第43話 心を挫くために
ウィクトーリア・フォン・ラナキュラス公爵令嬢の護衛騎士との一騎討ちに勝利した。
自分の両親が雇ってる護衛騎士が、自分と同じ年齢の子供に負けたというのに、本来は悔しがるべきウィクトーリアが諸手を挙げて喜んでいた。
俺が彼女のそばに戻ると、興奮冷めやらぬ顔で口を開く。
「お疲れ様でした、ヘルメス様! 学園始まって以来の神童と言われるだけあって、素晴らしい戦いでした! 正直、素人の私にはよくわかりませんでしたが……ヘルメス様がものすごく強い、ということはわかります! やはり私の護衛はヘルメス様しかいませんっ」
勝手に護衛候補にしないでほしい。
ウィクトーリアが無理やり俺と護衛騎士を戦わせただけであって、別に彼女のために剣を振ったわけじゃない。面倒事を押し付けるつもりなら、俺は容赦なくウィクトーリアの前から姿を消す。このあと、まだダンジョンでのレベル上げが残っているのだ。あまり手間を取らせないでほしい。
その気持ちが彼女に届いたのか、俺の無言を察してくれたのか、限界まで高まったウィクトーリアのテンションが徐々に降下していく。
眉を八の字に曲げて、やや声を小さくして呟いた。
「…………って、怒ってます、よね。なんの相談もなく勝手に決めて」
「いえ、怒ってませんよ。ただ、ウィクトーリア嬢のレベル上げに付き合うほど暇じゃなくて。悪いですが、俺には俺のやるべき事がある。これから上級ダンジョンに向かわないといけなくて……。戦っておいてなんだけど、ダンジョンへは元々の護衛と一緒に行ってください」
できるかぎりやんわりと断る。しかし言葉の中には明確な拒絶を織り交ぜる。中途半端に優しくしすぎると、かえって彼女の心を傷付けすぎてしまうから。
だが、
「上級……ダンジョン? まさか、ヘルメス様が挑まれるんですか!?」
あ、まずい。先ほどまで叱られた子犬のようにしゅんとしていたのに、上級ダンジョンの名を口にした瞬間、ガーネット色の瞳の中にキラキラとした星が浮かんだ。
言葉にせずともわかる。「わ、私も行ってみたい……!」だ。
当然、上級ダンジョンへウィクトーリアを連れて行けば足手まとい以下。敵を前にしたら一秒ともたないことは明白だ。連れて行くわけにはいかない。
「そうですけど……ダメですよ。ウィクトーリア嬢はまだ下級ダンジョンだって危険なんです。上級ダンジョンには連れていけない」
「うっ……たしかに私は弱いです。でも、ダンジョンがどんな所か知るためにも是非、同行を!」
「ダメ」
絶対に許可できない。これから行く予定の≪十戒≫は、手前だけならそこまで危険はない。むしろ他のダンジョンに比べて安全とも言えるが、万が一のことを考えると彼女の同行は危険すぎる。
キッパリ拒絶するが、なおもウィクトーリアは食い下がった。
「ほんの少しでいいんです! ただ見ていたいだけなんです。ヘルメス様の戦いを……!」
「いや、だから……」
「お願いします!!」
ガッと勢いよく手を掴まれる。ぐいぐい体を寄せてくる彼女に、やがて俺のほうが不利になっていくのがわかった。
これが完全に危険だとわかる場所ならまだ強く否定できただろう。入った瞬間に魔物に襲われて死ぬから、見学もできないと。
だが≪十戒≫は安全だった。少なくともゲームをプレイしてた頃は、手前だけなら魔物に襲われることはない。あそこは、他のダンジョンに比べて「試練」という意味合いが大きい場所なのだ。
けど、うーん……。
ダンジョンの厳しさを教えて、彼女の心を折っておくのも悪くない、か?
ここでいくら俺が拒否しようと、ウィクトーリアはきっとダンジョンには向かう。その際、俺がいるかどうかで生死が変わるなら、いっそ上級ダンジョンの凄惨さを見せて、やる気を挫くほうが彼女のためになるかもしれない。
ダンジョン怖い! やっぱりレベル上げは諦める……。
そう思ってくれれば、娘を愛するラナキュラス公爵たちも喜ぶだろう。
よくよく考えてみれば、≪十戒≫はかなり安全だし、下級でも護衛騎士たちだけでダンジョンに潜らせるよりはマシ……かな?
そこまで考えて、俺は
苦渋の選択ではあるが、それがウィクトーリアの高い生存率に繋がると思う。ずっとこちらを凝視してる彼女に、深いため息をついて言った。
「……ハァ。わかりましたよ。下級ダンジョンへ特攻されても困りますし、今回だけ、特別に、ダンジョンがどういう所なのかお見せしましょう」
「! ありがとうございますヘルメス様!」
パアッと表情を喜色に変えるウィクトーリアを見て、やや険しい顔つきで釘を刺しておく。
「——ただし! 俺の指示には絶対に従ってください。ウィクトーリア嬢には戦闘はさせないし、護衛の方より前には出ないように。あと、俺が指定した場所から動かないことも条件です」
「そ、そんなに危険なんですか?」
「ええ。この街にいる人で上級ダンジョンに挑めるのは、俺を除けばたった数人くらいでしょう」
「…………わかりました。必ずヘルメス様の指示に従います」
過剰……ではないが、脅した甲斐はあった。
子供みたいにはしゃいでいたテンションがなりを潜め、彼女の顔には真剣さが宿る。どれだけ危険な場所へ赴こうとしているのか、遅れながらに理解したらしい。
理解したなら挑まず帰ってくれると嬉しいんだが……それだと後日、
適当に納得し、本来の護衛たちを引き連れた彼女とともに、俺は上級ダンジョン≪十戒≫へと向かった。
恐らく、これまでで一番の緊張感を抱くことになるだろう。
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