第243話 絶体絶命
黒い液体が竜の形を模す。
まさかの分身体である。戦闘中に出せるなんて聞いてないぞ。
「おいおい嘘だろ……二体目なんて聞いてないぞ」
『ククク! これこそが龍から引き継いだ俺の能力。一体で時間をかけるより二体で迫ったほうが苦しいだろう?』
「チッ! けど……」
よく見ると黒い液体で作られたドラゴンのほうは、オリジナルの黒き竜より体が小さい。
前に見たことのあるククと同じサイズまで縮んでいた。
そこから推測するに、黒き竜の分身体は大量の魔力を必要とし、なおかつ自分の劣化版しか生み出せないと見た。
それならまだ可能性は残っている。
今の俺なら、あの分身体の竜よりは強い。
ただ——黒き竜が言ったように、一体でも強い竜種が二体となると、苦戦はまぬがれないだろう。
「やれやれ。ラスボス気取ってた奴が二対一なんて恥ずかしくねぇのか」
『勝てばいいのだ。最後に勝っていた者こそがすべてだ』
「よくわかってるねぇ」
本当に嫌になる。嫌になるほど正論だ。
それが相手の能力だと言うなら、黒き竜の行いは正しい。
俺だって同じ能力を持ってたら使うし、今も分身を全力で欲している。
しかし、俺に分身能力はもちろんない。
ドラゴンスレイヤーにそんな効果もないし、土壇場で何かが覚醒したりもしない。
この状態で戦わなきゃダメだ。どんどん状況は最悪になっていく。
『さあ、行くぞ英雄! ここが最後の正念場だと思え!』
「そういうのは勝つ側が言う台詞だろうが!」
俺を玩具にできると思ったら間違いだ。
高速で突っ込んでくる竜に対して、風属性魔法を地面に撃ち込む。
土が宙を舞って視界が塞がれる。
予め横にズレていた俺は小さな黒き竜の攻撃をスレスレでかわし、通りすぎる際に剣を叩き込む。
本体と違って分身体のレベルは低い。どれくらい低いかと言うと、俺のドラゴンスレイヤーが普通に通じるくらいには低かった。
剣が分身体の体を刻む。
『そらぁ!』
「ッ」
その間に本体が俺のもとへ接近していた。
巨大な腕を振るい、頭上から俺を押し潰そうとする。
だが、その攻撃を慌てて後ろに避けて回避した。
立っていた地面が砕かれ、軽い地震のようなものが起こる。
『グルアアアアア!』
そこへ今度は、分身体が連続でブレスを吐く。
前の戦闘時では分身体は言語を介していたが、今回はそこまでの機能がないのか、本体は喋るが分身体はただのモンスターと化している。
ブレスをかわしながら、なおも肉薄してくる黒き竜を迎え撃つ。
——なかなかに厄介な戦法だ。
分身体は能力的に弱いから、遠距離からの攻撃に集中しているし、避けている間に能力が高い本体が迫ってくる。
本体の攻撃を受けるのはもちろんまずいとして、分身体の攻撃も当たれば馬鹿にならない。
極論、どちらも避けるハメになる。
だが、そうなるとどうしてもテンポが遅れてくる。その遅れが、いずれ本体の攻撃を避ける際のノイズになった。
「——ぐっ!?」
本体の攻撃が当たる。
ギリギリ剣を盾にしてガードするが、それでもすべての衝撃を殺すことはできない。
凄まじい勢いで遠くへ吹き飛ばされていった。
その間にも分身が光線を飛ばしてくる。本体もそこに組み合わさることで、目の前がチカチカと明るくなった。
どんよりとした空模様とは裏腹に、光が怒涛の勢いで迫る。
ガリガリと地面を削りながらそれら全ての攻撃を避ける。
途中、背中に木があったりして大変だったが、体力を大きく消費しただけあって問題なく凌ぎきる。
『これでも殺し切れないのか……さすがに驚きだぞ、英雄』
「お前に褒められても嬉しくねぇっての……」
こちとらかなりギリギリで戦っている。
少しでも気を抜くと殺されそうな、細い糸の上を渡っているのだ。
『だが、そろそろ決着をつけねばなるない』
「あ? どういう意味だ」
『隠さずともよい。貴様があの青き竜と妖精が来るまでの時間稼ぎをしていることは明白だ』
「……チッ。バレてたのか」
『むしろバレないと思っていたのか? そばにあの二体がいなければ馬鹿でもわかる』
そりゃあそうか。
前回の戦いでは三人がかりで勝利を収めた。その際にシルフィーたちを見たのだから、普通はいないことに疑問を持つ。
だが、時間稼ぎまで見抜かれていたとは……やっぱり知能が高いな、黒き竜は。
『恐らく悠長にしていれば連中は来るだろう。さらに力を解放して貴様を殺す!』
ズズズ、と黒き竜の魔力が跳ね上がった。
全身から闇色の不吉なオーラが出ている。
「なんだよそれ……第二形態にでも入ったのか?」
つくづくコイツは物語のラスボスみたいな奴だ。
ラブリーソーサラー2を作った製作陣に訊いてみたくなったよ。
どうやってこのイベント攻略したらいいんですかってな。
それくらい、目の前の黒き竜は強すぎる。やっぱり負けイベントの臭いが濃厚だなぁ。
それでも俺は剣を構えてみた。諦めることはできない。
———————————
あとがき。
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『もしも悲劇の悪役貴族に転生した俺が、シナリオ無視してラスボスを殺したら?』
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