アインの伝説 ～気づいた時にはもう遅い？ 転生したら滅んだ村の生き残りで、勇者の幼なじみなのになかなか名前を思い出してもらえないという極めつけの脇役だったんだけどさ、どうしたらいいと思う？～

アインの伝説（75）

　あの後。

　ダンジョンを出たらドラゴン様たち3体を前に魔公爵がメイドをお姫さま抱っこしたまま立ち往生していたり。

　みんなでドラゴン様の背に乗って町へと戻ったら、町が一時的に恐慌状態に陥ったり。

　白亜の塔でのおれとナイスミドルなランティパパ魔公爵のやり取りについて知ったわらわっ子がめちゃくちゃ怒って反抗したらナイスミドルなランティパパ魔公爵が哀愁を漂わせながら魔宰相の代わりに業務遂行するようになって宰相府の人たちを困惑させたり。

　講和のために魔公爵とその護衛やら文官やらメイドやらと一緒に王弟公爵の領都へと転移したら、そこで再会した姉ちゃんに苦しいくらい抱きしめられたり。

　あ、これはずっとでもいいんだけどな。いいんだけども。もっと抱きしめてほしいんだけども。

　他の領地にもドラマタ騎士団を連れて行きたいと主張した有頂天勇者レオンを王弟公爵殿下と魔公爵の目の前でぼっこぼこのぼっこぼこに叩きのめしたり。

　ハラグロ四天王のリタフル転移で講和交渉のために集まってきた辺境伯が、どさくさ紛れにシャーリーとおれとの正式な婚約契約書を出してきたと思ったら、おれの辺境伯領への婿入りがこっそり条件に書かれてあってサインできずに破り捨てたり。

　とまあ、本当にいろんなことがありました。

　ハラグロ御三卿はトリコロニアナ王国を離脱、独立してノースロニアナ王国として王弟公爵が初代国王に即位し、ガイアララ執政の魔公爵との間で講和に合意した。

　もちろん、ガイアララの軍勢は事前通告をしてノースロニアナ王国を通過し、トリコロニアナ王国の侵攻を継続。

　ドラマタ騎士団への傭兵代金はハラグロ御三卿で折半することになって辺境伯が少しほっとした顔を見せた。珍しい。ほとんど表情を変えない人なんだけどな。

　ノースロニアナ王国の独立とガイアララとの講和については、ケーニヒストル侯爵がハラグロ商会を通じて各国に周知したので、神聖会議での宣戦布告がありました説が有力となって、ソルレラ神聖国の立場とトリコロニアナ王家の立場がとっても悪い状態になった。

　まあ、作戦通りだけどさ。

　ソルレラ神聖国の聖騎士団は河北へ渡航して、メフィスタルニアへと侵攻。もちろん、惨敗。

　小隊をふたつ、12名を残してあとは全滅した。200人近い聖騎士の命が神の元へと捧げられた。たぶんメフィスタルニアで死霊になってると思うけどな。中には学園での同級生も含まれてるのがやっぱり残念だとは思う。どうしようもないけど。

　生き残った小隊長の一人は懐かしのマーズ元第三王子で、聖都に帰還して聖騎士団のメフィスタルニアでの惨状を報告。

　教皇は再度、聖騎士団を派遣しようとしたけど、ユーグリーク枢機卿が教皇を幽閉して大病だと発表し、大陸同盟という名の小国連合を解散させた。

　裏ではガイウスさんがかなりやらかしてるらしい。教皇が金もないのにハラグロ商会に対して物資を寄越せと言ったらしくて……。

　ガイウスさんが何をしたのかはくわしく聞いてはいない。うん。聞きたくないかな、うん。

　近々、新しい教皇にはユーグリーク枢機卿がなるらしい。

　聖女との関係が良好であること、それとケーニヒストルータ神殿の出身であることが重要視されたという。

　大陸同盟に反対したケーニヒストル侯爵への配慮だろうね。

　トリコロニアナ王国は、ノースロニアナ王国の独立後も、ビエンナーレ・ド・ゼノンゲート侯爵が率いる魔王軍に蹂躙された。

　それでも宣戦布告があったことを国王は認めず、おそらく再起不能なくらい国内を崩壊させた上で、最終的には北部の伯爵領をひとつ、子爵領をふたつ、男爵領を五つ、ガイアララへと割譲することで講和した。

