アインの伝説(12)



 さて、と。


 おれとリアさんのやりとりを見てた関係者を通して、おれがリアさんの呼び方を変えたことは瞬間最大風速50メーターオーバーくらいで屋敷やフェルエラ村に広まってたみたいなんだけど、あいつらどっかのダンジョンでガメた通信可能なアイテムとか隠し持ってねぇかな?


 屋敷に戻るまでリンネはにこにこ、屋敷に戻ったら姉ちゃんがにやにや、おれが会話の中で「リアさん」って言う度に自分たちはわざと「ヴィクトリア(さん)」って言うことでおれをからかうという意味不明なイジメ? イジリ? を受けた。

 リアさんがそれで照れるもんだから留まる所を知らない。

 リアさん付きのメイドであるセリアは「お嬢様は、お手柄にございます!」とか、なんでおれに聞こえるように言ってんの? 何の手柄だ!? やっぱおじいちゃん執事が仕込んでんのかな?


 あと、気のせいかとは思うけど、戦闘メイド部隊の女の子たちから、ちょっときつい視線を感じることもあったりして、え? おれ、刺されるかも? とかいらない心配をしてしまったんだけどな?


「師匠! 中庭で……ぐぼびぅっ!」


 そんな空気に一切関係なくやってくる修行中毒によって心を洗われる日がくるなんて考えてもみなかった。


 ああ、レオンにチョップ入れるとスッキリするなぁ。






 テストとパンケーキ屋を貸し切っての打ち上げを終えて、白の満月の1日にステ値を確認したら、去年と違ってステ値アップが1から5の乱数になってたのは驚いた。

 2年目の学園でも固定値アップというワケではないようだ。

 まぁ、そうそううまい話があるワケでもないか。去年は固定値で伸びたんだし、この一年はオマケと考えればいいのかもしれない。


 放課後、休日の学園ダンジョン攻略は、ケーニヒストルグループをレーナがまとめて着実に部隊編成をして計画的に進めてくれている。

 優秀なメイドがいてとっても助かってる。え? それはメイドの仕事ではないのではないか? ですって? ウチの村ではメイドの仕事のひとつなんだよ、たぶん。


 去年、姉ちゃんの学年のケーニヒストルグループの卒業生が、ケーニヒストルータで騎士団をはじめとするいくつかの分野で活躍してて、シルバーダンディが今年の学生にもとっても期待していると声をかけてたみたいで、みんなのやる気もある。


 学園でのステ値アップと、学園ダンジョンでのレベル10確保は、優秀な人材育成と人材確保につながるらしい。


 姉ちゃんとリアさんという二人の侯爵令嬢が学園に在籍したこの世代がミスリル世代とか呼ばれて活躍するというのはまた別のお話、だけどな。だけども。


 レオンがクラスメイトの女の子たちに頼まれて学園ダンジョン攻略に付き合ってるんだけど、レーナに聞くと、「あれは一人芝居を見るようなものです」とのこと。

 はて? くわしく聞くと、レオンの参加するパーティーは、ひとつ、精神論でしかないあいまいな指示が飛ぶ、ふたつ、ピンチになったらおれに任せろと飛び出す、みっつ、女の子たちはキャーキャー言ってるだけ、というものらしい。

 レオンはもう学園ダンジョンの適正レベルを超えているので前衛に出たら他のパーメンにはほぼ経験値は入らないし、勇者の戦いという物語を一番近くで見ることができる生演劇なんだとか。

 他領、他国の学生のレベル上げがうまくいかなくても知ったことではありませんが、とレーナは切り捨ててた。


 でも、おれも女の子にキャーキャー言われてみたいんだけどな。みたいんだけども。


 ま、つまりレオンはアイドルみたいなモンか。


 なんで学園ダンジョン攻略とケーニヒストルグループの育成がレーナ任せなのかというと、おれは姉ちゃんと、リンネとリアさんも連れて、休日はクエストクリアを進めていたからだ。


