聖女の伝説(78)



 ケーニヒストルの聖女とトリコロニアナの聖騎士が婚約を賭けて決闘を行うという話は、学園にあっという間に広まった。


 というか、姉ちゃんは隠すつもりなんかなかったし、脳筋マーズもやる気満々で喜色満面だった。


 ……いや、マーズ、キミは人生詰んだぞ?


 というのも……。


「聞いたか!」

「ああ、もちろんだ!」

「勝てば聖女と婚約! 男の夢だな!」

「だが、負ければ、廃子、除籍の上、平民として放逐し、二度と王国の籍を与えない。もちろん養子縁組などの貴族籍も認めないと……」

「王国は勝てば聖騎士と聖女を得て、負ければ聖騎士を失う!」

「0か、100か!」

「これこそ決闘の醍醐味だ!」

「トリコロニアナはよくこの条件に応じたな!」

「あの護衛騎士、北の辺境伯のところの最強騎士らしいぞ」

「本当か? あそこの騎士は聖騎士よりも強いのがいるって話だが……」

「聖女の護衛騎士は、ケーニヒストル侯爵家の騎士だろ? 噂の『竜殺し』は侯爵ですら言うことをきかせられないって話だぜ?」

「これは楽しみだな……」


 ……めっちゃ盛り上がってる。学園の学生たちは、姉ちゃんの目が届かないところでめっちゃ盛り上がってる。もちろん、ケーニヒストル侯爵領関係者は、そんな素振りを見せてはいないけど、たぶん、男の子たちは同じように盛り上がってると思う。エイフォンくん以外は……。


 エイフォンくん、マジ心配そうに見てんだけど? こいつ、姉ちゃんに執着し過ぎじゃね? いつか斬ろうかな? メフィスタルニアで斬ればごまかせんだろ? ホネホネのせいにしてさ?


 ま、粘着系男子のエイフォンくんはともかく。


 姉ちゃんは自分の結婚と釣り合う条件として、マーズの地位を奪うことを望んだ。


 こんな条件、トリコロニアナ王国が認めるワケがねぇだろ、と思ったんだけど、認めてしまった。なんでだ? せっかく自国に『聖騎士』なんてレアジョブがしかも王家の一員の中で確保できたのに?


「あたしは、王国なら認めると思ったわ」


 姉ちゃんは平然とそう言った。「聖女が手に入るならそれで価値があるし、負けても失われるのは愚かな王子。しかも、このままだと王家の後継者争いの種にしかなりそうもないやっかいな第三王子。聖騎士と聖女で結ばれるのなら、それを理由に後継者へと祭り上げて傀儡にすればいいし、負けたらそれを理由に火種を放逐して、さらには辺境伯に対する責任追及もできるわ。どちらにも利があると理解できればあそこの国王なら認めると思ったのよ。まあ、そうなるように色々と手は打ったけど……」


 手ぇ回してたんですかい!?


「あら。王都のパーティーで知り合った何人かの方にお手紙を書いただけだわ? いろいろと異国の噂話を書いて、ね」


 手紙で操作したんかい!? どんだけだよ姉ちゃん!


「噂話?」

「そう。例えば、『ケーニヒストルの竜殺し』は、侯爵の命令すら無視するような人だ、とか」

「ええ?」


 そりゃ、事実といえば事実なんだけどさ……。


 いや、なんていうか。トリコロニアナ王国でのマーズの扱いが残念なくらいかわいそうなんですけど? はっきり言って、切り捨てられてるよな? いや、勝てると思ってるのか?


 姉ちゃん、あの日、大神殿でユーグリーク枢機卿と話を詰めて、この決闘の仲介保証人になってもらってたんだよな。


 仲介保証人の力が足りなかったら、決闘の契約内容を反故にされかねないからな。


 その点、一応、大神殿の枢機卿は中立の立場で、しかも王国の宰相なんかと同格かそれ以上だし、仲介保証人としては十分だ。一応、中立。繰り返しとくな。裏では明らかに姉ちゃん寄りだけどな!