　割譲した領地は魔王軍の侵攻でぼろぼろにされてるから、割譲してもそれほど痛くはないのかもしんないけどな。

　もちろん、トリコロニアナ王国に対して、援軍を出すような国は、ソルレラ神聖国の聖騎士団壊滅以降、ひとつも存在しなかった。

　講和後、トリコロニアナ王国は不安定な内乱状態となって、外縁部の小領地を有する領主貴族が隣国へと領地を差し出して、そっちの国の爵位を受けているようで、トリコロニアナ王国はどんどん国土を減らしている、らしい。

　貴族って、勝手なヤツも多いよなぁ。しょうがないんだろうけど。

　この講和会議において、領地割譲はあっさりと認められたけど、メフィスタルニア問題がめちゃめちゃ紛糾した。

　ガイアララはメフィスタルニア事件に関して、その関与を一貫して否定。

　トリコロニアナ王国はメフィスタルニア事件を魔族の侵攻だと主張。事件発生時点がずいぶんと前であり、宣戦布告あったかなかったか問題とも絡むので、トリコロニアナ側に譲歩の姿勢はない。

　激論は堂々巡りで終わりが見えなかった。

　そこで、鬼族や長耳族がトリコロニアナの使節とともに実際にメフィスタルニアを訪問し、メフィスタルニアの死霊どもが等しく、トリコロニアナの使節も、鬼族も長耳族も、なんの手加減もなく襲ってくるということが証明されて、ガイアララの主張が認められた。

　まあ、この講和の仲介はシルバーダンディ……ケーニヒストル侯爵とユーグリーク枢機卿がやってるしなぁ。基本、宣戦布告あった派ですから。表向き、ユーグリークは神殿勢力なので大陸同盟派とみなされてるけどな。

　そもそも、講和会議なんてものが行われている時点で、宣戦布告はあったと、そう言ってるようなモンだろ。

　そもそも魔物の活性化の被害は大陸全土に広がっているけど、魔王軍に攻められてるのはトリコロニアナ王国だけだという時点で、どれだけトリコロニアナ王家が否定しても無駄だけどさ。

　かつて河北最大の王国だったトリコロニアナの姿はもうない。諸行無常で盛者必衰だわこれ。

　魔物の活性化は、トリコロニアナ王国とガイアララの間で講和が成立した後も、おさまることがなかった。

　魔王タラスバブルが、アンデッドとはいえ、その存在を残した弊害、なのかもしんない。それって、ある意味ではおれのせいでもあるような、ないような？

　でも女神ララさまだって、そういう点については気にしてない。それどころか、魔王の方を心配してるよな？

　でも、そのくらいの方が、人間が強くなるためにはいい環境なんじゃねぇのかな、とは思ってるけどな。思ってるけども。

　その魔王タラスバブル……スバルは、ガイアララの神殿ではなく、闇の女神の古代神殿のダンジョン、白亜の塔に引き籠っている。

　お世話をするガイアララの神官は大変らしい。スバルのやつ、5層を拠点にしてるからな。神官は2層が限界らしくて、それ以上はどうすることもできず、2層にスバルが戻ってくるのをひたすら待ち続けて、出会う機会があればご奉仕するとのこと。

　なんで神殿じゃなくて白亜の塔なのかって？

　それはまあ、なんというか。

　……スバルのやつ、友達いないからな。

　おれが転移できんの、闇の女神の古代神殿だけなんだよ、ガイアララで。

　だから、おれが転移してくんのを待つなら、白亜の塔の方が都合がいいみたいでさ。

　うん。そういうこと。

　ちなみにガイアララの神官さんはおれがやってくるとめっちゃお願いしてくる。スバルを2層まで連れてきてほしいって。まあね。5層はモブがHP10000だからな。フツーに無理だろ。

　魔族と人間で一番有効的な関係？　が築けてるのって、おれと神官さんかもしんない。誤字じゃねぇからな、ワザとだ！

　ビエンナーレの妹、クィンテリエス・ド・ゼノンゲートが無事だということは知らせたんだけど、クィン本人がガイアララへの帰国を希望せずにシャーリーの護衛を継続。ちなみに鬼族であるということはシャーリーに白状した。

