光魔法の伝説(9)
「先にすすまないの?」
グランドキャニオンのような絶壁を見上げながら、姉ちゃんがそう言った。
「うん。ここでちょっと練習がいるんだよな」
「れんしゅう?」
姉ちゃんがグラキャニからおれへと視線を戻す。うん。おれを見てね、姉ちゃん。
「そう。姉ちゃん、もう弓術も上級が使えるはずだから、『クワドダンツ』の練習、しとこうか」
「クワドダンツ? なんとなくトライダンツの上っぽいわ。よくわからないけど」
「ここまでサンゴ相手に、けっこートライダンツも使っただろ? そろそろ熟練度も上がる頃だと思うんだよな。いつも通り、離れるから弓矢で狙ってみて。やり方はダンツやトライダンツと一緒でいい。ただし、クワドダンツは10秒待つ」
「10びょう!」
「ダンツは3秒で弓矢が光る。トライダンツは6秒でさらに右腕が光る。クワドダンツは10秒で、左腕も光るんだ」
「わかりやすいけど、ぴかぴかになるわね」
姉ちゃんはおもしろそうにそう言った。
「いつも通りで10秒待ってみて、左腕が光ったら矢を放つ。10秒待っても左腕が光らなかったら、まだトライダンツの熟練度が足りないから、今日からトライダンツの練習」
「わかったわ」
おれが離れていくと、姉ちゃんが弓矢を準備する。
だいたい20mくらいで、軽く手を振ると、姉ちゃんが弓矢を一度大きく上に持ち上げて、そこから下ろしながら引き分けていく。
口の高さで止めて、3秒で弓矢が青白い光をうっすらとまとう。
これで弓術系初級スキル・ダンツだ。攻撃力2倍、ノックバック(小)効果付き。ただし、弓矢の攻撃力計算は筋力の4分の1から始まるので、そもそも相手に与えるダメージは剣や槍に比べて落ちるんだけどな。
そのままの姿勢でさらに3秒、合計6秒で、今度は姉ちゃんの右腕が青白い光をうっすらとまとう。
弓術系中級スキル・トライダンツ。レベル5から習得可能、攻撃力3倍、ノックバック(中)効果付きだ。
さらにそのままの姿勢を姉ちゃんは続けたけど、いつまで待っても左腕に青白い光はまとえない。まだ弓術系上級スキル・クワドダンツは使えないみたいだ。確か、習得条件として、レベル15で、トライダンツの熟練度がいくつか上がってないと身に付かないはず。剣術系上級スキル・トライデルは使えたんだから、レベル15は間違いなさそうだ。まだトライダンツの熟練度が足りないんだろうな。
「姉ちゃーん! そのまま矢を放ってー!」
そう言うと、姉ちゃんはおれに向かって矢を放つ。
おれはさっと横に動いて矢をかわす。
これでちょびっとだけは熟練度上げになるはず。
「左うではー! 光らないわー!」
「まだクワドダンツは使えないなー! そのまま同じように練習してー!」
「わかったわー!」
そのまま4回ほど試すけど、左腕が光ることはなく、5回目は右腕も光らなかったので、SPが足りない状態に。
矢を放った姉ちゃんの動きがものすごく遅くなる。ディレイだ。
おれは落ちた矢を拾って、慌てて姉ちゃんに駆け寄る。そして、手を伸ばして支える。
「そこにそのまま、ゆっくり座って。今日はここで休むよ」
「……こ、れ、あの、時、の、アイ、ン、と、いっ、しょ、だ、わ」
姉ちゃんはそう言って、おれをまっすぐ見つめる。うまくしゃべれないようだ。そういえば、強制スタンは今までにも訓練でなってたけど、ディレイは初めてだった。
姉ちゃんが言ってるあの時というのは、たぶん、おれが『見逃し仮面』……魔侯爵ビエンナーレと戦った時のことだろうと思う。残りSPの計算間違いで危うく殺されかけた。そういや、魔侯爵じゃなくて、魔男爵と名乗ったみたいだけどな、ビエンナーレ・ド・ゼノンゲート。
姉ちゃんはホント、よく見てる。よく覚えてる。怖いくらいに。
「だいたい、1時間くらい休めば戻るよ。おれがいるからモンスターは心配いらないし、ゆっくり休んで、姉ちゃん」
「……こ、れは、な、に?」
「これは、ディレイって言って、スタミナ切れだな。スタミナ……SPっていうのが、残り2%以下になったら起こるペナルティだな」
