光魔法の伝説(23)



 宿のガイウスさんが借りているあの部屋にて。

 おれと姉ちゃんの前に両膝をついて土下座状態となったハラグロ商会の4人の奴隷職員。


「おれは! おれは! 一生! 一生オーナーについていきます!」

「こんな、こんなことがあるなんて……」

「き、奇跡が起きた……」

「伝説の冒険商人カルモーと同じ、あの御業が……」


 ……いや、なんでここまで? 奴隷にした連中は商会を裏切らないって聞いたからちょっとやってみようと思っただけだったんだけどな?


「と、とりあえず。今回の遺跡でのことは全て秘密にすること。身につけた御業については商会のために使うこと」

「はいっっ!」


 ……やっちまったーーーーーっっっ!


 こうなったのは、地下墓所ダンジョン『聖者が護るカタコンベ』攻略開始から11日目のことだった。






 いずれ、魔族が魔物を率いて侵攻してくれば、トリコロニアナ王国は多くの村や町を陥とされ、いくつかの城塞都市が点々と残るのみとなる。メフィスタルニアは死霊に満ちた死霊都市になるし、王都もいずれは占領される。


 そうなったら流通網など、維持できるはずがない。


 だから先んじて、ハラグロ商会には究極の流通手段を持っておいてもらおうと考えた。


 つまり、商業神系特殊魔法中級スキル・リタウニングを身につけて、使えるようにしようとしたんだけどな。


 そもそもこのへんの人は、だいたいがレベル5止まり。そういう程度のモンスターしかいないから。


 商業神系スキル持ちならボックスミッツ止まりで、しかも戦うスキルは持たないので、それ以上にするのがきわめて難しい。


 だったら養殖すればいい。

 要するに、パワーレベリングだ。


 洗礼を受けたジョブスキルによって魔法スキルを持つ者はスキル使用可能レベルになり、必要MPが足りれば新たな魔法スキルが使えるようになる。呪文などは必要ないが、呪文を唱える時の2倍の消費MPとなる詠唱省略での使用となる。


 だから、リタウニングが身につくレベル15、MPが足りるレベル16まで、なんとかすればいい。

 そう考えていた。


 地下遺跡に入れるようになって11日目。

 ガイウスさんに頼んでいた裏切ることができない奴隷職員4名がメフィスタルニアに到着。


 リポップタイムは5日と判明していたので、1層のパワドゾンビとハイグールがリポップしているはずなので、すぐに連れて出かけて、地下墓所ダンジョン『聖者が護るカタコンベ』へとパーティーとして渦へ突入した。


「新しい御業を覚えたら、一声かけてくださいね」

「は、はい……」

「こ、こんなところに、魔物が……」

「だ、大丈夫なんでしょうか?」

「こ、怖い……」


 ビビる奴隷職員たち。

 いやその、ほとんど説明もなく連れ出してしまったからな。


「大丈夫です。ここの魔物は動きが遅いので、途中の十字路で矢を放つだけで、後はおれたちが魔物を処理しますから」

「お、オーナーが強いというの話は、ガイウスさんから聞いてはいるんですが……」

「とにかく、行きますよ!」

「は、はいっ」


 そうやって、パワーレベリングが始まった。


 十字路で、奴隷職員たちが矢を放ち、パワドゾンビとハイグールが動き出す。

 十字路は4つ。


 おれと姉ちゃんは、初日と違って、既に4つの十字路の全てのパワドゾンビとハイグールを集めて、それを処理することに慣れていた。慣れとは怖ろしい……。


 だから、深く考えていなかった。


 たかがレベル5の人たちが。


 安全マージンレベル5で戦うモンスターはバンビやフォレボなんかのHP20クラスだってことは知ってたのに。


 そんな人たちをHP5000クラスのモンスターおよそ100体を巻き込む戦闘でパワーレベリングしたらどうなるのか。


 適正レベル35のダンジョンとは何かということを。

 考えたらわかることを、うっかり考えなかったのだと。


 もちろん、レベル5で戦闘系のスキルがない人たちの安全は最優先なので、おれと姉ちゃんがどのように戦ってもその秘密が守れる奴隷職員だけを集めていたし、この時のおれと姉ちゃんは安全のためにも戦いに集中していた。


