木の枝の伝説(16)
森へと走っていくと、父ちゃんたちが戦っているのが見えてくる。もう森ではなく、草原に出てきてしまったらしい。
フォルテベアス、通称クソアスはでかい。この距離だとクソアスだけがはっきり見える感じだな。
父ちゃんたちの三倍くらいのでかさ。
どでかい6m級の大熊、フォルテベアス。
おれとクソアスの距離約20m。タッパの表示が赤でしかも点滅する。『S・E・F・B』の文字が追加であらわれ、光る。
スモール・エリア・フィールド・ボス。
フォルテベアスはゲーム『レオン・ド・バラッドの伝説』で最初に戦うボスモンスターだ。
ゲームスタートからいろいろなスキルを身につけていくチュートリアル的な育成段階で戦う、まさにボス戦のチュートリアルのような存在。
なぜなら、ステ値はそこまでフォレボやバンビ、フォルテディアーなどから大きく離れていないからだ。
攻撃力も物理防御も魔法防御も他より高いとはいっても抜きん出ている訳ではなく、ただ、HPだけは格段に高い状態にあった。
だからこそ、時間をかけて戦えばなんとかなる。ボス戦の戦い方の練習になるって訳だな。
おれは走るのをやめて、歩いて近づいていく。
クソアスの前には木の盾と銅のつるぎをかまえた父ちゃんと、両手斧を振り回す村長さんがいて、約5mくらい離れたところに散らばって猟師さんが3人いる。
クソアスの赤く光る目は、まっすぐ村長さんに向けられている。タゲ取りは村長さんか。
銅のつるぎより鉄の両手斧の方が武器補正は上だし、ぶちこんでるダメージも多いのだろう。
だが、クソアスの攻撃は父ちゃんが木の盾で踏んばって受け止めている。父ちゃんがタンク。父タンク。乳タンク? おっぱいタンクみてぇになるな? いや、ならないけども!
猟師さんたちはクソアスの上半身の上の方を狙って矢を射掛けている。フレンドリーファイアを避けるんだから当然の戦術だ。
ただし、頭狙いは外してるのも多いみたいだし、狙いはイマイチか? それに矢筒にはもうほとんど矢が残ってない。
父ちゃんがクソアスの攻撃を木の盾で受け止めて、村長さんが両手斧でぶん殴る。そうするとクソアスは村長さんに反撃しようとするが、そこに父ちゃんが割り込んで木の盾で防ぎ、銅のつるぎで一刺し入れる。
その合間に猟師さんたちから矢が放たれる。その流れが繰り返され、安定しているように見える。父ちゃんが壁、村長さんの斧、父ちゃんがかばってから刺す、矢が時々飛んでいく。
村長さんは二十年ぶりって言ってた気がするけど、かなりうまいと思えるパーティー戦闘のような気がするな。着実に相手を削っていけてる。
ただ、誰もスキルを使ってないように見える。スキル発動エフェクトは一度も見えない。
……使ってない? いや、まさか、使えない?
距離7m。おれも攻撃範囲に入った。今のおれはソルマの7mが最大攻撃距離。
クソアスの右上に、HPバーが見えた。モブモンスターにはない、ボスモンスターだけの仕様だ。
HPバーは6段あった。初期ボスは1段100HPだから合計600だ。
すでに3段目が残りわずか。父ちゃんたち、半分近く削ったみたいだな。
猟師さんたちの矢ではHPバーに動きは感じられない。たぶん1ダメ。クソアスの物理防御を越えられてない。
村長さんの両手斧でのHPバーの動きが一番大きくて、タゲ取りしてるのも納得。
父ちゃんと村長さんを合わせて1段分の半分に届かない感じ。一回の流れで与ダメ40ってとこか。
……心配して走ってきたけど、あと7、8回、この流れを繰り返したら倒せそうだな。
父ちゃんの壁、村長さんの斧、父ちゃんのかばい刺し、父ちゃんの壁、村長さんの斧、父ちゃんのかばい刺し、という流れを丁寧に積み重ねていく。猟師さんたちの矢は尽きたみたいで、父ちゃんと村長さんに懸命な声援を届けている。
だが、クソアスのHPバーの4段目があと少しというところでここまでパターンが崩れた。
父ちゃんがかばい刺しではなく、かばってから刺さずに踏みとどまったのだ。なんで? と思っている間もなく、そのまま村長さんが両手斧で一撃を入れ、4段目のHPバーを削り切る。
4段目を削られたクソアスが大きく吠えて、猟師さんたちの声援が一瞬止まる。そのまま大きく振りかぶったクソアスの右手がうっすらと青白く光っていく。
スキル攻撃がくる!
