アインの伝説(34)



 聖都のハラグロ商会に、賢者ギメス師のおススメ図書、『ギルドマスター・バッケングラーディアスの口伝』をもらいに行く。


 ガイウスさんは、屋敷に届けるのが普通ですと言うんだけど、まぁ、その辺は、その、わかってもらいたいというか、なんというか。ちょっと屋敷から逃げたい時って、あるよね? わかるよね?


 そんで、ハラグロ商会でガイウスさんと話していると、タッカルさんがやってきて、「オーナー、次の休みにケーニヒストルータの支店へ行ってもらえませんか?」と言われた。


 このへんのメンバーはおれん中ではざっくばらんな感じがしてるんだけど、レーナたちに言わせるとタッカルさんは要注意人物らしい。なんでだ? めっちゃ頼りになるんだけどな? すんごく助かってんのにさ?


「何か、あったんですか?」


「トリコロニアナ王国の王都トリコロールズから、番頭の息子ファインに会いたいという者がやってきてます。トリコロールズの『森の風亭』という宿の支配人とそこの従業員たちです。色々と聞きましたが、どうやらトリコロニアナ王家は王都を放棄したようなのです」


 ……ビエンナーレとやり合ってた、あん時は赤の満月だったし、今、だいたい二か月ぐらいか?

 あの後、宿の人たちも何人か生き延びて、そのまま王都を出てケーニヒストルータへ来たのか。今の魔物がたくさん襲ってくる状態なら二か月の旅? そんなもんか? けっこうかかってるな?


「聖騎士団はまだ渡河も始まってないはずだが、王家は王都を放棄したのか? オーナーの話で魔物の襲撃による被害は大きかったとは聞いていたんだが?」

「……御業での転移ができなくなってます、番頭」


 ……うぇぃ? それ、滅亡扱いですけど!?

 いや、王家が放棄したなら滅んだってことか?

 行政機関がいなくなるからか?

 どういう基準で決まるんだ?

 いや、ともかく、最短であそこにはもう行けないっていうか、行く必要もないけど?


「……それよりも彼らの話では、国王が辺境の神童アイン、黒髪のイエナ、金髪のリンネを大々的に捜索してるみたいです。オーナー、何をしたんですか? お名前が特定されておるようですが?」


「……オーナー? どうやら、お話をしてくださってないことがあるようですな?」

「うぐっ……」


 なんで?

 いや、名前、かなり正確に把握されてんな? 偽名の方じゃなくて?


「支配人は、おそらくそれがオーナーたちのことだと思ったようですが、オーナーたちに恩を感じていたので、そのことを黙っていたとのことです。あくまでもハラグロ商会の会頭の孫娘ナイエと友人のリン、ナイエの婚約者で番頭の息子ファインだと、そういうことにしておこう、と」


 ……いやぁ、恩は着せておくもんだねぇ。


「さて、我が子ファインよ、何があったんですかねぇ、いったい?」


 ガイウスさんが口ではふざけながらも獲物を狙う目でこっちを向く。タッカルさんも真剣な目を向けてくる。


「手短に、で、いいですか?」

「どうぞ」

「国王が魔族に殺されかけてたのを助けました」


「……短いですが、とんでもない話ですな? なぜすぐに教えてくださらなかったのですか?」

「話が大きくなるので……実際のところは、姉ちゃんがどうしても止まらなかったんです」

「ああ、お嬢さまが……なるほど」


 あ、そこ、納得しちゃうんだ、ガイウスさん。タッカルさんも、うんうんとうなずいてる。


「そういや、そん時の、大量の毛皮があるけど、買取します?」

「毛皮? 獣のような魔族というのは聞いたことがないのですが?」

「……その魔族が突入した王城の中に行くまでに、王都にあふれてた魔物をたくさん倒したんです」


「ああ……」

「なるほど、さすがはオーナーです。王都にあふれた無数の魔物を撃滅し、王城へ侵入して国王を殺そうとした魔族と戦い、国王を助けた、ということですか」

「いえ、国王が逃げる時間を稼いだだけですね」


 そういうことにしておこう。それはそれで事実だしな。


「うん? では、その魔族は?」

「姉ちゃんとリンネが意識を失ったので、全力で逃げました。見逃してくれたんでしょう」

「……そんな馬鹿な。オーナーが逃げるような相手がいるはずがございません!」


 ……何言ってんだ、タッカルさん?


「見逃したのではなく、追うと危険だと察知したんでしょう。なかなか鋭い魔族です。ええ、あなどれません。これ以上深追いするとオーナーに殺される。だから追わなかった。オーナーは国王の救出という目的は果たした。王家自体はハラグロ商会との関係もあまりよくなかったので、お嬢さま方に無理を強いて、王都の魔族と魔物を完全に駆逐することまでオーナーは考えていなかった。なるほど、よくわかりました。そういうことでしたか。ご説明、ありがとうございます」


 ……何がよくわかったのか、わかんねぇんですけど? 説明してねぇし? タッカルさん? 姉ちゃんとリンネが殺される寸前だったんだからな? かなりギリギリの戦いだったからな? それは言わないけど。いちいち言わないけどな?