「えす、ぴぃ? に、ぱー、せん? ぺな、るて?」
「御業を使い過ぎたり、限界まで戦ったりしたら、こういうことが起こるんだよ」
「……これ、き、けん、だ、わ」
「だから、1日にカッターが何回使えるかって確認を今まで何回もしてきたよな?」
「い、み、が、あっ、たん、だ、あ、れ……」
学べたようで何よりです、姉ちゃん。
「明日は、参道……この道を進んでモンスターを確認しながら、トライダンツの熟練度上げだな。できれば、あいつも確認しときたいけど」
古き神々の神殿への参道に出てくるモンスターはゴーレムばっかりだ。それで、通称『おかわりゴーレムロード』である。
アクティブモンスターのサンドゴーレム……サンゴとストーンゴーレム……イシゴを基本として、ランダムエンカウンターでロックゴーレム……ガンゴ。とどめにスモール・エリア・フィールド・ボスとしてアイアンゴーレム……テツコが待ってるというゴーレムの揃い踏みだ。
サンゴは2~3体、イシゴは1~2体、ガンゴとテツコは1体で出てくる。テツコはモブ扱いではないので、モブとして出るよりもはるかに高いHPとなっている。フォルテベアスと同じだ。もちろん、モブになるとHPは低くなる。
姉ちゃんは弓矢装備を基本として、槍も持って走る。モンスターと遭遇したら、槍を置いて弓矢を準備する。トライダンツの熟練度を上げるためだが、ボックスミッツを使わずにMP消費とSP消費を少しでも抑えるためでもある。
熟練度上げは姉ちゃんだけじゃねぇけどな。
おれも剣術系上級スキル・トライデルの熟練度を5まで上げないと、せっかくレベル25になったのに王級スキル・クワドラッシュがまだ使えない。
カッターの熟練度を上げ切った関係でSPを押さえて短い技後硬直で大きなダメージを稼げるから、わざわざ予備動作の長いトライデルを使わないのが原因だ。
クワドラッシュは攻撃力4倍の4連撃だ。消費SP16でクールタイムという名の技後硬直8秒だから、一撃必殺の場面でないと使いにくいけどな。
今のステ値なら筋力203+銅のつるぎの武器補正50を4倍して1012の4連撃だから4048ポイント。
ここから相手の物理防御を引くとはいえ、かなりのダメージは期待できる。まあ、ノックバック(中)効果しかないから、そこで相手が生き残ったら約7秒間は殴られまくるんだけど……。
とりあえず、参道を登ってみることにする。
登り坂なのかどうかほとんどわかんねぇよーな緩やかな登りを進むと、少し広くなったスペースに出る。そこに2体のサンドゴーレム。
「姉ちゃん、作戦通りで」
「わかってるわ」
姉ちゃんがそういって、弓を動かす。トライダンツの準備だ。
サンドゴーレムだけでなく、ゴーレムの動きは遅い。その替わりってワケでもないけどまず硬い。固いともいう。
『ザルツラ』
おれはサンゴ2に向けて風の神系単体型攻撃魔法スキル・ザルツラを発動。弱点属性の風で攻撃。そのまま、銅のつるぎを装備していつもの位置にかまえる。
「はっ!」
矢を放つのに別に声を出す必要はないんだけど、姉ちゃんならなんかかっこいいからいっか。
姉ちゃんがサンゴ1に向けてトライダンツを発動。大したダメージは与えられないけども、熟練度稼ぎ。砂が飛び散ってノックバックが入った。ゴーレムはノックバック耐性があるのでノックバックしたらラッキー。
おれはサンゴ1に接近しながらトライデルの予備動作を進めていく。
『ザルツラ』
矢を放った後、続けて姉ちゃんがサンゴ2にザルツラを発動。これでエフェクトとともにサンゴ2が消える。アイテムドロップはなし。弱点属性で攻めるとサンゴはすぐに倒せる。
サンゴ1と向き合ったおれはトライデルを発動。すばやさが上だから、サンゴの攻撃は受けない。3連撃で左右に砂が飛び散って、そのままエフェクトとともに消えていく。またしてもドロップなし。
「とりあえず、どんどん行こうか、姉ちゃん」
「どんどん行くわよ、アイン」
姉ちゃんが不敵に笑う。そんな笑顔も素敵だな、姉ちゃんは。
