アインの伝説(32)



 さて。

 今年の洗礼だけど。


 フェルエラ村からの洗礼は寄付金不要ということで無償化されることになったんだよ、去年のおれの洗礼でミスった賠償のひとつとして。


 そんで、シルバーダンディが予算を浮かせるために、出自を曲げると角が立つ貴族の子息や令嬢は仕方がないとしても、平民出身で、剣術道場期待の少年少女とか、町でも評判の賢い子とか、そういうのは全部、フェルエラ村の子って扱いにしてケーニヒストルータの神殿に洗礼の申請をしたんだよな。


 いや、まあね、やるとは思ってた。思ってたけどな。


 実際の、本当にフェルエラ村からの洗礼は4人。そのうち二人は孤児院出身の子で、残りの二人は戦闘メイド部隊のリエルとウィルだ。


 毎年、聖都の大神殿でやってたけど、今年はそういう寄付金をケーニヒストル侯爵家が浮かせる関係で、リエルたちもケーニヒストルータの神殿での洗礼となった。


 孤児の男の子ふたりはそれぞれ、『騎士』と『剣士』になった。

 これまでのフェルエラ村からしたらフツーっぽいけど、一般的にはかなり喜ばれるジョブだ。

 あ、この子たちって、あれだ、昔、ケーニヒストルータの近くの森でおれが首トンして、かついで帰った子たちね。もう成人か。早いモンだ。


 戦闘メイド部隊のポーターであるリエルは『冒険商人』だった。うん。

 これは珍しいし、伝記物語として愛されている冒険商人カルモーと同じジョブだということもあって、神殿の聖堂がうわっと盛り上がったのもおもしろかった。

 すげぇな冒険商人カルモーの知名度。


 問題は最後の一人、ウィル。戦闘メイド部隊ではヒーラーを務め、月と水の魔法のダブルだ。

 これがなんと、『聖女』になった。そう狙ってたワケじゃないのに、なった。うん。


 ケーニヒストルータ神殿では去年のヴィクトリアさんに続いて、二年連続の『聖女』の誕生。

 なんか、大当たりの神殿みたいな感じで、縁起がよくなってもうかるらしいよ、マジで。

 残念ながら、ケーニヒストル侯爵家が納める10分の1税は50分の1にまで減額されてんだけどな。頑張って寄付で耐えてほしい。


 いや、それはともかく、新たな『聖女』となったウィルはただのメイド。

 フェルエラ村、小レーゲンファイファー子爵家、家臣なんだけど、さすがにそのままの身分で学園に送り込んで、上の身分の男たちからエッチな何かをされたりしたら困る、ということで、おじいちゃん執事が貴族籍への養子縁組を提案してきた。


 今年はおれももう卒業するし、近くでウィルを守れるとも言い切れないしで、どうしたもんかと考えたけど、レオンは平民のままでも、今のところ守り通せてはいる。

 あ、いや、そもそも、卒業後のレオンを束縛するつもりはないワケで。ウィルもそのままでも、大丈夫なのか、どうなのか、ちょっと判別がつかない。


 ウィル本人は「みんなと違うのは嫌かも……」みたいな感じなんだよな。

 そこは別にレーナが男爵令嬢だからって、みんなそれをどうこうしてないし、何ならシトレなんて現役子爵で将来侯爵のリアパパからおやつを奪うなどという暴挙を平気でやってんだからな。今さらではある。

 おれも、そこまで厳密にウィルから敬語で話しかけられてるって実感はない。ウチの実態がゆるゆるなのが問題なんだろうけどさ。


 うちの義父、大レーゲンファイファー子爵を通して、おれとリンネの義妹にでもすっか、とか思ったけど、なんでかウィルは「メイドを続けたい」って言って、「レーナと同じならメイドができる」という謎理論を並べて、おじいちゃん執事とおれが相談して、男爵家と養子縁組。

 ちなみに、おれと姉ちゃんを一瞬だけ養子にしてくれた懐かしのお義父さま、ナブラトレル・ド・ラースリットル男爵がウィルを養女にしてくれて、ナブラウィル・ド・ラースリットル男爵令嬢になった。

 ま、ウチの中では変わらずメイドで、使用人部屋なんだけどな。なんだけども……いいのか、それで?