その時。
父ちゃんの表情が、おれには、なぜか、はっきりと見えた。
時間がゆっくりと流れ出す。
ずっと忘れていた何かを思い出したかのような、それとも何かをすっぱりとあきらめたかのような、どこかすっきりとした、不思議と穏やかな、命がけの戦いだというのに信じられないくらいとても穏やかな、優しい、優しい、父ちゃんらしい、いつもの微笑み。
そんな顔をしたまま、父ちゃんはスキル攻撃に狙われた村長さんの前に割って入って木の盾をかまえた。
クソアスのスキル攻撃を受け止め、そのまま1mくらい後ろに父ちゃんが弾かれる。ノックバック効果だ。
そして、スキル攻撃を喰らった体勢のまま、父ちゃんの両膝がすとんという間抜けな音でも聞こえてきそうなくらいあっさりと地面に落ちる。
地面に落ちた膝を中心として、そこから頭のてっぺんを頂点とする90度の扇形を描くように、父ちゃんがうつ伏せに倒れていく。
あの、倒れ方……。
あんな倒れ方をするのは……。
強、制……スタン……。
スキル攻撃に定められた消費SPだけでなく、通常攻撃でも、通常防御でも、物理関係は必ず1SP消費する。
父ちゃんが最後にかばい刺しじゃなく、流れを崩してかばっただけだったのは、残りSPが1だったから、か……。
最悪なのは……。
……モンスターは強制スタンした相手を狙ってくるってこと、と。
強制スタンに対する攻撃は物理防御無視でダメージを与えられるということ……。
これまで村長さんに向けられていたクソアスの赤く光る眼が倒れていく父ちゃんを、捉える。
クールタイムを終えたクソアスが一歩。
そして二歩。父ちゃんに近づく。
村長さんが雄叫びをあげながら振りかぶった両手斧をぶちかますが、再びクソアスの叫びとともに光った右手でスキル攻撃を喰らい、村長さんも弾かれる。
あれだけ安定していたパーティー戦闘が、もはや完全に崩壊していた。
HPバーを見る限り、クソアスの残りHPは150から160の間ぐらい。
パーティーが安定しているうちに加わるべきだったと後悔しても後の祭り。
それでも。
もう、行くしかない。行かないと父ちゃんや村長さんがっ!
「とうちゃんっっ!」
おれの叫びに、村長さんが気づいて、目を見開く。
「なにをしておる、アイン、逃げるのじゃ!」という村長さんの声は聞こえてくるけど、聞こえねぇよなっ! 聞かないよな! 聞けるかぁーっっ! 聞いてたまるかぁぁぁっっ! 逃げちゃダメだなんて繰り返し言わなくたって逃げるもんか!
だって、クソアスの赤く光る眼は父ちゃんを捉えたままだ。
おれはあの日、守ると決めた。
クールタイムの今、はっきりとこの戦いに割り込み、これまで以上の一発をクソアスに喰らわせて、こっちにタゲ取りしないとっ!
