聖女の伝説(14)



 箱馬車の御者のとなりに護衛のユーレイナは座っている。


 箱馬車の中は前向きに姉ちゃんとおれが並んで座り、後ろ向きに女教師とメイドさんが座って、のんびりとおしゃべりしながらの旅だ。


 まだケーニヒストルータから3時間くらいのところ。


 この辺の街道はかなりしっかりと整備されているらしく、揺れも少ない。


 でも、おしりは痛いけどな。


「ところで、レーゲンファイファー男爵。侯爵閣下から授かった領地はどちらなのです?」


 そんなことを女教師が言い出した。

 この人、どこに行くかも知らずに、給金の多さに飛びついたのか。

 チャレンジャーだな。


「侯爵領の西部、辺境の村だと聞いてます」

「西部ですか。町や村の名前は何です?」

「町ではなく、村だそうですよ。爵位と共に侯爵閣下からは名前も付けていただいて、その名前が村にちなんでいるんです」

「男爵のお名前が……? ま、まさか……」

「?」


 女教師の顔色が突然悪くなった。

 まさか、車酔いか? 吐くのか? 吐きそうなのか? 馬車を停めてもらった方がいいのか?


「……その、村は、まさか、フェルエラ村、というのでは、ございませんか?」

「ええ、そうです、フェルエラ村です」


 女教師の目が、なんか、3倍くらい大きく開かれたような気がする。


「……そ、そんな、わ、わたくし、な、なぜ契約を……い、今から取り消……せない……違約金が払え、な、い……わ、わたくし、高い給金につい……りょ、領地詐欺? まさか、そんな……な、なんてことを……」

「先生? セラフィナ先生?」

「ど、ど、どうしま、しょう……い、遺書、遺書を書いた方が……い、いえ、それよりも早めに家族に知らせなければ……ああ、お母様、わ、わたくしは、もう……」


 契約? 違約金?

 遺書?

 家族に知らせる?


 なんだか、とっても不穏なワードが連発なんだけど?


 あれ?


 ……そういえば、領地をもらう時、おじいちゃん執事はまだ決まってないって言ったのに、シルバーダンディが即フェルエラ村だと言ってたような?

 その後のおじいちゃん執事の大旦那さまって一言は、そう考えてみると、非難めいたものだった気もするな?


「……フェルエラ村が、どうかしましたか?」

「男爵? ご存じないのですか! 非常識過ぎます!」

「えええ?」


 フェルエラ村って、常識レベルの何かなのか?

 辺境の村だけど? 確かにそう聞いたんだけどな?


「反逆の領地! そう呼ばれております! ああ、なんてこと! なんてことに……」


 ……反逆の領地? 何ソレ? 仮面でもつけてレジスタンス活動をしなきゃいけない的な? 実は王族の血が流れてて、不思議な力を身に付けて、誰かに何かを強制できるとか? ロボット的な何かといえばゴーレムかな? ゴーレムに乗って戦えるかな?


 いや、でも。

 反逆の領地?


 これ……ちょっとかっこよくねぇか?

 反逆の領地の男爵! 全てに抗い、戦う男!


 ……おおおっ、ロマンがある!


「どうしてそんなに嬉しそうな顔をなさってらっしゃるのですかぁっ!」


 ……な、なんかすみません。中二なロマンをどこかに感じてしまいまして。


 ていうか、この女教師、けっこーおもしろい人だったのな。真面目なだけかと思って甘く見てたわ。


 そんで、女教師に教えてもらったんだけどさ。

 おれに向かって非常識って言ったクセに、大した情報はなかったんだよな。


 まあ、爵位を受けた男爵が、フェルエラ村を領地として与えられたら反逆するらしい。実際、三代続けて反逆したそうだ。別にその男爵三人は血のつながりなんかないという。


 なんで反逆したかは女教師も知らないらしいけど、侯爵領内ではかなり有名な話らしい。


 三代続けて男爵が反逆したから、今は直轄地として代官を派遣して治めている、と。


「……少なくとも、三代続けて男爵が反逆を起こすなんて、侯爵閣下に叛旗をひるがえしたくなるような土地だということです! まともな場所のはずがありません!」


 そう言われてもなぁ。

 何でも、実際に見てみないと、判断できねぇだろ?