 そんで、ユーグリーク枢機卿から決闘条件の話が脳筋マーズの文官に届いて、その文官はトリコロニアナへの打診をして、そんなこんなでトリコロニアナ国王の了承を得るまでやり取りに時間がかかっての約二か月。


 まさか、あのパーティーで知り合った人に手紙を送っていたとは……。


「それで姉ちゃん、決闘は?」

「そうね、王子が代理人を出すなら、あたしが受けるわ」

「え?」

「王子本人が出るならアインにお願いするわね」

「なんで? 逆じゃないの?」

「ここが大事なところよ……」


 いや、わっかんねぇんだけど?


「まあ、アインが出れば負けることはないわよね?」

「そりゃ、絶対に負けるつもりはないけどさ……」

「あたしが出て負ければ自業自得だわ? だからあたしは勝てばいいだけ」

「まぁ、うん。そうだね、姉ちゃん」

「気楽に行くわよ、アイン。どうせ、負けることはあり得ないんだから」


 ああ、いや、そりゃ、そうなんだけどさ……。






 決闘の会場は、学園の訓練場だ。

 あの、死なないタイプの場所だな。致命傷でもスタンの12時間で済みますから。


 ま、互いに賭けてるもの以外は、命まで失う必要もないし。


「相手は、噂の最強騎士さんみたいだわ」

「……姉ちゃん、本当に、自分で?」

「ええ。もちろん。完全に圧倒して、二度と、どこの誰もが、こんなくだらない決闘を申し込まないようにしてあげるわ。トリコロニアナの最強騎士なんて、一番わかりやすい相手だわ、誰にとっても、ね」


 ……ああ。姉ちゃん、最初っから、そのつもりだったのかぁ。


 とりあえず、学園内では最高位の脳筋マーズが絡んでくる間は、他の連中は姉ちゃんに手を出せねぇもんな。そんで、その脳筋マーズを片付ける時に、他の連中にも手出しするだけ無駄だってことを教えて、ある意味で一網打尽にするってことか。


 あとは、脳筋マーズが学園ダンジョンで成長するタイミングも見計らってたんだろうな。秋になるこの時期なら、十分、戦う自信も磨かれてきてる頃だし。


 それでも代理人よりは弱いから、確実に姉ちゃんを獲りにきてるワケなんだけど。

 その代理人である王国の最強騎士すら、姉ちゃんより弱いから問題なし、と。


 あれ? まさか?


 姉ちゃん、マーズを引きずり出すつもり、なのか……?


「……本当に、聖女自ら、戦うつもりか?」


 対峙した脳筋マーズが姉ちゃんの持つ槍を見て低い声を出す。


 姉ちゃんの槍はミスリルハルバード。その輝きは、王家の宝槍と言われても不思議じゃないくらい、立派なものだ。もちろん、創造の女神アトレーの神殿に付設している鍛冶神の神殿のダンジョン内で、スケルタルランスマスターからドロップした一品です。


「あら、王子自らが出るというのであれば、私は代理人にお願いするつもりでしたわ」


 これから決闘という雰囲気にはそぐわない、笑顔の姉ちゃんに、脳筋マーズが黙り込む。


「決闘を行う者は、トリコロニアナ王国、フリートライナ・マルザウィル・バイルドンテ・ド・トリコロニア第三王子代理人、護衛騎士カンツォーナ・ド・リッターベン男爵と……聖女、アラスイエナ・ド・ケーニヒストル侯爵令嬢、ご本人で、本当によろしいですか……?」


 審判のようで審判ではないけど、立会人となる聖騎士団の総団長さんが、姉ちゃんに最後の念押しで確認をしてくる。


「……ご存知なのでしょう?」


 姉ちゃんは小さな声で、聖騎士団の総団長さんに流し目を送る。聖騎士団の総団長の目が泳ぐ。魚か、おい。魚なのかアンタの目は。いや、泳ぐ気持ちもわかるけどな。知ってんだよな、姉ちゃんが聖騎士団の第二騎士団を壊滅させたってことを?