右手を左肩の方へ伸ばしつつ、タッパ操作で木の枝ダブルオーイレブンをかまえる。そのまま左手の人差し指でクソアスを指し示す。
タゲ取りのための最高の一発を。
『ソルマ』
おれの指から発した光が、クールタイム中のクソアスを貫く。おれはそのままクソアスを目指す。
「た、大神の御業じゃとっ?」という村長さんの驚く声。
木の枝ダブルオーイレブンが右、左と動き、そこから半円を描いて青白い光をうっすらとまとう。
「い、戦の女神の御業までもかっ?」と聞こえてくる村長さんの声が上ずってるのはわかってても無視。もうわかってても無視! 今は相手をしてらんねぇからなっ!
「とうちゃんをっ、とおくへっっ!」
そう叫んでおれはクソアスに躍り掛かる。
はっとした村長さんと猟師さんの足が一歩動いたのが見えた。
クールタイムが終わったクソアスが再び腕を振り上げて父ちゃんを狙う。
おれはその横から木の枝ダブルオーイレブンで殴りつけるようにクソアスを攻撃した。
左っ! 右っ! と二連撃の剣術系中級スキル・スラッシュ!
そこからその二撃目を予備動作として頭上に木の枝ダブルオーイレブンを振り上げて、そのまま再び青白い光を帯びた木の枝ダブルオーイレブンをまっすぐ振り下ろす。
剣術系初級スキル・カッター! 二つ合わせて「サワタリ・ツイン」! ぶっつけ本番っ! でも連続技成功っっっ! 見たかっっっっ!
「き、木の枝で大熊を……」という猟師さんのつぶやきが耳に入る。集中し過ぎるほどに集中しているせいか、聞く必要のない雑音まではっきり理解できる。
カッターでのノックバックで後退したクソアスと、おれの技後硬直が相殺され、クソアスが動き始める。
おれは一歩後ろへと飛ぶが、クソアスの方がおれより少し動きが速ぇな、くそっ! レベルとステがちょっと足りねぇっっ!
がりっと肩でクソアスの爪を受ける。この一撃は覚悟の上とはいえ、削られたHPをタッパで確認して一瞬思考を停止する。
……くっ、くっそーっ、HP11/43って! 残り11って!
「アインっ!」
猟師さんと二人で父ちゃんを引きずるようにクソアスから引き離していた村長さんがおれの名前を叫ぶ。その鋭く短い叫びにはあせりが含まれていた。
まだ大丈夫だよ、村長さん!
二歩、三歩、四歩とすばやく後退しながら、タッパ操作でストレージからライポの特上を出してふたをへし折り、頭からぶっかける。飲まずに効果があるのは助かる。なぜって? 同時に詠唱始められるからに決まってんだろ! そんで同時に詠唱を開始して、父ちゃんを確認。
村長さんたちが父ちゃんはクソアスから3m以上引き離してくれた。剣術での物理攻撃判定距離外。これで……。
……クソアスの赤く光る眼がおれにはっきりと向けられた。
HPバーは最後の6段目、残り3分の1くらい!
迫ってくるクソアスから目を離さず、バックステップを踏みながら……。
喰らえっっ!
『われ地の神に乞い願う、敵を打つ石を、ドウマラ』
詠唱完了! 拳大の石がクソアスに飛ぶ!
頼むっ、ドウマラっ!
石がぶつかったクソアスのHPバーが動いて……途中で、止まる。
あと、たぶん、残りひとケタ……ほんのちょっと、届かなかったか?
でも、もうひとつの狙いは大当たり。
迫ってくるクソアスの動きがほんの少しだけ遅くなっている。クソアスの頭の近くに黒いモヤみたいなもんが見える。あれ、デバフの黒モヤだなっ!
地の神系単体型攻撃魔法についてくる中確率でのすばやさ低下(小)デバフ! もしくは小確率でのすばやさ低下(中)デバフ!
この際どっちでもいいけどな! どっちでもいいけれどもっ! とにかくありがとうっっ、ドウマラっっ! 本気でめっちゃ助かったっっ!