「この国でケーニヒストル侯爵に逆らうなど! ありえないことが起きた場所なのですよっ!」


 ……あ、それは確かに。シルバーダンディって王や教皇に並ぶ力を持つ人みたいだしな。


 ということは、おれ、侯爵閣下に嫌われてる? 何かしたっけ? あれ? 孫娘の恩人だったよな、おれの立場?


 あ、いや、どうせ「従わない」ことが前提として許されてるおれのことなんだから、そもそも最初から反逆してるようなモンか、ある意味で? だったら最初から反逆の領地を与えても別に何も変わらないってこと?


 辺境で暮らせるならその辺の思惑とかは実際のところ、どうでもいいけどな……。






 午後は早目に馬車を停めて、野営の準備だ。


 なぜかって?

 そりゃ、戦闘メイドの育成を始めるからだよ。


「……メイド見習いに狩りをさせる? 意味がわかりません。男爵は非常識過ぎます!」


 女教師がなんか言ってるけど、無視する。


 とりあえずタッパで黄色の表示。

 ノンアクティブモンスターがいる。たぶん、ツノうさに違いない。


 この辺のツノうさは今から狩り尽すけどな。


 姉ちゃんがメイド見習いたちに弓術系初級スキル・ダンツを指導する。

 シャーリーにも姉ちゃんが教えてたよな、懐かしい。

 シャーリー……元気にしてるかな?


 使ってる弓は、あん時とはダンチだけどな。

 虹の弓。別名『レインボウ』だ。弱点属性が水のモンスターに特攻が付く弓。武器補正はなんと100もある。

 これ、鍛冶神ダンジョン4層ドロップだからな。HP5000クラスのスケルタルアサシンが大量の金貨とともに落としていく。


 レベ1でもツノうさなら当てれば1発で消し飛ぶ。

 当たらなくても、経験値は入るしな。


 まぁ、メイド見習いも、最初は戦うことを嫌がってた。

 いや、嫌がってたというより、はっきり言って、ドン引きだった。


 無理ですとか、戦えませんとか、メイドが戦うってどういうことですかとか、意味がわかりませんとか、無言で見つめてくるとか……。


 だからおれは言いましたよ。

 君たちはメフィスタルニアで何が起きたのか、忘れてしまったんですか、と。


 ヴィクトリアさんに仕えていたメイドはセリアさん一人だけしか生き残っていない。君たちはたまたま子爵がいたからガイコツの魔物がやってこなかっただけで、たまたま生き残っただけだろう、と。


 メフィスタルニアの出来事には魔族が関係していた。メフィスタルニアと同じことが、次にどこかで起こらないとなぜ言えるのか、と。


 身を守る力は必要だし、主を守る力も必要だ。それとも、君たちは主人を見捨てて逃げるメイドなのか、と。


 そうでないのなら、戦う力は最低限必要だろう、と。

 今なら、おれたちのサポートを受けてかなり安全に戦う力を身に付け、磨ける、と。


 姉ちゃんが、私たち姉弟が生まれ育った村も魔族と魔物に滅ぼされた、と言って、メイド見習いたちの顔色が変わり、護衛騎士のユーレイナが、アラスイエナさま、フェルエアインさまの教えを受けられる幸運を捨てる? 生きていく資格がないぞ、と、とんでもないことをつぶやく。


「やります。やらせてください。弓は扱ったこともあります」


 だまっておれを見つめていたメイド見習い、レーナがそう言った。

 レーナがそう言うのなら、と13歳の年長者であるキハナやダフネも同調し、後の者も従う。


 こうして、おれの憧れの戦闘メイド育成計画はついに動き出したのだった。






 まずは中長距離、約30mから安全な狩りを行う。


 獲物であるツノうさを見つけるのはおれの仕事。


 姉ちゃんの指導で、弓に矢をつがえた状態で一度大きく両腕を頭上に上げてからゆっくりと引き分けて、口の高さで3秒とどめて、弓術系初級スキル・ダンツを発動させるレーナ、キハナ、ダフネ、ゼナの4人の戦闘メイド見習い。


