木の枝の伝説(18)
今日は村長さん家で手伝いをする日だ。
……ま、それでも大して時間はかからない。1時間ちょっと。
朝の素振り分のSPが自動回復するのにちょうどいいくらいの時間だ。
レベル10になったので、HP、MP、SPの自動回復は30分で1ポイントになった。ちなみにレベル30で20分1ポイント、レベル60で10分1ポイントだな。
おれは村長さんが今日の分の計算をひいひい言いながらやっている隣で、昨日までの5日間分の計算をすらすらさささ~とチェックして、間違いを訂正していく。
この計算チェックから、村の収入が増えていることがよくわかる。
肉にフォレボやバンビの上肉が加わって納入されているし、おれの狩場がかなり安全になったことで果物や薬草の数もかなり増えている。
今日みたいに村長さん家に来た日は、その後にあまり森の奥へは行かずに森の入口の狩場でフォルテボア・シッダールタ・ガンジン7世を除いて一掃するようにしているので、明日と明後日の2日間は村の人たちが森の浅いところに入りやすくなる。
おれは農業神系特殊魔法スキル・ハダッドヌールを使って採集をするけど、この魔法の欠点はそこにあるもっとも価値の高い物を光らせるってことだな……本当は長所のはずだけどな。
おかげで、最高級薬草3種類以外は、たいていワインの材料となるフライセというぶどうみたいな果物が光ってしまい、それ以下の価値のものをハダッドヌールでは見つけられない。
フライセを採り尽せばいいのだろうけど、フライセこのへんでめっちゃすずなりに生えてるからな! 採り尽すなんて無理! 時間かかり過ぎ!
でも、村のおばちゃんたちが森に入ると、フツーに下級薬草のヒダマリソウ、サリイソウ、ポパイソウとか、見つけてくるんだよな。
ああ、ちゃんとあるんだって納得したよ、もう。おれは魔法にばっか頼ってっから、基本がなってねぇんだよな。
今は下級薬草も上級薬草もだいたい覚えたから、おれもおばちゃんたちが入れない森の奥で採取してるけどな。
森の入口の薬草はおばちゃんたちのもの。これ、住み分け。住み分け大事な。
きっかけは村の戦力強化で猟師さんたち3人を鍛え始めたことだったけど、なんか、結果として内政チートが実現してないかな?
徴税官さんから、領主さまのお褒めの言葉を村長さんは伝えられたらしいし? ひょっとして、またおれの神童としての評判がうなぎのぼりなんじゃね?
ま、そんなのもう別にどうでもいいけどな……。
村長さんの計算ミスを見つけては、訂正を入れていく。
最初は、どうせ訂正してくれるならと、村長さんがいい加減な計算をして間違いだらけだったので、一つの紙で5つ以上の間違いがあった場合はもう2度と手伝わないと宣言して、実際に1か月間手伝いをしなかったこともある。
結局、村長さんの平謝りに父ちゃんがおれを諭して、手伝いは再開したけどな。
今、隣で村長さんがひいひい言いながら計算してるのは、おれがいつでも手伝いをやめるということを真剣に受け止めているからだ。
だって、そもそもおれは村長さんの手伝いをボランティアでやってるだけで、何の見返りも得てないしな。
おれが手伝いやめても、おれは何も困らないし、それどころか狩りの時間が増えてアイテムが増えるだけだし?
「そんちょーさん、これ、いちまいで3かしょまちがってましたよ。きをつけましょうね」
「ひいいっっ!」
村長さんが慌てておれからその紙をひったくる。
どこだどこだと必死で間違いを確認しているのがなんかおもしろい。
「こんど5かしょのまちがいがあったら、ぼく、ほんとにもうきませんからね」
「わ、わかっておる。だ、大丈夫じゃからの、心配はいらぬ」
こくこくこくこくと村長さんがすごい速さでうなずいている。
「アイン。おしごとはおわった?」
そう言ってシャーリーが村長さんの執務室におぼんを持って入ってくる。
シャーリー7歳! 美幼女ぶりに磨きが加わるとともに、シャーリーのお母さんである美しいおねいさまのお手伝いを頑張っている。相変わらず料理の特訓中らしい。
「きょうはたまごさんどをつくってみたの、あじみぶんだけで、すくないんだけど」
「ありがとうシャーリー」
おれはにっこりほほ笑む。シャーリーも微笑む。
ああ、ほっこり。
シャーリーのいれてくれたお茶とタマゴサンドをいただき、村長さん家を後にする。
そのまま小川へ向かう。
そこではズッカとティロが待っている。
「きょうこそ、おれがかつ!」とズッカ。
「よろしくね、アイン」とティロ。
この雪解けから、ズッカだけでなく、ティロも木の枝を振り回してかかってくるようになった。
もちろん、すでに群れイヌの6頭相手とか、ディアと取り巻きのバンビ3頭とかを多対一で相手にして戦っているので、ズッカとティロの二人がかりなんて、どうということもない。
ズッカ、ティロの順に小川に蹴り落として、手を振って別れる。ティロは小川の中から手を振りかえしてくれるんだけどな。ズッカはいっつも真っ赤な顔してにらんでくるんだよな。
ま、相手にするのも5日に一度。
同年代の友達も少しは、な!
