聖女の伝説(65)



 ダンジョンで時間を潰して移動すれば、馬車止めで待ち伏せしていたマーズたちもいなくなっていたので、そのまま馬車に乗って一度屋敷へと戻る。


 そして、屋敷では姉ちゃん、キハナ、ダフネ、ナルハがドレスに着替えて、夕方からのパーティーに再び学園へと出かける。


 姉ちゃんのエスコートは……おれは護衛であって学生ではないのでダメだということで……唇を噛んで血を流しそうなくらい悔しいけれど、どうしようもないのでエイフォンに任せる。そのためにエイフォンはここに送り込まれたようなものだしな。


 虫よけ。

 そう、あいつは虫よけ。


 そうだ、エイフォンなどしょせんは虫よけに過ぎないのだ。


 ただし、特大の虫がいるんだけどな。


 キハナたちのエスコートも、ケーニヒストル侯爵領出身者で用意されていて、準備はオッケー。


 学園への馬車の出入りは家紋の登録で完璧だ。

 馬車止めでは御者席に同乗していたユーレイナが先に警戒にあたり、おれも中から出ていくとそれに続く。


 エイフォンが先に降りて、姉ちゃんにそっと手を伸ばす。


 ……認めたくないものだな。若さゆえに同じ学年になれないということなど。ぐむむむ、生粋の貴族というものを見せつけられてる気がする。ちくせう。所作は優雅でさすがはイケメン伯爵令息。手袋越しとはいえ、姉ちゃんに触れてやがる。


 馬車から降りたら、角度をぴしっと決めた腕に、姉ちゃんがすっと手を添える。


 歩くペースも見事に姉ちゃんに合わせてやがる。


 ケーニヒストルータで軟禁されてたくせにぃぃぃっっ!!


 ……いや、そんなことでエイフォンを否定したらダメだってのはわかってんだけどな。エイフォンが軟禁されてんのはおれがケーニヒストルータまで連れてったからだし。本人が納得した上だとはいっても、おれのせいだとは思う。


 でもさ。

 エイフォンって、姉ちゃんにホレてんじゃね? とか思わされることがあるんだよ。


 あ、いや、姉ちゃんとは、誰ともダンスは踊らないって約束はおれとしてんだけどな。エイフォンは知らないけど。教えてないけど。

 エイフォンが誘っても姉ちゃんに拒否られるはずだけど。

 そん時ちょっとくらいざまみろとか思ったりするとは思うけどな。思うけども!


 と、そんな時、脳筋王子が登場したのだ。


「聖女のエスコートはオレに任せろ。聖女には聖騎士の腕が似合う」


 突然やってきて傲慢にそんなことを言う脳筋マーズ。


 エイフォンと姉ちゃんは一度その場に立ち止まる。


「……ご無沙汰しております、第三王子殿下。殿下はイエナ殿のエスコートをお望みのようですが、それはケーニヒストル侯爵家との間で、お話があったのでしょうか?」


 そう切り出したのはエイフォンだった。

 第三王子殿下、脳筋マーズが目を細めてエイフォンを見る。


「どこかで会っ……いや、その方、エイフォン・ド・メフィスタルニアか?」

「思い出して頂き、光栄にございます、殿下」


「なぜここに? いや、メフィスタルニアで……」

「生き延びて、ケーニヒストル侯爵家の庇護下にありました。殿下には私の話が伝わっていなかったようでございますね」


「いや、あの事件をその方が生き延びたと知って、嬉しく思うぞ、エイフォン。して、この夜会の聖女のエスコートだが……」

「ケーニヒストル侯爵閣下より、私に正式な依頼があったエスコートにございますが、殿下にはどちらからイエナ殿のエスコートの依頼がありましたので?」


 余裕の笑みで脳筋王子に笑いかけるエイフォン。

 顔をしかめる脳筋マーズにこれっぽっちも怯まない。


「い、いや、エスコートの依頼を受けた訳ではない。この夜会は、学園に入学した者だけが参加するため、なかなかエスコート相手も見つからぬと聞いて、聖女を一人にするまいと考えたまでだ」


 脳筋マーズが言う通り、実はこの新入生歓迎パーティーは、なかなかエスコート相手が見つからないのがフツーだ。


 だから、女子生徒がエスコートもなく、そのまま一人で参加する姿も珍しくないという。

 そもそも、平民が参加する場合、エスコートなどという儀礼的なものは知らないことすらあるという。

 実際、ヴィクトリアさんの護衛騎士であるビュルテは何も気にせず、一人で女子寮から歩いてホールに向かい、ダンスも踊れないのでたくさん美味しいものを食べたと思い出を語ってくれたことがある。


「では、お先に失礼致します、殿下」


 これまた余裕の一礼で、エイフォンと姉ちゃんは脳筋マーズの横を通り抜けていく。


 通りすがりに姉ちゃんはにこりとマーズに微笑みかけていた。

 言葉は一言もかけなかったけどな。


 さらにはケーニヒストル侯爵領のメンバーが男女ペアで姉ちゃんたちに続いてホールへと向かっていく。


 シルバーダンディは、きちんと男女比をそろえて、ケーニヒストル侯爵領関係者が必ずペアでパーティーに出席できるように手配していたのだ。


 ひょっとしたら脳筋マーズのこういう絡みも予想していたのかもしれない。


 シルバーダンディ、領地の内政はてんでダメな感じだけど、外交には強いんだよな。こないだも教皇から減税を引き出してたし。

 強気な姿勢が内政だと空回りしてしまうけど、外交だと相手にとって手強い感じになるのかもな。


 脳筋マーズの舌打ちが聞こえてきたけど、ここはエイフォンの一本勝ちだった。

 そのエイフォンを差し向けたのがシルバーダンディ。うん。なかなかやるな、あのオヤジ。


 それよりも気になるのは脳筋マーズのおっさん護衛騎士。あのイケオジ護衛騎士、なんと姉ちゃんの鑑定でレベル17もあったらしい。

 ダンジョン後の屋敷に戻る馬車ん中で「フェルエラ村以外では見ない数字だわ」と言っていたから、間違いないのだろう。

 ひょっとしたらトリコロニアナ王国でも最強の騎士なのかもしれん。


 脳筋なんかに付けてていいんだろうか、とそんなことを思ってしまう。それとも、おれが考えているより、トリコロニアナの騎士は強いんだろうか? メフィスタルニア奪還作戦で全滅したという話しか聞かないんだけどな?


 もし、この護衛騎士が飛びぬけて強いのだとしたら。


 それを脳筋マーズに付けてることすら、何かの企みなのかもしれないと思うのは、考え過ぎなんだろうか?


 ……まあ、どんな企みも粉砕するんだけどな。


 姉ちゃんが!





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