 この時点でツノうさはノンアクティブからアクティブに移行して、接近してくる。


 そこからさらに3秒もたせて、合計6秒。

 そして、一斉に矢を放つ。


 レーナの矢が刺さり、ツノうさがぴゅうぅぅ~と消えて、並肉とツノが残る。弓は扱ったことがあると言っていた。大したもんだと思う。


 6秒持たせるのは、トライダンツの発動を確認するため。


 ダンツは初級スキルでレベル1でも発動可能。弓矢がうっすらと青白い光をまとう。トライダンツは中級スキルで予備動作はほぼ同じだが、口の高さで矢を6秒とどめる。右腕が加えて青白い光をまとえばトライダンツだ。


 トライダンツが使えるようになれば最低でもレベルは5、ダンツの熟練度は3である。

 鑑定などでレベルが確認できないので、こういう方法をとるしかない。


 続けて、シトレ、エイカ、リエル、ウィルの年少組の4人がツノうさをダンツで射る。


 残念ながら外したけど、攻撃判定がでればいい。

 戦闘メイド見習いたちが攻撃される前に、おれがツノうさをカッターでさくっと処理。オーバーキルだけどな。


 4人ずつなのはキリがいいのと、パーメンの数の問題だ。ゲームだと最大6人だったしな。


 矢は回収させて、使える物は使いまわしていく。


 初日だけで、12羽のツノうさを狩り、その並肉で食事を作って食べる。


「……見習いが……メイド見習いが、ゆ、弓の女神の御業を……しかも8人全員が使えるように……? あ、ありえない……男爵は非常識を通り越しています」


 女教師のつぶやくような突っ込みには、いまいち勢いが足りなかった。ちょっと物足りないと思ってる自分がいることにおれは微笑んでしまう。






 翌日の狩りで、レーナはトライダンツを発動させた。


 さすがに早いと思って聞いてみると、御業は使えなかったが、弓自体は使い慣れているらしい。

 しかもレーナはグロリアレーナという名で、実は男爵令嬢だという。

 面接では年齢しか聞かれなかったからわざわざ言わなかったそうだ。


 一番多く、レーナは矢を当てているので、ダンツの熟練度も早く上がったんだろうと推測している。


 レーナは戦闘メイド部隊のリーダーに決定した。おれが決めた。


 他の戦闘メイド見習いにはもう貴族令嬢はいないらしい。貴族令嬢がリーダーの理由じゃないけどな。


 5日目には全員がトライダンツを発動させた。その頃には、少女たちが楽しそうにツノうさを狩っていた。ハンターズハイかもな。


「……たった5日? たった5日で、8人の女の子、ただの女の子が『鍛えし御業』を使えるように? ありえない。ありえないことです。男爵は非常識を通り越して、どこまで行くなのでしょうか……」


 女教師の苦悩は見ていてちょっとドキドキするので、ぜひとも継続して頂きたい。『ディー』としてはぜひにも!


「さすがは師匠だ」


 ……ユーレイナさんには黙っててほしいと思う。師匠呼ばわりしてくるけどチョップができない相手は苦手なんだよな。






 8人とも、戦闘メイド見習いがレベル5を超えた時点で、接近戦も鍛える。


 今度は槍術だ。

 もちろん、基本的な指導者は姉ちゃん。


 ばっちり槍カッターが使えるようになりましたが、何か?

 もちろんツノうさなんかはカッターで一撃殺。


 装備はウォーランス、武器補正125だから、完全なオーバーキルだけどな。ウォーランスはめっちゃ余ってるから、8人全員が使い潰しても問題なしのもーまんたいだ。


 パー戦も、ペア戦もいらない。ソロで楽勝だよな、そりゃ。


 もうツノうさではレベルが上がらない。

 かといって、この辺にはツノうさよりも上はいない。


 なら、熟練度上げだろ?


 ……自分で狩った肉はなんか美味しいって言いながら夕食を食べる戦闘メイド見習いたちには野営の見張りも交代で勤めさせることに。


 早く、どっかに強めのモンスターがいるような森とか山とか、ないかねぇ……。





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