聖女の伝説(11)
ケーニヒストル侯爵の庇護下で、貴族に関する教育を受けることになった。
とまあ、そんな感じなんだけど。
おれは基本的な読み書きは楽勝で、計算は屋敷にやってきた家庭教師の先生が目を回すスピード。あ、なかなかグラマラスな女教師でございましたぞ、むふふ。
姉ちゃんは読み書きに必死って感じだったな。計算はほどほどでいいらしい。先生によると計算は得意な者がすること、とのこと。つまり、おれがすることなのか?
言葉遣いも、おれは特に問題なくクリア。
「私ではレーゲンファイファー男爵に教えることがありません」
そう言って、一人目の家庭教師は姉ちゃんの専属になった。
「予想はしていましたが……」
そんなことを言いながら、翌日、新しい家庭教師を連れてきたおじいちゃん執事。残念ながら、おっさんティーチャーだった。中年太りな感じで、でも、どっかいい人そうなタイプ。
時間短縮のため、姉ちゃんもおれと一緒に新しい先生から学びつつ、それが終わったら姉ちゃんはさらに女教師と補習をする、と。
内容は世界地理と歴史。
まあ、社会の先生といったところか。
世界地理は、姉ちゃんがかなり善戦した。大陸北部はけっこーな広範囲を旅したからな。
おれはゲーム知識で楽勝な感じ。
地名と産物は、だいたいゲーム通りだ。領主貴族だけは新知識のようなもの。
歴史は、微妙な感じだった。
神話はだいたい知ってた通り。
でも、そこからはけっこー、大変だ。ゲームではちらっと語られただけみたいな話題も、それなりに深く教えてくれる。
楽勝とは言えないけど、ゲームやアニメで知ってたことが、いろいろとつながってくる。
たぶん、おっさんティーチャーが知らないつながりまで、含めて。
とりあえず、『勇者』はおよそ1000年、『聖女』はおよそ600年、この世界に現れていないらしい。レオンもリンネも、この世界にとってはとんでもなく貴重で、重要な存在だったんだな、と。
もちろん、おっさんティーチャーからも、優秀な生徒であると認定して頂きました。
剣の教師として、なんだか強そうなおじさまがやってきた。
姉ちゃんは、剣は免除。
お嬢さまだからってこともあるんだろうけど、まあ、騎士団まとめてぶちのめしてたからな。槍だったけど。
ま、教えられることもねぇだろ。
じゃ、おれもとっとと終わらせよう、ということで。
強そうなおじさまから、実力を確認する、と言われてすぐに手合わせ。そん時に、まずソッコーで1本取る。ステ値が違うから相手にならねぇんだよな。
もう一回、もう一回、と言われて手合わせを重ねて、10本連取したところでおじいちゃん執事からレフェリーストップ。
「もう、よろしいでしょう? 騎士団長があまり恥を晒すものではありません」
えっ? この先生って騎士団長だったのか!?
そういや、シルバーダンディは王都から戻ったんだから、騎士団長もこっちにいるよな、そりゃ。
うつむいて帰る騎士団長さん。
どうか、強く生きてくださいな。
お屋敷の使用人さんたちの態度がこの日からめっちゃ変わった気がするのはどうか気のせいであってほしい。
恐怖政治か!?
マナーとか、紋章学とか。
そっちは、おれも、姉ちゃんも、みっちり鍛えられた。
いや、ゲーム知識にねぇだろ、んなもん。
貴族的言い回しとかは、割と覚えやすい方だったんだな、と思ってしまった。
紋章。
超難しいんだけど?
マナーは、食事関係はほどほどにオーケー。姉ちゃんは全面的に補習になってた。
でも、音を立てないってのは、本当に難しい。
言われて思い出してみるけど、ヴィクトリアさんが食べる時にどんな音を出していたかなんて、記憶に残ってない。出してないから、かもしれないと初めて気づいた。
ダンス!
ダンス最高!
練習相手は姉ちゃんだからな!
姉ちゃんとダンス! ずっと踊っててもいいくらいだ!
「表情を抑えて」
って何度もダンスの先生から言われた。
たぶん、めっちゃにやついてたんじゃねぇーかな?
