聖女の伝説(80)



 さて。


 HP0ダメージをHP1残しでの強制スタンでおさめる不思議空間でもある訓練場での決闘。


 強制スタンで12時間は目覚めないワケだけど、マーズは聖騎士たちが連れ去り、必死で何かを訴えていた文官も最後はあきらめて王国の最強騎士さんを背負っていった。


 きっと、トリコロニアナ王国に戻って色々と報告するんだろうな。たぶん、自分に都合良く。


 ケーニヒストル侯爵領からの留学生を中心に河南の学生たちはめっちゃ盛り上がって、その興奮のままに学園ダンジョンアタックに挑んでレベルアップに取り組んだ。


 なんだろう? アクション映画とかを見て子どもがそのマネをするみたいなモンなんだろうか。まあ生で決闘とかみたら、そうなるのかも。なるのかな? なるんだろうな。


 でも、竜殺し、竜殺しと聞こえるか聞こえないかギリギリのラインでつぶやかれるのはちょっと気分が悪いんですけど?


 しかも『木の枝で竜殺し』とか、さすがにあり得ないところまでイっちゃってんだけど、それってどうなんだよ?


 もちろん、マーズの名声は地に堕ちた。というか、『木の枝でやられた男』って、そりゃ、ねぇ。うん。残念過ぎる。姉ちゃん、そこまでうっとうしかったんだな、マーズのこと。まあ、もう聖騎士団に拉致られたし、そもそも王子って身分も決闘契約で失ったし、あいつのことは忘れよう!






 そんなことを思っていたのは昨日のこと。


 翌日、いつものように馬車で登校して、校舎へと姉ちゃん軍団が進んでいくと、そこに駆け寄ってくる一人の男。


 もちろんマーズだ。


 ユーレイナが警戒して、一団が停止する。


 マーズは姉ちゃんに向かってまっすぐに……って、あれ? 姉ちゃんスルー? なんで? っておい? おれんとこかよ!?


「弟子にしてくれ! いや、くださいっ!」


 まっすぐに。

 にこやかな、まるで憑き物が全部落ちたかのように、すっきりした表情で。


 元第三王子殿下はおれに向かってそう言った。


 あ~。

 これ、マーズだわ。


 ゲームやアニメで見てきた、『まっすぐ脳筋』だよな、これ。


 うん。

 これがマーズクオリティだよ。


 木の枝であっさりやられて、その名声は地に堕ちたというのに、そんなことをこれっぽっちも気にすることなく。


 強くなるためならただまっすぐに。


 ひたすらまっすぐに自分を鍛える最短距離を求めていく。


 このしっぽ振ってやってくる馬鹿犬みたいな感じ、どっかで……。


 ……ああ、レオンか。


 そうそう、レオンだよな。あいつもこんな感じだったっけ。懐かしいな、レオン。そういやそろそろはじまりの村が危ない頃かも? どうする? 手紙でも書いて知らせるか?


「……私の護衛が困っておりますわ。そういうことは、お止めになってください、ええと、元、殿下?」

「ああ、失礼しました、聖女さま。マーズ。マーズと呼んでください」


 姉ちゃんを振り返ったマーズはにこやかにそう言って、ひざまずいた。ずいぶんと印象が違う。それもそうか。どこか吹っ切れて……きっとマーズ自身も、トリコロニアナ王国での第三王子として過ごしていた日々に対する複雑な思いがあったんだろうな……。


 姉ちゃんもそんなマーズに、にこやかに微笑みを返す。


「では、マーズさん。私の護衛にはマーズさんを鍛えるような時間はございません。聖騎士見習いとなられたのでしょう? 聖騎士団でご自分を磨かれてはどうです?」


「もちろん、聖騎士団でも鍛えていきたいとは思っております。ですが、昨日の決闘で、まるで神聖なものに全ての迷いを打ち払ってもらえたように思えたのです。ですから、ぜひとも、聖女さまの護衛騎士に、弟子にして頂きたいと!」


 あー、このまっすぐすぎて残念な感じもマーズっぽい。

 うんうん。これがマーズだよ。


 でも、姉ちゃん? おれは弟子とかいらないからね? わかってるとは思うけどさ?