　でも、二人の関係は特に変わらずこれまで通りだった。聖都の学園に護衛騎士として出勤。変身の腕輪はつけている。

　時々、聖都でチーズピザとかパンケーキとかクレープとかを食べては、なんで聖都はこんなに高いの～っと愚痴っている、らしい。シャーリーが言ってた。

　仲いいよな、この二人は。おれと神官さんとの有効的な関係と違って友好的だわー。

　ビエンナーレも妹が無事ならそれでいいと、あっさりしたものだった。意外だ。めっちゃシスコンのクセに。ホントは強がってんじゃねぇーか？

　クィンも手紙はハラグロ商会を通じてビエンナーレに届けているらしい。

　余計なことを書いてなければいいけどな。検閲はシャーリーがやってるみたいだから大丈夫だとは思うけど。特に、うちの屋敷での訓練のこととか、できれば漏らさないでほしい。

　わらわっ子……ゼノンローリエス・ブリルランティ・ド・ブラストレイト公爵令嬢は、まだ洗礼前ということもあって、ガイアララにいる……ことになっている。

　実はナイスミドルなランティパパ魔公爵が進めている交流事業で、ノースロニアナ王国のファーノース侯爵領へ頻繁に顔を出している。

　ランティパパ魔公爵は本当は反対してるみたいだけど、わらわっ子の方が積極的に行動してる。反抗期かも？　頑張れランティパパ。

　そして、こっちはお忍びで……つまり変身の腕輪を使って……叔母であるクィンテリエス・ド・ゼノンゲートおねえさまのところにたまに遊びに行っている。それってつまり聖都に行ってるってことなんだけどな。ことなんだけども。

　叔母に会いに行くというよりも、甘い物を食べに行ってるように見えるのはた～ぶ～ん～、気のせいだと思うな。

　ガイアララの宰相府で働く人たちはナイスミドルな魔公爵の機嫌で公爵家の姫が今どこへ行っているのかを判断できるようになってきたらしい。よう知らんけど。

　ガイアララの人たちと人間との間には、とんでもなく高い壁が存在してるのは間違いないんだけど、それを乗り越えないとまた戦争が繰り返されるだけだろう。

　だから、わらわっ子は15歳で洗礼を受けたらソルレラ神聖国の聖都にある学園に留学する、予定だ。わらわっ子本人の意思は固い。めっちゃ固い。びっくりするほど熱くて固い意思があるらしい。

　それは甘い物を食べるためではないはずだ、たぶん。きっと。おそらく。メイビー。

　公爵令嬢のための万全の警備のために、ウチの聖都の屋敷が留学で利用されることだけはすでに決定している。

　なんでだ？　慣れてるから？　確かにクィンのところに来たら、それは要するにウチの聖都の屋敷にやってくるってことなんだけどな。ことなんだけども。

　そして。

　おれは………………。

　……おっす、おれ、アイン。17歳になりました。今は白の新月です。

　あれから……１年と少し、時は流れました、っと。

　ここは懐かしのメフィスタルニア。

　現在のところ、まだ『死霊都市』にてございます。

「レーゲンファイファー伯爵！」

「……そういう呼び方はしないって、話じゃなかったっけ、エイフォン？」

　大きな声で呼びかけてきたエイフォンに向かって、おれは小さな声で答える。

「他のみなさんの手前、そうそう気安くは呼べないから。講和の英雄さまに向かって呼び捨てとか、これだけ見られてる中だとできないに決まってるだろう？」

「やりにくいなぁ……」

　………………あー、まぁ、なんだ。伯爵、に、なりました、と。報告が遅れてすんません。

　ノースロニアナ王国の独立とガイアララとの講和、それに続く、トリコロニアナ王国とガイアララとの講和において、鬼族及び長耳族との融和に努め、講和の実現に尽力したとして、スグワイア国へとケーニヒストル侯爵をはじめ、ノースロニアナ国王、ファーノース侯爵、ガイアララのブラストレイト公爵並びにゼノンゲート侯爵からの推薦状が届きまして。

　義父である大レーゲンファイファー子爵が引退してケーニヒストル侯爵からケーニヒストルータに立派なお屋敷を下賜されて、義父の領地とフェルエラ村近郊の村々を転封することで領地を大きく拡大し、スグワイア国王から伯爵位なんてものを賜ってしまったのでごわす。はい。