また少しせまくなったところを進む。やや右へとカーブしている感じだ。
しばらくしたら広いところがあって、1体のゴーレムがいる。拳大の石がいくつも集まってできたゴーレム。ストーンゴーレム……通称『イシゴ』だ。サンゴの格上モンスター。アインとしてのおれにとっては初対面となる。ゲームでは何度も狩ったけどな。
「姉ちゃん、トライダンツ準備」
「まかせて」
弓矢を大きく動かす姉ちゃん。
イシゴはずっし~ん、ずっし~んとこっちに向かってくるけど、やっぱり動きは遅い。これがゴーレムスピードだ。
まあ、それでもサンゴよりはちょっとだけ速いんだけどな。固いけど遅い。これがゴーレムスタンダード。だから作戦で勝負になる。こいつも弱点属性は風。
おれは姉ちゃんの3歩前に出て、射線からはズレた位置に立つ。
「はっ………………『ザルツラ』」
姉ちゃんが矢を放ち、そのまま技後硬直が解けたら続けてザルツラも発動させた。
『ザルツラ』
おれも同じくザルツラを飛ばす。
矢と、魔法の風が連続してイシゴを襲う。矢が当たってもノックバックはなし。残念。アンラッキーだ。
風の刃が消えるとストーンゴーレムの腹部に何かが黒く浮かび上がった。
「アイン、あれが……?」
「そうだな、あれが弱点の文字だよ、姉ちゃん」
おれはそう言って、イシゴに接近していく。
ゴーレムはHPを2割以上削ると、おでこ、左右の肩、みぞおち、おしりのどこかに、弱点が浮かび上がる。そこを狙えばダメージは2倍だ。
ただし、必中型の魔法スキルでは弱点2倍は狙えないんだけどな。狙わなくても当たるんだから当たり前だけど。
イシゴとの距離3m。動きの遅いゴーレムならこの距離でも十分安全にやれる。
左手の人差し指で、イシゴの弱点となった文字のあるみぞおちを狙って指す。
『ソルマ』
1本の光が、レーザービームのごとく、イシゴのみぞおちを貫いた。
だが、まだ倒せてない。弱点即死はなし、と。
そのまま、中指も伸ばして、2本の指でみぞおちを指す。
『ソルミ』
2本の光が、ぐるぐると回転しながら直進し、イシゴのみぞおちを貫くと同時に、イシゴがぱっと消えた。
そこに、金色に輝く延べ板が落ちた。
「おおお……」
レアドロップ。ゴールドプレートだ。初討伐記念かもしれない。
タッパですぐにストレージに回収。いつか売ろう。
「なにか落ちた?」
「金の延べ板。大きな町だと高く売れそうなヤツ」
「へぇ~。よかったわね」
「矢、当たるな、姉ちゃん。さすがだ」
「そう? ゴーレムって大きくておそいからだと思うわ。でも、思ってたよりかんたんにたおせてる気がするわね」
「まあ、今んとこ、うまくいってるよな。よし、次、行こう」
弱点属性の風の神系魔法と、露わになった弱点への太陽神系貫通型魔法での弱点攻撃だからな。
魔法のクールタイムがかぶっても問題ないように使い分けして運用すればイケる。風で削って弱点出して、光でとどめを刺す。即死だともう一手早く終わらせることもできるだろうし。
トライダンツの矢はダメージ狙いじゃなくて、ノックバックの確認と熟練度上げだ。
まあ、ストーンゴーレム……イシゴはけっこーHPが高いよな。こんだけ魔法使わされるんだから。
また幅がせまくなって、右へとカーブしながら進んでいくと広いところに出る。そんで、広くなったらそこにゴーレムがいる。
サンドゴーレム2体だ。さっきと同じ処理をミスなく行うだけ。ドロップなし。残念。
さらに進んで、今度は左へとカーブしながら、やがて広いところに出る。もちろんゴーレムがいる。
ストーンゴーレム1体。これもさっきのストーンゴーレムと同じ処理で問題なしのもーまんたい。残念ながらドロップなし。そう都合よく金の延べ板が落ちたりはしない。
さらにさらに進む。左へカーブしにながら、少し広いところに出る。
今度はサンドゴーレムで、しかも3体だ。サンゴ3体は初対決。サンゴ2、イシゴ1、サンゴ2、イシゴ1ときてからのサンゴ3だ。九九にはなってねぇな、残念ながら!
