アインの伝説(60)



 ブラストレイト家の屋敷は、公爵家だとでっけーんだろーなぁとイメージしていたけど、そこまで大きなものではなかった。

 ケーニヒストルータで姉ちゃんがシルバーダンディから与えられた屋敷よりも小さい。たぶん、単純にガイアララでは利用可能面積がそもそも狭いんだろうと思う。

 もちろん、この町の中では大きな建物であることは間違いがない。庭もあるしな。ダンスホールもある。

 鬼族もダンスするんだと思った瞬間、単純に自分の偏見に気づかされた。


 勇者シオンのパーティーの盾役で、『ギルドマスター』のジョブを持つバッケングラーディアスは実は鬼族で、このブラストレイト家のたぶん祖先。もしくは関係者。


 ドラゴン様の話から考えると、元々はあっちにいたのに、ガイアララへ移住してきた。


 だから、当然、あっちと同じような文化は、2000年前にあったものなら、ガイアララにもあって当然のはずなんだよな、よく考えたら。


 与えられた部屋は、ウチのフェルエラ村の領主館にある客室とよく似た感じの部屋だ。メイドさんもいる。ツノがあるけどな。あるけども。


 わらわっ子はおれに、変身の腕輪を外さないこと、ツノを生やしたままにすることをしっかりと言い聞かせた。

 もちろん、そこは言う通りにしたいと思う。わざわざ危険に手を突っ込むかと言えば、今さらではあるけど、ちっちゃなトラブルを避けるには絶対に言う通りにした方がいい。


 今、部屋でメイドさんが淹れてくれたお茶を飲んでる。別に毒とか用意されてねぇし、そんな心配はしてない。わらわっ子はおれを利用するつもりだしな。


 たぶん、今は、さっきおれを探してた連中が、なぜ、おれを探してたのか、確認してるんだと思う。だから部屋をあてがって、そこに閉じ込めといて、まずは逃がさないことから始まってる。


 リタウニングを使えばいつでも逃げられる、というのはもちろんなんだけども、どうしてかこの町が登録されてない? こんなことってある? 壁を乗り越えたからか? 門を通らないとダメとか? それとも、そもそもガイアララはゲームのマップ外だからとか? フツーに攻撃魔法は使えたよな?


 まさか町の名前がないとか、そういうオチか?


 いやいやいや、何にせよ、これは困った。原因不明だし、バグ? バグとかあるのか? ゲームのような現実の、現実の中にゲームのような、そんなことがある世界でバグ?


 一回リタウニングを使ってみないと何とも言えないけど、一回使うと、このままだとガイアララにはもう一度あそこを通ってこなきゃ……。


 とりあえず、わらわっ子とは互いに利用できる関係にならないと、今は。


 まだ、目的は果たせてない。


 おれと姉ちゃんで、まわりのみんなと、何ていえばいいんだろ、寿命で死ぬまでは生きられる? そんな感じにしたいだけだ。


 そのために、世界全体のバランスを魔王が崩してるんだとしたら、そのせいで魔王軍が侵攻してきてて、魔物が活性化してて、危険が増えて安全が失われてるんなら、とっとと魔王を倒した方が話が早い。だからここまで乗り込んだ。


 そして講和を実現して、魔王軍との戦争はトリコロニアナ王国以外を巻き込まないと示したい。それなら河南にいればいい。巻き込まれないなら、それが一番。


 だから、わらわっ子と利害がどんな風に一致するか、が大事。でもその前に、魔王を狙ったことがどれぐらいネックになるかだろうな?


 でも、どうだろ?

 おれを探してた連中も、おれが魔王と戦ってたところを見たワケじゃねぇよな?


 戦闘音は聞こえてたとは思うけど……。


 侵入者として追われてたのは間違いない。でも、魔王に対する暗殺者という認識かどうかは、逃げた魔王が戻って説明してれば……でも、あのスピードで一気に逃げたよな? 戻ってくるような感じはなかったんだけどな? だけども?


 人間だってことも、把握してたかどうか、そこもあやふやだ。


 そうすると、おれもわらわっ子も、互いに互いの情報が不足してる。いや、ていうか、そもそも、おれはわらわっ子の名前を実はまだ知らないよな、そういえば?


 それと魔王だな。


 おれと勇者シオンが同類? 他にもいろいろと言ってた気がするけど、戦闘に集中してたからいまいち思い出せねぇ。逃げ出すってわかってたら、ちゃんと聞いてたんだけどな? 予測不能だし?


 しかも、地水火風の4属性の姿を打ち破ってから見せるはずの3つ目形態。地属性ひとつだけを打ち破った時点で変化するなんてゲームじゃ考えらんねぇ。とどめにその形態でのアップしたステ値で全力逃走とかどんだけだよ?