 護衛としておれとユーレイナがすぐ後ろに控えているけど、後ろから見える槍持ち姉ちゃんのポニテ姿が超かわいい……。


 あ、いや、真剣勝負の直前なんだけどな? なんだけども。


「……ごほん。では、付添人は離れて頂きましょう」


 おれとユーレイナが姉ちゃんから距離を取る。


「頼むぞカント」


 自身の護衛騎士にそう声をかけて、脳筋マーズとその文官も、決闘を行う王国最強の護衛騎士から離れていく。


 訓練場を取り囲むように、学園の学生たちが、ヴィクトリアさんやリンネたちが、学園の先生方や神官たちなど、大神殿の関係者が、びっくりするほどたくさん集まっている。


 もちろん、ユーグリーク枢機卿もその中にいる。


 教皇? いないよ?


 姉ちゃん、入学当初から、教皇には質問状という名の苦情を何度も手紙で送ってんだとさ。


 いわく、「教皇聖下の式でのお言葉に従わず、身分を振りかざす者がいますが、聖下はどのようにお考えですか」とか、「身分を振りかざして婚約を迫る困った者が学生にいますが、教皇聖下はどのように対応されますか」とか、「女性に対するものとは思えぬ乱暴な言葉を向ける学生がいますが、教皇聖下はいかがお考えですか」とか、まあ、脳筋マーズについてのそういう苦情だ。


 そんで教皇聖下は「学園における学生の行動については違法ではない限り、学生の間で話し合うものである」なんて返答しかこない。つまり、学園の自治みたいな感じで逃げて、実際のところは王族が好き勝手するものをこっちにはどうすることもできません、ってことだ。


 そういう立場を明確にしてるから、学生の間で起きた決闘騒ぎに、教皇が出張るってことはない。というか、たぶん、出張れないように、姉ちゃんは質問状を何度も送ったんだろうな、と。そんで、学園内のことには違法でないなら口出ししないという言質をとったんだろうな、と。


 そんで、その代わりのユーグリーク枢機卿。


 ユーグリーク枢機卿には、学園に配置した聖騎士がフォローしてくれる度に、何度も何度も感謝状を送り、今回の決闘についても、中立の立場での仲介保証人になってもらっている。


 学園での問題の対処はユーグリーク枢機卿がしてくれる。聖女が頼るのは枢機卿。


 これを枢機卿の実績にしようとしてんのかな? 実績にしてはちょっと弱いと思うけど。まあ、教皇を落として、その分枢機卿を上げてんだよな? 聖女の悩みを放置した教皇と、聖女を支える枢機卿という対立図を描いた。


 ……教皇を追い落とすってのには、ちょっと弱いよな? ネガキャンではあるけど。


「全ての神々よ、ご覧あれ! 今より神聖なる決闘を始める!」


 聖騎士団の総団長の開始の合図と同時に、トリコロニアナ王国の最強騎士が動き出し……。


 姉ちゃんの黒髪ポニテがふるるんっと揺れて……。


 もちろん。

 勝負は一瞬でついた。初撃の一撃終了だ。


 姉ちゃんがミスリルハルバードの石突きをズリュンと訓練場の土に打ちつけると、その音で立会人の聖騎士団総団長がはっと表情を変える。ぽかんと開いていた口が閉じられたのだ。


 ちなみに、脳筋マーズとその文官の口は、まだぽかんと開いたままだな。うん。


 訓練場を取り囲んでいた観衆もシーンと、物音ひとつ、させていない。


「……早く、結果を告げてもらえないかしら? それとも総団長は、後ろの殿下を打ちのめさなければ勝利ではないとお考えで?」


 姉ちゃんが大して感情も込めずに総団長に問い掛ける。


「……しょ、勝者! アラスイエナ・ド・ケーニヒストル侯爵令嬢!」


 その叫びに、観衆はわぁーっと湧くこともなく、ただ、現状認識がうまくできない、変な感じのざわめきが起こる。


「聖女さまは、本人、だよな?」

「相手、王国の最強騎士じゃなかったのか?」

「王子の身分を賭けてたんだろ? 王国の内部事情か何かなのか? 王子はいらないとか……」

「一瞬だったけど、槍を振るった、んだよな? 見えなかったが?」

「おれも見えなかった……」


 いやいやいや、君たち、認めなさい。槍の一撃が見えなかったとしても、噂のトリコロニアナ最強が瞬殺ですから。

 ウチの姉ちゃんはある意味最強ですよ? めっちゃ強いんですよ? キミたちが束になってかかってきても撃滅しちゃいますよ?


