聖女の伝説(81)



 マーズがワンコみたいに見えてレオンを思い出したおれは、姉ちゃんの影響かもしんないけど、手紙を書いた。


 ハラグロ商会のガイウスさんに頼んで、はじまりの村のアンネさんのところへ。レオンに向けては書けなかった自分がちょっと素直じゃないとは思ったけどな。思ったけども。


 もちろん、はっきりと名前は書かずに、それでもおれからの手紙だとわかる内容で、まあ、メインは何かあったら公都セルトレインのハラグロ商会の会頭であるデプレさんを頼ってもらえばどうにかなるようになってます、と。


 ハラグロ商会なら無事に届けてくれるはず。






 そして、赤の満月の25日。


 今年も終わろうかというこのタイミングで。


 ガイウスさんから、アンネさん母子が会頭のデプレさんを訪ねて公都セルトレインにやってきたという話を聞いた。正確には母子ではなく伯母と甥だけどな。


「……はじまりの村は、魔物に滅ぼされたんですね」

「は……?」

「何人くらい、生き延びることができたんでしょうか?」

「……オーナー?」

「アンネさんは無事だったようですけど」

「何の話です?」

「だからはじまりの村が魔物に……」


「はじまりの村が滅ぼされたという話は商会では掴んでおりません。会頭のところにやってきた母子もそのようなことは言っておらんと思います。そんな話があれば必ずここまで連絡があるはずです。辺境伯領の開拓村が減少しているのは間違いないようですが……」


 ……あれ?


 なんでだ?

 ゲームやアニメと、状況が違うような?


 いや、アンネさんが生き延びてる時点で違うし、はじまりの村が滅んでいないとすれば完全に違うよな? ゲームでもアニメでも、はじまりの村は光魔法を使い、回復魔法に目覚めたレオンを逃がすために村人が犠牲になって……あれ?


 ……魔族の侵攻が、ひょっとして、遅れてるのか?


 ……ライポを優先的にファーノース辺境伯領に売ってもらってる効果が出てるんなら、それはそれでいいんだけど。


 別に、はじまりの村のみなさんに死んでほしいと思ってるワケじゃねぇし。


 あー、うん。

 レオンも、アンネさんも無事で、公都のハラグロ商会を頼ったんなら、それでいいか。うん。


「母子は、オーナーの関係者ですよね? 洗礼のために公都へいらしたと」

「ええ。子どものレオンはおれと姉ちゃんの義弟です」

「そうでしたか。わかりました」


 ん? 何がわかったんだろう?


 そして、レオンとリンネ、それから、おれも。


 15歳となる、新年を迎える……。






 新年を迎えてもはじまりの村が滅ぼされたという話は届かない。


 やはり魔族の侵攻が遅れているのだろうか?

 それとも、魔族の侵攻は起こらない、のか?


 おれはシルバーダンディの依頼で、学園で残り少ない学園生活を過ごす姉ちゃんを残して、ヴィクトリアさんの護衛としてケーニヒストルータへと戻っていた。


 そして、青の新月の15日。

 ケーニヒストルータの神殿にて。


「せ、せ、『聖女』! 天職は『聖女』です!」


 呼び出し係の神官が驚きながらも叫び、聖堂はどよめきに包まれた。


 壇上のヴィクトリアさんは、本当に穏やかで満足そうな笑みを浮かべて立っている。


 シルバーダンディとリアパパ、それにおじいちゃん執事までもが、おれを睨んでる……睨んでるのかな? ジト目で見てるとも言えるような……まあ、そんな視線を浴びせられてんだけど?

 いやいやいやいや、そうじゃねぇ。そうじゃねぇーだろ、アンタたちは! 今はヴィクトリアさんを見てあげて!?

 あんなに満足そうな笑みを浮かべてますよ! とっても綺麗だよ!? おれのことなんて睨んでる場合じゃねぇよ!