「1に矢、2にツラ、3にツリ、お願い!」
「まかせて!」
姉ちゃんは弓矢の準備に入る。
『ザルツラ』
おれは一番右のサンゴ3にザルツラをかます。
『ザルツリ』
続けて真ん中のサンゴ2にザルツリをかます。ザルツラの上位、中級スキルだ。
「はっ!」
姉ちゃんが気合いとともにサンゴ1を狙って矢を放つ。命中して、ノックバックありのラッキー。おれはそれを見ながらサンゴ1に接近しつつ、銅のつるぎでトライデルの予備動作を準備していく。
「…………『ザルツラ』、『ザルツリ』」
技後硬直が解けた姉ちゃんは、サンゴ2にザルツラ、サンゴ3にザルツリを発動。ゴーレムの弱点属性である風の刃が暴れて、2体のサンドゴーレムが消える。ドロップなし。残念。サンゴだといちいち弱点が見えてくるのを確認する必要もない。
おれはトライデルで砂を飛び散らしつつサンゴ1を撃破した。そもそもトライデルならもともと一撃殺が可能だろう。あくまでも姉ちゃんのトライダンツの熟練度上げが目的だからな。そんでドロップはなし。残念。
「3体でも、うん、なんとかなるわ」
姉ちゃんが独り言のようにそう言うと何度もうなずいてる。なんか、かわいいな、姉ちゃん。
「さて、ちょっと増えたな。次もたぶん……っと、これは……」
戦闘終了で白だったタッパの『Around』の表示色が赤くなった。
おれはぐるりと周囲を確認する。
すると、おれと姉ちゃんがやってきた方向から、1体のゴーレムが近づいてきていた。
狩場のモンスターじゃねぇーな。ランダムエンカウンター……うろうろしてやがるモンスターだ。しかも、こいつは……でっけぇよな、やっぱり。
サッカーボール……いや、ボウリングの球? んー、それよりもまだ大きい感じの岩がいくつか集まって身体をつくっているゴーレム。ロックゴーレム……通称『ガンゴ』だ。HPがストーンゴーレムよりさらに多い個体。
確かHP1000オーバーのモブは初めてだよな?
さすがに、適正レベルよりも上のところに挑んでるだけはある。
「うしろから、来たわ?」
「ん? だな?」
「どこにいたのかしらね?」
「さあ、な?」
確かに、そういう謎もあるかもしんない。でも、まあ、そういうことを言い出したら、リポップなどという現象の謎とか全く理解できないからな。スルーだ、スルー。
「姉ちゃん、こいつで練習するから。うまく、合わせてみて」
「……わかったわ。ええと、ノックバックしなかったらすぐに放すのよね?」
「そう。それで、姉ちゃんもノックバックさせられなかったら……」
「回ふくまほうね」
「その通り。忘れないで頼むな」
「はいはい。アインはあたしが守るわ」
「うん。お願い、姉ちゃん」
「……アインってば本当にバカよね!」
その口ぐせ、なんとかならねぇかな? 姉ちゃん?