バックステップでクソアスから離れようとするけど、遅くなってちょうどおれと同じくらいのすばやさらしいクソアスとの距離は変わらない。
あと少し、あと少し時間を稼げば……。
「アインーーーーっっっっ!!!」
村長さんのここまでで一番の大声が響く。
なんだ? と思った瞬間、バックステップで動かしたおれの足がむなしく宙を舞った。
えっ?
おれは身体のバランスを崩し、背中から倒れて……。
ばっしゃーんっっっ!
いつもズッカを蹴り落としてきた小川に、おれは背中から落ちた。
嘘だろマジか? ウッソだろマジかよ? なんだよマジかよ? どうなってんだ、何なんだ? 天罰か? 天罰なのか? 天罰なのかな? ズッカを蹴り落としたからかな? まさかそんなことってある? この大事な場面で? 今ココで? なんで今だよ? 今なんだよっっ!
後頭部も水面で打って、そのまま顔まで一度水に沈む。
鼻から水が入って、慌てて身体を起こす。
ごふっっと水を吐きだした瞬間、小川の手前で止まったクソアスの凶暴な赤い眼が笑っているように見えた。
おれの無様な姿の反省をクソアスが活かすように、ゆっくりと小川に踏み入ってくる。
注意深く、ゆっくりと赤い眼が近づいてくる。
ゆっくりと、安全に、確実に、おれを仕留められるように、だ。
……時間だ。
おれは水に濡れた左腕を上げて、まっすぐにクソアスを指差した。
『ソルマ』
どんな状況でも、慌てず、騒がず、できるだけ安全マージンをとって「いのちだいじに」。
そうやってできるだけの計算をどこまでもどこまでもやり尽して、何度も何度も積み重ねて。
ようやく生み出した、クソアスの行動による偶然も含めての、太陽神系貫通型攻撃魔法初級スキル・ソルマのクールタイム、5秒間。
日常ならば一瞬の、しかし、生命の危機の中では驚くほどに長い、たったの5秒。ほんの5秒。そして、かけがえのない、5秒。
おれの……勝ちだな……。
左手の人差し指から伸びた光が、クソアスの、どうあがいてもかわしようもない腹のど真ん中、みぞおちあたりをはっきりと貫いた。
初心者、初級者に犠牲が出るとはいっても、あくまでもチュートリアルレベルのボスモンスターでしかないフォルテベアス、クソアス。
なぜ、ゲーム『レオン・ド・バラッドの伝説』でこのフォルテベアスというモンスターがボス戦のチュートリアルなのか……いや、逆かな。フォルテベアスはボス戦のチュートリアルだからこそ、ほんのひと工夫で倒せる設定になっていると言える。
それは弱点属性の存在。
フォルテベアスの弱点属性は太陽神系、いわゆる光。勇者レオンが最初から必ず身に付けている太陽神系魔法が弱点だ。
いや、はっきり言えば勇者レオンが必ず太陽神系魔法が使えるからこそ、フォルテベアスはそれが弱点とされていると言える。勇者レオンが倒せるように、だ。
フォルテベアスのHPバーが最後まで削り取られていき、枠だけになった6段のHPバー全てが粉々に割れてはじけ飛ぶエフェクトとともに、フォルテベアスの身体が小さな小さな、細かい光の粒となって飛び散っていく。懐かしのボス消滅エフェクト。
残された肉、牙、爪、熊の手をすばやいタッパ操作でアイテムストレージに収納! こういうセコさがプレーヤーを生き延びさせるんだよな! な! な!
水落ちでみぞおち狙って倒すオチなんて、どこまでウケ狙ってんの! なんちて!!
