第209話 最後の日

 黒き竜を倒した俺は、ツクヨの屋敷で風呂に入っていた。


 するとそこに欲望丸出しでヴィオラが乱入。


 ドギマギしながらもなんとか理性で自らの欲望を抑える。


 それでもヴィオラは手強かった。


 あの手この手で俺を篭絡しようとする。


 まずい。このままではまずい。


 そう思っていたら、そこへ救いの手が差し伸べられた。


 ツクヨだ。


 思ったより早く屋敷に帰ってきた。


 脱衣所に姿を見せた彼女は、俺に話したいがあると言う。


 ならばすぐに風呂をあがらないと。


 そう思っていた俺の耳が、ツクヨの言葉を逃さなかった。




「ありがとうございます。……あら? なんで女性ものの服がここに……」


 あ、やべ。


 ヴィオラがいるのバレた。


 扉越しにツクヨの動揺が伝わってくる。


「あのー……ルナセリア公子様?」


「ちゃうんです」


 ツクヨが何を言おうとしてるのかわかった。


 先打ちで俺は首を横に振る。


「まだ何も言ってません。もしかして、そちらにヴィオラ殿下がいたりしませんか?」


「ななな、何のことでしょう!? 意味がわかりませんな!?」


「すごい動揺してますね……さすがにその態度でわかりますよ。いるんですね、ヴィオラ殿下」


「はい。いい湯加減です」


 俺の努力も虚しく、隣に並ぶヴィオラが平然と答えた。


「やっぱり……ダメですよ、ルナセリア公子様にご迷惑をかけちゃ」


「そんなことありません。ヘルメス様は黒き竜を討伐して疲れていると思い、その疲労をですね……」


「余計に疲れますが?」


「ヘルメス様は黙っててください。女性同士の会話に割り込むのはマナー違反ですよ?」


 なんてことだ。


 女性という単語を盾にするのはよくないと思います!


 というか本当にそろそろ出たい。


 俺はよく頑張っているほうだと思うよ。ツクヨだって理解してくれているし。


「……状況はよくわかりました。ではルナセリア公子様、居間にてお待ちしております」


「あ、はい」


 ツクヨはそれだけ伝えて脱衣所から消えた。


 気配が完全に薄れる。


 助けてくれるわけじゃなかったのか……。


「ヴィオラ殿下」


「なんでしょう」


「そういうわけなので俺はこれで。ヴィオラ殿下はもう少し長く風呂に入っててください。お疲れでしょう?」


「いえいえ。何もしてないので別に疲れてませんよ。私も一緒に出ます」


「どうかそれだけは! それだけはご遠慮ください!」


 この人に恥という概念はあるのだろうか?


 俺は必死にヴィオラの暴走を止めた。


 彼女はたいへん不満そうな表情を浮かべたが、俺の繰り返しの説得になんとか応じてくれた。




 やっぱり無駄に体力を消費したのだった……。




 ▼




 風呂からあがって脱衣所へ。


 脱衣所で服を着替えてツクヨの元に向かった。


 居間にあるテーブルの上には、少量の軽食が置かれている。


「——あ、お疲れ様です、ルナセリア公子様。災難でしたね」


 居間へ繋がる襖を開けた俺に、ツクヨが声をかける。


 それが先ほどのことを意味しているのがすぐにわかった。


「あはは……まあよくあることですけどね」


 ヴィオラの暴走は今に始まったことじゃない。


 ある意味慣れている。慣れたくはないけど。


 彼女の対面に腰を下ろし、「ふう」と一息ついた。


「それで……何かありましたか? ずいぶんと早くツクヨさんが帰ってきましたけど」


「何か……というより、何もなかったと言うべきでしょうね」


「? 何もなかった?」


 どういう意味だ?


 首を傾げる俺に、ツクヨは真面目な顔で言った。




「ルナセリア公子様が倒したと思われる黒き竜の死体が——


「は!? それはどういう……」


「それを話す前に予め伝えておきます。われわれはルナセリア公子様の活躍を疑っているわけではありません。現場には大量の血痕がありました。確実に竜はいたのでしょう。戦いも見守っていましたし」


「でも、死体はなかったと」


「はい。間違いなく竜の死体が消えていました。逃げたのか、消滅したのか……理由はわかりませんが、どこにも死体は落ちていません。一応、広域に渡って今もわたくしの部下が竜を探していますが、恐らく発見は困難かと」


「どうして……竜は一体どこに?」


 ありえない。あんな傷で遠くに逃げられるか?


 そもそもシステムメッセージが竜の討伐を認めた。


 あれは嘘をつかない。いや確証はないが、竜だってあのとき死んだのをたしかに俺は見た。


 ぐるぐると脳裏で疑問が巡る。


 答えは出なかった。意味がわからない。


「すみません、ルナセリア公子様。ルナセリア公子様にも、竜の死体を捜すのを手伝ってもらうかもしれません。よろしいでしょうか?」


「それはぜんぜん構いませんが……気になりますね。消えた竜の死体」


 これまでのことを考えると、答えはすぐそこにあるような気がした。


 しかし、明確な言語化ができない。




 うんうんと頭を捻っていると——ふいに、遠くから声が聞こえた。




 俺もツクヨも同時に外へ視線を向ける。


 襖が邪魔で外の景色は見れなかった。けど、その声は徐々にハッキリと聞こえてきた。


 酷く、低く大きな声が。




『——ククク。ハハハ! 封印は完全に解かれた! 我が復活するぞ。矮小なる人間共!!』




 その声は、先ほど倒した黒き竜のものと完全に一致していた。

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