アインの伝説(8)
領主館の門を抜けて入ってきた馬車が屋敷の正面入り口の前に停まる。
……なんで幌馬車? そこは箱馬車でいいのでは? 乗り心地とかさ?
街道とつながっていて監視も厳しい、フェルエラ村の正門でもある東門ではなく、ぐるりと迂回した普段は閉じられたままの北門から村に入り、そこからさらに領主館まで馬車で直イン。
こんな扱いはヴィクトリアさん以外では初めてだろう。
幌馬車の後ろにちっちぇ階段が置かれて、おばぁちゃんをエスコートしたおじぃちゃんが降りてくる。
ハラグロ商会、会頭夫妻だ。
こっちは領主館の入口で、使用人も合わせてほぼ総出でお出迎え。
「ご無事で。安心しましたよ、会頭」
「ありがとうございます、オーナー」
「こちらこそ、ありがとうございます、会頭」
デプレじいちゃんとおれが握手してる間に、姉ちゃんがクルルばあちゃんの手を取ってからハグしてる。
続けて、護衛に出していたピンガラ隊のオルドガの手を借りて、金髪美人がゆっくりと幌馬車を降りてくる。
やっぱ金髪美人は何しても絵になるわぁ。あ、これ、箱馬車じゃなくて幌馬車でよかったかも? テキサスっぽいか? 幌馬車? うん、ぽいな。金髪美人と幌馬車とテキサス! ありそう! あるある、アルテイシアさま! ファーストでもオリジンでもどっちでもいいけどな!
「アインくん、本当に貴族に……」
屋敷の建物を見て、おれに視線を移してからそう言ったアンネさんを遮るように、幌馬車から飛び降りた金髪ボーイがおれに向かってダッシュしてくる。
「師匠っっっ! ひさ……ぐぼべあづぅっっ!」
……こいつ、金髪イケメンボーイのくせに変わんねぇな、まったく。
「よくきたな、レオン。あと、師匠って言うな」
おれは思いっきりカウンターで顔面チョップを叩き込んで、レオンにそう声をかけた。
そして、ちらりと後ろを振り返る。
そこには、驚きの余り、表情というものがなくなってしまっているリンネがいた。
……あれ? サプライズ過ぎた? それともチョップのせいか?
「勇者、だよね、あの人……?」
「勇者の顔面に……」
「師匠って聞こえたけど……」
使用人たち、特に戦闘メイド部隊の一部から何か聞こえてくるがスルーだ。ここはスルーだ。
今はリンネに集中しよう。
おれはリンネの手をそっと掴んで、引き寄せた。
ふらり、とリンネが進み出てくる。
「痛いよ、しし……アイン! 久しぶりなのになん、てこ、と、を……」
進み出てきたリンネに、レオンの言葉が勢いをなくして、そのまま消えていく。
「お……」
小さなリンネの唇が、震えるように動く。
「……お、にぃ、ちゃん」
おれは引き寄せたリンネの手を離し、そのまま軽く背中を押して、レオンの前へと押し出す。
「リ、ンネ……」
そうつぶやいたレオンが左足を一歩、後ろへと引いた。
下がろうとしたレオンを、おれに押されるまま進み出たリンネが追いかけるように捕まえて、その胸に飛び込み、背中へと腕を回して抱き着く。
「おに、いちゃん……お兄ちゃん……お兄ちゃぁぁぁ……ぶ、無事で、無事で良かった、良かったよぅ……うぅぅ……」
リンネに強く抱きしめられたレオンは下がろうとしたこともあって少しだけふらついたけども、そこはさすがに兄。踏みとどまって、踏ん張って、おずおずとリンネの背中に手を伸ばす。
でも、抱きしめようとして、その手はふらふらと泳ぐようにリンネには触れないままだ。
リンネは声を殺した嗚咽をもらしながら、レオンを強く、強く、抱きしめている。
レオンの手は、リンネのすぐ近くにあるのに、リンネを抱きしめるかどうか、迷うように泳ぐだけだ。
……そっか。しまった。レオンの中じゃ、リンネを犠牲にして生き延びたことになってんだったっけ。サプラーイズっとかやってる場合じゃなかったかも。すまん、レオン。
命がけで兄を救った妹と、妹の命によって救われた兄。
この二人の関係は、かなり微妙な状態のまんまだったんだよな。
おれがどうしようどうしようと戸惑っておろおろしていたら、さっと動いた姉ちゃんがリンネの後ろからリンネごとレオンを引き寄せるように抱きしめた。
「おかえり、レオン。よく来たわね。ここはもう、あなたの家よ。安心して。リンネもこれからはずっと一緒にいられるから……」
そう言って姉ちゃんはリンネごと抱きしめたレオンの柔らかな金髪をなでる。もうすでに身長はレオンの方が高いんだけどな、高いんだけども。くうぅぅ~、姉ちゃんの母性が眩しいぜ……。
だが、だがだがだが……じぇ、じぇ、じぇ……東北の方言じゃねぇぞ……ジェ、じぇ、ジェラシーストームウルトラスーパーバーニングアウトだろ! くっそレオンのヤツ、レオンのやつ、レオンのヤツ!
おれん中の嫉妬心が最大火力で焦熱地獄だよっ! インウィディアルディーテっ! これが大罪になったらどうしてくれるんだ!
姉ちゃんはもちろんだけどな! もちろんだけども!
その上に妹まで! 妹までも!
姉妹そろって独り占めしやがってえぇぇぇぇぇ……。
おれは流れ出そうな血の涙を堪えつつ、アンネさんへと歩み寄る。アンネさんも近づいてきて、おれの手を両手で包み込むようにとってくれる。とっても柔らかく、優しい手のぬくもりだ。
「お久しぶりです、アンネさん。再会できて本当に嬉しいです」
「大きくなったわね、アインくんも。本当に、本当にありがとう。うふふ、まだまだ子どもなんだろうと思ってたけど、精悍な戦士のような顔をしてる。あれからさらに成長したのね」
……すんません、アンネさん。この顔、精悍な戦士のように見えたとしたら、それは醜い嫉妬を必死で抑え込む忍耐と呼ばれる苦行そのものが表面にもれ出たモンだと思うんでガスよ、とほほ。
「……ここではなんですから、みなさん、どうぞ屋敷の中へ」
おれはアンネさんたちを誘うように屋敷の方を指し示す。もちろんその意図の最たるところは姉ちゃんのハグを中断させることだけどな! 中断させることだけども!
……立ち直れ、おれ! 復活しろ、おれ! ここからが見せ場じゃねぇーかっ!
そこで事前の打ち合わせ通り、戦闘メイド部隊は声をそろえた。
「おかえりなさいませ、ご主人さま! ようこそ! レーゲンファイファー子爵家へ!」
満面の笑みを浮かべた後、さっと衣擦れの音をそろえて一礼するメイド部隊の面々。
ようしっ! キミたちバッチリだよ! 完璧におれの指示通りだ! 期待通り!
「お、おかえり……? ご、ご主人さ、ま……?」
何がなんだかよくわかっていないレオンを除いて、そんなつぶやきを残したアンネさんを含む3人はちょっと首をかしげながら、使用人たちが立ち並んで待ち受けている領主館の中へと進んでいったのだった。
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