落ちた拍子に手放してしまった木の枝ダブルオーイレブンはいつの間にやら小川を流れていってしまったらしく、どこにも見当たらなかった。
フィールドボスのクソアス撃破という大金星をあげた木の枝ダブルオーイレブンだったけど、イレブンといえばサッカー。
サッカーといえばDF。DFといえば……複雑でせつない前世のおれの思い出が浮かんできそうになるので、まあどうでもいいか、それならクソアスの名前でも考えとこう、なんてことを興奮状態のおれの脳内は考えていたのだった。
ちなみにレベルは一気に2アップしてレベ7に。
フォレボやバンビをそこそこ狩ってたこともあるけどな。やっぱ格上の経験値効率は美味しいな。ドウマラも他の魔法を差し置いて熟練度が2になってたしな。
でも、ぎりぎりだからこういうのはできるだけかんべんしてほしいもんだ。
そんで、おれが初めて倒したボスモンスターである記念すべきクソアスの名前はフォルテベアス・ザッグガ・トレインドに決定!
そして伝説へ……。
一息ついて小川から這い上がったおれのところに、村長さんとバルドさんをはじめとする猟師さんたちが父ちゃんともう一人の猟師さんをかついでやってきた。
背中にかつがれてる猟師さんはスタンしてるらしく、ザックさんという猟師さんらしい。確かクソアスをトレインしちゃった人だ。
このザックさんが元凶。おれ関係ないからな! 関係ないから!
おれは、これはチャンスとばかりに、ダメージを受けていたザックさん、父ちゃん、村長さんの三人に月の女神系単体型回復魔法初級スキル・レラサを使わせてもらった。
村長さんをはじめ、みなさんにめっちゃ驚かれながら感謝されて、ちょっと照れるな。うん、恥ずかしいよな。
スキルを生やして身に付けて、しかも熟練度も上げたいからなんて本音は絶対言えねぇーな……。
「アインが10歳になったら公表する予定じゃったが、これほどの功績、もはや10歳まで待つことはできんな」
そんなことを村長さんが言い出した。
はて? 何を公表するのを待ってたんだ?
「アインよ、そなたは15歳になったら、領都で洗礼を受けてもらう。徴税官どのを通じて、領主さまからはすでにご許可をいただいておるしの。さらにいえば、領主さまを通じて辺境の神童アインの話は王都の王宮にもつたわっておるそうじゃ。そしてそれらことを、村の者を集めて今回のアインの功績とともに伝える」
おおおっ、と猟師さんたちもざわめく。さすがは神童と呼ばれるだけのことはある、とか、木の枝で大熊を仕留めたからな、などとバルドさんたち猟師さん組が何度もうなずいている。
……あれ? 洗礼って、15歳になったら誰もが受けるもんなんじゃねぇの?
「わかっておる、アインよ。わしはシャーリーから聞いたのじゃ」
えっ? ここでシャーリー? なんでシャーリー?
「やるべきことが見つかった、だから全力で取り組み、ぼくは今よりも強くなる必要がある、と。そうシャーリーに言ったのじゃろう、アイン」
……た、確かに、それに近いことはシャーリーに言った記憶があるな? 小川で! 確かにあるけども! それがなんでここで出てくんの?
「あの話を聞いたのは、アインがはじめて寝坊をした、すぐあとのことじゃった。だからわしにはわかったのじゃよ」
……何? 何が? 村長さんにおれの何がわかるんだ?
「アインが寝坊など、するはずがない。あれは、夢で、アインは神々の啓示を授かっておったのだ、とな。そうに違いない、と」
ほぅ、とバルドさんたちから、なんだか納得みたいな息が漏れてきたんだけどさ? 何なに? いったいどうなってんの? 村長さん? そんちょーさーんっっ!
ちょっと大丈夫か? 村長さんの頭大丈夫かな?
姉ちゃん実は村長さんの髪むしったんじゃねぇだろーな? いや、ないと思うけど! ないと思うけども! でもやりそぅーっっ!
なんでおれが神の啓示を授けられた少年みたいになってんの???
頭おかしいだろっっ!
「それにしても洗礼など、いったい何年ぶりだ? この『小川の村』からはずっと洗礼を受ける者は出てないと聞いていたが?」とバルド。
「ふふふ、実は三十年ぶりの、わしの洗礼以来、三度目となる『小川の村』から洗礼を受ける者となる予定じゃのう」と村長さん。え? ちょっと自慢入った?