「まあ、私も、私の護衛騎士も、マーズさんとは縁がない訳でもございませんから、そのお気持ちを冷たく払いのけるのも心苦しくはありますわね……」


 ええ? 姉ちゃんっ!?


 ダメだって!

 弟子とかいらねぇっっ!


「では……」


 マーズの表情がさらに明るくなっていく。


「実は、私も、私の護衛騎士も、トリコロニアナ王国の出身でございますわ、マーズさん」

「ええ! そうだったんですか!」


 なんだか嬉しそうなマーズ。


 いや待て。

 待て待て待て。


 姉ちゃん? まさか、おれたちの出自の秘密を……? なんで……?


「私はお義父さま、ケーニヒストル侯爵に養女にして頂き、こちらのフェルエアインはお義父さまが爵位を与えて下さり、今があるんですわ」


「さすがは『聖女』と『竜殺し』です! 我が国も……いえ、我が祖国も、もっと早くにお二人に気づいておれば……」


「護衛騎士のフェルエアインはファーノース辺境伯領の出身で、それはもう幼い頃から優秀で、神童などと呼ばれてましたわ!」


 姉ちゃんが明るくそう言うと、マーズの表情が突然、ぴたっと固まる。


「フ、ファーノース辺境伯領のご出身、です、か」


「ええ。フェルエアインというのは領地とともにお義父さまから頂いた名で、元はアインというのです」


「……辺境伯領? 神童? ア、アイン?」


 マーズは表情だけでなく、ひざまずいたまま全身が固まった。


「ええ、そうですわ。『辺境の神童アイン』です。ご存知ですか?」


 にっこりと微笑む姉ちゃん。


 なんで姉ちゃん、おれの出自を暴露してんのさ……?


 そんでマーズ? マーズくん?


 キミはなんで、ひざまずいたまま青白い顔になってうつむいて、しかも何かぶつぶつ言ってんの?


 おーい?

 どうしたマーズ?


「では、マーズさん、ごきげんよう」


 姉ちゃんはそう言うと、ユーレイナに目配せをして歩き始める。


 なんだかおかしくなったマーズはそのまま放置だ。


 おれたちも姉ちゃんが動くからには付いていくしかない。


 通りすがりにマーズのつぶやきが少し耳に届いた気もするけど……よく聞こえないな?


 おれは明るさを取り戻したと思ったマーズがまた豹変したことが気になったんだけど、とりあえずおれたちにとって今のところマーズがどうだろうとあんまり影響はない気もしたので、そのままマーズを残して校舎へと向かったのだった。











「……あ、あ、あ、あれが、辺境の、神童、アイン? まさかまさか、そんなはずは、そんなはずは……さ、3歳で文字の読み書きを覚え、け、計算は大人よりも早く、ろ、6歳にして村の財政を動かした神童と……へ、辺境伯がその才を認め、父上が望んでも譲らぬと……だ、だが、だが魔物が村を襲い、その神童は確か亡くなったはず、だ……が、が、が、学問では、学問ではかの神童に敵わぬと、神に、か、か、神に祈り、幼き頃より神に祈り続けて、が、学問では、学問では敵わずとも、武芸にて、武芸を磨いて、オレは武芸で、武芸ならば勝てると……だ、だが、だが、決闘、決闘、決闘……武、武芸において、負けた? 武芸で負けた相手が、あの、神童アイン、だ、と? 武芸で、いや、木の枝? き、き、き、木の枝で? おれは木の枝で意識を刈り取られて……そんなそんなそんな、オレは、オレは、そんなバカな、そんなことがあるはずが、あるはずが、あるはずが……」











 ……ユーグリーク枢機卿が派遣している学園配備の聖騎士から姉ちゃんにもたらされた情報によると、この日、マーズは馬車止めの近くで膝をついたまま動かず、聖騎士たちによって大神殿へと運ばれていったらしい。


 姉ちゃん……いくらマーズがトリコロニアナ王国に切り捨てられて大神殿に取り込まれたからって、なんで? おれたちの出自の秘密まで教える必要なんてないだろうに。


 まあ、故郷が同じだから仲良くしようってのは、別にそれはそれでいいんだけどさ? いいんだけども。


 しかし、その日以降。

 マーズがおれたちに自分から接触してくることは二度となかった。


 なんでだ? しかも、学園でこっちを見かけたら逃げてくし?


 なんでだ? どうしてこうなった?





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