 そして、最後のパワドゾンビを倒して、奴隷職員たちを振り返り……。


「商業神の御業、覚えられましたか?」と聞いてみた。


「……あ、その」

「なんというか、ですね……」

「オーナー、これは……」

「……私は、2つの御業を覚えたようなのです、けど?」

「おまえもか?」

「おれもそうだぞ?」

「私もだ。まさか、4人とも……」


「はあっっ!?」


 4人の奴隷職員が言っている意味が理解できた時。

 おれは、自分がやり過ぎたことを知ったのだ。


 4人の奴隷職員は2つの商業神系特殊魔法スキルを新しく身につけていた。


 予定していたリタウニングと。

 予定していなかった、ボックスマックス。


 ボックスマックスはボックスミッツの上位に位置する上級スキルで。


 習得できるのはレベル25だ。


 4人は一気に20以上、レベルを上げていたのだった。






 ……というワケで、冒頭の状況にあるんだけどな。


「……われら4名。オーナーに忠誠を捧げます」


 4人の奴隷職員の土下座が一層深くなったような気がしたのは、気のせいではない気がする。


「……その忠誠は、ハラグロ商会に捧げてください」

「はっ! この命にかえましても!」


 この4人が後に、『ハラグロ四天王』として活躍することを、おれはまだ知らない。






 地下遺跡の攻略15日目。


 メフィスタルニアにいたハラグロ商会の面々は、二手に分かれて、王都と公都へと移動し、宿屋のスイートルームを引き払った。メフィスタルニアに支店はつくらないのだから、もはやここにいる必要はない。


 みなさんを見送った時に、メフィスタルニアのクレープ屋の人たちが一緒に馬車に乗っていたような気がしたんだけど、おれの気のせいだろうか?


 ちらりと姉ちゃんをみたら、目をそらされた。


 どうやら気のせいではないらしい。


 追及はしないけど、姉ちゃん、何か仕出かしたんじゃねぇかな?






 十分にレベル上げができたと判断したおれは、姉ちゃんと5層の1室へ挑む。


 5層中央通路でパワドゾンビとハイグールを処理して、大量の金貨を回収。

 スタポとマジポを飲んで、目的の部屋の前へ。


「それじゃ、姉ちゃん。作戦通りで」

「わかってるわ。もう、前のあたしとはちがうわ」

「じゃ、確認」

「ええっと……カッターのノックバックなしなら、一げきくらってポーションぶつけて回ふくまほうだったわ。ぶ器がこわれた場合は、カッターなら同じ、それ以外なら回ふくまほうは上級であたしがランツェをからめて、それもノックバックなしなら、一時はなれて回ふくをゆう先?」

「なんで最後疑問なの……。間違ってないから自信持って」

「……もう1回だけ、回ふくまほうのじゅん番を教えて、アイン」


 回復魔法のローテーションは意外と大事だ。うかつな使い回しをすれば、クールタイムの関係で使えないタイミングが出てくる。ヒーラーには必須の知識と言える。

 すでに古き神々の神殿のボスは周回できる相手なので、回復魔法ローテが必要になるような長期戦はやってない。

 テツコのようなゴーレムだと動きが遅すぎなので、長期戦でも一度離脱してから回復魔法を使う余裕がある。


 だが、今回の相手は、ゴーレムに近い堅さを持つが、ホネホネ並みには動ける首なしの騎士、デュラハンだ。

 HPを確認するために一度ボス部屋のドアを開けたが、HPバーが一面を埋め尽くしていた。たぶん初期のHPバー1本100ポイントでは、視界の中のHPバーでは足りてない。