「そういえば村長は古き神々の御業を賜ったと聞いたことがあるな」とバルド。
「わしが賜ったのはのぅ、古き神々のうち、商業神さまの御業のみじゃ」と村長さん。
……ええっと、いくつも解決したいことが出てくんだけどな? なんでだろうな?
まず、洗礼は珍しいことなのか? それと、この村の名前は『小川の村』?
みんな「うちの村は……」って言うから名前とかないと思ってたんたけどな?
じゃあここは『はじまりの村』とは違うのか?
あと、「神々の啓示」とかもわかんねぇし、「わしの洗礼以来……」って言い方だと村長さんは洗礼を受けたってことだよな?
三十年ぶりってやっぱり洗礼は一部の者しか受けてない?
おれは15歳になったら全員って感覚だったんだけどな?
いや、村長さん三十年前で15歳ってことは今45歳なの? 若くね?
ま、それはおいといて、村長さんは商業神の御業のみってことは生産系の、しかも商業神系のスキルだけってことか?
そういや、両手斧を使って戦ってたけどスキル攻撃は一度も見なかったな?
他の人も、誰もスキル攻撃は使ってない……いや、洗礼を受けてないから使えないのか、ひょっとして? ええーい、あーもうっ!
「そんちょうさん? せんれいって、なに?」
聞いた方がはえぇーよ! どうせ考えてもわかんねぇし。
「……アイン、洗礼を知らぬのか?」
「しらないよ?」
いや、本当は知ってはいるけど、認識に差があるっつーか、なんつーかな……。
「……いや、なんでも知っておるようじゃったから、てっきりアインは知っておると思いこんでおったが、洗礼の話が出てひとつも嬉しそうな顔をせんのは、すでに大神の御業も戦の女神の御業も使えるから洗礼などいらぬと思っておるのではなく、そういうことだったか」
……今、少なくとも洗礼を受けると嬉しく思うべきだってことはわかったけどな?
大神の御業ってのは、太陽神ソル、月の女神レラ、地の神ドウマ、風の神ザルツ、水の女神リソト、火の神ヒエンという六大神に関するスキル、つまり魔法スキルの主に攻撃魔法のことだろ? 月の女神系は回復魔法が主だけどな。
戦の女神の御業ってのは、戦の女神イシュターを頂点とする眷属神、剣神ピレル、槍の女神ランゼ、弓の女神ポルテ、盾神ガバイ、拳神ロウトに関するスキル、つまり物理攻撃スキルのことだよな?
確かにおれはいろいろとスキルが使えるけど、ステを見ればまだ「(無職)」だからな。洗礼でジョブをもらわないと、加護も入らんしな。
『勇者』が授かる『太陽神の加護』とか、『聖女』や『聖者』が授かる『月の女神の加護』とか、剣術・槍術・弓術・盾術・体術の全ての初級スキルと三つの術の中級スキルを身に付けたら授かる『戦の女神イシュターの加護』とかな。
でも、聞いてると、村長さんにとっては洗礼でスキルは手にするものって感じがする。確かに、そういう面もあるけどな。
村長さんによると、この世界での洗礼は、才能があると認められたごく一部の子どもたちが、各地の神殿で司祭さまから神々への祈りとともに授けられるもの、らしい。
子ども全員が15歳になったら受けると思ってたのはおれのゲーム的な思い込みのようだった。ゲームだとプレーヤーは必ず洗礼を受けるもんな。
そもそも洗礼を受けられるレベルの神殿は最低でも領都クラスの大きな町でなければないらしい。
男爵領とかは当然神殿がないとして、伯爵領でも領都に神殿がないところは多いという。この辺は辺境伯領だから、神殿はある、と。
10歳まで発表を待つというのは父ちゃんや母ちゃんとも話し合って決めたことらしくて、たとえ神童と呼ばれているからといって、子どもたちの中で特別扱いにするのは少しでも遅らせた方がいいだろうということだったらしい。
10歳になれば嫌でも他の子たちはおれとの差を感じてるはずだからそれくらいでいいと考えたとか。
ただ、村を滅ぼしかねない危険なモンスターである大熊、フォルテベアスとの戦いで大人たちが敗れかけた危機にさっそうと現れ、見事に? とどめを刺したという功績があれば、もはや年齢など関係ない。
すぐにでも発表すればいい、と村長さんが言えば、バルドさんたちもそうだそうだとうなずく。
……おれとしては、洗礼は当然受けたいと思ってたからいいんだけど、下手に村ん中で祭り上げられて、動きにくくなるのは嫌なんだよな。今さらかもしんないけど。今さらだけども!
