アインの伝説(49)


 ポゥラリースの城の中へと案内されたおれたちは、ちょっとした広間へと通された。


 大きな円卓の上に地図があるだけの殺風景な広間だ。

 作戦会議もできる司令室みたいな感じだろうか。


 前回の豪華な応接室とは違って、こっちの方がすっきりしていて、タッパでストレージの機能を使って何かを持ち帰れないか試してみようという気にならないのでいいかも。いや、そんな話ではないんだろうけどな。


 部屋にはファーノース辺境伯とファーノース騎士団の騎士たち、そして、何人か文官らしき人もいる。


 ファーノース騎士の中に、イケオジ騎士を見つけて、姉ちゃんがふん、と鼻息を荒くした。しまった。忘れてた。この人、姉ちゃんと決闘で死合ってるんだった。一方的に一撃でやられたけど……。


 目を見開いたイケオジ騎士が辺境伯に何かを囁く。

 あまり表情を変えない辺境伯が、囁かれてすぐ、姉ちゃんを確認して凝視してた。表情からは読み切れないけどかなりびっくりしたんじゃねぇーかな、そりゃ。


 うん。こっちも身バレした。


 まあ素性は秘密にするという契約書はハルクさんが前回、ちゃんと交わしてるから、そこは問題ないけど、その人がいったい何者なのか、というのを知られたのは間違いない。


 でも、それは決して悪いことではない。

 ファーノース辺境伯から見たら、裏から援助しているケーニヒストル侯爵が本気だと信じられる人物が送り込まれているということだ。


 うっかりしてたけど、その効果はたぶん、いい方向に作用するだろう。


「神々のお導きにより、ファーノース辺境伯閣下と再会できましたこと、このブエイ、心より嬉しく思います」


「ハラグロ四天王が次々とやってきては私を手助けしてくるのだ。喜ばぬ者などこの領にはおらぬ。神々のお導きにより、ブエイ殿と再会できたこと、本当に嬉しく思う。何より、ハラグロ商会の本気を見せて頂いた。援軍、心より感謝する」


「では、傭兵団を紹介させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「頼もう」

「こちらは傭兵団のリーダー、ナイエ殿です」


 黒髪ポニテの姉ちゃんが進み出る。


 おれたちは統一で旅人の服を着ている。もちろんその下にはミスリルチェインメイルを着込んでいるんだけど、はっきりいって軽装に見られる。

 でも、それで特に問題はないけどな。いつもの戦闘服だし。

 そんな格好のファーノース騎士や領軍の兵士たちはいないので、区別がはっきりできていいくらいだ。


 姉ちゃんは右手を握って親指と人差し指を左胸にあてて、騎士礼をとる。


「神々のお導きにより、北方の守護たる英雄ファーノース辺境伯にお目通りかないましたこと、感謝いたします。傭兵ドラマタ騎士団北部方面派遣軍総司令ナイエと申します。以後、お見知りおきを」

「援軍、感謝する、ナイエ殿」

「我らは傭兵。金で動く者です。お気遣いは無用に」


 そう言って微笑むポニテ姉ちゃん。うう、美しすぎるぜ、姉ちゃん。あっちのファーノース騎士がぽかんとしてる。言ってる内容と微笑みの美しさにギャップがありすぎだって……。


「……契約通り、ファーノース騎士団、及び領軍との協力体制はとるが、指揮下には入らぬということでよろしいか?」

「契約通りに。我ら傭兵は、ただ敵にぶつけて下さればそれでよいかと」

「まるで歴戦の勇士のような言葉だが……」

「若くて信頼できませんか?」

「いや……」


 そう言うと、ファーノース辺境伯は、文官に小さな声で指示を出した。すると、イケオジ騎士だけを残して、他の騎士や文官たちは出て行き、広間の扉を閉じる。


 人払いをした、ということは話したいことはひとつだろう。

 知らない人には聞かせられない話だ。


「……失礼、我が騎士リッターベン男爵が、そなたは『聖女』にしてケーニヒストル侯爵令嬢だと申すのだ。人払いはした、どうか、それが真実かどうか、教えて頂けぬだろうか?」


「あくまでもドラマタ騎士団北部方面派遣軍総司令のナイエにございます、閣下。ただ、そちらの騎士さまとはソルレラ神聖国で一度、槍を交えたことがございます。それは本当でございますわ、閣下。我らの力、お疑いで?」