 数えられる分だけで最低でもHP32000以上。上限はどれくらいか、予測で50000~70000くらいだろうと思う。


 姉ちゃんに回復魔法の順番をレクチャーする。


「……いいわ。大丈夫」

「じゃ、行こうか。『われ力溢れる鍛冶神に乞い願う、我らの武具を作り上げるたくましき肉体と漲る力を、トライアト』」


 おれをスキャンするかのように魔法陣が下から上へと通過する。

 鍛冶神系支援魔法上級スキル・トライアトだ。筋力3倍で、攻撃力の底上げが完了。


 ドアを開けて、ボス部屋に突入する。


 ボス部屋の中心のやや後方に、うっすらと赤い光をまとうフルプレートアーマーが立っている。ただし、首なし。

 いや、首から上は、左手で抱えたかぶとの中に頭蓋骨となって存在し、そのくぼんだ眼窩が赤く光る。


 ……というのはおれの過去のゲームプレーの記憶によるもので、現在おれの視界はHPバーによる大幅な妨害を受けている。


 うっすらとした赤い光は見えるし、その位置は掴めそうなので、とにかくそこに向けて攻撃を加えていき、できるだけHPバーを削って空欄にして視界を確保していくしかない。


『トライマナイス』


 姉ちゃんが月の女神系支援魔法上級スキル・トライマナイスでおれを月の光で包み、おれの魔力が3倍となる。ただし120秒間だ。


『ソルマ』

『ソルミ』

『ソルハン』

『ソルハ』


 少しずつ接近しながら、今使える太陽神系魔法スキルを4つ全てぶちかます。弱点属性の光なので、右端からガンガンHPバーが削れて空欄の枠だけが残っていく。


 ダメージが入ったうっすらと赤い光がおれへと一歩足を動かす。タゲ取りはできた。


 おれは一度、ボス部屋の隅の方へと走ってうっすらとした赤い光から距離をとり、そこから短いステップの助走で飛び込み、手をついてロンダート、後ろ向きになってバク転からの後方宙返り1回半ひねりの猛烈な回転の中、タッパ操作でミスリルソードを装備し、カッターの予備動作を合わせる。

 モブ相手に何度も練習して、できるようにしておいて良かった。ミスリルソードはいつもの青白い光をまとう。


 攻撃力5倍の体術系上級スキル・ガンバフライと攻撃力2倍の剣術系初級スキル・カッターの合わせ技。防御力無視でダメージが入る追加消費SPは使わない。筋力3倍のトライアトと合わせて、恐るべき1撃となるからだ。


 衝撃とともにHPバーが吹き飛んでいく。視界の右半分はクリアになりつつある。デュラハンの左手が抱えるかぶとをかぶった頭蓋骨がはっきりと見えた。


 だが、さすがはダンジョンボスのデュラハン。ゴーレムと同じノックバック耐性持ちだ。


 一気にHPバーを削ったカッターの1撃でも、ノックバックなし。

 右手で剣を振るい、技後硬直中のおれは1撃、喰らう。


『レラシ』


 姉ちゃんから月の女神系単体型回復魔法中級スキル・レラシの光が飛んで、おれのHPを回復させる。


 2撃目をもらう前に、技後硬直が解けたおれは後退し、旅人の服のポッケから特上ライポを取り出して頭から振りかける。これでさっきのダメージはほぼ問題ない。


 スキル攻撃ではなく、通常攻撃なら、2撃は耐えられる。スキル攻撃でも、攻撃力2倍のカッターならぎりぎりセーフだろう。


 まあ、すばやさはおれが上だ。こっちが先制するんだから、デュラハンのスキル攻撃を喰らうことはあまりない。


 問題は回復魔法によるタゲ取りのリセットとタゲ変。今、デュラハンは姉ちゃんに左手に持つ頭蓋骨の視線を向けた。


 そのタゲ変も合わせて作戦だけどな。


 おれは姉ちゃんへと足を踏み出したデュラハンにスラッシュ+カッターの連続技ツインを仕掛ける。


 青白い光をまとったミスリルソードの左右2連撃がデュラハンの左腕をとらえ、再びデュラハンがおれへと意識を向ける。


 その次の瞬間には振り上げたミスリルソードが青白い光をまとい、おれはそのまま青白く輝くミスリルソードをデュラハンの胸部へと振り下ろす。


 またしてもノックバックを取れず。


 技後硬直中に、おれの方を向いたデュラハンが右手の剣を左から右へと動かし、さらにそれを頭部はそこにないけど、頭上へと振り上げ、デュラハンの剣が赤黒い光をまとう。

 剣術系初級スキル・カッターだ。


 予備動作の分、振り下ろしと同時に技後硬直が解け、慌てて防御姿勢をとる。


 ぎりぎり間に合った防御で攻撃力2倍のカッターを受け、おれは後ろへとノックバックで弾かれる。

 モンスターならノックバック前の元の位置へと戻ろうとするが、そこはプレーヤー。弾かれた勢いのまま、バックステップ。


 技後硬直が解けたデュラハンの追撃は空を切った。


『レラサ』


 おれがポッケから出した2本目と3本目の特上ライポを同時に頭から浴びていると、姉ちゃんから月の女神系単体型回復魔法初級スキル・レラサの光が飛んでくる。


 デュラハンは回復魔法によるタゲ変で姉ちゃんへと意識を向ける。その隙におれはストレージから特上ライポを3本取り出して、旅人の服のポッケに入れる。


 デュラハンは姉ちゃんへと1歩、2歩と移動していくが、さっきまでの攻防で姉ちゃんまでは遠い。


 おれはすぐに追いかけ、追いついて、再度、連続技ツインを仕掛ける。


 しかし、青白い光をまとったミスリルソードが、左右の2連撃をデュラハンにぶちかましてタゲ取りしたと同時に、崩壊して消えていく。


 ここで武器が壊れちまうかっ!