「800年ぶりの奇跡がこうも続くとなると、何やら、感覚が麻痺してしまいそうです。そして、今年も学園の費用がたくさんかかるということですか……」


 忙しいシルバーダンディに代わってケーニヒストルータの神殿に来ていたおじいちゃん執事はどこか遠い目をしながらそう言ったのだった。

 きっと、青の半月の洗礼に予定していた以上の子どもたちを受けさせて、また、学園のケーニヒストルグループを形成するんだろう。


 リエルやウィルに、レーナみたいなことができる未来が見えないし、男爵令嬢として動かないといけないウィルに、リアさんみたいなことが求められても絶対に無理だろ。

 まあ、男爵令嬢ぐらいが学園のトップになることはないみたいだけどな。

 身分上、逆らえない上の学生がいたら、外から手を回して、脅しでもかけとかないとダメかもな。なんとかしよっと。

 あと、レーナはできるだけ聖都の屋敷の勤務を増やすとするか。


 ま、聖女はヒーラーとしては最高の補正が入るんだから戦闘メイド部隊としては歓迎だし、もちろん国境なき騎士団としては明確な戦力アップだ。

 ただ、周辺の嫌な連中がめっちゃ暗躍しそうなのがめっちゃ面倒。そういうことだろう。


 『竜殺し』の威光とかで、そういうの打ち払えたらいいのになぁ。






 聖都に慣れさせることも含めて、今年の洗礼組の4人を連れて聖都へリタフルで転移。


 孤児出身の二人は、孤児院ではない屋敷の部屋を、これまでとは違った形で広く与えられたのがかなりびっくりだったみたいで、目がくるくる回っておもしろかった。それでも二人部屋なんだけどな。なんだけども。


 そんで、どっかの部屋に連れて行かれてイゼンさんからの教育が入る。スラーやオルドガが受けてた『フェルエラ村を裏切らない人への第一歩』という学習……。

 何を教えてんだろうか、心配になるけど、裏切られるのは嫌だし、任せるしかない。


 リエルとウィルは安定の普段通り、使用人部屋へ。文句もなく入る。そりゃ、こっちでも勤務はしてたけどな。全然気にしてない感じが逆に不気味。


 この二人の成人で、メイド見習いは全員メイドになる。


 そういう意味では感慨深い。


 シトレみたいな見習いでも絶対にやらないようなとんでもないことをするメイドがいるなんて言わないで。


 エイフォンくんがこの子たちを返してほしいとか言い出したら殺そう。即、殺そうか。冗談で言ったとしても大河に沈めよう。


 リエルたち新成人はともかく、卒業間際のガールズたちは、お買い物へ。


 聖都のハラグロ商会の支店だ。支店とはいってもかなりでけぇんですけどね。


 お目当ては卒業式後の卒業パーティー用のドレス。


 ……なんで、女の子の買い物って、長ぇんだ。そして、なんでおれはそれに付き合わされてんだ?


「エスコートはヴィクトリアさまだというのはわかっております。ですが、私たちもアインさまと踊るのです。一緒にドレスを見立ててくださらないと。入学パーティーでも踊ってくださいましたよね? もちろん卒業パーティーでも踊ってくれますよね? それなら、一緒に踊って映えるドレスはよく考えなければ!」


 レーナがそう言って、その後すぐにリアさんと視線がバチバチになってんですけど、このドレス屋って実は危険な戦場ですか?


 こら、シトレ、何着ドレスを試着する気だ。次から次へと色を変えて遊ぶんじゃありません。

 黙ったままだからわかりにくいけど、シトレのヤツ、奇行が多いからな?