姉ちゃんが弓矢を大きく上に持ちあげて、引き分けていく。
おれはじわりじわりとガンゴとの距離を詰め、姉ちゃんの準備完了を待つ。1,2、と数を数えながら。
おれのカッターやランツェと、姉ちゃんのトライダンツのタイミングを合わせるためだ。
ロックゴーレム……ガンゴの一撃はそれなりに重いけど、今のおれなら一撃死はない。さすがに二撃死はあり得るけどな。だから一撃喰らったら逃げ騎士、なんちて。
姉ちゃんにはトライダンツを溜めておいてもらって、おれのカッターやランツェがガンゴのノックバック耐性でノックバックなしになった時に、矢をぶち込んでもらう。
おれの代わりにノックバックを狙ってもらうためだ。正直、ゴーレムの堅さ、あの物理防御を抜ける弓術はおれにも姉ちゃんにもない。だけど1ダメでも追加効果は発生する。そのためのトライダンツだ。
最終的には、トライダンツの熟練度を上げて、クワドダンツのノックバック(大)効果がほしい。ボスのアイアンゴーレム対策だな。
おれはガンゴに近づき、半歩下がりながら銅のつるぎでカッターをぶちかます。
カッターのダメージとともに、ガンゴにノックバックが起こる。よし、ラッキー。
肩に銅のつるぎをかまえてランツェの準備をしながら、ちらりと姉ちゃんを見た。
アイコンタクトが通じたのか、姉ちゃんが小さくうなずく。弓矢は保持したままだ。
元の位置に戻るガンゴに向けて、一歩下がりながらランツェを突き込む。青白い光がガンゴを貫いていく。
しかし、ノックバックは発生しない。
おれは技後硬直中。
頼む! 姉ちゃん!
直後、矢がガンゴに直撃して、ガンゴがノックバックした。
ふらついたガンゴが元の位置に戻り、腕を振り上げ、一歩おれに近づく。
技後硬直が解けたおれは銅のつるぎを立てて防御姿勢をとる。それとほぼ同時に、ガンゴの強烈な一撃がくる。
ガッキーーーーンッッ!
目の前で、銅のつるぎが細かい光の粒となって散らばり、消えていく。
もちろん、HPにダメージも入った。
武器も破壊されたので運が悪い。
おれはバックステップで、ガンゴとの距離を取った。
『レラサ』
姉ちゃんからの月の女神系回復魔法初級スキル・レラサによって、光に包まれてHPが回復していく。
「ありがと、姉ちゃん」
「だいじょうぶなの? アイン?」
「こんくらいはなんとか」
「でも、どうのつるぎが……」
「ああ、あれ、道具屋さんで買ったヤツ。父ちゃんの形見はいっつも腰につけたままだから」
「そういういみじゃないわ」
姉ちゃんがあきれたようにため息をついた。「……それで、どうするの?」
「いや、もう片付ける。風使ってくれる?」
「もちろん」
『ザルツラ』
『ザルツラ』
おれと姉ちゃんが同時に風の神系魔法スキルを発動。
風の刃がガンゴを襲う。
おれはガンゴを確認しながら再接近。左肩に弱点をあらわす文字が浮かんでいる。
サンゴよりも、イシゴよりも格上のガンゴ。でも、すばやさが低く、遅いのは変わらない。
おれはきっちりと左手の人差し指でガンゴの左肩に狙いを定める。
『ソルマ』
ひとすじの光が、ガンゴの左肩を貫き、ガンゴが消えていく。同時に、銀の延べ板が落ちる。
「ソルマの即死効果なのか、弱点での即死か、ただのダメージ死か、ちっとも区別つかねぇよな。お、ラッキー。これまたレアドロップじゃん」
おれはタッパ操作でアイテムストレージに銀の延べ板を収納した。
姉ちゃんが近づいてくる。
「アイン、本当にだいじょうぶ?」
「大丈夫だって、姉ちゃん。今からライポも飲むし」
「ライポのむくらいのダメージなんじゃない! アインにそんなことめったにないわ!」
「いや、そりゃそうだけどさ……」
「きゅうけいは?」
……これは有無を言わせぬという感じだ。
「……わかった。休憩入れようか。あ、回復魔法、クールタイム過ぎたらもう一回お願い」