 厳しいけれど、想定内の状況ではある。ただし、スラッシュの技後硬直は2秒。カッターよりも1秒長い。


 まずは1撃。デュラハンの剣の一振りを喰らう。


 続けて2撃目……と覚悟していたところで、姉ちゃんの槍ランツェがデュラハンを吹っ飛ばした。ノックバック(大)効果! めっちゃ助かった!


 デュラハンはノックバック前の位置に戻ろうと動き、おれは技後硬直が解けて距離を取る。まだタゲ取りはおれの方だ。


『ソルハ』

『ソルマ』


 太陽神系魔法で攻撃しつつ、さっき補充したばかりの特上ライポを自分の頭にかける。


 デュラハンが後退したおれを追ってくる。


『レラス』


 姉ちゃんが月の女神系単体型回復魔法上級スキル・レラスをおれにかけた。


 デュラハンはおれへと踏み出した足を1歩で止めて、すぐに姉ちゃんへと向き直る。さすがは回復魔法上級スキル。タゲ変の意識が段違いに高い。


 ちょっとだけ太陽神系魔法を遅らせとけばよかったな、と思いつつ、おれに背を向けたデュラハンへとおれは迫る。


 タッパ操作で予備のミスリルソードを装備して、連続技ツインをぶちかます。


 ノックバック(中)効果で、一歩半ほどバランスを崩したデュラハンが元の位置へと戻り、おれへと視線を移す。その視線は左手に抱えられた頭蓋骨から向けられてるけどな。


 視界の中で見える範囲のHPバーは全部削れた。視界は空になったHPバーの枠だけなので、ずいぶんと見やすい。助かる。だが、それでも、デュラハンはまだ活動を停止していない。


 まあ、そんなことを気にしながらも、技後硬直が解けると同時に、ノックバックから体勢が戻ったばかりのデュラハンへ追撃。


 連続技のツインを決めたが、今度はノックバックなし。ちくせう。ノックバック耐性がうっとうしいよな。


 技後硬直中なので諦めてはいるが、とりあえずデュラハンから剣で1撃を喰らう。次のレベルアップで耐力が上がりそうな気がする。


 技後硬直が解けて後退しつつ、特上ライポをポッケから取り出す。


『レラサ』


 本当に冷静に戦えるようになった姉ちゃんから、安定の回復魔法の光が飛んでくる。

 姉ちゃんにデュラハンが意識を移す。


『ソルミ』

『ソルハン』


 特上ライポを頭から浴びつつ、太陽神系魔法2発で、再度タゲ取りを済ませる。魔法スキルは次回使用までのクールタイムはあるけど、技後硬直がないからいい。


 ダメージは受けるけど、安定したボス戦を維持できていると思う。レベ上げも安全マージンが確保できるところまでは上げた。絶対に大丈夫だ。こいつのHPバーがあとどんだけあるかわかんねぇけど、絶対に大丈夫なはずだ。


 ツインでスラッシュとカッターをぶちかますが、ノックバックなし。お約束のように1撃喰らって、後退しつつ特上ライポをふりかけ、姉ちゃんからレラシの光をもらう。ここまでに何度も繰り返したことだ。冷静に、このまま崩すな。


『ソルハ』

『ソルマ』


 太陽神系魔法スキルで、再びおれへとタゲ取りしつつ、連続技ツインをデュラハンへと仕掛ける。


 スラッシュの2連撃の後、カッターへとつなげるためにミスリルソードを振り上げようとしたところで、デュラハンが小さな細かい光の粒へと変化し、飛び散っていく。


 1本の剣がドロップして、あとはチリリリリリリーンっと大量の金貨がドロップした。


 おれは大きく息を吐き、近づいてきた姉ちゃんが優しくおれの頭をなでた。ちょっと照れるけど、なでられるままに、なでられておく。


 ドロップした剣はミスリルソードだった。戦闘中に折れたから補充ができたようなもんだよな。






「……これは、大人の人と同じくらいだわ」


 ボス戦終了後、ボス部屋の奥にある聖者イオスラムの像を見つめて、姉ちゃんがそう言った。


 確かに、ここの聖者の像は等身大だ。今のおれたちよりももちろん大きい。

 だけど、おれが見ていたのは像そのものではなく、その腰に佩いた装飾過多な1本の剣。


 ……バッケングラーディアスの剣。


 伝説の鍛冶師バッケングラーディアスがその命をこめて鍛えたとされる、聖者イオスラムの剣。


 武器補正は700と、武器補正が4ケタになる太陽神のつるぎとかよりは少し落ちるけど、このバッケングラーディアスの剣にはこの世で唯一の特殊効果がある。


 それは自己修復機能という名の元に耐久値が決して0にならないという特殊効果、つまり、この世界で唯一の、壊れることがない武器、であること。


 これさえ手に入れれば、ゴーレムのような武器の耐久値をやたらと削るモブなど、気にすることなく戦えるようになる。戦闘中にどこかで武器が壊れて消えていくことを心配する必要がなくなる。


