五章 竜殺し編

第210話 猶予

 居間でツクヨと会話をしていると、ふいに大きな声が聞こえてきた。


 最初は何を言ってるのかわからなかったが、次第にその声は大きくなってより鮮明に聞こえる。


 低く、大きな声だった。


『——ククク。ハハハ! 封印は完全に解かれた! 我が復活するぞ。矮小なる人間共!!』


「この声は……ッ!?」


 俺はばっと立ち上がる。


 慌てて襖を開けて外に出ると、空を覆う暗雲を見て目を見開いた。


「こ、これは……!?」


 後ろに続くツクヨが同じく空を見て驚く。


「あの声……それにこの状況……生きていたのか——黒き竜!」


「ルナセリア公子様、それはどういう……」


 俺の呟きをツクヨが拾う。


 憎々しげに俺は彼女へ語った。


「ずっと黒き竜と戦い始めたときから疑問があったんです。なんで黒き竜はククと同じサイズだったのかと。それに、予想より弱かった」


「黒き竜がクク様と同じサイズ? たしかにおかしいですね……伝承によると黒き竜は、空を覆うほどの巨体のはず……」


「でしょう? 他にも黒き竜は戦闘中に意味深なことを呟いていました。それを考慮するに……俺が戦った黒き竜は……」


 最悪な結論が脳裏に浮かんだ。


 認めたくはないが、俺は答えを出す。


「恐らく——偽者か複製のような類でしょう」


「ふ、複製?」


「はい。龍が黒き竜を生み出したのです。それと同じことをアイツができない道理はない。似たような能力を持っててもおかしくありません」


「それはつまり……完全に封印が解かれていないから、自分の分身を作り出して里を襲わせようとしたと?」


「確証はまだありませんけどね。そう考えるのが自然かと。すべての謎も解けます」


 しかし、それなら封印が解けた今、なぜすぐに襲いかかってこない?


 空には暗雲が立ち込め、今にも戦いが始まりそうな雰囲気だ。


 けれどどこにも黒き竜の姿はない。


「自らの分身を作り出した……だから倒したのに死体がなかった……」


 背後ではごくりとツクヨが生唾を呑み込んだ。


 彼女とてこの状況を信じたくはないだろう。


「ツクヨさん、とりあえず話し合いましょう。黒き竜が攻めて込んでくる前に作戦を立てないと」


「さ、作戦ですか? どういう……」


「この里を捨てて逃げるかどうかの話し合いですよ」




 ▼




 ツクヨさんにお願いして、竜の里の重鎮たちを屋敷に集めた。


 その間、やはり黒き竜が攻め込んでくることはない。


 相変わらず空模様こそ悪いが、今のところは平穏だ。


 そして居間に集められた老人たちを前に、俺は今の状況を説明する。


「皆さん、お集まりいただけて何よりです。いろいろ気になると思いますが、冷静に私の話を聞いてください。まず、私が倒した黒き竜はニセモノである可能性が非常に高くなりました。それはつまり、まだ黒き竜は生きているということ。先ほどの声は聞こえたでしょう?」


「そ、そんな……あれだけの被害を出しておいて、ニセモノだった? なら、黒き竜は……」


「間違いなくこの里へ再び侵攻してくるでしょう。なぜか今は待機しているようですが」


 俺がさっくりと答えを出してあげると、重鎮たちの表情が一気に曇った。


 さらに続ける。


「そこで皆さんに聞きます。この里を捨てて逃げる覚悟はありますか?」


「に、逃げる? あなた様がいれば、黒き竜に恐れる必要はないのでは!?」


「いえ……次の戦いは前より熾烈なものになるでしょう。恐らく今の俺では勝てません」


「そんな……」


 重鎮たちは今度こそ絶望の表情を作る。


 俺で勝てなきゃ誰も勝てない。


 そのことを知っている顔だった。


 するとそこへ、またしても遠くから竜の声が聞こえた。


『人間共よ。恐怖している頃だろう。ククク。特別に猶予を与えてやるぞ?』


「猶予?」


 急にどうしたんだ。


『この島から消えるもよし。英雄を追い出すもよし。好きにするがいい。そうだな……一ヶ月くらいは猶予を与えてやろう。それが過ぎたとき、お前らが残っていればすべてを滅ぼす。確実にな』


「…………」


 なんだ? どうして動かない?


 俺との戦闘で相当な体力と魔力を使ったってことか?


 動けない理由があるのは確実だろう。


 もしくは、何かしらの心境の変化があったのか?


 前は村人は皆殺し! みたいなことを言ってたが、急にその態度が変わった。


 里の人たちに生きる選択肢を与えている。


 そんな急に善人みたいなことをするなよ……次に刃を向けるときに決心が鈍りそうになる。


 俺は、黒き竜がそんなに嫌いじゃない。だからこそ……ちょっとだけ嫌な気持ちになった。


 その上で、彼らに問う。


「——らしいですよ。どうしますか? ちなみに俺は挑みます。この里の近くにダンジョンはありませんか? より強いダンジョンが」


「る、ルナセリア公子様は逃げないのですか?」


 ツクヨが驚きながら訊いてくる。


 俺はハッキリと頷いて答えた。


「逃げませんよ。最後まで戦います。それが……俺の役目ですから」


 きっと主人公なら逃げない。


 俺は逃げたくない。


 万が一にも、黒き竜が王都へ向かったら困る。ヒロインたちを窮地には立たせられない。


 役目くらい果たすさ。


 そのために、用意された猶予を使って更なるレベリングを図ることに決めた。




———————————

あとがき。


竜の里編、後半スタート!

五章の『竜殺し編』ではドラゴンソウルの効果が判明したり、ククの秘密?が明らかになる⁉︎


ぶつかる黒き竜とヘルメスたち

その決着は、意外な形で終わりを迎える——


『選べ。仲間の命か、世界そのものか』

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