アインの伝説(61)



 さて。

 いろいろとやりとりして、知りたいことはたくさんわかった。


 もちろん、聞かれたことにもたくさん答えた。


 向こう側で起きている魔物の活性化と、トリコロニアナ王国と魔王軍との戦争で宣戦布告について王家がそれを公言していないこと。

 北部がトリコロニアナ王国から独立して、魔王軍との講和を望んでいること。

 おそらく、北部の魔王軍は、別のところに移動していない限り、そろそろ辺境伯が雇った傭兵団に殲滅されていること。

 講和できるようにするため、トップの魔王を倒してしまおうと考えたこと。


 魔族の中に長耳族を中心とする戦線拡大派と、その反対派がいること。

 鬼族の中はニンゲンを嫌う者も多く、戦線拡大派と反対派に分かれていること。

 現在は長耳族を中心とする戦線拡大派が主流であること。

 辺境伯の傭兵団が北部の魔物を殲滅したとしても、長耳族が新たな魔物の軍勢を送り込むことになるだろうということ。


 そういった情報交換ができた。


 それなりに長い時間の対話だったので、そのうち、交代で質問するみたいな堅苦しい感じもなくなり、なんかいろいろと話が進むようになっていった。


「アイン、そなたの強さが知りたい」

「……利用するためか? 講和に向かって進む方向なら、力は貸せると思うけど」


「もちろん、この戦に反対しておるのじゃから、講和に向かう方向に決まっておる。ただ、わらわの護衛が、確かめて納得したいようじゃ」

「ふーん?」


 おれは後ろに控えているオルトバーンズというわらわっ子の護衛に目をやって、爆弾を投下してみる。


「ビエンナーレ・ド・ゼノンゲートの左目と左腕を奪っただけじゃ、力量は伝わらないんだな」

「なっ……」


「10歳の時のことだから、6年前だもんな。そんな昔のことじゃ、わかんねぇか」


 ずっと黙っていたオルトバーンズが思わず反応して、さらに絶句している。

 さすがは3強の『見逃し仮面』だ。効果抜群。


 わらわっ子に視線を戻す。


「今はあの頃より背も伸びたし、ちゃんとした武器も持ってる。あの時よりもマシになってるとは思うけどな」

「……やはり、あの時、叔父上を退かせたニンゲンはアインじゃったか」


「叔父上、か?」

「わらわの母上の弟にあたるからのう」


 本当は負けたのに見逃してもらったんだけどな。だけども。このへんの親族関係はクィンの情報通りだな。


「まあ、後で、どこかで手合わせはしてもいい。それより、王都のクレープ屋で会ったけど、王都で何を企んでた? まあ、予想はできてるけど?」

「……可能な限り早くこの戦を終わらせるために、王都を先に落とすことができぬかと偵察に出向いた」


「クレープが食べたいんじゃなくて?」

「あれは確かにおいしいものじゃがそれが目的では……何を言わせるのじゃ!?」


「なら、ビエンナーレ・ド・ゼノンゲートが王都を攻めたことにも関係してるのか?」

「むぅ……もちろんじゃ。更迭されておった叔父上が復帰できるように働きかけ、王都への奇襲の計画も立てた。叔父上ならば、とのう。じゃが、叔父上は失敗したと……」


「いや、失敗? は、してないんじゃないか? トリコロニアナ王家は王都を放棄して南部の直轄地へ遷都したからな」

「だが、講和を結ぶことはできなかったと……」


「負けっぱなしの王家は、何を要求されるかわかんねぇのに講和なんかできるもんか」

「そういうものか? 戦い続ければ被害は増すだけだというのに?」


 それはそうだ。

 でも、そこは難しいところかも。


 相手が魔族で魔物なら、援軍を期待してる可能性もあるし。実際、教皇は動いたしな。


 魔王軍の侵攻によって魔物の活性化が起きてから、人間の国々はまともに連絡を取り合うことすらかなり苦労してるしな。


「そもそも、この戦争に勝って、何がほしいんだ?」

「……ほしいものなど、ないんじゃよ、アイン」


「ない?」


「リーズリース卿が望むは、ニンゲンを滅ぼすこと、それに尽きる。それがほしいものだと言えばそうなるのかもしれぬ」


 ほしいものじゃなくて、いらないもの、それが人間、ってことか?


 だとしたら、講和で滅びろとか求められたら、無理だろ。リーズリース卿って、どんだけ人間嫌いなんだよ。


「なんで人間を滅ぼしたいなんて……」

「目には目を、じゃな」


「は?」

「長耳族はこの100年、子が生まれておらぬ」


「……寿命が長いんだよな? 確か?」


「寿命は長くて500年ほどか。最後に生まれた子は男児で、その前も、その前も、男児であったと聞いておる」


「まさか……」


「女性はいるが、わずかに4人だけ。それもみな、300歳以上と聞く。もちろん、この先、女児が生まれることがあるやもしれぬ。だが、長耳族は、確実に滅びに向かっておる。そして、女性が少ないのは、かつてニンゲンどもが……」


「ああ、うん。知ってる。わかった。そうか。そういうことか。滅びるなら……」


 滅びるなら、もろともに。


 かつて一族を奴隷にして、弄び、凌辱し尽くした人間どもを道連れに。


 そういう、種の滅亡に際しての、表現しようのない恨み辛み。


 ……ゲームの裏側に重すぎるんだよ、そんな事情は!? ゲーム『レオン・ド・バラッドの伝説』ではそんな説明ないっつーの! ボス戦の魔宰相は『人間など滅べばいいのだ!』って言ってたけど、その裏側にそこまであるとかわかるかよ!?


