アインの伝説(57)
『……して、その跡継ぎと婚約者の姫はどうなったのじゃ?』
「跡継ぎは、その婚約者の祖父に人質として囚われ、婚約者に事件の責任がないことを証明するために軟禁されました。そして、二人の婚約は解消されたのです」
『おお、悲恋じゃのう。人間とはなんと醜く計算高い者たちよ……』
……うーん。どっちかっつーと、あの二人の婚約って、ばりばり政略婚って感じだったよな。互いに尊重はしてたとは思うけど、恋って感じではなかったような気がする。
まあ、12歳と11歳だったしな。いやいやいや、別にリアさんの初恋はおれなんじゃね? とか思ってるワケじゃねぇからな? おれはもう調子に乗らないって決めたから! 決めたんだから!
『うむうむ。なんとも悲しい結末ではあったが、よい話を聞けたぞ』
「ありがとう存じます」
なんか、長々とメフィスタルニアの話をしゃべってるうちにドラゴン様にも慣れてきてしまった。ていうか、ドラゴン様、ところどころにうまく質問はさんできて、こっちも話しやすいったらない。なんという聞きジョーズ! いや、鮫じゃなくて竜だけども!
『では、行くがよい。だが、我の狩場の獲物には手を出すでないぞ? ああ、道に戻らずともあちらへ進んでじゃな、煙が立ち上るあの火山の麓、大きな岩の目印まで進み、そこから南に下ると、鬼族どもがつくった町に裏から忍び込むこともできるじゃろう。ただ、火山の大きな岩の目印より上には立ち入ってはならんぞ? 『赤』の縄張りじゃからのう? 『赤』のやつとは出会わん方がよい。そなたから聞いた話は我が『赤』に語って聞かせるゆえ、決して『赤』とは会わんようにのう?』
まさかの潜入ルートの御指南付き!? 見逃してくれるだけでなく? ドラゴン様めっちゃサービスよくない? あれ? ドラゴン様ってなんか話好きのおじいちゃんみたいな感じなのか? レイドボスとかじゃなくて? 『赤』には自分が語って聞かせるとか言ってるし?
「……偉大なるお方の広大なるお心に感謝いたします」
『うむうむ。気をつけて行くがよい。魔王は我らに似て、それでいて我らと似ても似つかぬ者じゃ。永遠の時を得ながら、永遠の時を過ごせぬ悲しき者よ。引導を渡すのであればせめて情けをかけてやるがよいぞ』
……どういう意味だろ?
何か聞きたいと思ったけど、その瞬間、青くて巨大なドラゴン様の翼が動いて、その動きで生じた突風におれはごろごろと転がされてしまう。
そのままドラゴン様は再び上空へと飛び立って、あっという間にとんでもなく高いところへと去っていってしまった。
草原に仰向けでごろんとなったまま、おれは上空を大きく旋回しながら昇っていく偉大なるドラゴン様を見上げた。
「なんでドラゴン様と勇者シオンのエピソードは残ってないん……いや、そっか。勇者が土下座とか、記録に残るわきゃねぇーよな、そりゃ。それにしても、バッケングラーディアス・ド・ブラストレイト、か……」
ブラストレイトは殲滅の魔公爵の家名だったよな? つまりバッケングラーディアスの子孫? 勇者パーティーのバッケングラーディアスと同一人物で間違いなさそうだし、しかも鬼族で、ドラゴン様にガイアララに住む許しを求めたのがバッケングラーディアス?
あと、二人は人間で、もう一人は長耳? 勇者シオンが人間で、バッケングラーディアスの口伝のラムって人か、プランって人のどっちかが長耳のエルフになるのか?
勇者シオンのパーティーは種族が混成? ということは2000年前の魔王討伐以降に、鬼族がまずガイアララに移った?
……いや、考えてもよくわかんねぇしなぁ。
とんでもない目に遭ったけど、今、後ろに『赤』とやらの縄張りの火山があって、前には町がある。
何があったのか?
……ドラゴン様が草原の我の獲物には手を出すなとおっしゃったので、エンカウントしても逃げてスルーしてたんだけどさ、これが片っ端からトレインしちゃうワケですよ?
いやぁ~、ドラゴン様の草原が立入禁止のお陰で実はショートカットルートじゃなかったらマジやばかったです、ハイ。特に夜! もう白の新月に入ってるから月明かりも何もない闇の女神さまの独壇場なワケですよ!? 走っては転び、起き上がっては走り、何かにぶつかったり、何かを踏んづけたりしながらひたすら火山の火口が赤く光ってるのを目指して! それだけが目印!