「私としては、アインが約束を忘れずにいてくれたことが嬉しいよ」

「いや、約束は忘れちゃダメだろ。でも、悪いとは思ってんだよ、ホント……」

　リアル『死霊都市の解放』がおれとエイフォンの、メフィスタルニア脱出時の契約だった。

　そういう約束でエイフォンはケーニヒストルータへと移動し、シルバーダンディの元で人質となったし、手駒として動かされる立場にもなった。

　だけど、この約束は、ちょっとだけねじ曲げられてしまった。社会情勢の影響ってやつだな。

「ずいぶんと先に行かれてしまったからね。あっという間に伯爵だろう？　ケーニヒストルータの劇場では『竜殺しの英雄』って演目が一番人気らしいね？」

「なんでそんなことになってるんだか……」

「それよりも、本当に感謝してるんだ。あの時の約束そのままではないけれど、メフィスタルニア家の復活はこれで可能になったんだから」

「そう言ってくれると、気が楽になるよ」

　おれとエイフォンは笑い合う。

　エイフォンは城塞都市新メフィスタルニアが完成したら、ソルレラ神聖国、スグワイア国、ノースロニアナ国の承認を得て、メフィスタルニア公国の公王となる。公王ってかっこいいよな。どっかの宇宙戦争を戦うスペースコロニーの支配者みたいで。

　公王は国王なんだけど公爵相当。ま、実質的に国王よりちょい下で公爵のちょい上、みたいな？　そんな感じだ。

　今は公王を名乗ってはいるけど、国際的な承認待ち、という微妙なタイミングではある。

　城塞都市新メフィスタルニアというのは、『死霊都市』となったメフィスタルニアに隣接するように建設中の要塞のこと。もちろんハラグロ商会が工事を請け負ってますけど何か問題でも？

　別名『訓練都市』メフィスタルニア。

　メフィスタルニアを解放すると、現メフィスタルニア伯爵……つまりエイフォンパパがいろいろとうるさいので、なんとかならないかなと考え出した別案。

　魔物の活性化に対応するためには力ある騎士や傭兵……つまりレベルアップが必要なワケで。

　そのレベルアップのための狩場としてメフィスタルニアを解放せずに死霊都市のまま残しておいて、適切な訓練プログラムで各国、各領地の騎士団の強化を図るための訓練場所とする、という。

　もちろん旧メフィスタルニアには死霊がいっぱいで暮らせないから、すぐ隣に新メフィスタルニアを造ってしまおう、と。

　新メフィスタルニアは公王になるエイフォンが私財を投じて建設する。もちろん、融資はハラグロ商会だ。

　だから現メフィスタルニア伯爵には余計なことを言わせない。

　実際に言ってきたけど、それならご自身でメフィスタルニアを奪還されたらよろしいのでは、との一言で何も言い返せなかった。エイフォンパパは今、ほとんど力を持ってないからな。

　これをシルバーダンディとおじいちゃん執事にエイフォンと一緒にプレゼンして、説得に成功。

　そこからファーノース侯爵を通じてノースロニアナ王国を巻き込み、さらにはユーグリーク枢機卿に連絡してソルレラ神聖国にも了解を得た。

　新メフィスタルニアはまだ完成してないけど、実際に訓練体験を受けたケーニヒストル騎士団やファーノース騎士団からの評判はめちゃくちゃいい。

　………………なぜなら懐が温かくなるからな。

　そこは強くなった実感がある、とかじゃねぇのかって？

　いやいや、騎士さんたちにもいろいろと事情があるんだな、コレが。

　銅貨、銀貨、たまに金貨もドロップするというメフィスタルニアの死霊たち。

　騎士寮などで衣食住などの生活面のサポートが充実しているせいか、意外と薄給な騎士さんたちは目の色を変えて『死霊都市』メフィスタルニアの外周道路を駆けまわっていた。

　もちろん、中央広場は立入禁止だ。怖いもの見たさに近づく騎士は後を絶たないけど、それで死んだら自己責任だろ？

　いずれは聖騎士団も訓練にやってくる予定だ。

　まあ、都市にダンジョンを抱えた迷宮都市みたいなイメージかもな。

　少なくとも、スグワイア国とノースロニアナ王国はエイフォンを後押しして、他国よりも先に騎士団の強化を図り、さらには傭兵たちも育てて、自国内の流通網の回復を目指す方針だ。