 そして、今の段階であれば、武器補正700というのは破格の数値である。


 おれは聖者の像の腰から、バッケングラーディアスの剣を外して、手にする。


「え? それ、持って帰るの?」

「そうだよ、姉ちゃん。何のためにわざわざここのデュラハンと戦ったと思ってんのさ?」

「……強くなる、ため?」

「強い武器を手に入れるのも、強くなるためだからな」

「……なるほど」

「こいつがあれば、古き神々の神殿でのボス周回に、テツコも混ぜて思う存分狩れる!」

「……アインってば、本当にバカよね」


 もう、しょうがない子だわ、と言いながら、姉ちゃんはため息を吐きつつ、おれの頭をなでていた。






「そういえば、ここのダンジョン、真ん中の大きな通路で戦ってきたけど、脇道にはほとんど入ってないわ?」

「ああ、それは……」


 このダンジョン、『聖者が護るカタコンベ』では、各階層に太めの中央通路があり、その中央通路には4つの十字路があって、8本の脇道がある。


 脇道にはパワドゾンビやハイグールがひしめいているけど、中央通路にはモンスターがいない。

 だから中央通路に集めてバリケードを設置し、貫通型のスキルである太陽神系魔法や、剣術系や槍術系のランツェを使って一網打尽にしていくことで経験値を効率よく稼げる。


 また、脇道の先にある部屋は、そのいくつかがモンスター部屋という罠にはなっているんだけど、ほとんどの部屋はただの空き部屋になっている。


 それを知っていたから、わざわざ必要のない部屋へと進むことはなかったのだ。


「……他の部屋は、何もないとは思うんだよな」


 1層には8部屋あって、そのうちのひとつがパワドゾンビのモンスター部屋だ。その奥の両開きの扉を開けて進めば2層のハイグールのモンスター部屋に落とされる。落ちないようにして、弓術系のスキル熟練度上げに使ってきた。

 残り7部屋については、これまでまったく手出ししていない。何もないはずだからな。


 2層は9部屋。ひとつはやっぱりパワドゾンビのモンスター部屋で、その奥の両開きの扉はさっき説明したハイグールのモンスター部屋につながっている。やっぱり残りの7部屋は何もないはず。


 3層と4層には、1層と2層にある3連チャンのモンスター部屋と同じ造りの罠部屋があって、ここはわざわざ入ってないけど……やっぱり他の部屋は空っぽのはず。


 最終層である5層は、ここのデュラハンのボス部屋以外は、空っぽ、だったような?


「今はどこの通路にもモンスターはいないはずだわ? まだたしかめてない部屋へ行ってみてもいいと思うけど?」

「……モンスター部屋に当たったらちょっと面倒だよ?」


 他の部屋は空っぽのはずなんだけどな。ちょっと面倒だ。知ってるからって、言いにくいしな。


「なら、マジポとスタポを1本ずつ飲んでから行けばいいわ」


 ……姉ちゃん。ゾンビとグールの臭いに慣れてきて感覚が……嗅覚か? ……麻痺してきたからか、ダンジョン探索に積極的だ。しかも、モンスター部屋だったら殲滅すればいい、ぐらいに思ってる。


 まあ、どのみち、ここでもじわじわとレベルアップはしにくくなってきた。HP5000クラスの相手でももはや経験値は4あるか、ないかというところ。そろそろ、ここでの狩りも限界だ。

 レベルも上がったので、古き神々の神殿で、それぞれのダンジョンの4層に挑戦して、4層のボス部屋を周回できるようになった方が効率はいいかもしれない。


 いっそ、モンスター部屋を殲滅してちょっとでも経験値と金貨を稼いだ方がいいのか?


 確か、4層と3層のモンスター部屋は残したままだし、2層のハイグールのモンスター部屋も残ってたよな。


「わかったよ、姉ちゃん。行ってみようか」


 おれはそう言って、ストレージから取り出したマジポとスタポをごくごくと飲んだ。





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