「それって、だいたい半分くらいやられたってこと!? もう! アインってば本当にバカなんだから!」
ぽかぽかと姉ちゃんに叩かれながら、ちょっとだけ理不尽なものを感じつつ、ぷんぷん怒りながらも回復魔法をかけてくれる姉ちゃんがかわいくて和む。
まあ、ゴーレムの攻撃力はそれくらいはある。残念ながら。おれの物理防御、まだ紙同然だしな。旅人の服の防具補正30しかねぇし。
そしてそれは、絶対に姉ちゃんには喰らってほしくない。ダメ絶対。
「……クワドダンツだったら、にげられたのね?」
「ノックバックすれば、な」
トライダンツはノックバック(中)効果だけど、クワドダンツはノックバック(大)効果だ。稼げる隙間時間が違う。
「……がんばるわ」
姉ちゃんが歯を食いしばるような顔をして、そう言った。
本気の顔だった。
……でも、まあ。ノックバックしなかったらどうしても一撃はもらうんだけどな。さっきのも、防御姿勢をとれただけかなりマシだ。ノックバックしなかったら防御する前にやられてる。
アイアンゴーレム……通称『テツコ』は、さらに格上で、しかも、今回はボス扱いのためHPがかなり高いはず。クワドラプルはノックバックありきの連続技だから、ノックバック耐性のあるモンスターにはなかなか厳しい。
しかし、なんでアイアイゴーレムだけ通称が女性扱いなんかな?
とりあえず、姉ちゃんがクワドダンツを使えるようになるまでは、真剣勝負は無理だろうな。
休憩を終えて、先へ進もうとしたら、そこにまたロックゴーレム・・・ガンゴが現れた。
ランダムエンカウンターはこれが面倒だな。
しょうがないので、もう一度戦う。
今度は、カッターでノックバックなし。その代わりに姉ちゃんのトライダンツでノックバックしたので、そのまま一時離脱。
一度ガンゴをおびき寄せてから、姉ちゃんと左右二手に分かれて大きくガンゴを迂回して反対側へと逃げる。
そこで仕切り直して、カッターでガンゴを沈めた。姉ちゃんのトライダンツの出番はなく、ちなみにドロップもなし。カッター2発でガンゴは狩れるってわかったのはよかった。
たぶん、おれはまだだけど、姉ちゃんはレベルアップをしてるはず。この参道をクリアしないと余裕がなくてSPを量れないから確認できない。あせりそうになるけど、あせるな、おれ。
さらに先へと進む。参道は左へカーブしながら、もはやおなじみの広いスペースでゴーレムがお待ちかねだ。
ストーンゴーレム1体。複数になるかと思ったけど、1体だった。
姉ちゃんがトライダンツからの技後硬直が解けてザルツラ、おれもザルツラで、そこから弱点狙いのソルマをおでこに1発。たぶん弱点即死か、ソルマの即死効果だと思う。
前にイシゴを倒した時は、ソルマの後にソルミも使ったからな。ソルミの分がいらないってことは、即死だろ?
まさかの銀の延べ板ドロップ! さすが太陽神系魔法のドロップ率アップ効果!
意外ともうかりそうな気もするけど、0か100かみたいなドロップだから、たまの幸運を喜ぶべきだろうな。
参道はまだ左へとカーブして、広いスペースへ。今度はサンドゴーレム3体。
まあ、これも特に問題なし。
サンゴ1はトライダンツとトライデルで、サンゴ2と3はそれぞれザルツラとザルツリで狩っておしまい。残念ながらドロップはなし。
休憩するとまたロックゴーレム……ガンゴが出そうなので、そのまま進む。
参道は右へのカーブに変化して、そのカーブの途中でロックゴーレムが出た。
「ここで出るか……」
「さっきとちがって、とおりぬけられないわ」
「姉ちゃんはトライダンツを一発決めて。おれはツインで倒せるか、試してみる」
そう言って、銅のつるぎをかまえて待機。
姉ちゃんがトライダンツで矢を放つ。ガンゴがノックバックした。うーん、このタイミングでのラッキーはひょっとしてアンラッキー?