　ケーニヒストルータにはガイウスさんが創った護衛傭兵ギルドがめっちゃ稼いでるからな。需要はありまくるはず。エイフォン、君は絶対に勝つる。

　……おれはガイウスさんに冒険者ギルド的なイメージを語ったつもりだったけど、確実に利益を取れるところからってガイウスさんは護衛を前面に押し出したんだよなぁ。

「それで、いよいよ明日、やってみるんだね？」

「ああ、そのために最高の戦力はそろえたからな」

　ヤツのリポップは確認済みだ。というか、中央広場からかなり離れていたとしても容易に確認できるデカさだモンな。

　ヤツを倒して、地上部分の死霊を全滅させたら、メフィスタルニアは解放できる、はず。でも、死霊を残してヤツを倒せば、ヤツも含めて死霊たちはリポップする。

　その最終確認として、ヤツ……ジャイアントスケルトンツヴァイシュベールト634号に明日、おれたち『国境なき騎士団』を中心とするメンバーで挑む。

　とはいっても、倒すところまでやるのではなく、役割分担の確認とHPを削るのにどれだけ時間がかかるのかを確認するだけなので、ヤツのHPバーが半分ぐらいになったら撤収する予定だ。

　エイフォンが右の方をちらりと見る。

「本当に、すごい人たちを呼び寄せたね、アイン。あれが噂の『疾風の魔侯爵』ゼノンゲート卿か。あっちが『殲滅の魔公爵』ブラストレイト卿で、それに『突進の勇者』レオン・ド・バラッド男爵をはじめとする、アインのところのみなさん……」

「トリコロニアナ戦線でめちゃくちゃだったらしいな、あの二人。それでも第二王子に幽閉されるまで降伏しなかった前国王は異常だろ」

「何とも言えないよ、それについては……」

　ビエンナーレが『見逃しの魔侯爵』と呼ばれていたのはプレーヤーたちの間でのこと。一般的には『疾風の魔侯爵』の方がどっちかといえば公式の二つ名だ。

　レオンは北部戦線の戦いでレーナの指示を時々はみ出して突出してしまうことが多く、『突進』という二つ名はわかってる人からするとからかい半分なんだけどな。一般的には勇猛果敢なイメージで受け止められてる。何コレ、モテ男補正なのか？

　……ま、そんなワケで、明日のヤツとの勝負は、魔王軍との共同戦線なのだ。

　もちろん友好関係のアピールも含めて。

　そんなおれたちのところに近づく、黒髪ポニテの『創造の女神アトレーの聖女』アラスイエナ・ド・ケーニヒストル、つまり、うちの姉ちゃん。

「こんなところで二人が内緒話？　聞かせてほしいわね？」

「アラスイエナさまも、明日は参加なさるのですね？」

「もちろんですわ、公王陛下。大切な弟の背中は私が必ず守ります」

「アラスイエナさま、どうかエイフォンとお呼び下さいと……」

「あら、婚約の申し込みをお断わりした時にお伝えしましたわ、公王陛下？　そう呼んでほしければアインよりも強くなって下さい、と。そうなれば婚約でもなんでも受け入れますわよ？」

「イエナ義姉さん～？　だからそれは～、一生結婚しないって言ってるのと一緒だよ～」

　姉ちゃんの後ろから声をかけてきたのは『光の聖女』リンネイセラ・ド・レーゲンファイファー、うちの義妹だ。

「『訓練都市』と呼ばれる町の公王陛下ですもの。いつかはきっとアインよりも強くなるわ」

「あはははは～、大変だね～」

「イエナ、いいかげん、弟離れしたらどう？　嫁入り先は数え切れないほどあるんでしょう？　行き遅れなんてみっともないと思うけど」

　姉ちゃんに対して嫁入りなんてとんでもキーワードを遠慮なくはっきりとぶつけられるのはこの世にたった一人。『弓聖』シャーレイリアナ・ド・ファーノース。

　おれと姉ちゃんの幼馴染でおれの婚約者（仮）のシャーリーだ。学園は約１か月前に卒業済み。すぐ後ろに護衛騎士のクィンがいる。

「シャーリー？　私は別に、ずっとアインのそばにいても嫁いびりなんてしないわ？」

「そんな心配はしてません。イエナの嫁入りの心配をしてるの」

「まあ、ただの幼馴染がイエナ義姉さまのお輿入れについて心配をなさるなんて、相変わらず厚かましいお方ですの。少しはお控えになられてはどうですの？」

　そんなシャーリーに真っ向から敵意を全開にしているのは『聖女』ヴィクトリア・ド・ケーニヒストル。エイフォンの元婚約者で、今はおれの婚約者候補……となってるんだけどな、なってるんだけども。

