聖女の伝説(7)
久しぶりのケーニヒストルータ……とはいえ、前回来たのが初めてではあるんだけどな。
リタウニングが二人とも使えるってのはマジで便利過ぎ。
最終的にクールタイムが2日になった時、色んなとこに一気に移動できると、かなり便利だ。
今回覚えたリタウニングフルメンも使える前提で動くのなら、さらに応用が利く。姉ちゃんが使う時にちょっと手間がかかるけどな。
前と同じ宿にチェックインしたとほぼ同時に、ケーニヒストル侯爵家の使用人からメッセージが届くというこの手際の良さ。
いや、陸地側の南門を通る時に侯爵家からもらった通行証を使ってるけどさ。
いくらなんでもこっちの動向把握が早過ぎだろ。
まあ、内容はヴィクトリアさんからのお食事の誘いなんだけどさ。
できれば断ってゆっくりしたいんだけど、姉ちゃんは行く気みたいだ。
となると、おれも行くハメになる、と。
まあ、こういうのは仕方がないと思うしかない。
この先、生きてく上で重要なつながりのひとつと見定めて動いた相手だ。
姉ちゃんが好意を寄せられてるんだから、悪いことではないと思うようにしたい。
ただし、あれがリリーフラワー的な好意だったとしたら……ダメだ。認めない。もちろん行為はもっとダメだからな。
想像はしてしまうかもしれねぇけどな! しれねぇけども! いや、するか? ヤっちゃうのか?
はっ!
いや、そうだったとしたら、絶対に姉ちゃんだけを一人でイカせるワ……い、行かせるワケにはいかない。
どんなにおれがイキたくなくても、イクしかない!
くそう、ヴィクトリアさんめ、なんという精神的快ら……苦痛を!
だが、イカねばならぬのなら、その機会をイカすだけ!
姉ちゃんやヴィクトリアさんのような美少女に加え、メイドのセリアさんも、護衛のビュルテさんとユーレイナさんもなかなかの美人だっ!
美少女と美女に囲まれたお食事! おれは最後まで我慢できるのか!
これはハメられたのか? ハメられたんだな! いや、ハメたいのか? ハメたこともないクセに?
……はぁ、ハァ、はぁ、な、なんて『ディー』には自爆ダメージが強い言葉なんだ。食事に行くだけだというのに!
頭の中に浮かんだイメージ映像がここでは語り尽せない! ショック時にイクなんて!
「……ちょっと、アイン? 顔色が変だけど、大丈夫?」
「ね、姉ちゃん? だ、だ、だ、大丈夫だよ!」
「どこからどう見ても大丈夫じゃないわ」
……確かに。絶対に見せられない頭の中身だけどな。
「……大丈夫。姉ちゃんさえ、いてくれたら。おれは大丈夫だから」
「……アインってば本当にバカよね」
そう言いながらも、姉ちゃんはおれの手を握り、宿の部屋へと導いてくれたのだった。
とんでもない妄想少年だが、そうやって握られた手の柔らかさと温かさにほっこりしつつどきりともするのだ。『ディー』だけに。
気をつけて。ほっこりだから! モじゃねぇし! MじゃなくてHだ! エッチだからな! あれ? なんか自滅してるような……。
さて、そんなお食事。
姉ちゃんがマナーについて謝罪すると、付いてくれたメイドさんが小さな声でアドバイスをしてくれているらしい。
おれ?
おれは一応、基本的なことはできるけどな。
完璧に音を立てないとかは無理。
そこまでは無理。
どのフォークとナイフを使うとかは大丈夫。
話題は食べている料理についてがメインなんだけどな。
「こちらのステーキは、フォルテボアという森の猪から取れたお肉を使っておりますの。このあたりではほとんど手に入らない珍しいお肉だそうですの」
……いちいち言わなかったけど、メフィスタルニアから逃げる途中でおれたちが提供していた食事に何回も登場していましたけどね。
未だにストレージの中で大量に眠ってるよ、フォルテボアからの上肉!
「イエナねえさま? フォルテボアという猪とは、あったことがございますの?」
「うん? 森いのししのこと? あれなら100頭以上はたおしてるわ」
「ひゃ、100頭以上、でございますの?」
男性使用人の中に目を細めたヤツがいる。
食事に関する話題からも情報収集かな? ご苦労様です。
だいたい、明日にはケーニヒストル侯爵と会う約束してんだからさ、前日の夜に食事に呼ばなくてもいいじゃん。
……まあ、ケーニヒストルータからソッコーで離れて旅に出たのはおれの判断だったけどさ。そのせいで得たい情報が十分には得られてないんだろうけど。
「森いのししよりも、白いのししの方が肉はもっと美味しいわ」
「し、ろ、いのしし、ですの?」
「そう。白いヤツ」
ホワイトボアは古き神々の神殿、農業神ダンジョンの1層に出てくるモンスターだ。火の神系魔法を使わない限り100パーで特上肉をドロップする。
ちなみにおれと姉ちゃんが狩り旅に出ると食事の肉は全部特上肉だ。たんまり収納してあるしな。
残念ながら、侯爵家の晩餐で懐かしのフォルテボアの上肉が出てくるとは。
まあこのへんのモンスターじゃ、特上肉なんて夢のまた夢。
……それよりも、白いヤツ、とか言われるとなんか別の物を思い浮かべてしまうんだけどな。あ、Hな感じのモンじゃねぇからな! Gだから! ん? Gも誤解を招くか?
