聖女の伝説(8)
「お立ちなさい。こちらは礼を述べたいのだよ」
シルバーダンディは開口一番、おれと姉ちゃんを立たせた。「私はトリスタレラン・ド・ケーニヒストルだ。ヴィクトリアを、かわいい孫娘を窮地から救ってくれたと聞いた。本当にありがとう。礼を言う」
「アインと申します」
おれは名乗ってから、立ち上がる。
「イエナ、です」
姉ちゃんも名乗って、立ち上がる。
「姉弟だと聞いているが、間違いないか?」
「はい」
受け答えは、もちろんおれがする。
「オブライエンが報酬を支払う約束をしたと聞いた。これも?」
「私が望むものが与えられるように最大の助力を頂けると」
「そうか」
シルバーダンディがじっとこっちを見つめる。うっすらと赤い瞳は、茶色のようにも見える。ヴィクトリアさんほどはっきりと赤くはなかった。でも、血のつながりは感じられた。
「姉のイエナだね? 孫のヴィクトリアと親しくしてくれていると聞いた。これからも仲良くしてやってもらえるかい?」
いきなり、姉ちゃんに話を振られた。
姉ちゃんがびくってなった。姉ちゃんかわいい。
「……身分の違いの節度を持って、姉には接するように言います」
姉ちゃんではなく、おれが答える。「姉は、丁寧な言葉が少々苦手にございますので」
「だが、オブライエンからは気性はまっすぐで、曲げることなく真理を述べ、正しい道を進む者であると報告を受けた。言葉遣いなど学べば済むこと。それよりも、そのような者こそ、ヴィクトリアの側にいてほしいと、祖父としては願う」
おいおいおいおい! おじいちゃん執事っ!
姉ちゃんの評価が高すぎんだろっっ!
姉ちゃんはどんだけ高評価だったのかわかってねぇみたいだけどな!
「それでも、身分の壁は大きいものでございます」
「時と場合によるが、身分が違うと気になるかね?」
「はい」
「アイン、君の願いは確か、私も含め、貴族、王族、神殿からのありとあらゆる要求をはねのける力がほしい、というものだったか?」
ここでこっちに切り替えて攻めてくる?
……ええっと、そこまでは言ってなかったような気がするけど。まあ、おおむね、間違ってはいないな。そういう内容だった気はする。
「私の要求さえ断ることができるように、というのだから、ありとあらゆる要求ということでいいのだろう?」
自分は王とか教皇とかと同じレベルだとおっしゃってますか!
いや、大貴族であることは間違いないけどな!
大貴族だけども!
世界最大の経済都市の支配者だけども!
「だが、貴族や神殿に逆らうためには、ある程度の身分と後ろ盾が必要だ。そこはわかるかね?」
言葉は出さずに、おれは小さくうなずいた。何かを言うとミスりそうな気がしたからだ。
「アイン、君の願いを叶えるためには、君と姉のイエナには貴族の一員となってもらう必要がある」
まっすぐおれを見つめてくるうっすらと赤い瞳。
どういう感情が込められているのか、おれにはまったく読めない。
ただ、貴族に取り込まれるというのは『はじまりの村』でアンネさんからも村長さんからも話を聞いている。養子縁組で取り込むのだという。
「……ただ、それ以上のことは、しない。何も命じず、何も望まず、だ。大切な孫娘の命の恩人への、その護衛報酬だからね。ただし、ひとつ、お願いしたいことがある」
「お願い、でございますか?」
「そうだ」
「何でしょうか?」
「簡単なことだ。君たちはこれから、私の名を、このケーニヒストル侯爵の名を使って、貴族だろうが、王族だろうが、大司祭や教皇だったとしても、嫌なことは何を断ってもいい。その代わり……」
「その代わり……?」
「……何か、大きなことを引き受ける時には、自分で引き受けるのではなく、私を通して引き受けてもらいたい、ということだ」
「ああ……なるほど……」
そこで、シルバーダンディのうっすらと赤い瞳が細められた。
ありとあらゆる全ての権力から盾になる代わりに、どのような権力からであっても、大きな頼みごとをされた場合はケーニヒストル侯爵を窓口にしてもらう、ということ。
つまり、おれがそれをやろうと思った時に、必ずケーニヒストル侯爵を通すことで、それは共同作業になる、ということか。
結果として、おれにそういうどでかいことができた場合、それは同時にケーニヒストル侯爵の業績にも数えられると。
「私が引き受けようと考えて侯爵さまにお伝えし、侯爵さまがそれをお断りすることは……」
「いや、それではアイン、君の意思に反することになるだろう? それはしない。受ける、受けないは君の判断でいい。どちらも我が侯爵家が後ろ盾となろう」
「すでに、約束していることについては?」
「そのようなものがあるのか?」
「メフィスタルニア伯爵家嫡男、エイフォンさまとの間で、メフィスタルニアを取り戻す助力をするという約束をしております」
「ああ、そうだったな。その話は聞いている。それについてはかまわない」
「わかりました。もし、私が、王族や神殿から何か大きなことを頼まれるような立場になりましたら、必ず侯爵さまを通して依頼して頂くことにします」
「では、貴族との養子縁組で貴族籍に入ってもらうのはかまわないね?」
「それが、貴族のやり方であるのならば」
「よろしい。そういう訳だから、身分の壁はなくなる。これまでと同じように、ヴィクトリアとも仲良くしてやってくれ」
シルバーダンディが満足そうにうなずいた。「ところで、命令ではなく、対価を用意しての依頼については相談に応じるというのも、オブライエンが確認しているが、間違いないだろうか?」
「こちらに断る権利を下さるのなら」
「どういう時に断るつもりだね?」
「不可能だと考えられること、対価が見合わないと考えられること、個人的に気に喰わないこと、でしょうか」
「個人的に気に喰わないこと……アイン、君はなかなか、おもしろいね」
おれはあいまいにほんの少しだけ首をかしげてみせる。ここも、下手なことは言わない。もう言っちまった気もするけどな。するけども。
「では、うちの自慢の孫娘だが、アイン、君が貴族籍に入ったら、ヴィクトリアと婚約してもらえないかい?」
「は?」
「だから、君とヴィクトリアの婚約だよ。対価は、私の次の次のケーニヒストル侯爵の地位でどうだい?」
……ええっと、この人は、いったい何を言っているのであろうか? みなさんわかります? おれにはまったく意味がわかんねぇんだけど?
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