 あれから検証してみて、神託前にクリアしたことがある古代神殿ダンジョンの最終階層だけを突破しても、クエストの達成度は上がらないと判明した。だから、すでにラスボスを倒したことのあるダンジョンも1層からやり直していく必要があった。


 ソロでできなくもないけど、もしもは怖い。だからヒーラーとして姉ちゃんを連れて、と考えたんだけど、ヒーラーならリンネもできるよ~、とリンネが言い出して、それならば私もぜひご一緒したいです、とリアさんまでアピールしてきて。


 ま、聖女3人連れてダンジョンアタックなんて、どんだけ回復する気なんだよって、どんだけ安全マージンとってんだよって話なんだけどな。なんだけども。

 しかも姉ちゃんはほぼオールマイティに前衛後衛どっちもこなすし、リンネは賢者並みに攻撃魔法が使えるしで、リアさんがヒーラーを務めれば実はおれがタンクで盾の熟練度上げをしつつ攻略を進める見事なバランスパーティーだったりして。


 一番最初に攻略したのは姉ちゃんイチオシの地の神の古代神殿で、姉ちゃんにめっちゃ急かされてダンジョンをRTAでもやってんのかってスピード攻略した後、外の砂漠に出てアリの巣を殲滅するというハードスケジュールだったけどな。だったけども。

 アリさん商店(昇天?)でゲットした大量のハチミツに姉ちゃんホクホクの満面笑顔だったよ!

 あと、地の神の神像にリンネとリアさんがなんか顔を真っ赤にしてたけどな! してたけども! やっばこっちの世界基準でも変なんじゃん!


 夏までに月の女神の古代神殿と水の女神の古代神殿、風の神の古代神殿の攻略も済ませて、クエストの達成度は50%になった。リミットは3年だけど、この調子なら余裕でクリアできるはず。






 夏は姉ちゃんがケーニヒストルータで社交に参加する。今年はヴィクトリアさんが学生として学園にいるのでケーニヒストルータに呼び戻せない。

 だからおじいちゃん執事からぜひともイエナさまを、というお願いがきて、断ろうと思ったら姉ちゃんが引き受けるって言いだして、そうなった。


「社交で得られる人と人とのつながりを甘く見ない方がいいわ、アイン」


 姉ちゃんはおれを諭すようにそう言うけど、心配なものは心配なのだ。だって、デビューのダンパでめっちゃ仕出かしてるよな、姉ちゃんは!


「あたしも、あの時の噂をそろそろ上書きしとかないと」

「でも、ダンスは禁止で」

「……もう、わかったわ」


 ちなみに姉ちゃんのダンス厳禁はおじいちゃん執事に手紙でもきっちり書き送ってある。


 姉ちゃんと一緒にケーニヒストルータに行く戦闘メイド部隊のキハナとダフネには、どのような男にも要注意で、特にエイフォンくんには要注意と言い含めておく。元の主人とはいえ油断してもらっては困る。

 この二人は騎士服での護衛もドレスでの侍女もこなせるので普段もパーティーも安心だけどそれでも何度も念押ししておいた。


 あとシルバーダンディには姉ちゃんを婚約させようとかしたらケーニヒストルータが灰燼と化す可能性がかなり高いということをそのために何をするのか事細かに、ワイバーンの大好物であるアオヤギの群れを殺さずに追い詰めてフェルエラ村からケーニヒストルータまで優秀な羊飼いとして大量に行進させてワイバーンをおびき寄せつつ倒さずにケーニヒストルータまで突入させる方法とか、いろいろと説明しつつ、それでいて遠回しに意味がちゃんと伝わるように書いた手紙を送りつけておいたのでたぶん大丈夫かなとは思う。


「ケーニヒストルータのお義父さまから、何かあったらアインさまを全力で止めてほしいというお手紙が届いたんですの。何かご存知でしょうか、アインさま?」

「リアさんが心配しなくても大丈夫ですよ」


 おれはにっこりとリアさんに微笑んでおいたけどな。顔だけは笑顔でな!