「……レーゲンファイファー子爵。これはいったいどういうことなんだろうね? うちのリアが『聖女』になってしまったのだが?」


「姉上と同じ天職ですからきっとヴィクトリアさまもお喜びでしよう。ご覧ください。あの女神のような微笑み。なんと美しいことでしょう。それと、神々のなさることを私の責任のように言われましても……」


「またそれかね……君は本当に、神々から愛されているようだ。君の周りには貴重な天職の者が生まれ過ぎる……」


「私が神々に愛されているなどと、そのようなことはございません」


「君は、いつの洗礼を受けるつもりなのかね?」

「青の半月の25日の最後の洗礼を聖都で受ける予定にしております」


「……リアが……あの子が言うように、君が本当に『勇者』となるような気が、私もしてきたよ」


 残念。


 シルバーダンディがそう思ったとしても、おれは『勇者』にはなれない。それは間違いない。まあ、万が一、そういう間違いが発生しないように、確実にレオンが先に洗礼を受けるように、一番最後の洗礼にしたんだけどな。


 おれが『勇者』になる可能性はない。はず。うん。たぶん。

 でも、万が一は怖いから、先にレオンに『勇者』になってもらうことで、『勇者』枠を埋めておいてもらおうと、そういう感じで。

 え? 聖女が二人になったのに、勇者が一人だなんて誰が決めたんだよって?

 おいおいおい、誰だ、そういうフラグっぽいこと言うヤツは?

 ダメだめ駄目ダメ! フラグ禁止! おれは『勇者』になんかなりませんから! お断りですから!


 今日、公都セルトレインでレオンが洗礼を受けているはず。

 ハラグロ商会に行けば、早ければ今日中に、遅くとも明日にはレオンの洗礼の結果がわかるはず。


 ま、シルバーダンディたちがその情報を聞くのはもう少し後になるだろうけどな。恐るべしハラグロ情報網。リタウニング使いがいるから情報も早いのなんの……。


 そして。

 ハラグロ商会のケーニヒストルータ支店で、おれはその日のうちにレオンが無事に『勇者』となったという話を聞いた。


 レオンとアンネさんについては、ハラグロ商会が万全の態勢で保護してくれているらしい。


 たとえトリコロニアナ王国の王家はもちろん、全ての貴族と敵対したとしても守ります、なんて、なんでそこまで気合入ってんの、この人たちは!? ハラグロ商会がちょっと怖いんですけど!?


 まあ、『勇者』の誕生は、全ての王族、貴族が暗躍するだけの価値があるんだけどな。たぶん。あるんだけども。だからありがたい話なんだけどもな!


 でも、まだ魔族の侵攻という情報は入ってこない……。


 ゲームやアニメだと、そろそろトリコロニアナの王都が陥とされる感じだと思うんだけどな。実際、偵察隊だと思われる連中はいたし?






 しばらく後。


 トリコロニアナ王国、セルトレイリアヌ公爵領の公都の神殿で『勇者』の天職を授かった者が出たという情報がシルバーダンディにも入った結果、なぜか聖都のおれんところにシルバーダンディから手紙が届いて、『なぜ君が『勇者』ではないのかね?』という感じで苦情とお叱りを受けたんだけど、そんなことを言われても困りますって、話なんだけどな? いつも神々のなさることだと言ってるのになんでおれが文句言われなきゃならないんだ?


 あ、『聖女』になったヴィクトリアさんは、さすがに姉ちゃんの侍女として聖都へ行かせるワケにはいかないと、シルバーダンディがまだケーニヒストルータに留めている。そもそも侯爵令嬢が侯爵令嬢の侍女のフリをするってのもおかしいことなんだもんな。


 ヴィクトリアさん本人はめっちゃすねてたけどな。すねてたけども。


 ヴィクトリアさんの学園への入学については、寮生活ではなく、ウチの屋敷を使わせてもらいたいというシルバーダンディからの正式な依頼があった。

 もちろんこれは承諾です、はい。大神殿からちょっかいがかけられそうな学園の寮よりも、地下牢がいっぱいになるくらいセキュリティが万全なウチの屋敷の方がヴィクトリアさんも安全だろうしな。うん。


 今年も、ケーニヒストル侯爵領からはできるだけたくさんの者を学園へ通わせる方針らしい。

 フツーなら行かせない『商人』とか、『兵士』とかも学費を負担して行かせるそうだ。

 去年よりケーニヒストル侯爵領軍団が増えそうな感じ。もうケーニヒストル侯爵領でひとクラスでもいいんじゃね?