姉ちゃんも楽しそうに踊ってた。
……ぜってぇー、他の男と踊らせたりしねぇ。そうなったら殺意があふれ出るな、間違いなく。即死させる。気合いで。
国内情勢と国際情勢。
地理とか歴史に絡むけど、たぶん侯爵家の文官なんだろうなって人が教えにきてくれた。
……でもこれ、貴族の基礎知識なのか? ちょっと違う気がする。
国内の貴族のうち、派閥を整理しておっさんティーチャーが教えてくれてたしな。
まあ、最新情報のうち、教えられることは教える、と。そういうことなんだろうか。
知らないより知ってる方がいいだろうから、しっかり勉強しておく。
さて、エイフォンくんと面会。
すぐに会えると思ってたんだけど、そうはいかないみたいで。
面会予約ってのを入れて、侯爵家で精査されて、許可された人だけが会えるみたいだ。
人質、だからだろうな。
エイフォンくん用の屋敷がきちんと用意されていて、そこにはびっちりケーニヒストル侯爵家の使用人が詰めている。監視だ。
もちろん、応接室の中も。
「やあ。来てくれて嬉しいよ。男爵位を受けると聞いたけれど」
「フェルエアイン・ド・レーゲンファイファーと名乗ることになります」
「……ところで、君の姉上は? 一緒ではないのかな?」
「姉は、貴族令嬢として必要な知識を詰め込んでいるところです。今日もみっちり勉強しています」
「そうか……」
ちょっと残念そうなエイフォンくん。
あれれ?
まさか、こいつ、姉ちゃん狙ってんじゃねぇーだろーな?
「姉が、気になりますか?」
「あ、いや……」
「かなりの乱暴者ですが」
「ああ、ぶたれた頬は今でも痛い気がするよ」
「私にとっては唯一の大切な家族です。どのようなものからも必ず守ると決めてます」
「そ、そうか」
よし。牽制は完了。ミッションコンプリート。
「あ、そういえば、使用人のことで困っているとか?」
「ああ、そうなんだよ。メフィスタルニアから一緒に脱出した者たちなのだけれど……」
エイフォンくんは、ヴィクトリアさんが教えてくれたエイフォンくんの事情をより詳しく説明してくれた。
侯爵家から認められたのは護衛騎士2人と、側に仕える使用人3名まで。
筆頭執事は侯爵家から、家政婦長も侯爵家からだという。
そもそも使用人の数は余裕で足りているので、必要ないのは間違いない。
また、給金を支払えるほどの援助は与えられていない。
そもそも、ヴィクトリアさんのメフィスタルニア滞在中は全てケーニヒストル侯爵家が負担していたらしい。
提供したのは屋敷としての別邸だけだったという。
身近に見知った者を置いておきたいけれど、それが多すぎると逃走幇助などの人員として疑いをかけられてしまうから、手放さざるを得ない。
だが、使用人たちも、別にケーニヒストルータに縁がある訳でもないので、ここで解雇したら身の振り方に困るだろう、と。
「……君が、男爵位を授かり、領地を与えられると聞いたんだが、何人か雇ってもらえないかな?」
………………とんでもないことを思いついてしまった。
「では、面接させてください」
おれはにっこりと笑って、エイフォンくんに答えたのだった。
さて、ずらりと並んだ使用人たち。
全部女性っていうか、女の子含む。
男性は、騎士2人と衛兵1人が逃げ延びた。衛兵だった人は男性使用人として残ることが決まっているので、おれが面接するのは女性ばかりだ。
すでに女シェフは引き抜くと決めている。女シェフの方も、メフィスタルニアからの逃避行で仲良くなったので、了解してくれている。
この屋敷にはちゃんと侯爵家からシェフが雇われてるみたいだしな。シェフ余りだからな。
あとは、メイドさんたちから何人か、選ぶ。領地への移動で馬車2台に乗れる人数。
給金の支払い?