「……ば、バカな。そんなことが、そんなことがあるはずがない」


 フリーズからの再起動を果たし、ポカンと開いてた口が動き出したマーズくん。


「カントは我が国の最強騎士だ! 負けるはずがない!」


 やっぱりこいつ、声でけぇよ。


「……ただ私よりも弱かった。それだけのことにございましょう」

「何を言っておるか!」

「事実を。ただ事実を述べているだけですわ、殿下。いえ、元、殿下ですわね」

「な……」


「どうですか、身分を問わぬはずの学園でもっとも身分を振りかざしておられた方が、身分を失い、平民となるご気分は? これでようやく、本当の意味で分け隔てなく学ぶ場となりそうですわね。ああ、ひょっとすると、学園に在籍し続けることも難しいのかもしれませんけれど?」


 姉ちゃんはにっこりと、ちょっとだけ顔を傾けてほほ笑む。ふわんと揺れる黒髪ポニテがとっても素敵です、姉ちゃん。でもそのセリフはちっとも笑顔と一致してないっスから……。


「へ、平民だと……? な、何を言っておる……?」

「ああ、やはり、そうでしたか。元、殿下御本人には、誰も教えなかったのでしょうね。言えば、決闘を受けないだろうと、王国の者たちは考えたのでしょうし」

「ゼルブラ? 聖女は何を……」

「殿下……」


 ゼルブラと呼ばれたお付きの文官が脳筋マーズから目をそらした。


「そちらの文官殿は、ゼルブラ殿と申すのですね。もう殿下と呼ぶのはおかしいでしょう? あなたはユーグリーク枢機卿から直接、決闘契約について聞いているはずですわね?」

「ゼルブラ!? どういうことだ?」


 ゼルブラはうつむきつつ、顔ごとそらした。もうダメだな、あれは。


「私が説明いたしましょう」


 そう言ったのは、観衆の中から進み出たユーグリーク枢機卿だった。「今回の決闘契約は、トリコロニアナ王国が、第三王子殿下とアラスイエナさまとの婚約と一年後のご成婚を望み、アラスイエナさまが学園で身分を振りかざす第三王子殿下の身分を奪うことを望まれたものです。学園内でもその話は広まっていたのではございませんか?」


「いや、それは間違った噂だとゼルブラが……」


「この決闘の仲介保証人である私が、トリコロニアナ王国から正式な玉璽の押された公文書で確認している事実でございます。その場にはそこのゼルブラ殿もおりましたとも。トリコロニアナ王国が決闘契約を反故にするというのであれば、大神殿は王国の全ての神殿から全ての神官を引き上げ、二度とトリコロニアナ王国には神々の祝福があたえられなくなるでしょう。あなたはもはやトリコロニアナ王国の王子ではなく、そして、その御位に二度と戻ることはございません」


「な……」


 今度こそ、絶句した脳筋マーズ。マーズフリーズ。固まってるね、マーズくん?


 二度と神々の祝福があたえられなくなる、というフレーズにユーグリーク枢機卿の本気を感じたことだろう。


 いやマジで、トリコロニアナ王国のマーズに対する扱いが相当ヒデぇな?


 自分の一生がかかった決闘だってのに、何をベットしたのか、教えてもらってなかったんだから。


 最強であるはずの護衛騎士は瞬殺。


 お付きの文官は……おそらく王都からの指示で……マーズにウソ報告。


 そんで、まんまと姉ちゃんの罠にハマっての、あっという間の平民落ち、しかもそうなるとは知らないままで……。


 姉ちゃん、なんでマーズをここまで堕とす? そんなに嫌いだったんかな? 確かにかなりうっとうしい感じの虫ではあったと思うけどな? 思うんだけども?


「さて、これからは何とお呼びするべきでしょうか。それとも、この決闘契約をなかったことにできる方策について、お知りになりたいでしょうか?」


 ……あ、姉ちゃん。ひょっとしてマーズの救済措置かな?





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