇんだよこれが! メイド服ーーーっっ!
そして、木の柵の前までたどり着いた姉ちゃんたち。
柵の中にいる血だらけの複数の村人たち。
姉ちゃんが発動させた月の女神系範囲型回復魔法上級スキル・レラハントルのきらきらしたファンタジックなエフェクトが広がり、目を見開いた村人たちに舞い降りていく。
みるみるうちに傷が癒えていく村人たち。
それは、聖女の降臨というのにふさわしい光景ではなかったかと、おれは思うのだった。
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