ああ、そういうのは問題ない。金銭面では全く問題なしのもーまんたいだ。
ちなみに、おれが選ばなかった人のうち、エイフォンくんのところに残れるのは2人だけ。けっこー難関だ。
「じゃあ、順番に、年齢を教えてください。そっちから」
おれはずらっと並んだメイドさんとメイド見習いさんたちの右手側から、年齢を確認していく。
「16です!」
最初の女の子がそう言った瞬間、メイドさんたちが一斉にその子を見た。
……いやいやいやいや、ないだろ。ないわー。そりゃねぇって。どっからどう見てもせいぜい12歳ぐらいだろ!
明らかに小学校高学年女子ぐらいだと思われるメイド見習いの女の子が16歳と叫んだ。
その瞬間に全員がガン見したので、嘘だと一瞬でバレてるんだけど、その子は訂正しないつもりのようだ。
何人か、メイド見習いたちが目を見かわしている。
……これは、あれか。成人したメイドの方が雇ってもらえると、そういう判断で、年齢詐称を試みた、と。そういう感じかな?
「15です」
続けて、二人目の女の子も年齢詐称に流れた。流された。
いや、この子も、どう見ても小学校高学年女子ぐらいのメイド見習いだ。
年齢詐称は二人目なので、みんなが一斉に振り返るようなことはなかったけど、でも、バレバレなのは変わりない。
「30代ですが、くわしくお聞きになりたいので?」
三人目。
別に詳しく聞きたいワケではないので、スルーします。
「11です」
おっ、正直な少女メイド見習いキターっっ!
先に年齢詐称した二人の少女だけがその子をガン見していたので、これは正直に告げたと判断できる。というか、見た目が小学校高学年女子だからな。大人っぽさのカケラもないし。
その子を境に、年齢詐称をしてるような感じはなくなっていった。その代わり……。
「17歳です。ノーライゼム男爵家の三女です」
「14歳です。リンドベルン男爵家の四女です」
……ついでに家柄アピールしてくるヤツが現れた。
男爵家の娘って。別に聞いてねぇし、聞きたくもなかったけどさ。
メフィスタルニアは伯爵家だったっけ? 男爵家の三女とか四女とかが使用人として雇われるもんなんだな?
うち、男爵位をもらうんだけど、同格の使用人は嫌だというアピールなのか? それとも家柄って、雇われるための好条件なの?
こういう貴族的常識も教えてほしかった。国内情勢とかより役立ちそう……。
まあ、帰ったら女教師にでも質問してみよう。
結局、30代というメイドさんと、それに近い27歳のメイドさんを指導的立場として雇うことに決定する。
その時点で、最初の年齢詐称少女……早口言葉か……が悔しそうな顔をしていた。
そこからは11歳から13歳までのメイド見習いを8人、雇うことに決めた。ただし、家柄アピールした人は選ばなかったけどな。聞いてないことまで言うのはちょっと、遠慮したい。
なんで? みたいな顔をした選ばれなかったメイドさんたち。
「あの! あたし、本当は12なんです!」
年齢詐称少女が年齢詐称を自白した。11歳から13歳の子たちがたくさん選ばれたからだろうか?
あ、いや。
嘘つく人を雇いたいとは思ってないだけなんだけど。
だから何、という感じだ。
相手にせずに全力でスルー。
エイフォンくんが手を動かすと、選ばれなかったメイドさんたちがぞろぞろと部屋を出ていった。
雇うことになったメイドさんたちと女シェフは、おれと姉ちゃんが使わせてもらってる屋敷の方へ移動して、領地のフェルエラ村へ向かう時にはついてきてもらう。屋敷までの移動は、ケーニヒストル侯爵家の使用人が案内してくれるらしい。
……ふふふ。リアル戦闘メイド育成計画、静かに発動せり。
こうしておれは、ほんのちょっとだけ歪んだルートへと進もうとしていたのだった。
あ、女教師に聞いたら、家柄は信頼とイコールみたいなもんらしい。
家の中の貴重品とか、使用人が盗むなんてこともあるみたいだから、身元保証は大事なんだってさ。
でも、男爵令嬢が男爵家の使用人というのは聞いたことがないとも言っていたので、選ばなくて良かったんだろうと思う。
たぶん、あの子たちのどっちかはエイフォンくんが選んで残れるだろ。
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