 ちなみにそれに一番楽しそうに付き合ってるのが実はリンネだったりする。止めろ、リンネ。


 ちなみにケーニヒストグループの平民出身の女の子たちは、リアさんのお古のドレスを仕立て直して着るとのこと。お金は侯爵家が出してあげるそうです。

 まあ、お古って言っても、1回着たとか、そんな感じでもうお古らしい。侯爵令嬢怖ぇ。

 あと、胸部装甲が厚いタイプの女の子はちょっとお直しがね、必要らしくて……あ、リアさんから静かなる殺気が……。


 学園生活でパートナーとなった男女もいるので、ケーニヒストルグループの男女比は変わらないんだけど、入学パーティーの時とは違うペアになる者もいるんだろう。

 眼鏡歴女と文官三男坊とかね。やっぱあの二人のラブコメはいい感じだよな、うん。平和な感じがしていい。


 ウチの子たち? パートナーができたって話は聞かないな? ていうか、毎朝、教室の窓からあんな怖い顔してにらんでる女子たちに彼氏ができたとか、想像つかねぇ。ないだろ、たぶん。

 あれ? でも、もしそうなったら、おれ、お父さん的な気持ちになるのか? 娘は渡さん! みたいな?


 青の半月って、学園での男女間のアプローチが最後に加速してくんだよ、卒業に向けてさ、これが。前世で言えば2月だからバレンタインみたいなもんか。


 つまり、『ディー』には今世も縁がございませんということで。へぇ。おあとがよろしいようで。






 おれたちがそんな買い物を楽しんだり、苦しんだりしている間に、大神殿では聖騎士団が集結して、第一陣がトリコロニアナへと出発した。


 学園の警備担当の聖騎士も減員されてた。しょうがねぇんだけど、そこそこあいさつするくらいの人が出征するってのは、あれだな、複雑だ。


 聖騎士だけでなく、月の女神系回復魔法が使える神官も、派遣されてる。


 ソルレラ神聖国は戦時体制だ。


 そんで、ハラグロ商会聖都支店はがっぽり稼いでる。


 主に食料品で。

 つまりは、兵糧だな。


 ガイウスさん、めっちゃ遠慮せずに動いてる。大陸同盟に参加した小国からは支店を引き上げて、干上がらせて。その上で小国がソルレラ神聖国を頼る、と。

 数少ない味方だから、教皇も邪険にはできず、物資はソルレラ神聖国が負担する、と。そこを狙って売りつけてる。


 ケーニヒストル侯爵家にも、同盟に不参加でも経済的な支援を願うって、言ってきたらしいけど、シルバーダンディははっきり拒絶、進軍の協力も拒否したから、スグワイア国を通らない、遠回りなルートになったらしい。

 ケーニヒストルータを経由するのが河北へは一番早いルートだからな。


 ソルレラ神聖国もまともに機能してる商会はハラグロ商会だけだから、そこに物資の依頼が集中すると。

 小国の支店を引き上げたのは、どうせソルレラ神聖国が最大の窓口になるなら、ひとつに絞ったら面倒が減るとか、そういうスタンス。

 各国からの依頼に対応したら、手間が増えるんだと。さすがガイウスさん。切り捨てられた同盟参加の小国のみなさん。強く生きてください。

 トリコロニアナで『厚義の商会』とか言われてるけど、そんなに甘くはないから。手助けしてんの、協力関係にあったハラグロ御三卿ぐらいだから。


 本当はケーニヒストルータ経由で、物資もケーニヒストルータで買い求めれば、ソルレラ神聖国も色々とお金を浮かせられるのにな。


 聖都で買って、聖都から運ばなきゃいけないってのは、実は大きな負担だろ。


 出兵の負担は大神殿にとっても大きくて、来年の学園の寮は寄付金を増やす方向で動くという噂があって、おじいちゃん執事から、ケーニヒストルグループの学生をウチの聖都の屋敷で預かってもらえないかという打診もあったりして。


 いや、おれと姉ちゃんが卒業するんだし、もう、この屋敷、ケーニヒストルグループの寮みたいな扱いでもいいかも。

 学外でレーナたちのサポートを受けて動けば、ダンジョンアタックとかの効率もよくなるしな。


 あ、そうなると地下牢のあの人たち、どうしようか……。





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