森の入口、一番端の狩場で、タッパを確認して、カウントダウンタイマーを設定。
30分以内に、16頭を狩り尽す。残すのはフォルテボア・シッダールタ・ガンジン7世だけだ。
タイマーをスタートして駆け出す。
見つけたバンビは敵対判定前に逃げようとするけど、そのまま追い詰めてカッターで一撃。
あえてジグザグに木と木の間を駆け抜ける。レベルアップ時のすばやさ上昇を期待して。
無駄な移動距離をそうやって追加しながら、次々とモンスターを狩る。
フォレボはスキル発動エフェクトを出したまま近づき、敵対判定が出たら突進前に消し去る。
フォルテボア・シッダールタ・ガンジン7世だけは逃げても追わない。
途中で鍛冶神系特殊魔法初級スキル・メンテシュシュを唱えて、木の枝オーファイブセブンティの耐久をある程度回復させる。
それでも折れて、木の枝オーファイブセブンティを投げ捨て、タッパ操作で木の枝オーファイブセブンティワンに持ち替えて戦いを継続する。
10頭をカッターで、5頭をスラッシュで、木の枝オーファイブセブンティが折れたタイミングは体術系中級スキル・タイケンで1頭狩って、残り時間は8分32秒。
「レベル11になった時、20分切れるくらい、すばやさがほしいんだけどな……」
フォレボとバンビを合わせて16頭狩るのに21分28秒。
消費した木の枝は、今日は運良く1本。ま、それに関してはストレージん中にまだ800本以上あるので気にはしてないけどな。
あとは、フォルテボア・シッダールタ・ガンジン7世を相手に、『ネンブツ』を唱える。
中級スキルのクールタイムは10秒あるので、初級スキルの時よりも待ち時間が必要なのでちょいとだけ面倒ではあるな。
残りSP5で、ボックスミッツを使い、フォルテボア・シッダールタ・ガンジン7世の目の色が戻るまでその突進をかわしながら、ストレージからボックスミッツへ、ボックスミッツからストレージへとアイテムを移動させ続ける。
そして、のんびり村へと戻る。
……フォレボもバンビも群れイヌも上がるのは熟練度だけで経験値は0。
リポップまで1か月のディアが経験値1だから年間経験値12、2カ月のクソアスが2で年間経験値12、合わせてたったの24か。10年かけてもこの経験値じゃレベル11にはならないよな。
やっぱ、クソアスの狩場よりも、もっと奥にまで踏み込まないとダメだよな?
あー、ウェルカム経験値ボーナスイベント!
その日の帰り道、おれはそんなことを考えながら歩いていたのだった。
翌日。
おれはリポップ待ちの狩場を通過するように森の奥へと進み、どうしても避けられないアクティブモンスターの群れイヌの狩場だけは一度狩って、クソアスの狩場へとやってきた。
たまたま群れイヌが3頭だったのは幸運だった。ここまでMPもSPもほとんど消費していない。
ここから先に続く奥の奥の森は未踏地帯だ。
頭の中で計算して、折り返すタイミングを時間と、消費MP、消費SPで設定して、自分の安全マージンを決めていく。
ゲームのはじまりの村では、フィールドボスであるフォルテベアス、通称『クソアス』の狩場の奥には2回目以降のプレイで侵入できるようになり、経験値効率はそれほどでもないが、たくさん狩れる通称『イエモン』、ファミリーモンキーが大きな群れで現れる。
ひとつのリポップポイント……狩場で最低7頭から最大10頭という数を相手にしなければならないので面倒だが、ゲームでは範囲攻撃魔法でガンガン狩って経験値を稼ぐ。
うちの村の近くも、モンスターの配置は、ゲームのはじまりの村の周辺とよく似ているので、この先でイエモンを狩れるのなら、今よりもレベルを上げられるかな、とか思ったので、ここまで来た。
クソアスのリポップはまだ先のこと。
二か月に一度というのはかなり待ち遠しい。
だからこそ、この先に期待をしたい。
ただし、想定よりも強いモンスターがいたら……困る。困るな。めっちゃ困るよな。レベル10で相手にできなさそうなモンスターがアクティブだったりしたら最悪だしな。
ごくり、とつばを飲み込み、一歩を踏み出す。
未踏地帯へ……。
……とまあ、そんなことを考えていたこともありました、と。
いや、その、なんていうか。
奥地にビビりながら入ったんだけどな?