 そんで、姉ちゃんがケーニヒストルータに行ってからが本番だ。


 今なら、姉ちゃんがおれをリンネとリアさんを連れて買い物に行かせて、自分だけで大神殿のユーグリークのところに行ってた気持ちがよくわかる。


 いくらめちゃめちゃ仲のいい姉弟でも秘密にしたいことって、あるよな。

 心配かけたくないしな。


 思春期だし、うん。思春期だ。15歳。尊い。


 別に姉離れとかじゃねぇからな? 絶対に違うからな?


 姉ちゃんは古代神殿の攻略は秋まで待ちなさいと言ってたけど、姉ちゃんがいない間は戦の女神の古代神殿を攻略しとくよ、と返事をした。戦の女神の古代神殿は別に命の危険があるワケじゃねぇし、パーティーで攻略するモンでもねぇからな。


 リンネとリアさんにも一人で大丈夫なところだと説明して、おれは太陽神の古代神殿へとリタウニングで転移したのだった。


 太陽神の古代神殿のダンジョンは別に安全だというワケではない。


 だけど、今は、誰もいないところで試したいこと、やりたいことがある。


 闇の女神系魔法スキルの使用と熟練度上げだ。


 ここのダンジョンは闇が弱点属性だと考えられるモンスターが多い、はず。


 考えられる、とか、はず、とか、という言葉になってしまうのは、ゲーム『レオン・ド・バラッドの伝説』ではプレーヤーが闇の女神系魔法スキルを使えなかったから、闇が弱点属性なのかどうか、よくわからないということでもある。


 そんで1層から、適正レベルがかなり低いモンスターを相手にして実戦で実践。


「ララバイ」


 眩しい光でこっちの命中率を下げてくるデバフ使いのピカラットというネズミタイプモンスターがきゅううう、と変な鳴き声をもらしつつ、こてんと横倒しから仰向けになる。


 闇の女神系阻害魔法初級スキル・ララバイは睡眠デバフの魔法だ。


 以前、メフィスタルニアのカタコンベで遭遇した魔族にかけられて必死でレジストした記憶がある。


 タッパでカウントダウンタイマーを5分設定で動かして待機。


 ピカラットは5分で目覚めることはなかった。


 木の枝装備で手加減攻撃。


 きゅきゅっ? という感じで一発で目覚める。


 睡眠デバフが物理攻撃1発で解除されるのはゲームと同じ仕様かもしれない。


「ララバイ」


 きゅううう、と再び眠りに落ちるピカラット。なんか、かわいいけど、でも、ゴメンな。


「ララサ」


 今度は闇の女神系回復魔法初級スキル・ララサだ。回復というか……。


 ピカラットが黒いもやに包まれてポンっと消えてなくなり、キバが残され、その黒いもやが灰色から白へと色を変化させながらおれへと吸い込まれるように消えていく。


「……一発で倒せた? レラサと違って割合計算じゃないのかな? 固定値か、それともステ値計算か、どっちだろ?」


 ゲーム『レオン・ド・バラッドの伝説』ではできないはずの回復魔法スキルでの自己回復。それを実現する闇の女神系回復魔法スキルは、エナジードレイン……つまり、相手のHPを奪い取っての自己回復という、攻撃を兼ねる回復魔法……っていうか、コレって回復魔法なのか? タッパの表示じゃそう書かれてんだけどさ?


 まさか、パーメンにかけてもHP奪って自己回復できるんじゃねぇーだろーな? いや、それ、実験して検証するとかできねぇーんスけど?


 そもそもこの階層ではダメージをほぼ受けないのでどんくらい回復するとか考察しようがない。


 それにしても……。


「このビジュアルは完全に悪玉の魔法スキルじゃんか……」


 黒もやが相手の命を奪って、それがおれに吸い込まれちゃうとか、完全にアウトだろ!?


「……5層、はちょっと危険か。4層か3層である程度ダメージ喰らってから検証しないと本当に回復してんのかどうかもわからん」


 おれはぶつぶつ言いつつ色々と考えながら、太陽神の古代神殿ダンジョンを移動していくのだった。





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