第211話 竜の渓谷
「ツクヨさん、それで、この竜の里にあるダンジョンの情報を教えてもらえませんか?」
「ダンジョンの情報、ですか?」
屋敷での話し合いの後、ツクヨと二人きりで話す。
内容は黒き竜の討伐からダンジョンへと移った。
俺は土地勘はまったくないから、彼女にいろいろ訊く必要がある。
「そうですね……この東の大陸にも、いくつかダンジョンはあります。例えばこの辺りだと、北東にある『竜の渓谷』とか」
「竜の渓谷?」
また竜か。竜の里っていうだけはあるな。
「はい。里から北東方向へ行くと、大きな渓谷があります。そこには大小さまざまな竜が生息しており、かなり難易度は高いかと」
「なるほど竜が……」
それは面白い話だ。
これから黒き竜を倒すって時に、竜と戦えるダンジョンがあるなんて。
行かない理由はなかった。
今の俺に圧倒的に不足してるものがあるとしたら、竜との戦闘経験のなさ。
かと言ってククと戦うことはできない。
今のククは強いけど、俺の中でククは家族っていうカテゴリーだ。
刃を向けられない。
だから代わりに、竜が生成されるダンジョンがあるなら都合がいい。
ツクヨが言うように難易度は高そうだが、まず真っ先に向かう場所は決まったな。
「他にもダンジョンの情報はありますか?」
「えっと、比較的に近場であれば——」
ツクヨからいくつものダンジョンの話を聞く。
王都と違って、この東の大陸にはダンジョンがほとんどない。
その代わり、ほぼ全てのダンジョンが難易度が高く設定されている。
そんなルールを決めたラブリーソーサラー2の製作陣は鬼畜だなと思った。
初心者が簡単に挑めないダンジョンを作るから、この里の人間は平均的にレベルが低いんだ。
そりゃあ始まりの町の周りに、スライムじゃなくてドラゴンが徘徊していたら、みんな平和ボケにもなる。
まさに俺のために用意されたダンジョンって感じ。
▼△▼
ツクヨからダンジョンの情報を教えてもらった俺は、準備を済ませて玄関扉をくぐる。
すると、その先にはヴィオラ殿下がいた。
彼女は俺の姿を見るなり表情を曇らせる。
「ヘルメス様……行かれるのですか」
「はい。強くなって黒き竜を倒してきます。しばらく帰らない可能性もありますね」
竜の里にあるダンジョンがどういう構造かにもよるが、王都のものより広く往復に時間がかかるかもしれない。
その場合、ダンジョン内で寝食を行う。
俺は予めそのことを彼女に伝えた。
「無茶をしないでください。あなたが死んだら、この里を、世界を守る人がいなくなります」
「無茶はしませんよ。俺は必ず帰ってきます。まだまだやりたい事が山のようにあるので」
「本当ですね? 私との約束ですよ?」
「本当です。絶対に俺は戻って——黒き竜を倒します」
それだけ言うと、俺は彼女の隣を通り抜ける。
ヴィオラは止めない。
寂しそうに「お気をつけて」とだけ言った。
彼女の気持ちは汲む。
言いたいことはわかる。
だが、それでも俺は行かなきゃいけない。強くならなきゃいけない。
今の俺じゃ、復活する黒き竜の本体には勝てないだから。
たとえシルフィーたちがいても怪しい。
少しでも勝率を上げるために、レベルアップが必要だった。
里を出て北東へ。最初に向かうのは、竜が生息する『竜の渓谷』だ。
▼△▼
片道数時間の距離を歩く。
やがてツクヨが言っていた竜の渓谷に到着した。
切り立った崖は高く、彼女が言っていたとおり竜が空を飛んでいる。
その数は、一匹や二匹じゃない。
ククより小さなドラゴンが十や二十は飛んでいる。
「な、なにあれ……ドラゴンばっかりじゃない、ここ!」
肩に座ったシルフィーがたまらず叫ぶ。
俺はくすりと笑って言った。
「そうだね、ドラゴンばっかりだねぇ。どれだけ経験値が美味しいか楽しみだ」
剣を抜いて一番近くにいるドラゴンに自分の存在をアピールした。
まずは一匹だけ引き寄せて戦闘をする。
一体ごとのドラゴンの個体値を調べないと、囲まれたときに死にかねない。
魔法を撃ってドラゴンの興味を引く。
ドラゴンは凶悪な顔で俺を睨むと、勢いよく翼を動かしてこちらに向かってきた。
速度はそんなに速くない。
ククや黒き竜のほうが圧倒的に上だ。
突っ込んできたドラゴンの攻撃を剣でガードする。
——うん。攻撃力も大したことない。
これなら受け止めても問題ないし、囲まれても勝てそうだ。
最後に耐久力テスト。
強化系の魔法を使わずに直接剣を振ってドラゴンを刻む。
ザシュシュシュッ!!
複数箇所をでたらめに斬る。
ドラゴンの体は想像以上に柔らかかった。
「……なるほどね」
最後にドラゴンの首を刎ねる。
ドラゴンは絶命し、そのまま地面に倒れた。
「圧勝じゃない」
シルフィーがあまりのあっけなさに驚く。
俺は逆に少しだけガッカリした。
「レベルは高くても50ってところか……正直、今の俺の相手にはならないね」
これじゃあレベリングにも使えるかどうか。
この先に強力な個体がいることを祈るしかなかった。
———————————
あとがき。
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