何も出なかったんだよな。
折り返すことも考えて、探索したのはだいたい狩場を3つ分くらいだと思うけど、その間にエンカウント0だ。0だな。完全なる0だ。はるかなる0だ。0の奇跡だ。
とりあえずめっちゃ薬草は採取しておいたけどな。薬草って意味ではありがたかったけどな。
予定と違って、MP消費もSP消もないから、戻ってフォルテボア・シッダールタ・ガンジン7世で『ネンブツ』したしな。
火の神系範囲型攻撃魔法中級スキル・ヒエンアイラセが発動してフォルテボア・シッダールタ・ガンジン7世をしとめちまったしな。なんまいだぶ。
明日リポップするフォレボを1頭、フォルテボア・シッダールタ・ガンジン8世として命名しないとな。
とにかく森の奥の奥にはモンスターがいなかった。
これが単なるセーフゾーンなのか、それとも異常事態なのか。
何日か、踏み込んでは調査をしたけど、とにかくモンスターは姿を見せなかったのだった。
おかげで大量の薬草を手に入れたけどな!
今日は、クソアス……村では大熊と呼ばれるボスモンスター、フォルテベアスのリポップ予定日。
前回のような、村の近くにまでクソアスが来るというのは困るので、あれ以来ずっと、毎回リポップしたらおれが狩っている。
ところが、今回はバルドさんたちがやらせてほしいと訴えてきた。五日前の狩りで、群れイヌ……フォルテウルフを3頭、割とあっさり狩れたのがどうも自信になったらしい。
意欲はすごいし、ありがたいんだけど、正直、まだ早いと思うんだよな。
まだ勝てないと思うよ、と言っても、一度やらせてくれの一点張り。
そこまで言うなら、とおれも折れた。だけど、危険だと思ったら割り込んで倒すということは絶対に譲れないので、その点だけは納得してもらった。
加えて、クソアスまでの道のりについても、自分たちで倒していく、という条件も付けた。
それでもやらせてくれ、という強い意志。
おれはきっちりと見守ることにした。
バルドさんたちはフォレボを合計5頭と、バンビを2頭、自分たちでそつなく狩り、群れイヌの狩場はリポップしていないところをうまく抜けて、親鹿……フォルテディアーとは戦わずに狩場でうまく音を立てながら相手が逃げるのを待って通過し、見事にクソアスのところまでやってきた。
その手際にはおれもかなり驚いた。
「実はいろいろと話し合ったじゃん」とゼルハさん。
みっちり作戦は練ってきたらしい。無理とは思うけど、期待だけはしてみてもいいかもな。
クソアスと向き合うのは大盾を持ったキームさんと、木の盾と銅のつるぎを持ったバルドさん。ゼルハさんは後方から弓で攻撃。
三人それぞれ、一番マシなバランスでのボスアタック。
キームさんが4回、クソアスの攻撃を受け止める間に、バルドさんが一度刺す。その間に3本の矢がゼルハさんによって放たれる。
クソアスのタゲは銅のつるぎを刺してくるバルドさん。ひと刺しで20ダメくらいはある。
キームさんはうまく割り込んで大盾で防御できてると思う。
ゼルハさんは弓自慢だけあって、命中率は高いんだけど、いかんせんダメージはほとんどない。たぶん1ダメ。
それでも、安定した滑り出しで、互いの役割をきっちりと果たしていく。
限界がきたのは、HPバーを2本削り、3本目の半ばを過ぎたところ。
キームさんの動きが突然鈍り、バルドさんとクソアスの間に割り込めず、バルドさんがなんとか木の盾で受け止めながらも一撃をもらう。
「おかしいじゃん?」とゼルハさんがあせって矢を外す。
その後も、キームさんが動けないまま、バルドさんが必死でクソアスの攻撃を受け止める。
ディレイ……SPが最大SPの2%以下になったら発生する行動遅延だ。
おれが駆け出したタイミングで、バルドさんが一撃喰らって後ろに飛ばされる。ノックバックだ。
クソアスの振り上げた腕が青白く光をまとう。
タッパ操作で木の枝オーファイブエイティトゥを装備したおれは、右左半円と予備動作をしつつクソアスに突っ込み、そのまま剣術系中級スキル・スラッシュ、そしてそこからの初級スキル・カッターという連続技『サワタリ・ツイン』をぶちかます。