あ、Gといえば……メフィスタルニアで姉ちゃんにぶたれてたボウヤはどうしたんだろ?
別に父さんにもぶたれたことないのにとか言わなかったけどさ。姉ちゃんの往復ビンタ、怖かったよな。ゲンコツの1000倍怖ぇよ。
「ヴィクトリアさま、エイフォンさまはお元気でしょうか?」
「はい。別邸で、ゆっくりとなさっていますの。お元気だと聞いております。ただ、使用人のことで……」
「使用人?」
「ええ。メフィスタルニアからたくさんメイドを連れてきたでしょう? あのように危険な場所に彼女たちを残す訳にもいきませんもの。ですが、こちらでエイフォンさまが過ごすには少し給金などの手配が難しいようで困っていらしゃるようですの」
「給金、ですか?」
「ええ。別邸には別邸で、きちんと侯爵家の使用人がおりますので人数はもともと足りておりますの。それにエイフォンさまには今、特に収入もなく、おじいさまからの援助だけでは全てをまかなえないようですの」
お元気だと聞いております、まかなえないようですの、って。
全部伝聞だよな。
婚約解消が既定路線だとは聞いていたけど、ヴィクトリアさんも会ってないのか。
いや、会っちゃいけないんだろうな、たぶん。
「別邸って、どちらにあるんでしょうか? 私がエイフォンさまに会いに行くことに、問題はありますか?」
「アインさまが? いえ、問題などないと思いますの。別邸は誰かに案内させましょう」
問題ないんだ? 意外だな。
まあいいか。
明日、ケーニヒストル侯爵と会ってから、エイフォンくんに会いに行くとしようか。
その後、デザートを食べ終わったタイミングでヴィクトリアさんの母親である子爵夫人が登場して、メフィスタルニアでヴィクトリアさんを助けたことについてお礼を言ってくれた。
長い話はしなかったけど、明日は男の人たちだけとしか面会できないから、と言っていたので、このためにこの食事に招待されたのかもしれないなとは思った。
翌日。
宿に使用人がやってきて、ゴンドラに案内され、さらに途中で馬車に乗り換えて、お屋敷まで。
そのお屋敷ではお久しぶりのおじいちゃん執事オブライエンさんと再会。
おじいちゃん執事の案内で屋敷の中をおれと姉ちゃんは進む。
ここもどうやら別邸らしい。めっちゃ広いけどな。いくつ別邸があるんだか。
本邸はメフィスタルニアの政庁を兼ねるので、家なんだけど家じゃないって感じらしい。おじいちゃん執事が言ってた。
ここは、めったに使わない別邸で、おれたちと会うためにこの別邸にしたとかなんとか。
なんだその特別扱い。
こういう貴族流のなにやらを理解するのは難しいんだけどな。
目立ちたくない、という意味か? いや、めったに使わないとこだと逆に目立つのか?
そもそもあまり知られていない別邸?
本当によくわかんねぇ。
おじいちゃん執事がうなずくと、ドアを使用人が開く。
おじいちゃん執事に促されたので、先に中へと入る。姉ちゃんが続いて入る。あ、姉ちゃんを先にした方がよかったのか? よくわかんねぇ。
入った部屋は、マジでなんもねぇ殺風景な部屋。広いけど。
銀髪のおじいちゃん? おじさん? どっちだ? 微妙なラインだな?
めっちゃいい感じのジェントルマンな銀髪じいちゃん。
この人が、ケーニヒストル侯爵?
ゲームじゃ、魔王軍に対抗するための大陸同盟を結んだ立役者だったはず。キャラ画像とかあったっけな?
まあいいや、もうこうなったらシルバーダンディで。SDだな。別にちっちゃくなって2頭身とかじゃねぇからな?
なんにもねぇ部屋に、シルバーダンディが一人。
……護衛騎士は? いない? どっかに隠れてる? 天井裏とか? まさか?
領主って、重要人物だよな?
じゃ、このシルバーダンディは領主じゃねぇのかな?
後ろでドアが閉まる音がする。
姉ちゃんに続けて入ったおじいちゃん執事でおしまい。この部屋には4人だけ。
今日は侯爵との面会の日。
ということはやっぱり、このシルバーダンディが侯爵か?
「大旦那さま、お連れしました。こちらがイエナさまとアインさまにございます。イエナさま、アインさま、あちらの方がケーニヒストル侯爵です」
おじいちゃん執事が紹介してくれた。間違いない。シルバーダンディが侯爵か。影武者とかじゃなければだけど。
「今回は非公式な面会ということで、この場を用意いたしました。ご理解ください」
おじいちゃん執事がおれと姉ちゃんに向けてそう言った。
ま、いいや。
とりあえず、おれは姉ちゃんの袖を引いて、先にひざまずくことにする。
姉ちゃんが慌てて真似をする。
こうして、侯爵閣下との面会は始まった。
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