あと、このまま家に帰ったら、絶対姉ちゃんに怒られる。絶対、ぜぇったい、ぜえぇぇっっったいにめちゃくちゃ怒られるに決まってんだろうがっっ!
ゲンコツ痛い。ゲンコツやだ。ゲンコツ禁止。ゲンコツ撤廃! ゲンコツ廃案! 廃案が妥当だとおれは思うんです!
姉は弟にゲンコツを入れても父母は意外と軽く流す法案はこの世から撤廃すべきなのです!
あのような法律は存在してはならない!
その存在を許してはならない!
みなさん、怒りを! みなさんの怒りを結集するのです!
おれの頭ん中の脳内参議院の緊急集会ではとっくの昔に賛成多数で廃案だからな! 早く衆院選を終わらせて衆議院でとっとと追認してくれ!
「ぼくは、きょうのこと、できればひみつにしといてほしいんだけどな」
おれは、村長さんやバルドさんたちを上目遣いでちらりと見ながら、そう言った。
ぐっ……という声が聞こえてきそうなくらい、大人どもが戸惑ったのがおれにも伝わった。
ふふふ……あどけない子どものフリ作戦も意外と効果があるのう、ほほほほほ。
「どうしてだ、アイン?」とバルドさん。
「そ、そうじゃ、なぜ秘密にせねばならんのじゃ?」と村長さん。
そりゃもちろん姉ちゃんから身を守るために決まってんだろーが!
「ねえ、そんちょーさん、バルドさん、かんがえてもみて? とうちゃんはぼくらかぞくを、そして、むらのひとたちをまもるために、いのちがけでたたかったよね? でも、おおぐまはとってもつよくて、とうちゃんはしにかけたよね?」
「カインは力を出し尽くしてくれた。あそこで倒れたからといって、それを笑う奴などいない」とバルドさん。バルドさんはいい人だよな。マジで。いやマジで。
「そうじゃぞ、アイン。カインはあの時、わしを命がけで守ろうとして身を投げ出したのじゃ。その勇気を称えることはあっても、蔑むことなどないぞ」と村長さん。うん、知ってた。
村長さんもね、いい人だよな。うん、いい人。知ってたな! 知ってたとも! そんなことは!
でもおれは姉ちゃんに怒られたくねぇっっ!
「だけどね、このままだと、とうちゃんは、むすこに……つまりそれはぼくだけど……とうちゃんはいのちがけでたたかったけど、さいごはむすこにいのちをすくわれたってことになっちゃうよね?」
「いや、それは……親思いのいい息子ってことに……」とバルドさん。
「そうじゃ、アインの大手柄じゃぞ?」と村長さん。
「とうちゃんのたちばはどうなるとおもう?」
「う……」とバルドさん。
「そ、それは……」と村長さん。
「ねえバルドさん? じぶんがころされかけたおおぐまから、むすこにまもってもらったって、いわれたら、うれしい?」
「いや、その、なんだ……」とバルドさん。なんだか困った顔になっとるなっとる。
「ねえそんちょーさん、むすこがたおしたおおぐまにころされかけたって、いわれたら、うれしい?」
「そ、それは、ちょっと、なんというか、のぅ……」と村長さん。よしよし、いい流れだ。
「ねぇ、みなさん?」
おれは、こてっと軽く首を倒す。できるだけ子どもっぽく。子どもっぼくな!