 出費が多過ぎて困るってことも手紙には愚痴っぽく、ついでに嫌味っぽく書かれてたな。


 まあ、直接言われるより、手紙だと別に~って感じで。うん。流しやすくていいや。いいな、手紙って。なかなか、うまくごまかしたいときにはいいかも。


 レオンとアンネさんについては、ハラグロ商会が万全の態勢で移送中だ。ちょっかいをかけてくるのはトリコロニアナ王家と神殿勢力らしい。


 レオンたちは学園入学のために聖都を目指すんだけど、まず一度フェルエラ村へと案内するらしい。

 会頭のデプレさんが夫婦で同行して、河南の本店でもあるフェルエラ村のハラグロ商会をのぞいてみたいって。

 なんか、そのまま永住しようとするんじゃねぇーだろーな?

 ずいぶんな寄り道だけどなんでだ?

 でもまあ、姉ちゃんが卒業する青の新月の後、一度みんなでフェルエラ村に戻る予定だから、そん時にレオンとも再会できそうなので、それはそれで、いいことにする。

 アンネさんにはそのまんま、よければフェルエラ村にいてもらってもいいしな。もちろん、聖都の屋敷でもいいけどさ。リンネには……サプライズにするか、事前に知らせるか……。






 そうして、青の半月の25日。


 おれの洗礼の日がやってくる。


「ケーニヒストル侯爵領、ファイファ村! 大レーゲンファイファー子爵家、子爵令嬢リンネイセラ・ド・レーゲンファイファー!」


 ソルレラ神聖国の聖都にある大神殿の聖堂に、呼び出し係の神官の声が響く。それでも、聖堂のざわめきは一向に収まらない。


 大レーゲンファイファー子爵家というのは、おれの義父にあたるレーゲンファイファー子爵のことだ。どっちもレーゲンファイファー子爵なので、大小とか東西とかで呼び分けられている。ちなみにウチは小レーゲンファイファーとか西レーゲンファイファーとか呼ばれてる。


 リンネは義父に色々と融通する代わりに、養女にしてもらっている。もちろん、余計な干渉はしないということも認めてもらった上で、だ。

 けっこー、義父の領地の立て直しには貢献したんだよ? マジ大変だったんだからな? 汚職まみれな執事とかいてマジ大変だったんだからな!?

 もちろんリンネを子爵家の養女とすることはシルバーダンディにも認めてもらってる。


 聖堂の異常なざわめきは、今年で三回目となる、レーゲンファイファー子爵家関係者の洗礼の結果によるものだ。


 今年も抑え役としてシルバーダンディとリアパパが聖都まで顔を出してくれてるけど、その顔がもう、何ていうか、疲れ切っているというか、うん、そんな感じ。もう今はおれの方を見ないもんな、二人とも。


 今回ウチから最初に洗礼を受けたのはカリン。そんでその次がエバだ。この二人は去年の聖騎士団の第二騎士団とのあれこれで引き取った元聖騎士見習いにして、姉ちゃんからおれに聖騎士育成指令が出ていた二人。


 カリンの天職が『聖騎士』と告げられ、聖堂がざわつき、続けてエバの天職も『聖騎士』と告げられて聖堂はどよめいた。しかもどっちもレーゲンファイファー子爵家、家臣だもんな。


 またレーゲンファイファー子爵家か、とか、領地にハラグロ商会の本店があるらしいぞ、とか、あそこの領主は竜殺しらしい、とか、木の枝で飛竜を殴り倒すそうだ、とか……あれ? 風評被害が出てるんじゃね?


 ま、「よくやったわ、アイン。さすがね」という姉ちゃんからの誉め言葉を頂きましたので、そんなことは全てどうでもいいんだけどな! 聖騎士団の人たちがどんな顔してたかは知らねぇけどさ?