「……いや。王国最強と言われた彼を一撃の下に倒したと聞いている。何も疑うようなことはない。それに、そこに控える者は、ついこの前、ハルク殿の従者として会ったことがあるが、まさか、ケーニヒストルの『竜殺し』だったとはのう」


「お気に召しましたか、閣下?」


「傭兵に一切の引き抜き行為を行わないという契約書があった時点で、最高の戦力を送り込んでくるだろうとは予想していたが、まさかここまでとはな。ケーニヒストル侯爵には、戦後、頭が上がらぬだろうのぅ。それに……」


 そう言って、ファーノース辺境伯は姉ちゃんからおれへと視線を移す。


 紹介しろ、という意味だ。

 理解した姉ちゃんがおれを指し示す。


「……これは参謀長のファインと申します」


 おれは半歩前に出て騎士礼をとる。


「神々のお導きにより、北方の守護たる英雄ファーノース辺境伯にお目通りかないましたこと、感謝いたします。傭兵ドラマタ騎士団北部方面派遣軍参謀長ファインにございます」


「……ケーニヒストルの『竜殺し』、フェルエアイン・ド・レーゲンファイファー子爵、か。フェルエ、アイン、のぅ。やはり虎どころか竜……いや、竜すらも超える者だったか。小川の村の、辺境の神童アインよ」


「我が名はファインにございますれば、閣下」


 まるでおれのことを飲み込もうとするかのような視線をまとわりつかせる辺境伯。やめてほしい。本気でやめてほしい。

 いろいろと契約書を盛り込んでおいて正解だった。マジで。

 イゼンさんとデプレじいちゃんの先読みが優秀過ぎる。蛇がおれのことを狙ってぐるぐる巻きにしてくるみたいな視線だ。

 どうせなら女の子たちからのそんな視線にさらされたい。こんな屈強なじーさまは勘弁して、お願い。


「……我が領を出たと知って、どれほど追い求めたか。だが、どうしても追い切れず、いつの間にやら足取りも消え、そうして河南で貴族籍、しかも爵位を得ていたとはのう。見つけられぬはずだのう」


 ……やっべぇ。追われてたんかい!?


「ケーニヒストル侯爵め、なんという豪運か……だが、切り札はわしにあったのにのう。その切り札も気づけばすでに強奪済みとは、たかが子爵ごときがこの辺境伯を見事に出し抜きおって。鮮やか過ぎて腹も立たぬ。

 さらには、私が決して足を向けられぬ、大恩あるハラグロ商会を通して交渉し、この身を大蛇が締め付けるように縛り付けてしまうとは、さすがは神童と呼ばれた男、智謀も優れておるようだのう」


「ただの傭兵に過分なお言葉を頂き、恐縮にございます、閣下」


 本当はいろいろな人の助けがあって、なんとかなってるだけなんだけどな。なんだけども。

 いやぁ、本当に助かった。ありがとう、イゼンさん、デプレじいちゃん。

 なんか、この人の下に組み込まれたら、すり減って消えてなくなるまでこき使われそうな感じがするし?


「……そなたの武威、楽しみにしておる。リッターベン男爵によれば、何人もの騎士が命を奪われた牛の化物3体を瞬殺したとか? くくく……本当に、本当に惜しい。大陸最高の武門と言われる我が家にもっともふさわしい婿となったものを」


「微力を尽くしましょう」


「ふん。謙虚な言葉を口にしても、このやりとりで動揺ひとつ見せぬ若造など、可愛げがひとつもないのう。あの可愛いシャーレイリアナを奪った者がろくでなしであったなら八つ裂きにしてやったものを」


 ず、ずいぶんとシャーリーをお気に入りのようで?


「……だが、援軍、心より感謝する、ファイン殿。どうか、このポゥラリースを……ファーノースを助けてほしい」

「お望みとあらば」

「く、くくく、淡々としておるが自信に満ちておるのぅ」


 ぱんぱん、とファーノース辺境伯が手を叩くと、外に出ていた騎士や文官が戻ってくる。


「では、どのようにたった12人で我が領の窮状をひっくり返してもらえるのか、相談して決めていこうではないか」


 そう言って笑った辺境伯の笑顔は、口元だけが笑って、目は獲物を狙う鷹のように鋭かった。





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