「もっかい準備して」
「……わかったわ」
技後硬直が解けた姉ちゃんがトライダンツを準備する。今は姉ちゃんがタゲ取りしてる。おれは3秒目のダンツの光を確認すると前進しながら予備動作を始める。
銅のつるぎでスラッシュを発動させて左、右と2連撃! そのまま頭上へ振り上げ……ようとしたところで銅のつるぎがキラキラと粉々エフェクトとともに消えていく。
うっそ~~~っっ……。
中途半端な姿勢のまま、おれは技後硬直に入る。スラッシュの技後硬直は2秒! 2秒って!
姉ちゃんが慌てて矢を放つけど、カウントが足りずにダンツ止まり。運よくガンゴはノックバックしたけど、ダンツだとノックバック(小)効果しかない!
元の体勢に戻ったロックゴーレムの一撃をそのまま受ける。そして、技後硬直が解けてすぐに両腕をクロスさせる防御姿勢をとりながらバックステップする。
二撃目も喰らったけど、防御姿勢は間に合った。でも、旅人の服がエフェクトとともに消えて、今までのいつもの服になる。ポッケにライポとか仕込んでなくてよかった。
「アインっ!」
姉ちゃんが槍を拾って突進してくる!
「ダメだっ! 下がれ! 姉ちゃんっっ!」
言うこと聞いて! お願いだから言うこと聞いて姉ちゃんっっ!!
しかし、姉ちゃんは止まらず、槍スラッシュをガンゴに喰らわせる。
おれはタッパ操作で銅のつるぎを準備して、すぐにカッターの予備動作に入る。
姉ちゃんがスラッシュから連続させて槍カッターによる槍でのツインをぶちかます。
……残念ながら筋力のステ値と熟練度の関係で、姉ちゃんの槍ツインじゃほとんどダメージはないんだよな。
しかも、槍カッターのノックバックなし。ガンゴが腕を振り上げて、姉ちゃんに振り下ろす。
ぎりぎり、姉ちゃんが直撃を受ける直前に、おれの剣カッターが炸裂。
ガンゴは消えて、なくなった。ドロップもなし。
「……アイン、だいじょうぶ?」
技後硬直が解けた姉ちゃんがおれを振り返る。
その心配そうな顔に、心がぐさっと刺されるような気持ちになる。言いたくないけど、言わなきゃダメだ。
「……姉ちゃん。あの場面は回復魔法だよ。せめて風魔法! あんな風に飛び出したら全滅しちゃうからな!」
「でも、アイン……」
「でも、じゃねぇよ、姉ちゃん。おれのカッターが間に合わなかったら、姉ちゃん死んでたぞ!」
……ホントは、たぶん、ぎりぎりセーフぐらいだと思うけど。ここは盛っとく。こういう時は盛っておくんだ!
……あ、姉ちゃん、歯ぁ食いしばって、目に涙ためてる。
いや、いかん!
ここで折れてはいかんのでごわす!
「相手が手強いからこそ冷静に! 緊急事態ほど冷静に! これ、大事だからな!」
「だって……だって……」
「姉ちゃんよりおれの方が強い! だからおれが前衛で姉ちゃんは後衛! わかった?!」
「わ、わかってるわ……わかってるけど、でも……」
……目から涙があふれてるじゃん。
おれだって泣きたいよ、姉ちゃん。
「姉ちゃんは飛び出して危険、おれは回復してもらえなくて危険、さっきのは滅茶苦茶危ない状況だったからな。ホントにわかってる?」
「ううぅ……ぐすっ……」
くすん、ぐすん、と姉ちゃんが泣き出した。
……もうこれ以上は何も言えねぇ。
おれは銅のつるぎを収納して、姉ちゃんに近づき、ぎゅっと抱きしめる。
「……でも、心配してくれて、ありがと、姉ちゃん」
うわーん、と姉ちゃんが大きく泣いた。
フォローしたつもりなのに、もっと泣かれるって、おれ、どうすりゃいいのさ?
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