 三人目がピンガラ隊のローラ。ポーション係でメイド見習いもやってる子だ。この子が『錬金術師』になった。珍しい、らしい、生産系のジョブにまた聖堂が沸いた。

 ローラの戦闘系のスキルはこれでもう伸びないけどこれまでに身に付けたスキルでフツーに戦えるし、鍛冶神、医薬神、農業神の3つのジョブスキルが使える優秀な生産系のジョブだ。村としてもありがたい。


 戦闘メイド部隊からはヒーラーのゼナが『聖騎士』に、2属性の魔法が使える無口なシトレは『水の魔法騎士』、ポーターのエイカは『冒険商人』、隊長のレーナがまたしても『聖騎士』と、もはや聖堂内はお祭り騒ぎだ。

 今年、うちの村に一気に四人の『聖騎士』が誕生した。去年のマーズが大騒ぎだったというのに一気に四人て。

 ゼナとレーナには、カリンとエバの育成計画が影響したのかもしれないけどな。真実はいつもわかんねぇんだけどな。わかんねぇんだけども。


 レーゲンファイファー子爵家の前までは『商人』とか、『兵士』とかの基本職が多くて、ちょい上の『剣士』とかでも、おおおっと驚きの声が出てたんだけど、レーゲンファイファー子爵家になってからはジョブのランクがもう違う感じで……。


 シルバーダンディたちも変な顔になるよ、うん。


 そんで今。

 リンネの番がやってきた。


 リンネの次はおれ。

 爵位持ちのおれがこの場では最後の洗礼になる。15歳の爵位持ちって、フツーはいないらしい。


 さあ、リンネは、『賢者』かな、それとも『大魔導』かな? これまで大神の攻撃魔法を中心に鍛えて、物理攻撃は外して育成してきたけど、どうだろ?


 姉ちゃんの鑑定でレベルは41だ。ワイバーン狩りにも何度も参加してるし、時々、アトレーさまの古代神殿とか、大神関係の古代神殿とかにもフルメンで連れてったからな。レオンの勇者パーティーに入って魔族と戦っても生き残れるように鍛え抜いている。その頑張りで地と風は王級スキルまでを、水と火は神級スキルまで使えるようになっている。


 まさかの『大賢者』とかだったり? いやいやいや、さすがにそれは欲張り過ぎか?











「ひ……『光の聖女』! こ、今年もまた『聖女』が、それもまたしても特別な『聖女』が誕生した! これこそ神々の奇跡だ! 神々の奇跡なのだ! みなの者! 神々を称えよ! 祈りを捧げよ! 新たな『聖女』が誕生したのだ!」


 …………え? ん? いや?


 叫ぶ係の神官さんをほったらかして、教皇サマが自分で大きく叫んでいた。


 それはまるで。

 去年の姉ちゃんの時の洗礼を繰り返して見ているようで。

 リンネの手は教皇さまが握って、ボクシングのチャンピオンのように高く掲げている。


 おれはそれを見ながらぼんやりと。

 壇上で戸惑いを隠せないリンネの表情を見ながらぼんやりと。


 なんでだ、という疑問と。

 やっぱりそうか、という納得を。


 疑問と納得という相反する二つを同時に。


 矛盾しているのに矛盾していないようにすんなりと。矛盾させたままで。


 心の中に受け入れていた。


 ……やっぱり、主人公は理屈じゃねぇーよな、うん。


 リンネは主人公の一人だ。


 火魔法を身に付けたら勇者や聖女にはなれない、なんていう一般人の常識には縛られていない存在。


 それが主人公。


 ……いや。


 一般人の常識に縛られてないんじゃない。


 リンネは主人公という絶対的な枠の中に縛られている。


 主人公の一人として、どう足掻いても必ず『光の聖女』にならなければならない存在。


 魔王を倒し、魔族を退けるための、絶対に必要な存在。


 それこそが『光の聖女』なんだと。


 それがリンネなんだと。


 そして。

 レオンが『勇者』、リンネが『光の聖女』になる運命がそのままそこにある限り。


 遅れてはいても、魔族の侵攻も必ず起きるんだろうな、と。


 この日、最後の洗礼を受ける者として、自分の名前が呼び出されているのをどこか遠くの出来事のように聞きながら、おれはそんなことを考えていたのだった。





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