朝日が見える頃に火山に近づいて岩場に入ったら、トレインしてたモンスターたちが草原からは出てこないってことがわかって、ようやく一息つけた。いや、とんでもない目に遭った。ドラゴンさまとの遭遇も含めて。
え? ドラゴン様に遭ったのは自業自得では? いや、そりゃそうなんだけどさ……。
よし、気持ちを切り替えて。
同じ失敗を繰り返さないために『赤』の縄張りとかいう火山には近づきません、ハイ。
だから火山に背を向けて、まっすぐ町を見つめます、はい。
火山側の方が高くなってるから、見下ろせるので街並みはだいたいわかる。
朝日に照らされて眩しいからか、美しい街並みに見える。魔族の町とか言われたら、すげぇ悪魔でも住んでいそうなおどろおどろしい町なのかと思ってたけど、ひょっとしたらトリコロニアナの王都なんかよりもっと、なんていうか、統一感とか、壁の白さとか、うん。きれいな街だ。
中央の右側、西部に闘技場っぽい円形のでっかいやつがあって、北側、つまり火山側のおれに近いところの東側に、あれだな、神殿っぽいのが確かにある。
外壁らしい外壁はない。ポゥラリースの外壁が3mくらいだったけど、ここは2mくらいで、しかも外壁の上に立てる兵士は綱渡りを修行してそうな感じがする。
城壁ではなくて、本当に壁だ。門のところは厚みがあるみたいだけど、北側のこっちに門はない。
たぶん……『赤』の縄張りである火山があるから、門はいらないというか、行ってはならない、みたいな感じかな?
あと、ずっと、ずーーっと向こうに、子どもの頃によく見たあの山、太陽の光を浴びて青く、そして白く輝くあの山が見える。『ド・バラッドの聖なる山』だ。
ここがあの山をはさんで反対側なんだと思い知らされる。
思えば遠くへ来たもんだ。
アイテムでの回復を済ませて、装備関係のファンクションをサワタリ氏のソロクリアと同じ設定にして、寝不足の頭をぐるぐると回して首のコリをほぐし、息を大きく吸ったり吐いたりしながら屈伸をして、町へと近づく。
神殿だろうと目星をつけた建物の裏側にあたる外壁の壁の下へ移動。
ひょいとジャンプして外壁の上に手をかけて、とんっと壁を蹴ると外壁の上にのぼる。そのまま、外壁の内側、つまりは町の中へ。
想像してたよりもあっさりと侵入できたことに逆にびっくりする。
……いや、というか、敵である人間がこの町まで入ってくるってことがあり得ないという感覚なんだろうか? 確かにガイアララへ侵入するのはまず無理だろうし?
外壁と、神殿と思われる建物の壁の間の隙間にはところどころすごくせまいところがあったので、そういうところはカニ歩きで抜けながら、建物の壁の切れ間を目指す。
切れ間にたどりついて、ひょいと顔をのぞかせる。
そこはどうやら庭園のようで、椅子とテーブルと東屋っぽいのがあるところになんか池みたいのがあって、バラみたいな花とか、チューリップみたいな花とか、いろいろな花が咲いてて……あれ? これって文化程度がどう考えても人間と対等かそれ以上だよな?
うーん。魔族は貧しいとかって、人間側の大神殿の洗脳教育か? 考えてみればジョブが『ギルドマスター』のバッケングラーディアスがつくった町だっつーなら、そりゃ、当時最高の名工が中心になった町だもんな?
いや、待て待て。でも、縄張りの話を聞いた感じ、ガイアララって使える土地は少ないのか? あの森とかHP10000はさすがに魔族でも危険だろうしな?
おれは庭園に誰の姿もないことを確認してさっと足を踏み出す。
でも、ちょうどその、全くおんなじタイミングで。
建物の中から、庭園へと足を踏み出したヤツがいた。
おれとそいつは互いに、踏み込んだ一歩目に気づいて……。
互いの顔を見つめる。
そいつの目が驚きに見開かれるのと、たぶん自覚はないけどおれの目が驚きに見開かれるのは同時だったはずだ。
漆黒のマントを羽織り、右手の中指に大きな指輪をはめ、左の腰に吊るされたその剣は、剣の柄と刃の間に、構造上はもろいんじゃね? とは思うけど三重の円とそれぞれ内接するいくつもの正三角形と中心にダイヤモンドみたいな宝玉がはめこまれた豪華そうな装飾があって……って。
魔王じゃん!? あれは魔王専用の魔法剣じゃん!
「……人間? なぜここに人間がいる?」
おでこを隠すような感じの濃紫の長髪をさっと揺らして、やはり濃紫の瞳がまっすぐにおれを見据える。
いきなり魔王と接近遭遇?
あれ?
人間だってバレてる? なんで?
……そうでした。ドラゴン様のところで、変身の腕輪、外したままだったじゃん!? なんで装備チェックの時にそこだけうっかりしてんのおれは!?
何やってんのおれ! どうしたおれ! しっかりしろよおれ!? ドラゴン様に出会って動揺し過ぎだろっっ!
いやあれはしょーがねぇーとは思うけどな! 思うけども! めっちゃデカかったし!
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