「あら？　側室候補の『聖女』さま？　相変わらずお元気そうで？」

「……レーゲンファイファー伯爵家の筆頭執事から貴方も既に話を聞いたはずですの。慣習法の辺境特例についてはスグワイア国の国法によって、３名の証人を必要とすると定められている、と。私を側室呼ばわりするからには３人目の証人は見つかりましたの？」

「事後法で私とアインの婚約を無効にするなんて横暴は認めませんから！　ファーノース侯爵家からもノースロニアナ国王からも正式に抗議が届いてるはずです！」

　そう言って、シャーリーがおれの左腕を掴む。

　それに対抗してリアさんがおれの右腕を掴む。

「あら、そういえば幼馴染さんは学園を卒業なさったんでしたの。それはそれはおめでとうございますですの。ですけれど、卒業したというのに相変わらず防具のサイズは同じように見えるんですの」

「な、な、何よー、まだまだこれから成長するもん！」

　ああ、誰か。

　なんとかこの二人の争いからおれを救い出してくれ……。

「大丈夫でございます、アインさま」

　そこにさっそうと現れたのはメイド服を着て腰に剣を佩いた一団。

　先頭に立つのは『聖騎士』グロリアレーナ・ド・ゲルバディオ。レーナだ。

　レーゲンファイファー伯爵家が誇る『国境なき騎士団』において最強の部隊である戦闘メイド部隊を率いる隊長であり、伯爵家に仕えるメイドでもある。

「何の心配も要りません。アインさまが誰も選ばなかったとしても、私ども伯爵家の使用人であるメイドが誠心誠意、アインさまに永遠の忠誠と献身を誓っております。正室も側室も、必要ございませんし、もし存在したとしても、お飾りで問題ございませんので」

「レーナ！　貴女という人は本当にどういうつもりですの？」

「正室も側室も必要ないって、そんな訳ないでしょう！？」

「ふっ……アインさまに命を救われた思い出のこの地に立って、私どもがお二方に何の遠慮をする必要がございましょうか」

「何よそれー！」

「私もそれは全く同じですの！」

　……助けにきてくれたんじゃねぇーのかよ。火に油を注いでどーするつもりだ、レーナのやつ。これで明日の634号戦の連携は本当に大丈夫なのかよ？

「……あの子の思い人はずいぶん女性に人気があるようだな、義兄上？」

「あんなヤツにランティは絶対にやらんぞ……」

「ふむ。公爵として、執政官として、これからの融和の時代には、あの子にとって最高の相手だと言っていたと記憶しているのだが？」

「あれを見てランティを送り出せると思うのか！？」

「彼の強さはあの子を守る最高の盾だと思うのだが……」

　さっきからビエンナーレとナイスミドルな魔公爵がこっちを見て何か言ってんだけど、遠くて聞こえないけどあの魔公爵の顔、絶対に悪口だろ？　だよな？　そうだよな？

「アイン兄さん～？　そろそろ覚悟を決めた方がいいんじゃないかな～？」

　いや、明日戦う予定の強敵に対しては、完璧に覚悟は決まってんだけどさ。ただし、今、まさに連携には不安を感じているところではあるんだけどな。あるんだけども。

「アイン？　ずっと一緒だわ。血のつながりは一生切れないわよ？」

「イエナは弟離れしなさい！　アインはあたしの婚約者なの！」

「だからそれは法的に無効ですの。ただの幼馴染はもう少し遠慮なさるといいんですの」

「私どもは既に永遠の愛と忠誠を誓っておりますので」

「私はいったい友人の何を見せられてるんだろうね、アイン？」

「あははは～、リンネとしては～、誰が義姉さんになっても大丈夫だからね～？」

　……こっちの方の覚悟は、何というか、その、あれだよ、そう。それ、保留！　とりあえず保留で！　無理無理無理無理！　こんなの決めらんねぇってばっ！　絶対に無理だって！？

　誰だ！　異世界ハーレムはサイコーなんて言ったヤツ！？

　気づいた時にはもう遅い？

　こんなん『ディー』には難度が高すぎるっつーの！

　これで決断できるんだったら前世含めて何十年も『ディー』の名を守り続けているはずがないだろーがあぁぁぁっっっ！

　お願いだから、誰か教えて？

　…………………………どうしたらいいと思う？