「父上は……共にこのガイアララを支える者として、リーズリース卿の想いは理解できると言っておった。その苦しみの全てを理解できる訳ではないが、とのう。だが、戦には反対した。戦には反対だがリーズリース卿を止めることも叶わぬ」


「ああ、それか……妥協、だな? 戦は認めるが宣戦布告を正式に行い、手順を踏め、と。ブラストレイト卿は、ランティの父上は、宰相のリーズリース卿にそれを飲ませた」


「リーズリース卿は、父上がそれでも力ずくで最終的に戦を止めることを怖れておった。父上は、こう言っては自慢になるが、とても強いのでな」


 ……知ってる。3強の一人だもんな、魔公爵。ビエンナーレクラスだし。


「……父上が動かぬと約するなら、宣戦布告という条件を飲もうと、リーズリース卿が応じて、父上はその条件を受け入れ、軟禁されることとなった。ああ、もちろん、公爵という高位にある者として軟禁されておる。面会はできぬが、特に心配はしておらん。父上がおらぬ分、わらわが動けばよいのじゃ。そう、ずっとそうやってきたのじゃ。罠にはめられそうになったこともあったが、アインに助けられたしのう」


 だから、けっこー小さい頃から動いてる? 罠ってあれか? イエモンに襲われたり、護衛が裏切ったりしたヤツか?

 あれはリーズリース卿の……魔公爵を戦争推進に変えるために小さなわらわっ子を殺して人間のせいにするつもりだった、と?

 まあゲームだとまさにそうだったってことだろうな、たぶん。そんで、んーと? 王都でアバンティしたビエンナーレと長耳の会話で魔公爵に関する話があった気もするけど?

 なんだっけ? 軟禁? あれ? なんか違うぞ? 幽閉じゃなかったか? 同じ意味だっけ?


「王都に攻め込んだ副将の長耳族の男が、なんとかに幽閉って言ってたぞ? ええと、白亜の塔、だったっけ?」


「なんじゃと? 白亜の塔? 父上が? いや、その前に、なぜ副将……バルツシルト卿から? いつ話したのじゃ? 王都攻めで亡くなられたと叔父上からは聞いておるが?」


「あー、えっと……」


 ビエンナーレが話してない? 殺されそうになったのに? あの長耳族に? なんか事情があんのかな? それとも、あの武人っぽいヤツは、自分を殺そうとした長耳すら、名誉の戦死にしてやったとか、そんな感じだろうか?


「も、黙秘で……」

「こんな重要なところで黙秘とは、アイン、そなたは……」


「ビエンナーレ・ド・ゼノンゲートがランティに話してないことをおれがしゃべるのはちょっと、何ていうか、なんだろ? 言いにくいというか……」


「叔父上がわらわに話していないことを話すのは、話しにくい、じゃと? ……ふむ? さては、王都で叔父上が戦ったのはアインか? そういうことか。わらわが王都から逃げよと手紙を渡したというのに逃げなかったのじゃな? まあ、それはもう言うまいの。じゃが、二度も叔父上と戦って生き延びるとはさすがとしか言いようがないの……」


 今の話でそこまでわかっちゃう? でも、あん時王都にいたのは本当に偶然の産物でしかないけどな。ないけども。


「白亜の塔って、何?」


「自分は黙秘したというに、わらわには次の質問かや? まあよいが。この町よりもさらに北にある、祈りの岬と呼ばれる地にある塔よ。塔とはいっても、崩れかかった遺跡にあるダンジョンじゃが。父上がそこに幽閉されたというのなら、どうしたものか。父上ならば魔物ごときは問題にならんが」


 ……今、ピーンときた。これ、キタ。たぶん大当たり。そこは、おそらく、闇の女神の古代神殿だろ?


 屋内型でタワータイプのダンジョンか。ワールドクエストの最終目標。


 あれ?

 そうすると、色々と全部、重なっていく?


「そういや、ビエンナーレ・ド・ゼノンゲートって、今、何してんの?」

「……叔父上は、クィン姉さまを探しておる」


「クィン、姉さま?」

「クィン姉さまは、叔父上の妹で……」


「叔母じゃん?」

「いや、クィン姉さまはわらわとその、歳が近くてのう……」


 ああ、それか! 叔母ちゃんの姉ちゃん呼び! よくあるよくある。あいつ、叔母さん呼びさせずにランティに姉さま呼びさせてたのか! 今度会ったらからかおう。絶対にからかおう。


「クィン姉さまが、行方不明になって、もう1年以上なのじゃ。どうもリーズリース卿の手の者がかかわっているらしく、叔父上も、クィン姉さまのことで、何かを知っておるリーズリース卿になかなか逆らえぬというか、その命に従わざるを得ぬというか……」