粉々になって光って散るボス消滅エフェクトとともに、クソアスの毛皮と特上肉と熊の手が残る。
あの時とはもう違う。
今の熟練度なら、『ツイン』が決まればおれにはもうザコでしかないな。
「……ダメじゃん?」とゼルハさん。
「そういうことは早く教えてくれよー。いきなり動けなくなってびっくりだよー」とキームさん。
「ここにくるまでの狩りでキームを消耗させてたことが原因か……」とバルドさん。
バルドさんとキームさんが特上ライポを飲んで、1時間ほど休憩したくらいで、おれが残りSPによるディレイの発生について説明すると、三人はクソアスの狩場で座り込んだまま、口々にそう言った。
「途中のやり方を変えたとしても、まだ届かないとぼくは思うけど……だから、ぼくがいない時の狩りの制限はきっちり守るように言ってたんだけどね?」
「いや、それは約束通り守ってたが、そういう理由とは知らなかったから」とバルドさん。
「キームはもっと狩ろうって言ってたじゃん」とゼルハさん。
「言ってないよ―! そう言ってたのゼルハだよー!」とキームさん。
言ってたのがどっちでもいいが、なんて危険な考えを!
「ちなみに、0になったら、あん時の父ちゃんみたいに倒れるからね?」
「……」
三人とも、うちの父ちゃんが死にかけたあの戦いを思い出したのか、沈黙した。返事はないけど別にしかばねではないからな。
うちの父ちゃんは結局助かったが、猟師仲間のミックさんは亡くなった。
ミックさんは仲間うちで一番腕のいい猟師さんだったらしい。ザックさんをかばって倒れたと聞いた。もう返事ができないリアルしかばねになってしまったのだ。
クソアスを狩りたいと強く思ったのは、どうやらミックさんの敵討ちの気持ちもあったらしい。
「おれたちにも神々の御業が使えたら……」
しばらく沈黙が続いたあと、バルドさんから漏れた一言は、なんだかとても重かった。
異変が起こったのは、キームさんの回復のために、そこからさらに1時間くらい休んでからのことだった。
それに、おれとゼルハさんが同時に気づいた。
「なんか変じゃん?」とゼルハさん。
「いや、明らかに変ですけど……」
おれとゼルハさんの視線に気づいたバルドさんも、同じ方を見た。
ちなみに、キームさんは昼寝してやがる。こいつ、実は大物だよな?
視線の先、そこにあるのは、なかなか太い幹をした大きな木。
しかし、その木からはみ出すように、何か白いものが見えていた。
「なんだ……あれは……」とバルドさんがつぶやく。
バルドさんとゼルハさんが答えを求めるように、おれの方を見た。
いや、見られてもな? 困るよな?
別におれが何かした訳じゃない。
でも、とりあえず異常事態が発生してるのは間違いない。
……だってあれ、ドレスみたいなスカートのふくらみのようなものにしか見えないもんな。ひらひらしてるし、なんか高級そうな感じはするし。
こんな森の奥に、絶対にあるはずがないもの。ありえないもの。
……上級のアンデッド系モンスターとかかな? バンパイアとか、リッチーとか? あんな衣装のモンスターとかいたかな?
でも、サイズが小さい……おれと同じくらいの、子どもサイズ?
もし、強力なモンスターだったとしたら、かなりまずい状況だろう。
今のところ、動くような気配はない。っていうか、おれたちに見つかってないと思ってるのかな?
「……とりあえず、バルドさんたちは森を出てください。キームさんの状態を考えて、空いてる狩場を抜けるようにしてくださいね」
「……大丈夫なのか、アイン?」
大丈夫かどうかなんて、わかる訳がない。
おれにもよく分からない状況なんだからな。
「どうせ、ぼくに対処できないなら、誰にも対処できませんよ……」
ため息混じりに、おれはそう言った。
「すまん……」
バルドさんのつぶやくような謝罪は、森を吹き抜ける風が起こしたざざざという木々の葉音にかき消された。
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