第44話 十戒

 上級ダンジョン≪十戒≫の中へと進む。


 俺を先頭に、その後ろから護衛の二人に守られるようにウィクトーリアが続いた。


 薄暗い洞窟の階段をしばらく降りていくと、やがて眩しいくらいの光が見えてくる。ダンジョンの中に光があることにウィクトーリアたちが驚くが、ダンジョン内部に入った瞬間、驚きを通り越してほんの数秒ほど言葉を失った。


 眼前には、白亜の神殿が映っている。


「こ、これが……地下迷宮ダンジョンの中、ですか?」


「我々は、下級ダンジョンくらいなら潜ったことはありますが……まさか、神殿まであるとは……」


 護衛の男たちが、周囲を見渡しながら声を震わせる。


 無理もない。下級ダンジョンの大半が自然をモチーフにしたエリアなのに対し、中級以降からは館や神殿、炎に焼かれた大都市なんかが出てくる。まるでひとつの世界そのものだ。


 なぜダンジョンは、難易度が上がるほどに文明の欠片が見えるようになるのか。その理由はわからないが、どうせ元はゲームなんだし深い理由はないだろう。


 そうしたほうがより難易度が高そうに見えるでしょ? 的な浅い理由しかない。きっと。


 コツコツと白塗りの床の上で靴音を鳴らし、道なりに奥へ進む。空には巨大な白色の太陽が浮かび、視界の端、遠くにはより巨大な建造物が見える。ここを最短距離で攻略しようとしても、いまの俺では恐らく数日はかかる。それほど設定された雑魚とボスが強い。特にボスのほうは、上級ダンジョンからかなり規格外になってくる。初見殺しと言われる類の敵で、前世ではよくモニターに≪Dead≫の文字を刻んだものだ。


 ある意味で歩き慣れた石畳を見下ろしながら、ふと懐かしい記憶を思い出す。そうしてるあいだにも階段を下り、やや古びた通路を歩き……そして、最初のMobに遭遇した。


 通路の先、二、三十メートルくらいひらけたエリアに、白銀の鎧を纏った騎士がいた。俺が先ほど倒した騎士風の男とは違い、兜まで被って全身を鋼鉄で覆っている。隙間から覗くトパーズ色の瞳が、侵入者の来訪を待ちわびていた。


「騎士……? あれが、このダンジョンに出てくるモンスターなんですか?」


 俺が足を止めると、後ろに並んだウィクトーリアが、眼前の敵に気付いて尋ねる。俺がこくりと頷いて最初の指示を出す。


「そうですよ。名前は≪白騎士≫。この上級ダンジョン≪十戒≫に出てくるモンスターの一種で、恐らく一番いちばん数の多い敵です」


「白騎士……とても強そうな外見ですね。背丈も二メートルくらいはありますし」


 彼女の言うとおりだ。白騎士は下級ダンジョンのボスを瞬殺できるくらいには強い。


 いまのウィクトーリアが、ひらけたエリアに足を一歩でも踏み入れれば、その動きを捉える前に殺されてしまうだろう。しかし、逆に言えばあの白騎士は、設定されたエリアの外には出れない。また、エリアの中に誰かが入ってくるまでは絶対に動いたりしない。


 だから、俺だけがエリアの中に入り、ウィクトーリアたちをエリアの外で待機させていれば、彼女が危険に陥ることはない。たぶん。


 リアルになったことでゲーム時代とは違うプログラムを加えられてる可能性はある。それを考慮したうえで、護衛もいるからなんとかなるだろうと思って彼女を連れてきた。


 いまさら彼女も彼女で帰るという選択肢はないだろう。


 覚悟を決めて、俺は鞘から剣を抜いてエリアの中に入る。


 後ろから、「ご武運を」というウィクトーリアの声が届いた。顔は向けず、左手でグッと親指を立てて答える。


 そして、侵入者が現れたことにより、中心に陣取っていた白騎士が動き出す。


 床に刺さった剣を引き抜き、ゆっくりとだが鎧と同色の剣を中段で構える。途端に、濃密で純粋な殺意が溢れ出た。


「————ッ」


 相手の威圧感に、わずかに心が気圧される。ここはゲームの中ではないのだと如実にわからされた。


 俺は、白騎士のことを恐らくこの世界の誰よりも知っている。


 上級ダンジョンの恐ろしさを誰よりも理解してる。


 そのうえで、知識さえあれば勝てると踏んでここにやって来た。それでも恐ろしいと感じてしまった。


 これから始まる戦いを前に、後悔に似た感情があふれ出る。もっとレベルを上げてから挑んだほうがよかったのではないか、と。


 だが、それらのネガティブな感情を全て頭の片隅に追いやり、俺は震えを無理やり気合で止める。


 ダメだ。逃げるな。ありえない。


 ここで挫けて安全策をとろうとすれば、俺が目指すべき頂には手が届かない可能性がある。いざとなったら惨めに逃げてしまいそうな自分の未来が、容易に想像できた。


 だから逃げない。同じく中段で剣を構えて、最後ににやりと笑う。


 それが戦闘開始の合図となった。


 白騎士の体が煙のように端から崩れていく。対して俺は、姿勢を低くして迎え撃つ。


 ここから先は、一発とて攻撃を受ければ致命傷になる。


 最悪と名高い上級ダンジョン≪十戒≫に出てくる白騎士のレベルは、俺よりはるかに高い————。


 レベル50なのだから。

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