「ぼく、7さいだよ? せいじんしておとなになったむすこじゃないからね?」
村長さんも、バルドさんたちも、ぐっと唇を閉じて、黙る。
とどめだ。
「7さいだから、ね?」
村長さんも、バルドさんたちも、これまで以上に真剣な表情になって黙り込む。
しばらくのにらみ合い……というか、にらんでねぇから、見つめ合いだな。
その緊張を打ち破って、バルドさんが言う。
「だが、それじゃ、おれたちがアインの手柄を奪うことになるぞ?」
「てがらなんて、しってるひとだけ、わかってくれてれば、それでじゅうぶんだよ」
おれはこれでもかというくらいに子どもらしく、にっこりと笑う。笑ってみせる。
何かとんでもないものでも見つけてしまったかのように、大人たちは目を見開いていた。
……あれ、失敗した? なんか間違ったかな?
まずい、挽回しねぇと! やべぇっ! なんかやべぇ感じがビンビンする!
変な雰囲気になっとる! なってしまっとる! これはまずい、まずいまずいまずいっっ! 頑張れ、おれっ!
「えっとね、あのね、ぼくがとびだしたのは、とうちゃんがいしきをうしなってたおれたあとだし、とうちゃんはぼくにきづいてないとおもうんだ。みなさんがひみつにしてくれたら、ぜったいにバレないとおもう。それと、それと、ぼく、ここにくるのに、うちのにかいだてベッドの、にかいのねえちゃんのねどこから、てんまどあけて、やねにでて、そこからおりてぬけでてきたんだけど、てんまどからぬけでたことも、やねからおりたことも、ねえちゃんのベッドにあがったことも、ばれたらぜんぶ、ぜんぶ、ねえちゃんにすっごくすっごくおこられる! すっごくおこられるんだよ! ねえちゃんおこったらすっごいこわいんだよっっ!」
おれは必死に説明して、なんとか大人たちに納得して頂こうと全力説得!
全力説得ですが、なんかパニメダ? あれ、おかしい?
また間違ったかな? なんかみんな、ぽかんと口を開いてしまったんですが、どういうことでしょうか、総理! 総理! 質問時間は限られてるんです!
真摯に答えてくださいよ、総理っ!
ぽかんと間抜けな感じで口を開いた大人たちを見て、あれのあせりは加速していく。
「だってだって! だってだってだってっっ! すっごくいたいんだよっ? いたいんだってば、ねえちゃんのゲンコツ! もうすっごくいたいんだからっっっ!!」
おれの叫びが小川のせせらぎとともに大自然の中に響いた、その瞬間……。
大人たちは一斉に、爆笑した。
それはもう、バクバク爆笑いだった。
ひいひい、ひいひい、ひいーっっ、ひいーっっと大爆笑だった。
天窓から抜け出すとかおまえ夜這いかーっ、とか。
姉ちゃんこえーって何歳だーっっ、とか。
いや、7歳だけどさ?
姉ちゃんのゲンコツいてえってなんだよーっっっ、とか。
大熊の爪でぶっとばされた奴がなんで姉ちゃんのゲンコツにビビッてんだーっっっっ、とか。
アインの姉ちゃん最強じゃねぇかーっっっっっ、とか。などなど。
姉ちゃん大熊より強い伝説(笑)! ここに爆誕っっっっっ!!!!!
んでもって、みんな、今回の一件は秘密にしてくれるって約束してくれた! めっちゃ笑顔で約束してくれたからな! 父ちゃんの名誉は守られ、おれの身の安全も守られた! 結果よければそれでよし! 合掌!
……でも、村の祭りとかで、バルドさんたちからにやにやと笑われた姉ちゃんが、八つ当たりでおれに暴言吐いてきたけどな! ゲンコツよりマシだよな! だよな! なっ!!
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