「……どうして、名前が?」


 ……あれ? ガイウスさん、タッカルさんのことはスルーですか? あれをスルーですか? そうですか。それならそれで別にいいんですけどね? あれってスルーできちゃうんだ。


「名前は、戦闘中に呼び合ってるのを聞いていたとしか……」


 まあ、これは大筋では嘘ではない。たぶん。その通りだ。


「それよりも、なぜ、捜索してるんでしょうか?」


「……それは、支配人もわからなかったようです。国王も、捜索する理由を説明しているようではありませんでした。ただ、今のお話からすると、魔族との戦争の矢面に立つ国王とすれば、求めているのはただ一つ。魔族と戦える力を持つ者、ではないかと愚考いたします」


「……まぁ、王家が辺境の神童アインとその仲間を求めたところで、当人はすでに名前を変えて他国の貴族としての地位を得ていますからな。気をつけることは重要でしょうが、気にしていても仕方がありません。もし国王と会うようなことがあったらどう対処するのか、それを考えておくだけでよいでしょうな」


 うん。全力で出会わない方向で。そうしよう。それがいい。


「それよりも、ケーニヒストル侯爵が神聖会議でトリコロニアナ王国が魔族からの宣戦布告を受けたことを糾弾しています。トリコロニアナの代表はそれを否定していたようですが、神聖会議の話がトリコロニアナの国王に届いたら、宣戦布告の情報の出処として辺境の神童アインが疑われる可能性がありますな。そっちの方が、注意が必要なのでは?」


 ……なんか、怖いことになってる気がする? なってる気がするんだけど? いや、おじいちゃん執事、相当な金を積んでくれたけどな、あの情報には! あれだけ危険な目に遭ったけど、それに見合うくらいの情報料は頂いたけどな? 頂いたけども!


 これはあれだ。なんか面倒臭いやつだ。考えるのも嫌な感じの。


 こういう時は、どっちかっつーと、もっと別の視点から、一気に問題を解決するような案を出した方が早いんだよ。


 なんか考えとこっと……。


「それと、オーナーにお願いがあるのです……」


 タッカルさんが真剣な顔をして、とんでもないお願いをしてきたんだけど、ガイウスさんもそれを後押ししたので、2対1で押し切られた。大人ってずるいよな。まぁ、おれももう成人だけど。こっちの世界だと成人だけどな。






 休みには姉ちゃんとリンネを連れて、おれのリタフルでケーニヒストルータに行って、王都の宿屋の人たちと会ってきた。


 もうあの宿でサービスをお返しすることは叶いませんので、ならばせめて、この槍と盾をお返ししようとみなで誓って、力を合わせてここまでやってきました、とのこと。

 めっちゃ根性あるな、王都の高級宿の人たち。ちなみに槍と大盾はもうボロボロだったけど、にっこり笑って受け取らせて頂きましたとも。


 あの人たちが生き延びたことを、部屋付きのメイドさんの手を握ってリンネが泣きながら喜んでた。

 リンネはこの人たちの無事を確認できると少しでも心が軽くなるだろうと思ったから、ちょっと安心した。


 リンネの誰かを助けようとするメンタリティにはやっぱり主人公っぼい感じを受ける。

 こういう時に心から泣けるところもそうだと思う。

 それを見てると心が洗われるような気もするけど、おれは同時に自分の薄汚さも感じて複雑な気持ちになる。


 そういうところは姉ちゃんの方がある程度察してくれてて、優しくしてくれるんだけどな。

 その姉ちゃんは戦って弱い者が負けたら死ぬのは自然なこと、みたいなメンタリティでいるのが、まぁ、こっちの常識みたいな部分もあるとは思うんだけどな。思うんだけども。

 支配人さんたちが生き延びたことは、この人たちにそれだけの強さがあった、それだけのこと。私たちに恩を感じる必要なんかないわよ、みたいな。

 それ、姉ちゃん自身に適用すんのをできればやめてほしいんだけどなぁ。

 ビエンナーレとのことも、負けたことよりも、見逃されたことの方が悔しい感じみたいだし。


 とりあえず、国境なき騎士団の護衛付きで出発する隊商とともに、支配人さんたちはフェルエラ村へと移動してもらって、ハラグロ商会の建てたフェルエラ村の宿屋で働いてもらうらしい。

 本人たちも働く場所と住む場所が確保できるのならと大喜びだ。


 タッカルさんたちは、王都とそれ以降のケーニヒストルータまでの旅でかなり強くなってるから、ハラグロ商会の戦力としても期待してます、とのこと。商会なのに戦力って、タッカルさん、どこ目指してんのかな?


 まぁ、槍と大盾の戦い方を覚えてたら、フェルエラ村では即戦力扱いになるのは間違いないけどさ。


 そんで聖都に姉ちゃんのリタフルで戻ったら、また三人だけでお出かけでしたの、ってリアさんがちょっと口を尖らせてすねてて、姉ちゃん命令で次の日はお出かけ。

 レーナたちは誰が侍女で誰が護衛になるかめっちゃ早口で話し合ってた。

 シトレは無言で顔だけで対応してた。なんでみんなシトレの言いたいことが顔でわかんのかな?


 レーナの命令を横向いて無視するシトレとかあり得ねぇ。怖くないのかな?

 おれ、怖いんだけど、すげぇよな?

 いくら無口でもレーナの命令を無視とかあり得ねぇだろ。ウチの一番強い戦闘部隊は本当に大丈夫なのかな……。


 結局、護衛はリエル、侍女はウィルと、年少組に行かせなさいと姉ちゃんが命令して、レーナたちも従う。そうそう総司令には従いなさい、キミたち。総司令にはね。


 争いは何も生まないんだよ、うん。


 あ、高級宿の部屋付きメイドさん、後日、フェルエラ村で再会して、おれがそこの領主だって知ったら、めっちゃびっくりしてた。

 かなりイイ顔で! 驚きがはっきりわかるイイ顔で!

 こういうフツーの、ありがちな反応を求めてるんだよ? わかるよね? 純粋な感じの? これがサプラーイズってやつなんだよ? 平和だよね? 安心できるよね? それでいて気さくに接するだけなんだよ!


 こういうの求む! マジで! こういうの増やして! 女の子からすっごくにらまれるのはいらないからっ!





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