 まあステ値はアップするけど闇属性だからな。光が弱点になって、勇者レオンと光の聖女リンネだと魔王は強くなっても相性が悪いんだよな。

 おれも太陽神系魔法が使えるし、光の剣は最後まで耐久がもつかどうか、あんなに早く変身されっとなあ。

 まあ、最終的にはバッケングラーディアスの剣で殴るしかねぇんだろーけどさ。

 指輪使われたらデバフもバフも消されちまうから、バイアトやトライアトを使うタイミングが難しいし……。


 コンコンコン、というノックの音にドアを見る。メイドさんが動いて、外を確認して、「姫様がいらっしゃいました」と告げた。会うかどうかの確認は、まあ、ないよな。会うのは決定、と。


 わらわっ子が護衛を一人連れて、部屋に入ってくる。

 おれは席を立って、わらわっ子を迎える。


「わらわも一杯、頂いてよいか?」

「……何と答えれば?」


「くく……久しぶりに口をきいてくれたと思えば、何と答えれば、とはな。どうぞ、でよかろうに」

「おれん家でもなければ、おれのお茶でもねぇからな。どう答えたらいいか、わかんねぇよ」


「その方、そのような言葉遣いを姫様に……」


「よい、オルトバーンズ。何をくだらぬことを。アインはわらわの命の恩人である。それに、わらわが咎めぬ。オルトバーンズが口出しするところではないぞ?」

「姫様……」


「では、座るとしようか、アイン」


 護衛に釘を刺して、わらわっ子がおれに微笑む。うん。美少女に成長したなぁ。


 レベル18、『(無職)』ゼノンローリエス・ブリルランティ・ド・ブラストレイト、13歳か。あれは7年前? 8年前か? 当時5歳? そりゃ、もし魔族と人間のステ値の基本が同じだったとしたら、ステ値オール3の状態かもな? 簡単に死ぬ可能性があるのに、あっち側まで? 実際、いろいろと殺されそうになってたしなぁ。


 向かい合って座り、メイドさんが淹れてくれたお茶を飲む。


 茶菓子はスコーンだった。美味しい。フツーに美味しい。ジャムは2種類。味としてはあんずかな? もうひとつはりんご? りんごはディンゴっていうんだけどな。


 わらわっ子が目配せすると、メイドさんが一礼して部屋を出た。護衛は残ってるけどな。


「改めて、礼を言う、アイン。あの時、わらわを助けてくれて、本当に感謝しておる」

「ああ、いや、それは……」


「そして、すまなかった。あの時のわらわはまだ幼く、ここにいる護衛のオルトバーンズに頼り切りで、わらわ自身の判断でアインの厚意に報いることができなかったのじゃ。情けないとは思うが、本当にまだ幼かったのじゃ。許してほしい」


「あー、別に。目の前で危ない目に遭ってる自分より小さな子を助けるのは、まあ、当たり前というか、なんというか……」

「そうじゃの。アインはきっと、そうなのじゃな」


 そこで笑うわらわっ子。笑わら。うん。微笑少女。成長しますた。変な発言連発だったもんな。成長しますたよ。


 そして、わらわっ子がその微笑みを消し去る。


 つまり、ここからが本番だよな。その合図だろ?


「……ところで、アインよ? そなたはここに、このガイアララに、何をしに来た?」


 はい。想定質問通り。ユーは何しにガイアララ?


「魔王を……『ガイアララを統べる畏れ多くて名を口に出すこともできぬあのお方』を倒しに」

「そう、か……」


 ここは隠す必要なし。たぶん、それまでの情報収集でバレてる可能性が高い。それを偽っても、わらわっ子との信頼関係は、構築できない。


「では、なぜ、あのお方を倒そうとしたのじゃ?」

「あー、待った」

「む?」


「そっちもいろいろと知りたいことがあるとは思う。でも、おれにだって、いろいろと知りたいことはある」

「ふむ」


「だから、質問は、一個ずつ、交代でってことにしたい」

「ほう?」


 おれとわらわっ子が見つめ合う。

 これが尋問ならば、一方的でも当然だろう。


 でも、わらわっ子は、おれを命の恩人だと言った。その上で話をしてる。

 だから、本当に命の恩人だと思っているのかどうか、それも含めての問いかけでもある。


「……よかろう。情報を交換し合う、ということじゃな。ただ、答えられぬような質問の場合はどうするのじゃ?」


「ああ、それは、答えられないと答えた場合、新たな質問ができるってことでいいんじゃないかな?」


「黙秘を認め合うということか、了解した。それで、アインは何を知りたいのじゃ?」


「名前」

「は?」


「名前、教えてもらってなかった。あん時、最後は、まあ、なかなか、状況が難しくて」


 わらわっ子の顔が、さっきまでの真剣な顔から、不意をつかれて目を見開く。そして、また、あの魅力的な微笑みを浮かべた。


「そう、じゃった……あの時、わらわはそなたに名を問うて、でも、その前にオルトバーンズが……うん。そうじゃった。わらわはあの時、名乗っておらんの。別れ際に、アインはわざと名乗りを含めて誓いを立ててくれたんじゃな……」


「だから、名前。教えてほしい」


「ランティ……じゃ。わらわはゼノンローリエス・ブリルランティ・ド・ブラストレイト。ランティでよい……」

「姫っ!」


 ちょっと頬を染めながら名乗るわらわっ子と、そこで慌てる護衛。


 なんだ、どうした?

 名乗るのに頬を染めるのも、それで慌てるのも理解不能だけど?


「うるさい、オルトバーンズ」

「し、しかし、それは……」


「命の恩人に愛称で呼んでもらえぬのなら、いったい誰に愛称で呼んでもらえるというのじゃ?」

「それは、そうですが……」


「もう黙っておれ、オルトバーンズ。アインよ、わらわのことはランティと呼ぶがよい」


 こうして、おれはようやく、本当に数年の間をはさんで、ようやくわらわっ子の名前を聞くことができた。


 ……鑑定でわかってんだから無駄に質問権を使ったんじゃねぇのかって?


 いや、名前知らないままだったら不便だろ? 鑑定で知ってますって言うワケにもいかねぇんだからさ。まずは名前から。これ、基本だってば。


 でもなんでわらわっ子、顔赤いの? 熱でも出たか?





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