「ああ、クィンテリエス・ド・ゼノンゲートなら、確か、リーズリース卿の配下の? ネトルなんとかって人に、ビエンナーレ・ド・ゼノンゲートは更迭から処刑になるだろうからそれを取りやめて欲しければ命令に従えって言われて、トリコロニアナ王国ファーノース辺境伯領への潜入任務を極秘で命じられたって言ってたぞ。この場合の極秘ってのは、本当に誰にも知られてないだろうけどな?」


 以前、ケーニヒストル騎士団からユーレイナがやられた極秘任務もそうだったしな。


「ネトル……? ネトルズリィ卿のことだろうか? 叔父上の処刑などあり得ぬ話を!? それにニンゲンの辺境伯領への潜入任務? そんなことを命じられた、と、言っていた、じゃと? アイン、そなた、まさか? クィン姉さまを? その変身の腕輪はクィン姉さまから……」


「あー、大丈夫大丈夫、クィンは無事だから」


 ……無事、だよな? 無事、で間違ってないよな? あれは訓練だし?


「パンケーキとか、チーズピザとか、クレープとか食って、楽しそうにやってるから」

「? クレープは知っておるが……楽しそうに? アイン? クィン姉さまがどこにおるのか、知っておるのじゃな? これは黙秘してほしゅうない。わらわにとってクィン姉さまは……」


「いいから。黙秘もしない。クィンは、今は、おれの村にいる。辺境伯領に潜入したクィンは、いろいろと暴れてるうちにその強さを認められて、騎士団に取り立てられたんだと。

 そんで、辺境伯の姫さまの護衛騎士に任命された。女性騎士が少なかったから、とは言っていたけど、実力も認められてたんだろうと思うけどな。

 それで、領内の村人に化けた長耳族が姫を誘拐しようとしたところでおれが助けに入ったんだけど、その時に一緒に助けて、おれの村へと連れて帰った。

 姫の護衛騎士として信頼されてたし、クィン本人も姫を大切にしてたから、二人で一緒に仲良くやってる。

 クィン本人には、戦争が終われば必ず逃がしてやるって約束もしてる。

 危害を加える気はないから心配するな。

 人間の方の世界でなら、一番安全な場所だという自信はある」


「そなたは、いつも、どこかの姫とやらを助けて回っておるのかの? ……いや、それはともかく、クィン姉さまに潜入任務を……いや、潜入なのに暴れて? それはクィン姉さま……残念じゃがその様子か目に浮かぶのう……」


 ……対ビエンナーレの秘策とは言えない。言わない。言う気はない。


「……そろそろ、手合わせ、してみるか?」


 おれはそう言うと、わらわっ子の後ろのオルトバーンズという護衛に微笑んでみた。


 なんか、ちょっと引きつった顔してんだけど? どうした?






 侯爵家の庭でオルトバーンズ、クライスフェイトの二人と手合わせ。


 月の女神系回復魔法も使って、それぞれ10戦ずつ。どっちにも、もちろん、10連勝。


 あ、最後はもう回復させてないから、イケメン護衛おじさん二人、庭に腰をおろしたままぜえぜえ言ってるけどな。けども。


「……これで、この強さで本当に『勇者』ではないというのか? あの伝説の勇者シオンもこれほどではなかろう? そう思える強さじゃ。いや、この強さはありがたいのじゃがな」

「あ、そういえば、ランティの家って、勇者シオンの仲間だったバッケングラーディアスと関係あるのか?」


「バッケングラーディアス・ド・ブラストレイトはブラストレイト家の祖じゃ。ガイアララに鬼族を導いた英雄であるぞ? もちろん、バッケングラーディアスが勇者シオンとともに旅したというのも事実じゃ。シオンが亡くなったあと、その夫である『大賢者』プラントール師から勇者シオンが書き残した日記を預けられたのもバッケングラーディアスじゃからの。その残された日記とされるものがこの家にあるのが何よりの証拠じゃの」


「日記? 勇者シオンの? それって家宝か何か? 読んだりできるか?」

「日記とされるもの、じゃな。日記とは限らん」


「ん? どういうこと?」


 わらわっ子がゆっくりと首を横にふる。


「……家宝ではあるが、見せることはかまわぬ。だが、読むことはできぬな」

「なんで?」


「……勇者シオンの日記とされるものは、誰にも読めぬ。あれは、古代神聖帝国語で書かれておるのじゃ。日記と言い切れず、日記とされるものと呼ぶのは、そういう理由じゃな。内容がわからんのじゃからの」


 それを聞いた瞬間。

 魔王の言葉の意味がわかった。


「ランティ、それ! 見せてくれっ!」


 わらわっ子がおれに向かってうなずきながら、同時にさみしそうな顔をする。


「見せてもよい。じゃが、条件がある」


「何?」


「……リーズリース卿の暗殺に手を貸してほしいのじゃ」


 本当はそうすることを望んでいない、でも、もはやそうするしかない。そんな言葉が聞こえてくるような、そんな表情とそんな声で、わらわっ子は、そう、つぶやくように言ったのだった。





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